アルタ群島(28)「ハンティンググラウンド・Ⅰ」
~これまでのおはなし~
遡ること十三年前、俺、佐藤翔(13)は、日々の遊び相手が女の子ばかりという、現在からは考えられない日々を送っていた。と言っても別に俺のスペックが時代に適合し、モテ期が到来したわけではない。両親が離婚した後、
カリピュアは、海に囲まれた街である。
西からはメディテーラーの強い風が吹き寄せ、道往く者の鼻を潮の香りでくすぐる一方、南側には穏やかな港湾が広がり、繋留された船が寄せる波に合わせて上下する姿が見える。
東側はイル川に向かって起伏の少ない平野になっているが、毎朝のように市が立ち、海の幸を取りそろえた店が並ぶ。
そんな中、街の北側にだけは何も無い。
あるのは、東西に伸びる形で築かれた石壁と、その間、申し訳なさそうに建てられた貧相な石門だけだ。
いつ頃に造られたものかも分からないそれは、それでも数年に一度、オビ島の北側に広がる森から這い出てきた怪物の類が街を襲うのを食い止める、という仕事を果たしてきた歴戦の勇士であり、街の人々からは、しかし特に敬愛無くそのまま「北門」と呼ばれている。
そこに今、小柄な人影があった。
奇妙な出で立ちをしていた。
一見すると踊り子のようにも思われる露出度の高い衣装と、それとはアンバランスな、数々の無骨な装束を身につけていた。
上半身、胸回りだけを隠すホルターネックの服をまとい、ヘソは丸出し。
下半身には太股も露わに、ホットパンツのようなズボンを穿いている。
かと思えば、布面積の少ない服装を覆い隠すようにマントを羽織り、両手のグローブ、両足のブーツはいずれも
マントの下で剥き出しとなった肌は、異国の匂い漂う褐色をしていて、更にその上、色墨によって、妖しげな紋様があちこち描かれていた。
呪術的な意図を感じる代物である。
足首から膝上までをはじめ、あちこちに、闇色のバンデージをぐるぐると巻いているのも、風変わり。
だが最も目を惹くのは、首から上、顔を覆った仮面だろう。
魔術的な刻印が入った白い仮面だった。
しなやかな肉体とポニーテールにまとめられた黒髪は、仮面の主が女性であることを示していたが、無論のこと、どんな顔立ちをしているのか伺うことはできない。
とにかく怪しい風貌である。
道端ですれ違ったら語彙力の低いDQN並に「ヤベエ」を連呼するしかなくなること請け合い。
だが、とある肩書きを与えられた場合においてのみ、話は変わってくる。
この容姿が不思議と説得力を持つ。しっくりくる。
その肩書きとは……暗殺者。
防御力の低さを一切考慮せず、動きやすさと、闇に紛れることと、そして、対象に気付かれぬためのまじないを必要とする稼業。
今、人によっては畏怖の念を抱くかもしれない神秘的な仮面の奥から、くぐもった声が、ぼそりと漏れる。
「メムはだらくしてしまった」
見た目からは想像もつかないような、あどけない声音だった。
「たった一日で、だめになってしまった」
「突然何言い出してんだ」
俺は隣に佇む少女……メムにそう声をかけた。
「緊張してんの?」
俺達は二人して、今回の冒険行を共にするメンバーを待っていた。
待ち合わせ場所はここ、北門の筈だが、まだ他の面々は来ていない。
「ちがう。ごはんのことをおもいだしてた」
「ごはん?」
「メムはもう、サトウのごはんなしではやっていけない……。サトウのごはんなしでは……!」
おかしなことを言い出していた。
「あれは、人をだらくさせる、わるい食べもの。サトウのごはんは、おいしすぎる」
「いや、その、サトウのごはん、ってのやめようぜ……」
なんだか、首が涼しくなってきた気がするよ。
「どうして? きのう、ショウくん、『家の外では俺のことサトウって呼ぶように』っていった。そして、メムはショウくんがつくってくれたごはんの話をしてる」
「いや、確かに俺が用意したんでそれで合ってる気はするんだけど、なんか……そのぉ……」
「サトウのごはんは、おいしすぎる……!」
どうやら、食事については自分で作るばかりで、なかなか外の味に触れる機会がなかったメム。
馴染みのない味に、口が喜んでしまったようである。
「つーか俺も、ほとんど単に買ってきたものだからな。料理らしい料理してないし、俺を褒めるのは違うぞ」
俺は一昨日帰宅してから一日半、ずっとメムの容姿を取り繕うことにかかりっきりだったので、実際料理はほとんどしていない。
要するに、お土産品の味に喜んでいるのである。
それだけメムが、市井の食べ物に馴染みがなかったということか。
(ほんと、準備大変だったよな……)
メムをパーティーメンバーに加える了承自体は得ていたものの、そこはヴェポの難しさ。
ネアのように幻術でどうにかできるわけでもないので、せっせと外見を偽る必要があったのである。
最初は、ヴェポであることを隠すためには厚着だな、と思った。
だが、すぐそれは逆効果であることが判明する。
日本で、夏場にトレンチコートを着て歩いてる奴がいたら、どうだろうか?
