アルタ群島(27)「ヴァイオレット・Ⅴ」

~これまでのおはなし~


 遡ること一年前、俺、佐藤翔(25)は、大学の後輩である馬場に「面白い」と薦められたゲームをプレイしていた。そのゲームは「観察系ゲーム」とでも呼ぶべきもので、ある街に暮らす一人の人間の生活をただひたすら眺める、という内容の作品だった。プレイヤーは神の視点で、暮らしぶりを観察するだけ。これ自体はゲームの歴史においては割と昔からあるコンセプトで、『シムピープル』のタイトルでも知られる『The Sims』シリーズや、SEGAの隠れた名作『ルーマニア#203』、その名前の由来にもなった『ROOM MANIA』などが著名なところなのだが、馬場に薦められたゲームが特徴的なのは、観察する人間部分にあった。その作品において観察する対象は、プレイヤー本人、自分自身なのである。2024年に遺伝由来の病気の治療を目的としたDNA解析が事実上一般化されたのだが、そのデ-タ(のほんの一部)をゲーム内に登録することで、プレイヤー自身のDNAを取り込んだキャラクターを仮想都市に降臨させてしまうシステムが搭載されていたのである。要は、神となって、自分の人生を眺めるというゲームなわけだ。無論のこと俺はすぐそのゲームを投げ出すことになる。「ん? こいつ、またオナニーはじめた……」「……なにこれ……。オナニーしてるシーンばっかり続くんだけど……」「ええ……結局牛丼食ってる。ていうか俺も今牛丼食ってんだけど。中でも外でも牛丼て……」最初はワクワクしたのだが、俺という人間の生涯は、観察すべき代物ではなかった。何事もリアルが一番とは限らないという教訓と共に、俺はゲームを売り払い、その金でVRドスケベゲームを買った。





 『ワスプ婆さんの店』の中を、ウスカさんがせっせと走り回っていた。

 右から左、左から右。

 彼が慌ただしく動く度に荷物も行き来する。


 なかなか大変そうな仕事の光景なのだが、彼の後ろを、街の子供達がわーわーきゃーきゃーくっついて回っていたので、雰囲気はやたら楽しそうだった。

 「朝市終わると、一気にこっちの客増えるからなー。品揃え急げー」とか彼が言うと、「いそげー!」「げー!」と子供達が唱和している。


 ウスカさんは鍛冶屋で、あくまでこの店にいるのは居心地がいいからだと思っていたのだが、様子を見ているとすっかり店の従業員である。


「そういえば、マリーはどうして俺がブラックヘイズの詰所で目を覚ました時、あの場にいたんだ?」


 ウスカさんの奮闘を横目に、俺は、接客役としてカウンター席に腰掛け、書類仕事をこなしているマリーと話をしていた。


「あの時、民兵団に来てたよな?」


 思えば、不思議な話である。

 ただの雑貨店の看板娘がなにゆえあんな所に?


「あれは、面通しに行ってたんです」

「面通し?」

「ええ。ザンビディスさんに呼ばれて、サトウさんの顔を確認しに行ってたんですよ」

「よくわかんないな。どういうこと?」


 「面通し」というのは一般的に、何か事件があった際、容疑者の顔を確かめる為に使われる言葉ではなかったか。


「実はちょっと前になるんですけど、カリピュアの町で、ダニーロさんっていう人が殺される事件があったんですよ」

「殺人事件……?」

「はい。夜、家の中で寝てるところを殺されていたんです。翌日、仕事仲間の人が発見したとかで……手首を切り落とされて死んでいたそうです」


 前から思ってたけど、ここ、やっぱ物騒だよな。

 人の生き死にに関わる話がちょいちょい出てくる。

 そういうところは、現代日本とはやっぱ全然違うわ。


「ところがその、ダニーロさんの住んでた家って、実はこのお店からそんなに遠くないんです」

「マジ? 怖いな」

「はい。割とすぐそこです。だからかもしれないんですけど、ダニーロさんが殺された日の夜、彼の家の近くで、私、怪しい人影を見てるんですよ」

「え。犯人を目撃したってこと?」

「んー。まだ犯人とは限らないですけど……」


 候補ではある、ということだろうか。


「どんな奴だったんだ?」

「オークみたいに大柄な男の人でした」

「えっ。オーク?」


 って、あれだよな。

 女騎士とかエルフの姫とかを、すーぐボテ腹アクメさせちゃうファンタジー界最強のヤリチン豚人間だよな?

 いるの? アゼルガにも……?


