アルタ群島(30)「ハンティンググラウンド・Ⅲ」

~これまでのおはなし~


 ワイルドハントでブレスオブザワイルドな狩猟をはじめた俺たち突撃野郎A(アルタの略)チーム。それは、元々はメンバーの俺、佐藤翔(26)が抱えた借金に端を発するものだった。しかし、いつまでも借金生活でくすぶっている様な俺じゃあない。筋さえ通れば金次第で何でもやってのける命知らず。不可能を可能にし、巨大なMOBを粉砕する、俺たち突撃野郎Aチーム! ……でも、エリアボスだけは勘弁な。





「ウスカさんウスカさんウスカさん! かか、帰らせてくださいよっ。やっぱり無理です。無理っぽいです!」


 戻ってきたウスカさんを見つけたマリーが、涙目で食ってかかっていた。


「思ってたよりだいぶ死んじゃいそうです! 私の未来が風前の灯火です!」

「でも結局平気だったんだろ? 大丈夫だって」


 耳の穴をほじりながら、あっさりと言い放つ狐の獣人。

 マリーが唖然とした表情を浮かべた。


「なっ、なな、なんでそんな余裕綽々なんですかぁ!」


 赤髪と乳袋が同期した動きでぶんぶん揺れる。


「斬られた狼が前足二本だけでトコトコって歩いてたんですよ!? トコトコって! こんな少ない人数で、どこからモンスターが来るか分かんないような状態なのに、『安全だから』『平気だから』って、騙して連れてくるなんてひどいですよ! 全然安全じゃなかったですよ!?」


 確かに、マリーは結構ヤバかった。

 ウスカさんとメムはこの程度の相手なら全然平気みたいなんだけど、俺とカリオテが、割と自分のことで精一杯だからなぁ……。(特に俺。カリオテはフルプレートで身を守れているからか、そんなに狼にビビってなかった)


 四人のうち誰かがマリーを守ってあげないといけないんだろうけど、なかなかそこまで手が回らない。

 ……ん? 四人?

 なんか人数が合わないような。気のせいか……?


「って言っても、フォポ島に行く時にはいつも似たようなことしてるだろ?」

「あっ、あれは、せいぜい一年に一回じゃないですか! 滅多にないし、守ってくれる人も沢山いるからいいんですっ!」


(……まさか、回復役がマリーだとは思わなかったよな)


 待ち合わせ場所のカリピュアの北門に、腐女子カート引いた雑貨店員が現れた時は本当驚いたぜ。


 この寄せ集めパーティー、攻撃する奴らばっかりで回復担当がいないのでは、という指摘に対し、ウスカさんが紹介したのがまさかのマリー。

 なんでも、ワスプBBAの店に薬師のリムさんが卸している回復系ポーションを、鞄とキャリーカートに詰めてまとめて持って来させたのだとか。


 RPGでは気を抜くとすぐ男キャラをサブメンバーに落とし、女キャラばっかりのハーレムパーティーを作ってしまう俺としては、チーム内の女性率が上がる事自体はそんなに悪い気分ではなかったが、しかし。


(こんなんでいいのか……いや、よくない)


 さすがに不安が先行する話だった。

 どんなRPGでもポーションガブ飲みスタイルは不安定だわコスパ悪すぎるわでNGになるのが常である。

 回復魔法ほどの品質保証はされていない。


 だがウスカさんは、「ワスプ婆さんの許可はもらってる」「安全だから」「大丈夫だから」「バイト代出すから」「先っちょだけだから」「すぐ抜くから」「中に出さなきゃ同じことだから」「うおおお孕めえええ!(豹変)」と、獣の本性を露わにし、無論後半は俺の勝手な妄想だが、「いいから行くぞ」と嫌がるマリーを連れて無理矢理出発、森の中まで来てしまったのである。


「さすがに、この先も戦えないマリーを連れて行くってのはどうかと……」


 依然、言い争っている二人の間に割って入ると、俺はウスカさんにそう言った。

 この際、自分もパーティーで下から二番目の低レベルで、戦闘能力に関してはそう大差無い水準であろうことは横に置いておく。


「守りきれなくて大事になったらそっちの方がまずいと思いますよ」

「そ、そうですよ。サトウさんいいこと言いますえらいです。なんならポーションだけ、もうここで全部買って持って行って下さいよ。お金さえ出せばリュックごとくれてやるですよ。別に私は必要ないじゃないですか」