何かを隠したがっている……そう思われてしまう。
隠すどころか、下がどうなっているのか、余計な詮索を招くこと請け合いである。
むしろ、隠そうとしすぎない方がいい。
その上で、気を引く印象的な特徴によって、ヴェポの特色から目を逸らす。
そんなことを念頭に試行錯誤するうち、こんなエロカッコいい系の格好になってしまった。
まさか、アホ親父から薫陶を受けたあれこれの技術を、こんな所で用いることになろうとは。
ちなみに一番時間がかかったのは、服装合わせでも染髪でもなく、全身あちこちに描いた怪しい紋様である。
見た目から受ける呪術的なイメージとは異なり、特に意味はない。
デザイン優先。
描くのには、家にあった特殊な墨を拝借した。
これは簡易的な魔術紋を描く時に使われる墨で、普通の絵の具と異なり水で落ちない一方、専用の呪文を用いることで跡形無く綺麗に消せるという便利な代物である。
日本に持って行ったら人気出そう。
薄毛マンが「これで頭皮地肌を黒く塗りたい」とか言い出しそう。
ちなみに、美少女の肌に筆を這わせ続けるという行為に興奮しすぎて、何かが暴発したが、若気の至りであるということで、お許しいただきたい。
強い自制心によって、下腹部にハート型の淫紋を描くことだけは自重したのだから。(正確には、我慢できず一度描いて艶姿を目に焼き付けた後、消した)
ただ、あれだな。
この格好、どう見ても忍者ではないな……。
エロくの一の夢よさらば。
くの一に非常にこだわりがあった岸本君(実家が薬局)が知ったら、激怒して、四股を踏みつつどすこいどすこい抗議の土俵入りにやって来ているところだろう。
今後、機会があればリベンジしたいところである。
エロくの一コスプレ褐色美少女とか最高だろうしね。
メムさんに土下座懇願してでも網シャツ越しのロリータボディを拝見したいところ。
(ま、あり合わせの格好とはいえ、時間の無い中、それなりに仕上がって良かったよ)
奇抜さに「うわっ」と思われる可能性はあったが、逆に特徴がありすぎてヴェポからはだいぶ遠ざかっている筈である。
ところで、自分の服すら満足に調達できないような布山賊が、よくこんな衣装を準備できたな、と思われるかもしれない。
実は、スポンサーがいたりする。
◇
それは、二日前のこと。
「メダルを……譲って下さい」
俺の前には、祈祷する尼僧のように両手を組み、懇願するカリオテがいた。
「アスター・ヨー、シークレットメダルシリーズ、ナンバー2、竜殺しアンバー……。是非に……、是非に譲って下さい……」
涙目だった。
NOと言えない、言わせない、迫力がある。
「そ、そこまで欲しいのか、これ」
「ええ。まあ、そうですね」
不意に、毅然とした凛々しい表情を浮かべるカリオテ。
「もし、『イヴリーフさん達の情報と、そのメダルと、どっちかが今すぐ手に入るけどどっちにする?』って聞かれたら、質問が終わる前に『メダル』と口にしているでしょうね」
「するなよ……」
人の命かかってんだぞ。
「いえ、もちろん最後は騎士の誇りと冒険者の矜持によって、正しい選択をしますよ? ただ、最初まず躊躇なくメダルを選んでしまうのは、これは反射的なことですから防げません。その後、『いけない! 違った!』『悪い癖だ!』『自分に勝つ!』と思い直し、必死に軌道修正して、でも『己が本能を裏切って行う選択がこれほど辛いとは!』『女神レイア、あなたはどこまで私を試すのですか……!』と血の涙を流すことにはなるでしょうね」
自分に正直であることは認めてやるけど、騎士の誇りとかよく言ったな……。
「なにしろ他でもないアンバー公ですからね。私にとってはコレクションに加えたいリスト上から二番目の品なのです」
「そんなにか……」
手の中のメダルを、しげしげ眺める。
確かに出来のいい逸品だとは思うが、そこまで必死になる理由はピンとこない。
「でも、二番目? まだ上があんの?」