「ではなく、それくらい大きな人です。比喩です、比喩。おっきな剣を腰にぶら下げてて、凄く強そうでしたね。多分、サトウさんが四、五人で一斉にわーってかかっていっても、どーん、って返り討ちに遭っちゃうと思います。どーん」

「……」


 マリーの予想以上の低評価に俺、沈黙。

 くっ。いつかおっぱい死ぬほど揉みしだいて、俺という男がいかに野獣のように危険な存在かをその体に教え込んでやる。


「顔も、チラッとしか見てないんですけど、ザンビディスさんより強面でしたね。全然見覚えがないというか、この辺りでは見かけない顔でした」


 ザンビディスさんといえば、アクションスターばりの説得力を誇るルックスの持ち主である。

 そんな彼よりもヤバげとなると、相当のものではないだろうか。

 まさか、CV・玄田哲章くらいの戦闘力の犯人なのだろうか……? 誰も勝てないぞ……。


「私の他に誰も犯人候補の目撃者がいなかったらしくて、一応、一番の容疑者、ってことになってるみたいです。元々、ダニーロさん自身も、かなり大きな体格の人だったんですよ。だから、並の人じゃ太刀打ちできないのは分かりきってたんですけど」


 ふーむ。

 目撃者がマリーしかいない、ね。

 それじゃ、マリーがいなくなったらどんな外見の奴が犯人だったのか、いきなり分かんなくなっちゃうな。


「そんな事があったんで、ザンビディスさんが気になって私を呼んだんだと思います。『見かけない顔の男が一人、死にかけて運び込まれてる』『以前、マリーが目撃した男かどうか、確認して欲しいから来てくれ』って」

「Oh……」


 どうやら知らぬ内、犯人候補になっていた模様。

 俺、借金生活どころか、牢獄生活になってた可能性があったのか。


「でも、サトウさんはまるで似てなかったですからね。身長とか全然違いますし、私が証言したら、すぐ容疑者じゃなくなったみたいですよ」

「そ、そっか。ありがとな、マリー。助かったよ」


 俺が礼を言うと、マリーは花咲くような微笑みを浮かべた。


「いえ。繰り返しますが、サトウさんじゃ十人、二十人集まってもかないっこなさそうな相手でしたからね。どかーんってやられちゃうだけだと思います。どかーん」

「なんで繰り返したんだよ……」


 返り討ちに遭う人数増えてるし……。


「あっ、でも、私はサトウさんみたいな人の方が好きですよ。怖い人はちょっと苦手です」

「……」


 そ、そう? それならよし。

 ……。

 俺みたいな人の方が好き。

 →俺みたいな人が好き。

 →→俺が好き。

 おほっ!

 マリーと変態搾乳プレイする未来に一歩前進しちゃったかもしれないよこれ。


「ちなみにその、亡くなったダニーロさんって人は、何やってた人なんだ?」


 やっぱり無法者の多い土地柄だし、凶悪事件に巻き込まれて当然の職業の人間だったんだろうか。

 前に名前を聞いた盗賊ギルドみたいな感じで、裏社会の住人、とか。


「いえ。お仕事は普通に漁師をされてた方だそうです。三年ぐらい前に島に来たばかりってことで、知り合い自体は多くなかったみたいですけど、漁師仲間の人とか、彼のご近所さんからの評判は、特に悪くなかったみたいですね」


 漁師か。完全に一般人の職業だな。


「私は、お店にお買い物に来られた時くらいしか接点なかったかな。あんまり親しくはなかったですね。でも、物静かで、優しそうな目をしてる人だなあ、って印象はありましたよ」

「ダニーロさん、三年前に来たってことは、そこそこ新規の住人だったってことか?」

「そうですね。割とふらっと島に来て住み着く方おられますけど、彼もそういう人の一人だったみたいです」

「ふうん。どこから来たか、とかは誰も知らなかったのか?」

「ですね」


 そうなのか。

 まあ、日本でも同じアパート、マンションの隣人でも、何やってる人か全然知らなかったりするケースはよくあるけど。


「アルタって、ここに来る前どこで何してたかまでは、あまり詮索しない暗黙のルールみたいなのがあるんですよ。島の中で事件を起こさない限り、みんな割と不干渉なんですよね」

