アルタ群島(22)「ボーパルバニー・Ⅰ」

~これまでのおはなし~


 遡ること七年前、俺、佐藤翔(19)はバイト先で知り合った同い年の富井君が漫画を描いていることを知った。軽く見せてもらうと絵が抜群にうまい。プロ並というより、そこいらのプロには勝ってる画力だ。なのにまだ十八歳。(←早生まれ)「プロにならねえの?」と聞くと「持ち込みしたことあるけど、俺の漫画、ヤバいって言われたんだよね。悪い意味で」「原作つけてみる?としか言われなかった」と悲しそう。試しに自信作を読ませてもらうと、それはロボット物。「十代主人公!突如現れる敵!町がピンチ!少年はわけもわからぬまま、謎の巨大ロボットに乗り込み戦う!」というベタベタながらも王道展開で、何が酷評されるのかわからんなーとページをめくると、乗り込んだロボットのコクピットで主人公が溶けて死んでいた。実はこいつは巨大ロボットでもなんでもなく、機械擬態食人生物という奇っ怪な化け物で、英雄願望に酔ってやって来る調子乗りをもりもり食べるという性質を持っていたらしい。「編集さんに、漫画原作者を探してもらったらいいんじゃないかな」と俺が言うと、富井くんはやはり悲しそうだった。





 辺りに、「キシャァァァォォォォウォォォウゥォォォォウ!」と、明らかにウサギ離れした咆吼が響き渡った。


「うおっ! ヤベエ!」


 声からすると、兎というより、エイリアンである。

 愛らしく草をはむことと、お交尾をなさること以外、特にやることないのかな、と言いたくなる人畜無害この上ない生物が発する叫びではない。

 やたら好戦的だ。


 実際、威嚇の言葉に合わせて口先から滴る大量の涎は、異常性の発露としか思えなかった。

 だいぶキモい。まともじゃないね。

 動物園のふれあいコーナーで「かわいい! かわいい!」とJCJKにナデナデされている兎を見て、ああ羨ましいなあ俺のゴールデンバットがウサちゃんだったらなあと思ったこともあったけど、こんなギーガーデザインめいた輩であればお断りだな。キラーコンドームじゃあるまいに、御免こうむる。


 というか、小学生時代はウサギ小屋の世話当番をさんざん面倒くさがってたくせに、「キュッキュモフモフ」と愛らしい姿を晒すウサギ達にただエサをやるだけなら大喜びなのが日本のモテカワJKなんだよなあ。まったくもう。ラブホのベッドで成敗したい。



【名前】紅生姜丼

【種族】キラー・ラビット

【性別】男

【年齢】1

【職業】狂戦士

【称号】自己中

【血神】バラク

【レベル】5

【HP】34/34

【MP】2/2

【PX】17

【MX】1

【スキル】<クリティカル率上昇5><チャージ1>



 つか、割と強いな。俺では勝てない気がする。

 貧乏学生専用飯みたいな名前の分際で、カリオテよりレベルが上である。


「……って、来たぁッ!」


 まるで矢のように突っ込んできた。交渉の余地無しかよ! 当然俺は真横に逃げる。

 風切り音が俺の立っていた辺りの空間を薙いだ。


 運が良かったのは辺りが草地で、必死の横っ飛びジャンプで躱して転がっても、そう体が痛くはなかったこと。

 運が悪かったのは、ウサギの運動能力が俺の想定より遥かに高かったことである。

 ドーベルマン超えてるだろこれ。次は避けられる気がしねえわ。今、避けれたのも完全に運だよ運。


「KISHAAAAAAA!!」


 どうやら本人的にも俺に逃げられたのが不本意であったらしく、ヘボン式ローマ字で威嚇してくる。


 ダメだな。ここは逃げの一手だな。

 先刻獲得したばかりの<強走3>を使用してみよう。

 せいっ!



【MP】16→10



 MPがゴリッと減る。しかし、【PX】には見た目上の変化は無かった。

 【PX】という数値の仕様が今ひとつ掴めないぜ。

 でも足は早くなってる筈だ。


「じゃーな、とっつぁん! あばよー!」


 俺はせっせと走り出す。

 おう。早い早い。


 とりあえず、<強走3>のスピードは、普段走りの倍くらいって感じである。

 平均的な成人男性のランニング速度は、時速12キロ程度だったと思うから、20キロは出てるんじゃない?

 マラソンの世界記録くらいのペースかな?

 しかも、持久力にチートがかかっているようで全然疲れない。なので辛くない。本気出せばもっといけそう。


 そして、俺のMXは現在8。<強走>の効果時間は分単位で、「MX」×「使用スキルレベル」だったから、二十四分間はこの脚力を維持できるわけだ。

 <強健>スキルほどの爆発力はないけど、平常時使うには相当便利なスキルと見たね。


 このペースなら無事に逃げられるんじゃないかしら。

 そう思い、チラッと背後を見て驚愕。


「えええっ! 追って来とる!」


 しかも、明らかに俺より早い。ひいいっ!


