アルタ群島(19)「ネア・Ⅲ」
~これまでのおはなし~
で、我らがヒロインはいつになったら鼻からヒールポーションを吹いて呼吸困難になりますか?
「冒険者ギルドぉ?」
俺の問いかけに、
「ああ。人探しなんて、少人数でどうにかなるようなものじゃないのは間違いないだろ。民兵団が非協力的だったとしても、広く情報の集まる場所に助けを求めるってのはアイデアとしては悪くないと思う」
知識も人脈も何も持たない俺個人が手伝いに参加したとしても、焼け石に水である。
餅は餅屋であろうと、俺は考える。
もし冒険者ギルドというのが俺の想像するような場所なら、ギルドに加盟している冒険者連中の出入りに合わせて、失踪した二人の情報が集まってくる可能性は十分にあるのではないだろうか。
あるいは、情報は無くとも、ギルドに自分達がクエストを発注し、人を雇う側になるということだってできるかもしれない。(ただ、それには先立つ物が要るが)
……まあ、もしかすると、非常に高レベル(600以上)で、且つ、かなり多芸である様子のネアなら、独力で二人を探す手立てを講じられるのかもしれない。
が、彼女には時間制限がある。
おそらく、あと半日程度でネアからメムに戻ってしまう筈だ。
できることは限られている。
「サトウさん、実はですね、私も民兵団へと赴く前に同じ事を考えたんです。ですが――……」
「サトウよ、こんな場所にそんな大層な組織があるわけなかろう」
カリオテの濁った言葉尻を引き取ったのは、メムネアの容赦ない一言だった。
「え? 無いの?」
「国がしっかり治安を維持している土地じゃないからのう。アルタ群島のような地域にまともな組織は寄りつかぬわい」
「ぐぬぬ」
マジかよ。そこまでひどい環境だったか。
「ま、そもそも、それなりに人の集まる都市部でなければ、ギルドとしての活動は成り立たぬじゃろうしの。冒険者達は定期的に仕事をこなさねば食っていけぬというのに、こんな辺鄙な場所では仕事が無いわい」
「Oh……」
異世界お仕事事情、なんたる……なぁんたる厳しさか!
某海外メロコアバンドの英語曲を「ゆったりしたテンポで癒されるいい曲だなー」と思ってのんびり聞いてたのに、ふと曲名を日本語翻訳したら『なんで働かねえの?(WHY DON’T YOU GET A JOB?)』ってタイトルであることに気付いてショック受けた時みたいな気持ちですよ。
「じ、じゃあ、『借金問題なんて、冒険者になってダンジョンで一攫千金手に入れちゃえば即解決ッショ! 楽勝ッショ!』って思ってた俺の立場は……」
「お主そんな甘いこと考えておったのか。ノージョブノーマネーでフィニッシュじゃよそんなもの」
「えー……」
「大体アルタに冒険者が来る意味がないのは、この辺りが平和そのもので、凶悪なモンスターが全然いないからという理由も…………いや待て、ダンジョン……?」
「サトウさん……私ちょっと幻滅しました。男がそのような情けない心意気でどうするのです。水は低きに流れると言いますが、我々未来ある若者は流れに逆らってでも、高みを目指すべきでは? 私の国ではちゃんと働かずにぷらぷらしているいい大人を指して『グロッチ野郎』なんて言います。グロッチというのはそもそも巨大鼠に巣食う寄生虫の名前で――……」
もうボッコボコ。
知りたくもない豆知識まで交えて袋だたきである。
ていうか結構ショックだなあ。本当に冒険者として稼げないか考えてたからなあ。
なのに突然「ギルド? ねえよ! クソして寝ろ!」なんて言われたらヘコむわあ。立ち直れるかしら。
「あるわよ」
急に、どこからかそんな声がする。
「冒険者ギルド、あるわよ。この島」
ば、BBA……! もとい、
「マダム!?」
カウンターに佇み、妖艶に