「なるほどなあ」


 その辺は、脛に傷持つ者同士が身を寄せ合う集落であるが故なのだろうか。

 昔のオーストラリアみたいな流刑地だと、そういう過去への不干渉の風習があったりしたって聞くな。


「ザンビディスさんも、ダニーロさんが殺された理由が今ひとつ分からないみたいで、『過去が追いかけてきたのかな……』なんて言ってました」


 過去が追いかけてくる……。

 むう。ハードボイルドな言い回しだな。

 相変わらず渋いね、どうも。


 と、ミステリーめいた話をしていたからだろうか、そこで俺は、マリーに忠告しておくことがあるのを思い出した。


「マリー。一つ話しておくことがあるんだった。さっき店に来る時、変な奴を見たんだよ」

「変な奴? なんですか?」

「ここの店のガラス窓を、外から覗き込んでる不審な男がいたんだよ。店内の様子を伺ってるみたいだった」

「えっ……」


 マリーの顔がみるみる青ざめる。


「頭巾被った怪しい男で、身長とかは俺と同じくらいだったな。声かけたら、すごい勢いで逃げてっちゃったんだけど」

「う、うわああ~~……」


 マリーは今にも泣き出しそうなほど、顔を歪めた。

 自分の体をかき抱くかのように、両腕を胸の前面でクロスさせる。


「な、なな、なんか最近、私、変に見られてるんですよぉ。店の前の通りに、見知らぬ男が立ってたりとか。街を歩いてても妙に視線感じることがあって、すごく怖いんですよぉ……気持ち悪いんですよぉ……」


 マジか……。

 じゃあ、店の物盗りとかじゃなくて、マリー個人の様子を見に来てた可能性があるってこと……?


 ちなみに、今も俺が腕の中でむぎゅっと形を変えてる乳袋をじっと視姦しているぞ。(【悲報】犯人、俺)


「さ、サトウさん。何かあったら守ってくれます? マリーのこと、助けてくれますか?」


 涙目で、長衣の裾を握りしめてくるマリー。ぐいぐい引っ張るよ。


「あっ、あたりあえだろ……ほれに任せとけ」


 赤髪翠眼の美少女に頼りにされるという慣れないシチュエーションに舌を噛みつつも、マリーと変態授乳プレイする未来映像を幻視して、俺の海綿体は既にばきばきである。

 うん。やっぱ俺が犯人なんじゃねえの。



   ◇



「すまんな、待たせちまって」


 ようやくやって来たウスカさんが、苦笑混じりにそう言った。


「いえいえ。お忙しいところ、お邪魔しちゃいまして」


 正直、雑貨店の品出し業務より、まとわりつく子供達を追い返す方が遥かに労力を要する作業だったように見えたのは言わないでおこう。


 最後なんて、子供が満足するように一人ずつ抱っこしてやってたぞ。

 日本だったら、テーマパークでスターになれるなこの獣人。


「あー、早速だが、昨日言ってた仕事の件だ。稼げる仕事を見繕う、って奴な」

「なな、なんかありましたか!」


 食い気味に訊くと、ウスカさんの狐耳がビクッと反応した。


「いやそう、前のめりになるな。こえーよ」

「そうですよ。少し落ち着いて下さい、サトウさん。鼻息荒すぎです」


 いつの間にかカリオテがやって来て、同席していた。

 俺をたしなめてくる。

 前髪跳ねてるのが気になるのか、指先でいじり回していた。


 ……君、関係なくね?


「昨日あの後、ちょっと人を当たってみた。結論から先に言うと、ま、『無きにしもあらず』ってとこだなァ」

「なんです、その曖昧な感じ」


 あったのか、無かったのか。

 こっちが知りたいのはそれだけだよ。


「実は、稼げはするんだが、それなりに条件付きなんだよな」


 冒険者ギルドのマスターは、そう言ってこちらを値踏みするような視線を向けてきた。


「お前、どれくらい腕立つんだ? 戦えないと全然稼げない仕事になるが……結構腕っ節に自信ある方か?」

「戦闘、ってことですか……?」

「そうだ。モンスター討伐とかの経験は?」

「……」


 う……ウサギキラーキラーキラーが、関の山ッス……。

 つか、レベル3ッス……。

 貧弱な坊やッス……。


 しかし、なんか「クソ雑魚ニュービーです」と告白した途端、「そうか。なら帰っていいぞ。家のベッドでママのおっぱいしゃぶってな」とリクルート案件から叩き出されそうな気配である。