「ええ。まあ、その上は私が個人的に欲しいだけの話ですけどね。英雄アンバーのメダルと違って世間的な人気はあまりありません。サトウさんのそのメダルは、私のようなコレクターでなくても、欲しい人は沢山いると思いますよ」
「ややこしい世界だなあ……」
なんかトレカみたいだ。
カードショップみたいに、高額買い取りしてくれるお店とかあったりしないかな。
いや、まあ、アルタ群島には無いか。
「譲ってやってもいい。でも、条件がある」
俺がそう言うとカリオテは、奇妙に顔を歪めた。
「脈あり」を察した喜びと、「条件」への不安が入り交じった、複雑な心境であるらしい。
「な、何でしょう?」
「これから店で俺は少し買い物をしたい。その代金をお前が持ってくれ」
「いいでしょう」
即答で頷いた後、「えっ……。いや、待って下さい」と、慌てるカリオテ。
今、本当に脊髄反射で回答しただろ、こいつ……。
「随分、厳しいことをおっしゃいますね。私達は既に友と認め合える間柄だったのでは? サトウさんは友から金を巻き上げるのですか?」
「いや、友からメダルを巻き上げようとするなよ……」
しかし、そのメダル、カリオテは本当に喉から手が出るほど欲しかったらしい。
武器のような高額商品はNGと条件がついたものの、結局カリオテ側が折れることとなった。
不承不承、俺の
「な、何を買うのですか」
「色々細かいものばっかりだからあんまり中身は気にするな。金額だけ気にしてろ」
「あの、ほどほどにしてくださいね。私の旅の路銀は、本来このようなことの為に父母から与えられたものではないのです。いえ、メダルがいらないというわけではないのですよ? ただ、カリオテ家は今や見る影なく没落してしまったとはいえ、かつてはオリシュタイン七大名家に数えられるほどの栄光を誇った家系。悲運の連続により、代を経るごと徐々に落ちぶれていきましたが、今でも過去の隆盛を知る人からはそれなりの扱いを受けることもあるのです。それが、生活費を削って趣味に
◇
「あいつの言い訳、最高にくどかったな……」
それでもメダルを渡した時、割とヤバい笑みを浮かべて「フヒッ!」と漏らしていたので満足はしたのだろう。
現代日本に生まれなくて良かったね。
ソシャゲ廃課金者の素質があるよ。
「おーっす、サトウ。待たせたな」
その時、ウスカさんが他の人影を伴い現れた。
ふさふさの毛皮の上に、革製の軽鎧を着込んでいる。
いつもの鍛冶屋衣装の面影はなく、すっかり戦闘モードといった感である。
「隣にいるちっちゃいのが、お前の『相棒』か? なんか、凄い格好だな。
ウスカさんが好奇の目をメムに向ける。
「この者は、先日話した通りクノイチを生業とする者で、名を、おメム。このように小さななりですが、正直俺の数倍、強いです」
「ほう……」
ウスカさんの視線に驚いたのか、メムの肩が小さく「びくっ!」となった。
ウスカさんはリムさんのお兄さんだし、過去メムを目にしたこともある筈だ。
果たして俺の隠蔽工作はウスカさんに通じるか……。
「実は昨日、会った奴何人かに『クノイチって知ってるか?』って訊いてみたが、誰も知らなかったんだよなァ」
「でしょうね。シノブモノであり、『草』、ですからね」
「……なんかわからんが、わからんなりに、すごいな」
バレたのかどうかは、はっきりしなかった。
しかし拒絶の言葉もない。
正直、ウスカさんに気付かれないようであれば、島の誰でも騙せそうだが……。
「武器は、そんな短い剣一本でいいのか?」
俺の思いをよそに、ウスカさんはメムが腰に差している片刃の小剣を見ていた。
「あんまりヤバいモンスターに遭うとは思わんが、さすがに軽装すぎじゃないか?」
本業が魔術士の性か、メムネアの家には、刀剣の類はあまり数が無かった。
唯一、メムの手に合う武器がこれだったのである。
見ようによっては、小太刀っぽい剣なので、くの一を名乗るのには向いていたが。
メムが俺に顔を寄せてくる。