「だが、鞄は渡してくれても『リトルカート』はダメなんだろ?」


 ウスカさんが、マリーが片手に引いている小さなキャリーカート(タイヤが明らかに謎の材質だがなんなのか)を指さしてみせる。


「と、当然じゃないですか。これは商人の魂です。他人には預けたりしません」

「じゃ、マリーにはついてきてもらう。お前も必要だ」

「どうしてです?」

「荷物持ちが欲しい」

「……」


 マリーが割とすごい顔をした。


「実は今回のこの狩り、三つ目的があるんだよ」


 ウスカさんが指を三本立てて言った。

 初耳である。


「一つめは、サトウ達の腕前を確認すること。これは言うまでもないな?」

「ええ、はい」


 というか、それだけが目的だと思ってた。


「二つめは、リムが作ったポーションの効き目を調べること。今リムはちょうど、来週の『大仕事』に向けてポーションを大量生産中だが、無理矢理量産すれば当然質は下がるし、不良品も増える。去年それで痛い目を見たから、慎重にやってもらってはいるが、それでも事前にある程度の数を試しておきたかった」


 それでマリーにポーションを持ってこさせたのね。

 でも、それって今回の回復事情に若干不安があるってことでは……。


「だからちょっとでも体調が悪かったら、マリーからポーションもらってどんどん飲んでくれ。代金は俺がまとめて払う」


 おおっ。すごい太っ腹。

 「やくそう」じゃなくて「ポーション」ですぜ? いいんですかい? そうとなりゃあっしは遠慮しやせんぜ? 財布、平気ですかい旦那。


「で、効き目がおかしいポーションがあったら、要報告な。マリーは数字をメモっとくように」


 って、ただの治験バイトだ、これ。


「三つめ……実はこれが一番の目的だが、エディラ草を大量に確保しておくこと。前からザンビディスに頼まれてたんだが、『早く採りにいかねえと』と思ったまま、今まで放置しちまってた」

「なんですか、エディラ草って」


 薬草かなんかだろうか?


