アルタ群島(21)「アクリ・Ⅱ」
~これまでのおはなし~
遡ること十九年前、俺、佐藤翔(7)は帰宅途中の橋の上で高校生の女の人に話しかけられるという体験をしていた。「きみ、
カリオテの人探しの一件は、ひとまずウスカさん(素人童貞)に一任されることとなった。
しかし俺がメムと別行動を取って、冒険者ギルドのギルマスに会いに来たのは、カリオテの付き添いだけが理由ではない。
「あの、ウスカさん。俺も相談があるんですけど」
「相談? なんだ?」
「実は冒険者になりたいんですが……」
俺がそう告げると、ウスカさん(デブ専)は頭の上端、尖った狐耳をピンと持ち上げた。
驚きのご様子。
「冒険者志願? そいつは嬉しいが……すまねえな。冒険者としての登録も、ギルドへの加入も、ここじゃできないんだ」
「え」
「なんせ、ギルマスって言っても本当の本当に名前だけだからな……。今の所、組織としての体裁が全然なんだわ」
ペーパーカンパニー並のすかすか感である模様。
「俺は昔、エルスラッドの冒険者ギルドに長く籍を置いてたせいか、それなりに信用だけはあってよ、あそこのギルマスに目ぇかけてもらってたんだわ。そしたら、用事でエルスラッドまで行った時、俺が今アルタに住んでるって知ったギルマスに『アルタ群島に支部を作らないか』って提案されたんだよな。『俺の代行を名乗ってギルマスやらないか』って」
「そんな形でギルマスになることがあるのですか。とても珍しい話ですね」
興味深そうにカリオテが言った。
いつの間にか、手にしている杏漬けの小瓶(買うのか?)は三つに増えている。
「それこそ、『この程度の規模の支部だから』って理由だろうけどな。逆に、まともな活動をするなら、ありえない話だったと俺も思う」
「不思議ですねえ。どうしてわざわざそんな小さな支部を作ったんでしょう。理由がよく分かりません」
「なんか、あれだ。アルタは特殊な土地だから、ごくごく稀に連絡の
おお、不労所得。
憧れの響きだね。羨ましい。
「しかしなんだって冒険者になりたいんだ? 一応、ネア先生のお弟子さんなんだろう?」
「えーと……」
弟子というより、ハウスキーパーというか、ヒモ(しかし肉体関係なし)というか、居候というか……。
ま、今更誤解を解くのも面倒なので、弟子でいいか。
「恥ずかしながら、お金が理由です。リムさん達の治療を受ける際に大きな借金ができてしまいまして。急ぎで、それなりの金額を稼ぎたいんですよ」
「サトウさん……」
カリオテが、しゅふぅーと、音を立てながら鼻息を吹いた。
「まだそんなこと言ってるんですか。冒険者を何だと思ってるんです。そんなに簡単に稼げるわけないでしょう。世の中甘くないです」
そして、やれやれこれだから、という顔で肩をすくめる。
「冒険者になることには反対しませんが、一攫千金だの、濡れ手で粟だの、子供じみた夢物語は捨てるべきです。私のように依頼をこなしながら、一歩ずつ着実に実績を重ねていくのが一番だと思いますよ。大丈夫です。サトウさんならやれますよ」
うるせー! おめーもまだ冒険者になったばっかって言ってたじゃねーか先輩ヅラしてんじゃねー!
「あーつまり、なんか金の稼げる仕事をギルドから回して欲しい、ってことだな? それくらいなら、別にギルメンじゃなくても構わないぞ」
「えっ!? ほ、本当ですか?」
「ああ。手数料をちょいと頂くが、俺が個人的に都合してやってもいい。だが、大金が稼げる仕事となるとアルタじゃ難しいな。一体どれくらい借金があるんだ?」
「……金貨三十五枚です」
ウスカさんは、不意に視線を窓の外に向けた。
「本当に大金だな……」
「しかも期限は二週間後……」
「……」
狐人は、唐突に鍛冶屋の前掛けエプロンをもぞもぞとやった。
コホンコホン。咳払いまでする。
「あー……そりゃもう、あれだな。諦めよう」
俺は悲嘆に暮れた。
えーんえーん。ひどいよう。ノゾミガタタレター。
クロー! クロやーい! 俺を助けてくれよォい!