客がロクにいないからか、はたまた、ショタイケメンチンポを狙い続けているのか、俺達の会話に聞き耳を立てていたようである。
「本当か? そのようなこと、ワシはじめて聞いたぞ」
「ネアちゃんが知らなくてもしょうがないわ。ギルドマスターがいるだけで、別段活動はしてないもの。ま、島に冒険者が他に誰もいないから仕方ないけど」
ネアのことを「ちゃん」付けで呼んじゃう貫禄、さすがやで。
「そ、そうだったのですか。宿の従業員に聞いた時は、『ぼうけんしゃぎるどぉ? 聞いたこと無かだが、それ食いモンだべか』なんて反応だったので、諦めていたのですが……」
カリオテの驚いた様子を見て、マダムは得意そうに片眉を上げた。
フーッとひとつ、大きく紫煙を吐く。
「アタシ、こう見えても島のことにはちょっとばかり……(ぺろり)……詳しいのよねェ……」
台詞途中で唇なめなめしたその舌先の動きに、猫背気味、雄の象徴を守ろうとするポーズになってしまったのは何故だろう……。
◇
「これは貸しにしとくわ。でも覚えておきなさい。アタシへの貸しは高いわよ」
俺達はマダムから聞いた情報を手に、『命綱』亭を後にした。
正直、怖い貸しである。
金貨三十五枚より遥かに高くつきそう。
「では、儂は先に戻るぞ、サトウ。買い物リストの件も含め、後は頼んだからな」
店を出たところで二手に別れることになった。
俺はカリオテと共に冒険者ギルドのギルマスに会いに行く一方、ネアは自宅に先に帰るのである。
結構やることが溜まっていて、こうしてばかりもいられないらしい。
「すまぬな、カリオテ。最後まで付き合えず」
「いえ、良いのです。大変お忙しいというお話ですし、お力を借りてばかりというわけにも参りません。途方に暮れていた身には、ひとまず当たってみる先が出来ただけでもありがたいことです」
殊勝なカリオテに、メムネアは「うむ」と頷いた。
「儂なりに、もう少し当たれる所に当たってみよう。ただ、儂は所用で一週間ほど会えなくなる。何か分かったらサトウに伝えておくが、逆に儂への伝言がある場合は、サトウに会えればサトウに、そうでなければマダムにでも伝えておいてくれ」
「は、はい。わかりました」
なんか、マダムが冒険の拠点にいるような重要キャラになりつつあって嫌なんだが……。
「サトウよ。用事が終わったらすぐ帰ってくるように。あと、カリピュアからティムルクまでは、時間はかかれど、道なり故に迷うことはないだろうが、そこから家までは分かりにくいので地図を書いておいたぞ。持っておくが良い。あと、拾い食いしないように。財布を落とさぬように。病み上がりなのだから無理はせぬように。それから――……」
あーもー!
カーチャンかよ!
「さてと」
ひとしきり言いたいことを言って満足した幼女。
店の前の開けた空間(ここいらは舗装されていない剥き出しの地面だ)に向かって、両手杖をぐっと掲げた。
以前、部屋で見かけた黒い杖だろうか。
メムネアの身長よりも長い品である。
『――フェ=リト』
囁き声と共に、メムネアの持つ大杖が突然光を放つ。
『――アィズ オン ル クイン=リー
魂迷宮の夜
耳を
火食う獣
ヴィーグリーズ降る前
運命を戴く 主の元へ来たれ』
少女の言葉が燃え、やがてひそやかになると、杖はしかし一層の輝きを放ち、残るのは眩い閃光ばかりとなる。
メムネアが、円を描くように、杖を振るった。
すると、空間が切り取られでもするかの如く、杖の軌跡に合わせ、そこには炎が残る。
軌跡の先頭と末端とが繋がり、遂に正しく円状になると、炎に囲まれた空間は溶け落ち、
そして音もなく。
異形が「ぬっ」と顔を出す。
「なっ……なんですか!? これっ!?」
カリオテが隠れるように甲冑の中に頭を半分埋めながら(亀かお前は)、悲鳴を上げた。
四本足の巨大動物。
それは優雅さを湛えながら俺達の前に歩み出る。