「燃やすと、ある生き物がものすごーく好む匂いを出す草だ。これも来週かなりの量必要になる」


 そして、北東の方角を指さしてみせるウスカさん。


「だから、『北の森に行く』とだけ言ってたが、今回一応目ざしてる場所がある。森の中でもムラウ山の裾野の近くまで行くと、エディラ草の群生地があるんでな、そこへ行く」

「えっ……」


 マリーの顔が分かりやすく青ざめる。


「あ、あんな奥まで行くんですか? 聞いてないですよ?」

「言ってないからな」

「……」


 いよいよ絶句のマリーさん。


「や、やっぱり帰らせてくださいっ……!」

「ダメだ。『リトルカート』無しじゃ、エディラ草を必要な量持ち帰れない。カートを渡すか、俺達について来るかだ」

「そんなぁ~……行くしかないじゃないですかぁ~……」


 マリーが頭を抱えてしゃがみこむ。

 背中で憂いを語るその哀愁。

 あどけない面立ちとは裏腹に、既に少女の時代は終わりを告げているというのか、自棄ヤケ酒の似合う女になりそうなマリーである。


「マリーのカートって、なんか特別なんですか?」

「ん? ああ。あれは『リトルカート』って呼ばれる魔法道具でな、あんな小さい見た目だが、その何十倍も物が入るんだ。商人なら誰もが欲しがる逸品らしいぞ」

「そうなんですか。でも、こないだ朝市に買い出しに行く時は使ってなかったですよね? 今日初めて見ました」

「まあすごい機能なだけあって、非常に高価な三等級アイテムらしくてな、普段は盗難を恐れてあまり使ってないらしい」


 なんだか本末転倒なことになってるな、それ。

 身の丈に合わない高級車をがんばって購入したけど、汚れるのが嫌であんまり乗らない人みたい。


「今日は俺が無理矢理持ってこさせたけどな。さて……」


 ウスカさんが、棍棒についた血肉を落としているメムに近づいて行って、言った。


「ヲメムって言ったか。悪いんだが、マリーのこと頼んでもいいか? 俺以外で一番頼りになるのは、あんたみたいなんでな」

「……(コクリ)」

「そうか、助かるぜ! なんせ他の連中、ワンコをダンスに誘うのにもモジモジしてやがったからよォ。あんたが引き受けてくれるなら一安心だ」


 狐鼻をピンと人差し指で弾きながら、不敵に笑うウスカさん。

 見た目はふわふわ着ぐるみだが、所作はいちいち伊達男。


 メムも、いつになく頼りにされて嬉しそうである。

 剥き出しの太股を、落ち着かなげに手で撫でて、発奮している様子が伝わってくる。

 ていうか、我ながら謎の紋様がいい仕事してるわ。エロス的な意味で。

 是非今度、太股に「正」の字を書き足したいね。



   ◇



 緑が深まってきた。


 メムの家の周辺も割と森の傍ではあるが、さすがにこんな奥地に来たのははじめてである。

 似たような景色が続いて、方向感覚狂うことこの上ない。

 時折、ウスカさんが方角の指示をくれてはいたが、一人だと絶対に迷子である。


 だが、今日はやけに好天で、歩くこと自体は苦ではない。

 森の空気も澄み渡っている。


 そんな物静かな木立の間を、マリーの独演会が響く。


「こっちに行くのやめましょうよぉ……。森の奥すぎますよぉ……」


 しきりに方向転換を主張していた。


「嫌な予感がするんですよぉ……。すごくすごく、悪いことが起こる気がするんですよぉ……」


 今回のフォーメーションは前衛を俺とカリオテ、真ん中にマリーとメム、殿しんがりをウスカさんが固めるという隊列。

 マリーは一番安全な場所に位置しているのだが、それでもやはり怖いのだろうか。


 ……って、あれ?

 やっぱなんか人数が合わないような……、ウッ……頭が……。


「もっと手前にしときましょうよぉ……あっちにもエディラ草全然生えてないわけじゃなかった筈ですよぉ……。こっちには行きたくないですよぉ……」


 聞いてると割と本気で嫌がっているようである。

 渋々ついては来るものの、足取りにも心境が滲み出ている。


「マリー……そこまで言うんだったらカートを貸してくれ」

「そ、それは嫌です。絶対に嫌です」


 リトルカートを死守するように、ひし、と握りしめるマリー。

 つかこのカート、でこぼこの荒れた地面を難なく踏破してるんだよなあ。

 予想以上に凄い技術が使われてる?


「じゃ、泣き言じゃなくて、スタミナポーションをくれ。他の奴も、今の内にマリーに必要な分、もらっときな。ゴタついてからじゃ遅いからな」

「あ、では私もスタミナポーションを下さい」


 カリオテが兜のひさしの間から顔を覗かせ言った。

 微妙に兜のサイズが合ってなくて、鎧に着られてる感がいよいよ凄い。


「さすがにこの重装備で歩いてると疲れるんですよね。あと、いざって時の為にヒールポーションも。そっちの等級は、出来るだけ高価で良い奴を」

「ははっ。そこはもうちょい遠慮しろ。タダより高いもんはねェぞ」


 ヒールポーションは赤色、スタミナポーションは黄色。

 イメージ通りである。

 瓶のサイズは割と小さく、目薬と栄養ドリンク剤の中間くらい。


「やっぱポーションって美味しくないですねぇ……」


 カリオテの口が「~~~」と波を打っていた。

 青汁を飲んだ後みたいになってる。


「ほんとマズいです。もう一本ください」


 うん、青汁だ。反応が。


「これ美味しくする技術があれば、大もうけできそうですよね。ごくごく……」

「先日、船乗りの方がお店に来た時に言ってたんですが、最近どこかの国で、口の中でシュワシュワってなる甘い味の不思議なスタミナポーションが開発されたって聞きましたよ」