 嘘はつかず、でも、もう少し聞こえのいい返事をしたいね。

 ということで。


「大体、こいつと同じくらいの強さですかね」


 俺は、レベル4騎士見習いを指さして言った。

 これなら嘘じゃない。


「……」


 どこから取り出したのか飴を舐め始めたカリオテが、興味深そうに俺を見上げてくる。しげしげ見てくる。


 そんな栗色髪剣士と、異世界無職とを、交互に眺めるウスカさん。


「カリオテと同じくらい? それってつまり……」

「なるほど。要するに、そこそこ期待できる、ということですね」


 えっ。

 何言ってんのこいつ。


「ふっふっふ……」


 カリオテが、得意げに肩を揺らした。

 いつになく図に乗っている気配。


「恥ずかしながら、我がカリオテ家は、これでも冥明流めいめいりゅう剣士の流れを汲む家柄でして」

「ほう。あの竜殺しの剣か? それはすごい」

「はい。対竜、三剣。対獣、八剣。対人、二十七剣。三十八の極意剣で名高い、あの冥明流です」


 黒い瞳をきらりと光らせた。


「私も兄と共に、幼い頃より厳しい修行に明け暮れてきたものです。武の国オリシュタイン広しと言えど、『大帰還』を経て尚も、かの天下無双の剣を伝える者は一握り。そんな私と同等、ということは――……」

「サトウも見た目によらず、ってところか。まあ、ネア先生のお弟子さんなんだもんな。そりゃ強いか」


 あれっ。なんか、予想以上の評価がついてないか……これ。

 軌道修正しないとまずくね?

 つーか。


「お前、兄貴いんの?」

「えっ……」


 そう問うと、カリオテが意表を突かれた様子で口をつぐんだ。

 口の中で飴玉を転がしているのか、時折、ぽこんと頬袋が膨らむ。


「まあ、いますね」

「へえー。名前は?」


 ぽこん。


「別になんでもいいでしょう」

「いや、教えてくれても良くね。ていうか、家名を高めたいとか前に言ってた気がするけど、兄貴がいるなら家督を継ぐのって、お前じゃなくて兄貴になるんじゃないの? なら、下のお前はそこまで気張らなくても良くね」


 ぽこん。


「話を戻しませんか。脱線してると思うのです」


 真顔で言った。


「あ、ああ。まあそうだな。ふむ」


 気圧されたように頷くウスカさん。

 フォックスおヒゲを指先で扱きつつ、続けた。


「そういうことならそんなに心配なさそうだが、念のため、一度一緒に狩りに行ってみるか。北の森で、俺が直接腕前を見てやる」

「……狩りですか?」

「そうだ。そこで俺が合格だと思ったなら、案件を紹介してやろう。というかまあ、どっちにしろ、急ぎでもすぐにはその仕事はできないんでな」


 うーむ。そんなに危険な仕事なんだろうか。

 いざ紹介されても手に余る、とかだと困るな……。


 あっ。

 待てよ。いいこと思いついた。メム……。


「サトウは明後日の予定空けときな。俺はブラックヘイズ……島の民兵団にも籍があってな、まあ身分は緊急時にだけ参加する一般民兵なんだが、そっちからもう一人くらい信頼できる奴を助っ人で連れてくる。北の森なら、万が一のことがあっても、それで大丈夫だろう」


 明後日、腕試しね。

 ふむ……。


「あの。俺も一人連れてきていいですか?」

「ん? どういうことだ?」

「いえ。俺の相棒……とでも呼ぶべき奴がいましてね。その手の多少荒っぽい仕事をしたがってたりするんですよね」


 言わずもがな、メムのことである。


 レベルがどの程度強さの物差しになるのかはわからないが、レベル20に満たないディーディーが、民兵団の中で割とブイブイ言わせてる風だった。

 なら、ネアモード(レベル682)ではなく、メムモード(レベル22)でも十分に猛者の一人として数えてもらえるんじゃなかろうか。

 後は、見た目の問題だけである。


「サトウさん。私以外に相棒なんていたんですか? 初耳ですが」

「えっ」


 お前いつの間に俺の相棒になってんの。

 え、何? もしかして、自分より冒険者として後輩になりそうだからって、マウント取りに来てる?


「……シノビ、だからな」

「はい?」

「いや、クノイチ……だな」


 囁く俺に、カリオテが難しそうな顔をする。


「クノイチ? 何を言っているんです、サトウさん」

「俺の相棒は、人目を忍ぶ存在なんだよ。だから話してなかった」

「……よくわかりません……」


 首を傾げる二人を、更に煙に巻くように俺は続けた。


「そいつもネア先生の知り合いになるんだが、割と特別な身の上なのさ。ヒノモトでダイミョウに仕える特別な戦士なんだ。その名をニンジャガール、クノイチ」

「ひ、ヒノモト? ダイミョウ……?」

「聞いたことねえな……」


 そうは言いつつも、ウスカさんは興味を持った様子。

 瞳の奥に輝きがある。


「そりゃそうですとも。本来、存在を知られてはいけない立場の戦士ですからね、クノイチは。名を知られて無くて当然です」

「王や貴族の懐刀的な部隊、ってことか……?」

「まあそんな風に思って頂いて構いません。そいつ、実は以前から『島暮らしで腕が鈍るといけないのでござるニンニン』なんて話してたんですよ。どうでしょう。連れてきたらまずいですかね? 腕前の方は保証しますよ」