頼むよォい! 返事してくれフォォイ!
だめだー。なーんも聞こえねぇよォー。
もう俺にはマリーちゃんのおっぱいしかー。
おっぱいしかないよー。
おっぱい助けてー。俺をエロで救ってー!
そんなことを思って視線を店内走らせていると、
「海賊のお宝を探してみるとかどうです?」
至高の乳袋様が、すぐ後ろ、案外近くに立っていた。ワオ!
ていうかこのおっぱいすぐ背後を取ってくるな。音も無く。
ステルスオッパイだな。
「海賊のお宝……ですか?」
「うん、そう。それを見つけることができたら、金貨三十五枚くらい簡単だと思いますよっ」
「マリー……」
ウスカさんの顔は渋い。
「今は、そういう伝説みたいな話をしてもしょうがないだろう。あれは何十年もさんざん島の人間が探して見つからなかったんだ。多分、存在しないと思うぜ」
しかし俺にとっては気になるフレーズである。
「なんです、海賊のお宝って?」
「あのですね、私が生まれるよりもずっと昔の話なんですけど、ここいらの島々って、海賊が牛耳ってたらしいんですよ。それを、武器を持った島の人達みんなで、わーって戦ってやっつけて、自分達の手に取り戻したそうなんです」
「ほう」
例の、民兵団ができた時の話かな?
「だけどその時、海賊が貯め込んでた筈の財宝がどこにも見つからなかったんですよ。だから島のどこかには今も海賊達のお宝があるんじゃないかー、って言われているんです」
「な、なるほどぉ……」
確かに伝説系の話だなそりゃ。
赤城山の徳川埋蔵金みたい。
カリオテも興味を引かれたようで、前のめりになっている。
「面白い話ですね。でも探しても出てこないってことは、生き残った海賊の一部が船で持って逃げちゃったとかじゃないんですか?」
推論を披露していた。
「ううん。それはないと思いますよ。皆殺しにしたそうですから」
「……」
なかなかに凄惨な過去である。すげえ島だな。
(海賊の宝ねえ……)
興味は湧く。湧くが、しかし二週間しかない今は、さすがに当てにできるものではないだろう。
脳内候補からは外しておこう。
「しゃあねえ。おめーも明日もっかい来い。それまでになんかいい仕事探しておいてやる」
ウスカさんが、しゅこしゅことキツネヒゲを扱きつつ言った。
「ほ、本当ですか? 借金、返せますか!?」
「いや、金貨三十五枚は無理だと思う。正直それは期待すんな」
「う……」
「だが、ビタ一文持ってないのと、多少なりと用意があるのとでは話が変わってくるだろ?」
「と、言いますと?」
「全額は無くとも、金貨五枚なり十枚なり手元にあれば、交渉できるんじゃないか? 借金の頭金にして、支払いを待ってもらうとかよ」
それは、割と現実味のあるプランだ。
いいかも。検討の余地あり。
「でも、もぐもぐ、二週間で金貨十枚も相当大変じゃないです? もぐもぐ。何か妙案があるんですか? もぐもぐ」
カリオテがマリーから何かもらって食べながら言った。唐突に何食ってんだ。
「妙案ってほどのものじゃねえがよ……まっ、蛇の道は蛇って言うだろォ?」
例によって、突然キザな口調になったウスカさんがニヤリと口元を緩める。
「ついでに、ポランジの道はポランジ、ってなっ!」
そして、フォックスウインクを一つ。
「あはっ」と、カリオテが破顔し、「ふふふっ。ポランジの道だなんて、ウスカさんったら、もう」と、マリーも楽しそう。
あっはっはっはっは!