 ぐっと両足に力を入れて、急制動をかける。一気に方向を転換すれば、さすがに全身をみりみりと不快な感覚が襲った。


「GYAOOOOOOW!」


 涎混じりのたけり声が、またしても俺の傍を駆け抜けていく。濃厚な獣スメルが嗅げる距離。

 間一髪である。

 本当に危ういところだった。背後を確認するのが一歩遅かったら、確実に尻をやられてた。


 どうやらこのウサチャンの速度は時速20キロ程度ではないらしい。サイズのみならず、俊敏性も大型犬に似ている。猟犬として使われるタイプの犬種は時速40キロ以上平気で出すそうだから、これは逃走不能ということだろうか? マジ?


「BOGYAAAAAAAAA!!」


 いよいよキ●ガイじみてきた雄叫びに、俺は肝を冷やした。

 俺が何をしたというのか。

 過去ウサギを苛めた事なんてないと思うぞ。落ち着けどうどう。


 と、唐突に、大学の後輩の馬場君とのエピソードが脳裏をよぎった。


 馬場君は、爺ちゃん婆ちゃんと一緒に暮らす二世帯同居家庭で育った、新潟出身のシャイボーイ。彼は子供の頃、家でウサギを飼っていたらしい。なかなか可愛い奴らで、せっせと世話をしていたのだが、ある日、学校から帰ってきたら妹が大声で泣いている。どうしたのかな、と思ったら見覚えのあるウサギが土間の戸口に吊るされていた。無論、よく似た人形とかではない。絞められて死んでいる。


「なにそれこわい」

「いや、俺と妹はペットだと思ってたんですけど、爺ちゃん達、食うために飼ってたらしいんスよね。夜、普通にウサギ汁が出ました」

「すごい響きだな『ウサギ汁』……。それおいしかった?」

「まあまあだったっす。妹また泣いてましたけど」

「マジか……トラウマになるぞ。でも、ウサギ肉ってどんな歯ごたえなんだ? 鶏肉っぽい感じ?」

「食いに行ってみます? 確か都内で食える店ありますよ。検索してみましょうか」


 と、その足で二人してウサギ肉を使ったシチューを食べに行ったことがあったのだった。

 正直、美味だった。あざっす。


「KyWOOOOOOOOOW!」

「スマン! 食ったことは謝る! この通り! だから食わないでくれ!」


 しかし、弱肉強食が大自然の掟。

 紅生姜丼(名前)は、俺の首級を挙げ、「クズ人間、討ち取ったり!」と勝ち誇ることしか考えていないようである。


「クソッ! やるしかないか……!」


 だが、武器がない。

 徒手空拳。

 攻撃手段が己の鍛え抜かれていない肉体しかない。

 魔術師気取ってないで、マリーの店で安いナイフでも見繕ってもらうべきだったぜ。


 昼間にやった投石を試してみようか?

 だが、あれは示威行為だったからいいようなもので、実際の近接戦闘で使うのはどうだろう。

 避けられたら完全におしまいである。

 「投石!」→「回避!」→「隙だらけのワイの肉体にがぶり!たべっこどうぶつ!」→「ぎゃぼー!」→「BADENDリストがひとつ埋まる」という未来しか見えん。


 などと考えながら、じりじり距離を測っていると、恐るべきことに気付いた。

 気配が一つではない。

 周囲に敵性反応が、もう一つ。

 二つ、三つ、四つ。


 ぞぞっと、俺の全身を怖気が襲った。



【名前】玉葱丼

【種族】キラー・ラビット

【性別】男

【年齢】1

【職業】狂戦士

【称号】クチャラー

【血神】バラク

【レベル】5

【HP】32/32

【MP】4/4

【PX】16

【MX】1

【スキル】<クリティカル率上昇5><バックスタブ1>



【名前】白メシギョク

【種族】キラー・ラビット

【性別】男

【年齢】1

【職業】狂戦士

【称号】自分でしたうんこに異常な興味を示す兎

【血神】バラク

【レベル】4

【HP】32/32

【MP】4/4

【PX】16

【MX】1

【スキル】<クリティカル率上昇5><フットスタンプ3>



【名前】とろろ納豆ごはん

【種族】キラー・ラビット

【性別】女

【年齢】1

【職業】狂戦士

【称号】ハメパコ希望

【血神】バラク

【レベル】5

【HP】30/30

【MP】4/4

【PX】15

【MX】2

【スキル】<クリティカル率上昇4><対異性優位1>



【名前】つゆのみ丼

【種族】キラー・ラビット

【性別】男

【年齢】2

【職業】狂戦士

【称号】ウサギキラーキラー(UKK)

【血神】バラク

【レベル】9

【HP】???/???

【MP】2/2

【PX】???

【MX】1

【スキル】<クリティカル率上昇7><バーサーク2>



 一匹だけいるプレイヤーキラー・キラーみたいな奴が見るからに強烈だな。

 どうやらウサギを狩る人間を逆に狩るウサギ界の英雄様っぽい。おい馬場、気をつけろ! 爺ちゃん狩られるぞ!