「(ごにょごにょ)」
「『森の獣を屠る程度に、長得物はいらぬ』、だそうです」
メムはおおっぴらに喋らない、伝聞形式での会話スタイルである。
「す、すげえ自信だな……。まあ、頼もしいが……」
さすがのウスカさんもちょっと引いた模様。
「だが、サトウもか? お前に至ってはそこらで拾った棒なんじゃないのかって棍棒だが……」
「いえ。俺は何か武器が欲しかったんですけど、金が無くて買えなかったんです」
「……」
<山菜殺し>を手にした俺を見るウスカさんの瞳に浮かんでいるものを、世間では「
「万が一があったらいけないからな。これ、貸しといてやる」
長剣を一本、鞘ごと渡してくれた。
ありがたいねどうも。
長さは一メートルくらいだろうか。金属バットやゴルフクラブより一回り長い。
腕の中、予想以上にずっしりとした重みがあった。
「俺が鍛冶屋になって、割と最初の頃に作った剣でよ、見たとおり不格好だが扱いやすく仕上がったんで、今でもたまに使ってるんだよ」
「なんて名前の剣なんですか、これ?」
俺がはじめて手にした異世界の武器である。
銘を聞いておこう。
「<火かき棒>」
思ったより、ダサかった。
切れ味の悪いナマクラ剣なんだろうか……。
「火かき棒のことを、メクシンティアの方言で『ガンジー』って言ったりもするぞ。好きな方で呼べ」
尚、悪いわ。
敵を殺す為の武器に、そんな平和の象徴みたいな人の名前をつけちゃダメだろ。
火かき棒でいいよ、火かき棒で。
それでも、鉄の塊を手にすることの充実感は素晴らしく、俺は一息に強くなったような気がしてくる。
<山菜殺し>は腕力増強指輪をつけてるメムに渡しておこう。
「ところでウスカさん、さっきからウスカさんの後ろにずっと立っておられる方を紹介して欲しいんですが」
俺は、ぬぼっと佇む人物を指さして言った。
「おっとすまん。こいつは俺と同じブラックヘイズの一般民兵やってる奴でな、今回助っ人に来てくれたハヤクって男だ。ハヤク・エキストラ」
「……(ぺこり)」
無言のまま、俺達に向かって会釈した。
「端役」で「エキストラ」。
凄い名前である。
実際、見た目も脇役中の脇役、って感じの男性だった。
すんごい特徴が無いなあ。
んー……なんだろう。
俺も色々と言葉を尽くして表現してみたいんだけど、こう、なんていうのかな、まるでいい描写ができないんだよね。
ほら、中肉中背とかそういうのも、一応平凡さを示す言葉じゃん?
この人に対しては、そういう表現が、口の中で溶けて消えていく感あるよね。
なんか、言葉を失うのよね。
過去、勝手に他人を「脇役臭がする」とか揶揄したりしてきた悪辣な俺だけど、今度ばかりは胸を張って言える。
間違いない、この人は脇役だ。
数合わせだ。
不要家族だ。
「本当は回復魔法が使えるリムに来て欲しかったんだが、今日は無理だったんだ。なので、逆に攻撃魔法が使えるこいつに来てもらった。今回は後衛が少なさそうだったからな」
あっ、魔術士だったんだエキストラさん。
それすら分かんなかったよ。
言われてみればそんな格好をしてるような……してないような……どうでもいいような……。
「(ごにょごにょ)」
「……ん? ウスカさん、おメムが『怪我したら治療する人はいないのか?』、って聞いてますよ」
「ああ、それなら――……」
「遅くなりましたー!」
カリオテのいつもの脳天気な声と、そして。
「ど、どういうことなんですかぁ……ウスカさん! 話が違いますよぉ……!」
素敵なおっぱいを揺らして、背嚢を担いだ半泣きの雑貨店店員が姿を現した。
「
マリーである。
リュックも割と小さめのもので、完全に街中衣装である。
片手には、引いて歩く「カラコロ」こと、ミニキャリーのような台車を持っていた。
コミケに行く腐女子かな? と、俺は思った。
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