「……」
笑い所が全然分からん……。
ポランジって何だよ……。
取り残されていた。
◇
「お二人とも、また来て下さいね」
俺とカリオテはマリーの巨乳見送りを受けつつ、『ワスプ婆さんの店』を出た。
とりあえず後はメムの家に帰るだけだな。
長い一日だったぜ。マジで。疲労困憊よ。
……いや待てよ。
マリーの素敵な乳袋、明日まで見納めか。
疲労関係なく行える唯一の運動、自家発電用に目に焼き付けておこう。
そう思って振り返ると、何でも屋の看板娘さんは俺達とは全然別の方角を見ていた。
目を細めて、通りの奥の方をじーっと睨み付けている。
なんだか、嫌な物でも見つけてしまったかの如き目つきである。俺(視姦常習犯の変態)はここにいますよ?
「うー……あのグロッチ野郎……」
知ってる! それ知ってる! グロッチ野郎知ってる! 俺にも分かる!
……って、何が?
「はぁー……やだやだ……」
溜息をつきながら、店内に入って行ってしまった。
なんだなんだ?
彼女の見ていた方角を観察するが、通行人が数人いるだけである。
うーん、よくわからんぜよ。
「サトウさん」
カリオテの声に我に返った。
「私はこれから宿に戻りつつ、もう一回り聞き込みをしてみます。今日は色々ありがとうございました」
そして、礼儀正しく栗色髪の頭を下げた。
「サトウさんに出会えて本当に良かったです。そうでなければウスカさんを紹介してもらえることもなかったでしょうし」
「ああ。でもまだ問題が解決したわけじゃないからな。お互い大変だけど、がんばろうぜ」
「はい。では、失礼します。……もぐもぐ……」
買ったばかりの硬そうなパンにかぶりつきながら、去っていく。
さてと、俺も行くかねー。
◇
と、気楽に思ったものの、カリピュアを出てからの徒歩の旅は、それなりに面倒くさかった。
俺がいたカリピュアの町はオビ島の西部に位置しており、メムの家が近くにあるティムルクという村は島の東部。まるで反対側なのである。
推測だが、JRの各駅で数駅分くらいは余裕で歩かされる予感。
「だるぅー……」
ちびリュック(メムの買い物を入れて帰る為の布袋をマリーに借りた)を背負い、舗装もされていない地面剥き出しの田舎道を歩く。
木々は少なく、延々草地と農地とが続いていた。
牧歌的な田舎の風景って感じだ。
景色だけは抜群にいい。
ファンタジー世界って、「ゴブリンだ!」「オークだ!」「トロールだ!」「モンゴリアンデスワームだ!」「雨に濡れて毛がくっついてガリッガリに痩せて見える不憫な狼だ!」って、あっちもこっちもやべえ奴らが跳梁跋扈してる印象だったけど、モンスターとかあんまいないとこもあるのな。
道の脇には何か石のようなものがズラッと並んでいた。
なんだろうな……。
あー、あれか。粘土とワラで日干しレンガ作ってんのか。
大昔からある建材の中じゃ割と優秀で、海外だと今も普通に使われてる地域あるんだよな日干しレンガ。
メムの家の修理に使えるかもなあ。
作り方教わってみようかな……。
などと、のんびり歩いていたのだが、さすがにきつい。
見れば陽が傾きはじめている。
夕刻である。
少し先を急ぐ必要があった。
俺は歩きながらステータスウインドウを開き、ずっと放置していた問題に向き合うことにする。
【名前】サトー・ショー
【種族】ハイヒューマン
【性別】男
【年齢】26
【職業】家事手伝い
【称号】もうすぐ奴隷
【血神】なし
【レベル】1
【HP】16/16
【MP】16/16
【PX】8
【MX】8
【XP】4
【パッシブスキル】<魔法抵抗・混沌10>
【アクティブスキル】<強健8>
【スキルポイント】65444
【装備】やわらかローブ、かわのくつ、ニプレス、ぼろシャツ、ぼろパンツ、ちびリュック
昼間に使ったMPはもうすっかり回復していた。HPも問題なし。
【XP】を未だに使い切っていないのは、俺の優柔不断な性格によるものである。
【PX】はHPが伸びる上、現在主力スキルの<強健>を使用するに当たって基礎係数として働くのでどんどん伸ばすべきなのだが、未だ【MX】を大きく伸ばす育成路線への未練を捨てきれない……そういう状態なのだった。