「いや。別に構わないぞ。本当に腕が立つなら、『仕事』にも是非来てもらいたいしな。そっちはできるだけ沢山、戦える奴を集める必要があるんだ」

「そうですか。良かった。では、明後日一緒に連れてきます」


 よしよし。メムがパーティーに加われそうだ。

 ニンジャとかクノイチとか適当ぶっこいた辻褄合わせが大変だけど。


 でも、あれだな。

 その『仕事』って、どんな内容なんだろうな。

 できるだけ沢山戦える人間、とかって、そんな大がかりな戦闘になるのか?

 この平和そのものの島で……?


「あのぅ、その明後日の森なんですけど、私も行っていいですか?」


 と、カリオテが小さく挙手をした。


「実は、イヴリーフさん達を探すに当たって、私も一度北の森へ足を運んでみたいと思っていたのです。もしモンスターに襲われてしまったとしたら、一番可能性のあるのがそこであるという話でしたので、どんな場所かだけでも見ておきたくて……。ただ、いかんせん地理に疎いもので、二の足を踏んでいました」


 一瞬、「え? なんでカリオテが?」と思ったものの、意外とまともな理由だった。


 ウスカさんが首を縦に振る。


「ああ。別に道連れが増える分には構わんぞ。いざって時に、足手まといになられると困るが」

「なっ。足手まといですか……。甘く見られてしまったようです」


 ちょっとイラっとした顔で、新たに飴を取り出すと、口に含み、ぺろりぺろぺろと舐め始める。

 うん。そういうとこだと思うぞ。


「困りますね。先ほども申し上げました通り、私は冥明流の使い手。かの竜殺しの剣神、アンバーの剣術を学んだ者ですよ? 人々が最も得物を手にした戦乱の時代にあって、尚、天下無双の剣士と謳われたアンバーの伝説的な強さを、吟遊詩人の歌う武勲いさおしの中であれ、耳にしたことはありませんか?」

「すまん。知ら…」

「はああぁぁぁ!?」


 俺が「知らない」を言い終わる前に、カリオテが激昂の叫びと共に立ち上がった。


「『老熊戦争』の伝説を知らないのですか! 頭おかしいのですか!」

「い、いや。そう言われても……」

「どうしてですか! どうして知らないのですか!」


 ずむっ! ずむっ!


 すげえ……。それなりに成長した人間が、本域で地団駄踏んでるとこはじめて見た……。


「あ、俺はもちろん知ってるぞ……」


 ウスカさんが口を挟もうとしたが、ヒートアップしてしまったカリオテは止まらない。

 上気した顔で、腕をぶんぶん振りながら語り始めた。

 めっちゃ早口。


「ノレド戦役においてはたった一人で城を落とし、ゴーンの獣使いを相手にしては十八頭の大虎を立て続けに屠り、ノースランドの不死王ノーライフキングと相対して無事生き延びたばかりか片腕を持ち帰り、そして……そして……あの『老熊戦争』! 深淵の者達をも呼び込み繰り広げられた大戦おおいくさ! 国を救い! 人を救い! そして、剣と誇りと未来とを救った『剣神』! 『風狼を従える者』! 『羅刹漢』! 『雷足』! おおお『竜殺し』!」


 両腕掲げて天を仰ぐ。


「アンバー! アンバー! アンバー! アンバー! 神よ照覧あれ! アンバー! アンバー! アンバー! アンバー!」


 コールはじまっちゃったよ。

 どうやら、この騎士候補生にとってのアイドルだったようである。

 そろそろオタ芸が来そうだな。


「アンバー?」


 あれっ? なんか聞いた名だな。

 もしかして。


 懐を探ると、先刻、瓶詰めを買った際にもらったメダルを取り出す。


「なあ、それってこ…「ひあああああああ!」


 カリオテが突然世界が滅びたような声を出した。


「あんばー!」


 俺の手を引きちぎらんばかりに掴んでくる。


「あすたーよーのしーくれとめだる!」


 ガクガクと震えていた。


「か、顔が近いですよ、カリオテさん」


 鬼気迫る様に、正直、ぼくも震えた。

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