「そうなのですか! どんな味なのでしょう。すごく興味があります」


 こんなことですら、食に旺盛な所を見せるカリオテである。


 つか、シュワシュワして甘いスタミナポーションって、それ日本のエナジードリンクそのものじゃ……。


「サトウさんは大丈夫ですか? ポーション」

「そうだなあ。魔法使いが飲むような、魔力の回復するポーションって無いのか?」

「えっ? 一応ありますけど……サトウさん、魔法別に使ってないんじゃ?」


 マリーが、きょとん、とした様子で小首を傾げる。


「あ。いや、まあ……ちょっとな」

「そうですか? 魔力の回復でしたらこれですね。どうぞ、マナポーションです」


 これは青い色をしていた。

 陽光に透かすと、なかなか綺麗である。


「できればちょっと多めに貰っていいか?」

「はあ。別に金額はウスカさん持ちですから全然構わないですけど……」


 現状、MPは俺にとって命綱。

 HPの心配より、そっちが先だ。


「……マジで不味いな」


 初めて飲んだマナポーションは、ひたすら苦かった。

 薬のような味。って、薬か。


 先人はこれを少しは美味しくしようと工夫しなかったんだろうか。


 ついでにスタミナポーションも貰って飲んでみる。

 マナポーションは苦いだけだなーって感覚だったが、こっちは味が悪いながらに、飲むと効果を実感する。

 腹の奥が熱を持って、そこからエネルギー湧いてくる感じ。


 これは凄いな。

 スポーツ競技のドーピング検査に引っかかること間違いねえですよ。ビンビンっす。


「ポーションって等級が上がれば上がるほど、ひどい味になるんですよね。あれは何なんでしょうねー?」


 すっかりポーション試飲会と化した我らがパーティー。

 呑気なものである。


 と、不意に、メムが俺の手をぐいぐい引いた。


「え? 何?」

「なにかくる……!」


 メムが、木陰の奥へと、鋭い気配を向けていた。


「え? 何かって……げッ!」


 藪をかき分け、“それ”が、わしわしと、やって来る。

 姿を目にした瞬間、怖気が背中を襲った。


 横に並んだ八つの瞳。

 木々の暗がりの奥、赤い光点となって輝いている。


 生理的嫌悪感を呼び起こす、毛に覆われた長い足。

 そして、黒い体を彩る、白と黄の鮮やかな模様。


 ばきばきばきばき……。


 “それ”の重みに耐えかね、低木が嫌な音を立てた。


巨大蜘蛛ジャイアントスパイダーだ!」


 ウスカさんが背中から両手持ち大剣を抜くと、叫んだ。


「気をつけろ! こいつらの出す糸に捕まったら、厄介だぞ!」


 フォレストウルフに対しては「だいじょぶだろ。うん」みたいな反応だったウスカさんが、割と真剣である。

 もしかして結構強敵?



【名前】悲哀太郎

【種族】アース・スパイダー

【性別】男

【年齢】2

【職業】社畜

【称号】ATM

【血神】マグニス

【レベル】14

【HP】56/56

【MP】20/20

【PX】28

【MX】10

【スキル】<スパイダー・ネット4>



 って、レベル結構高い!

 ステータスも高っ!


 軽自動車並のサイズの大型蜘蛛という、グロテスクな見た目の時点で既に精神への攻撃力は最強クラスなのに、実際の戦闘力も高いという困った相手であるらしい。


「一体だけじゃないです! 後ろにまだ二匹いますよ!」


 カリオテの、悲鳴にも似た警告。



【名前】悲哀花子

【種族】アース・スパイダー

【性別】女

【年齢】2

【職業】人妻

【称号】昼はおしどり夫婦

【血神】ベラルク

【レベル】10

【HP】40/40

【MP】10/10

【PX】20

【MX】5

【スキル】<スパイダー・ネット3>



【名前】焼酎あおり虫

【種族】アース・スパイダー

【性別】男

【年齢】2

【職業】間男

【称号1】太郎の親友

【称号2】花子の浮気相手

【血神】ベラルク

【レベル】1

【HP】4/4

【MP】10/10

【PX】2

【MX】5

【スキル】<スリープ・ファング1><ゴー・ダウン・ミスト1>



「……」


 って、この三匹、関係が複雑すぎるだろ!

 不気味な外見よりそっちがショックだわ!


 そんなんでうまく連携取れんの!?

 一緒に戦える!?


「行くぞォッ!」


 ウスカさんの、鬨の声。

 うおおー! とカリオテが兜の下くぐもった叫びで応えた。


 俺、焼酎あおり虫とかいうクズだけはなんとしても仕留めるわ。

 悲哀太郎、敵ながらがんばれ。がんばってくれ。

 生きろ。それしか言えねえわ。


「とー!」


 ああっ!

 言ってる傍から、メムの<山菜殺し>が悲哀太郎の脳天に!


 ――ぼかっ!

 ――ぶじゅるっ!


 しかも、ものすごい威力!

 クリティカルか!? 一撃でくたばったくさい!

 ぴくぴくしてはる!


「なっ……やるじゃねえか!」

「すっ、すごいです! ヲメムさん!」

「……(照れ)」


 なんか盛り上がってるけど、俺は悲哀太郎の生死が心配でならないよ!

 がんばれ!

 立ち上がれ! 太郎!


「シャァァア!」


 そして嫁蜘蛛の花子、一瞬ひるんだけど、結局かかってきた!

 愛する夫の敵討ちか!? やるじゃん!


 ……焼酎呷り虫は?


「(カサコソカサコソ)」


 逃げたぁぁぁ!


 ケツまくって走り去ったぁぁぁ!

 親友を親友とも思ってねえええええええ!


 ころせー! あいつだけは殺せー!

 こーろーせー!

 こーろーせー!


 ころしました。(主にメムが)

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