とりあえず、パラメーターが伸びたことで、獲得可能スキルに変化が起きていた。
【獲得可能スキル】
<強健9>
<強走1>
<強健>スキルについては、迷わず取っていいだろう。スキルポイント余りまくってるしね。
【<強健9> を獲得しました】
【<強健10> を獲得しました】
「♪パッパパーン」
続けざまに9、10と上昇させ、久々のセルフSEで祝福。
<強健>スキルも<魔法抵抗・混沌>と同じ10レベルで打ち止めのようだ。
しかし、今回の目的はこいつである。
【<強走1>】
術者本人の肉体を活性化させ、脚力、持久力を強化する。
効果:走行時の速度上昇及び、疲労軽減。
効果時間(分):「MX」×1
消費MP:2
移動系のアクティブスキルっぽいんだよね。
数秒単位でしか効果を発揮してくれなかった<強健>と異なり、効果時間が割と長めなのを見ると、ありとあらゆる運動能力を高めてくれる<強健>に対し、こちらは脚力の強化のみに限定したような効果なんじゃないかと推測できる。
多分、今の状況にちょうどいい代物なんじゃないかなあ。
【<強走1> の獲得には、スキルポイントを2消費します】
【獲得しますか? <はい・いいえ>】
派性で出てきたスキルだからなのか何なのか、1レベル目にして既にスキルポイントを2要求する強欲さだった。
気にしないけどね。
【<強走1> を獲得しました】
【<強走2>】
術者本人の肉体を活性化させ、脚力、持久力を強化する。
効果:走行時の速度上昇及び、疲労軽減。
効果時間(分):「MX」×「使用スキルレベル」
消費MP:2×「使用スキルレベル」
<強走>も例によって、スキルレベル1を取ると一つ上のものが獲得できるようになっていた。これも、何レベルでスキルを使用するかを、使用時に選べるタイプだね。
やはり、獲得していく。
【<強走2> を獲得しました】
【<強走3> を獲得しました】
3まで上昇させたところで、獲得可能条件を外れてしまったらしく、これ以上レベルを上げられなくなった。
【<強走4> 獲得可能条件】
・【PX】10
・【MX】10
・<強走3> の所持
この先は、【PX】と【MX】を再度上げないと獲得できないようである。
すぐ【XP】を消費して上げてみてもいいけど、クソスキルだったら嫌だからなあ。
とりあえず一度<強走3>辺りを使って、具合を試してからでいいかな。
なんて思っていると、獲得可能条件の欄にまた他のスキルが増えている。
【<剛健1> 獲得可能条件】
・【PX】12
・【MP】10
・<強健10> の所持
<強健>スキルを10に上げたことで、条件が公開されたようである。
上位スキルだろうか……?
つか、<強健>スキルからの派性、多くね?
<強健5> → <強走1>
<強健8> → <肉体硬化1>
<強健10> → <剛健1>
三つも派性してるよ。
スキルツリーの相当根幹だったのか?
すげーな。
問題は、いちいち、セルフbuffばっかってことだけど……。
「思い切って、残りの【XP】を全部注ぎ込んで【PX】を12まであげれば、この<剛健>スキル取れるのか……」
……などとぶつぶつ言っていたせいで、またしても気付くのが遅れた。
「ブーブー」
前方から変な音がして、足を止める。
草笛を鳴らしたような響きである。
「なんだ、兎か。びっくりした」
道のど真ん中、長い一対の耳を生やした生物が佇んでいた。
色は黒。
愛らしい真ん丸の瞳がこっちをじっと……
「……って、なんか変だぞ」
目つきがやばい。
全然、愛らしくない。むしろ、濁っててキモい。
更に口元がおかしい。
顎の筋肉がイカれでもしたかのように、ぱっくりキシャアと口先を開いたまま、涎を垂らしている。
そして何より、デカい。
大型犬くらいあった。
『――うーん、ティムルクまでの道のりが基本的に安全なのは確かだが、過去、狂化・凶暴化した大型ウサギが出て人を襲ったってことはあったな。超レアケースだが』
超レアケースらしかった。
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