漆黒の毛並みの下に隠された、精悍なる体躯。
辺りに、濃い野生の匂いが充満する。
「召喚術……なのか!?」
大きさ的にはワンボックスカーくらいだろうか。
とてつもない迫力の狼がそこに居た。
鋭い眼光をこちらに向け、王者の威容を誇って佇んでいる。
機嫌良さげに、ぱったぱった尾を振ってる姿すら、自信たっぷりだ。
「半霊半獣の大狼、フェルクじゃ。儂が昔からよく使役させてもらっておる
「な、なんでこんなスゴげな奴を急に呼び出したんだよ」
圧倒されていた。
正直、モノホンの召喚魔法に、鼻血が出そうなほど興奮していたが、それをかき消す本能的恐怖がある。
これは、力の塊だ。
敵対したらアカンやつ。
怖くてステータス見れないよ。
「ほ、本当ですよ。一体、今から何をするんですかぁ。まさか、カチコミにでも行くんですか? 皆殺しですか?」
誰をだよ。
「いや、家に帰るのに、乗せて帰ってもらうだけじゃが」
「え」
「ティムルクまで徒歩じゃと時間かかるからのう。ていうか儂、来る時も使ったし」
タクシー代わり……だと。
「クゥ~ン……」
つい先刻まで、まるでこの世の支配者みたいな
今は、哀しそうな目をしていた。
「これ、さっさとしゃがむのじゃ。儂が乗れぬじゃろ」
幼女にぽかりと杖で叩かれるに至っては、「見ないで。こんな姿見ないで」という気配がビンビンに伝わってきやがる。
「ね、ネア……」
「なんじゃ」
「そ、その……」
「……クゥゥ~~~ン……」
「いや、なんでもない」
いたたまれねえぜ……。
異世界、ヤバいわ……。
◇
「すごいですね。ネア様は」
「ああ。あんなのを使役できれば格好いいよな」
俺も欲しいなー、召喚獣。
ピュア・マジックキャスターもいいけどサモナーもいいよなあ……。
憧れるわあ……。
ていうか、帰ったら、メムネアに魔法教えてもらえないか聞いてみようかな。
「やはり、世界は広いですね。ハイ=ロキアならともかく、アルタ群島のような小さな島にすら、あれほどの大魔術師がおられるとは」
そんなことを話しながら俺達は目的地へとやって来る。
「あ、ここのようですね。『ワスプ婆さんの店』というのは」
そう言ってカリオテが足を止めたのは、一軒の商店の前である。
木造二階建て。
横長の壁にはガラス窓が嵌っていて、ファンタジーというより、西部劇にでも出てきそうなモダンな造りの建物だった。
店先には、樽や籠が通りにまで溢れ、その中には野菜や果物が山積みにされて売られていた。
一見、食料品店である。
実際、扉をくぐって店内を見渡せば、一番スペースを割かれているのは食材コーナーだし、カウンターの奥に見える干し肉やソーセージは目を惹く。
だが、店の一方の壁を占めている、剣や斧の輝きがそれを否定する。
武具がある。
更に別の場所には衣類棚に書棚、薬品棚までもがある。
アルタ群島内で一番の品揃えを誇る雑貨店。
何でも屋。
それが『ワスプ婆さんの店』であるらしい。
「うーん……なかなかすごいなこれは」
日本人の感覚だと、一番近いのは日用品も色々置いてるドラッグストア、かな。
「うわっ。大変です! 『アスター・ヨーの瓶詰』シリーズが売っていますよ、サトウさん! ど、どうしましょう!」
店内を見回していたカリオテが、急に俺の袖を引っ張り、鼻息を荒げる。
「実は私、アスター・ヨーのメダルコレクターなんです。なにげに世界を旅する目的の中には、シークレットメダルを集められたらなんて野望も秘められていてですね」
うん。興奮のツボが分からない。
「あれっ? いらっしゃい。お客様ですか?」
その声に俺は振り返る。
そして思った。
……世界一の乳袋だ、と。
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