 ていうかお前らなんで牛丼いねえんだよ! 奇っ怪な食い方ばっかしやがって!


『GoGYAAAaaaaaaW!!』


 集団で狩りをする動物は、その吠え声で対象を怯えさせ追い詰めるという。俺もしっかり漏らしそう。


 もっとも、爛々と狂気に染まる瞳が並んだ時点で、既にこっちの心は挫けていた。

 俺をくびり殺し、生き血を啜ることだけを望む、その集団譫妄せんもう

 最早ウサギではない。


 君達は何故そんなに生き急ぐのか。

 やめたまえ。命は尊いものであるぞ。やめ! やめなよっ! 泣いてんじゃん!


(どうすんだこれ)


 ガチのピンチだろ。


 案その1。逃げる。

 だが回り込まれてしまった! 佐藤はくびをはねられた!

「うひょう! 佐藤の肉うめえ!」(ウサギ)

 残念! 君の冒険は終わってしまった! 14へ進め!


 案その2。まずは弱そうなのから一匹倒す。

 うおお! いい勝負! だが拮抗してる横から別の奴が佐藤をガブリ! 反対からも、もいっちょガブリ!

「うひょう! 佐藤の肉うめえ!」(ウサギ)

 あーおしいなー結構良い線行ってたんだけどなーやっぱだめかー。

 残念! 君の冒険は終わってしまった! 14へ進め!


 案その3。一番強そうなボスをいきなり叩く!

 うおおと佐藤のかけ声が終わる前に頭のてっぺんから陰部までが縦切りにズビブシャアと弾け飛んだ! ボスつよっ!

「うひょう! 佐藤の肉うめえ!」(ウサギ)

 最初に戻ってやり直せ!


「ロクな未来が待ってねえええEEEEって、人が考えてる間に来んなよおぉぉぉ!」


 俺がまだどうするか決めかねているというのに、「脱兎」という言葉の示す通りに、兎達は持てる俊敏性を発揮し、一気呵成に攻め立ててくる。


 マナー違反だろ! 巨大ロボットが合体してる時とか、魔法少女が変身してる時とか攻めちゃダメだろ! 変身中の半裸の魔法少女をガシッと掴まえて「キャッ! 何するの!?」「ぐふふ観念せい」とかやってみたいけどよォ!


 兎達は、直線上、まるでジェットストリームなんとかを仕掛けてくるような隊列で、一気に突っ込んできた。

 五匹が集まって、一匹の野獣と化す。

 猛り狂った牙の輝きが一つになる。


うわあああああああああああああああああああああああああ

だめだあああああああああ

あああ

あ 【【XP】を割り振る先を選んで下さい】

あ 【【PX】/【MX】】

あ 【PX】8→12

あ【<剛健1> の獲得には、スキルポイントを3消費します】

あ【獲得しますか? <はい・いいえ>】

あ【<剛健1> を獲得しました】

あ【MP】10→0

ああああこのバカチンがあああああああああああ!!!!



 ――パァン!



 破裂音はひとつだけ。


 いや、違う。

 一つにしか、聞こえなかった。


 列車のように連なり密着突進してきた兎達は、俺の張り手を分岐点として、Y字左右に綺麗に別れ、飛び散った。

 ぱたたたっ、と肉片が散乱する。

 大地覆う草花がどっさりと血汐を浴びる。たわむ。

 血の濃霧ブラッドミスト


「うひゃっ……」


 骨。毛皮。内臓。

 異世界でもやっぱり肉袋の中は真っ赤である。

 長い耳がきりもみしながら、やけに遠くに墜落した。


 既に牙むく獣は居ない。あるのは挽肉ミンチ。不思議なことに、脳と切り離されて細胞単体になっても、なにがしかの生命活動の命令が残っているのか、肉片達はまだ止まることなくぶるぶると震え続けている。

 ウサギ汁を作る前の下ごしらえ、完了。

 俺の真後ろの地面だけが、鮮血にまみれていなかった。


 全力突進してきた発狂兎達には申し訳ないが、感覚は、大型犬サイズの水風船が五つばかり、ぶつかってきたようなものでしかなかった。

 体に一切の異常なし。


「あー……もう……」


 むしろ被害は他の部分に大きかった。

 指に突き刺さったり、ぶら下がったりしていた数匹分の目玉やら骨やらを拭い捨てると、俺は返り血に染まってしまった大事な長衣を、情けない顔で眺めた。


 辺りはもう静かになっている。



【<剛健1>】

 術者本人の肉体を強化および硬化し、発動後の外的接触一度に限り、生物限界を超える力を発揮する。

 攻撃時効果(PX):「個体質量固定値」×「使用スキルレベル」、Fatal属性付与

 防御時効果(PX):「個体質量固定値」×「使用スキルレベル」、Illogical属性付与

 消費MP:10

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