アルタ群島(18)「ヴァイオレット・Ⅳ」

~これまでのおはなし~


 佐藤翔は異世界無職である。以前働いていた会社は至極大変ブラックだったので(机の下に寝袋を常備していた)、次の職場はせめて普通の所でと願っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。スーツとネクタイを、エプロンと竹箒に持ち替えて、今日もがんばれ異邦人。異世界にやって来て一週間。そろそろ美味しいおにぎりが恋しくなる頃だ。





 結局、俺達は二階席でぺちゃくちゃ喋っただけで飯は食わなかった。

 「注文おっそ。まだかよ」と様子を見に来た店のおっさんに、「下の連れの席に移動するからそっちで改めて注文させてくれ」と告げ、渋い顔をされるも了承を得た。


 二人して階段を下り、カリオテの元へ向かいつつ、俺は「強健スキル、レベル8で使ったのに利き腕以外は割と平気だな。今回筋肉痛で死にかけてない。やっぱスキル自体より、使った後にやる無茶の度合い次第だな。あと、PXを上昇させて、根本的な肉体の耐久力が上昇したことも影響してるのかな」なんて関係ないことをつらつら考えている。もしかすると、今し方の会話のあれこれを、あまり深く考えないようにしているのかもしれず。


「おい、サトウ、サトウ。あやつヤバくないか」

「え?」


 なにやら、メムネアが真顔で前方を指さしていた。


「やあねえもう。本当にお世辞がうまいんだからァ。それにしてもアナタとっても可愛いわねえ。食べちゃいたいくらいよオホホ。え? 料理はとってもおいしいですけど、私はもっとおいしそう? やだァーおばさんをからかっちゃだめよぉ。アタシ本気にしちゃうわよ? 女が疼いちゃう。なあに? おばさんの秘密の部屋のマスターキーが欲しいの?」

「……い、いえ、そんなことは一言も……」


 店の従業員と思しきマダムがかぶりつきでカリオテの席に貼り付き、食事中の彼に終始語りかけていた。

 ショタイケメンに目がない、危険な中年女性の匂いがした。


「うわあ……」


 目を伏せ、小さく震えながらスープをすするカリオテの顔の上には、既に死相が漂っている。


「サトウ、急いだ方がいいぞ。この『命綱』の女主人は男漁りが趣味でな。日頃から『アルタの男の半分は自分が童貞を奪った』と豪語する猛者じゃ。あと数分あればあの男の姿はスープ皿だけを残して、神隠しの如くかき消えるぞ」

「ヒェッ……!」


 外見的にはどう見てもマダムデラックス、といった具合なのだが、マダムのマダムは相当にマダムであるようだ。


「すいません、ちょっといいですか」


 風前の灯と化した騎士候補生の純潔を守るべく、俺は素早く割って入る。


「あらやだ。誰アナタ」

「いえ、俺はこの少年の連れです。こちらの席で一緒に食事を摂らせていただこうと思いましてね。申し訳ありませんが、そこの座席を空けて、注文を取る業務に戻っては頂けませんか?」

「そぉう? 仕方ないわね。お客様ですものね。言う通りにするわ」

「いえ、分かって頂ければいいのです」

「それで? アナタの注文は何? アタシ? それともアタシ?」

「えっ!? ヒィッ……!?」


 - BAD END -



   ◇



「即死ゲーかよ」

「た、助かりました、サトウさん。私もうダメかと」

「『命綱』の意味が色々違うんじゃねえか、この店……」


 ブラックヘイズの面々とのいざこざの時より、よほどカリオテに感謝されていた。


「ていうか、遅いですよ二人共。私はもう食べ終わってしまいましたよ」

「スマンのう。思いの外、時間がかかってしもうたわ」


 メニューをぱかっと広げつつ、メムネアが言う。

 椅子の高さが合ってないのか、足を前後にぶらぶらさせていた。

 幼女だ。幼女がいる。

 お子様ランチを持てい。


 つか、店に入った時から「おやっ?」って思ってたけど、異世界の食事処にも物理的な「メニュー」って代物、あるんだな。

 店員に「今日は料理何出せるの?」とか聞いて、口頭でやり取りするのかな、なんて思ってた。

 薄板を二枚、綴じ紐で繋げただけの見開き一枚の板きれでしかないけど、それでも十分進歩的な気がするぞ。

 中世のヨーロッパとか、その辺どうだったんだろ。そもそもメシ屋ってあったのかな?


「ですが、素晴らしいですね、こちらの料理は。アルタに来て初めてです。こんなに満足したのは。私が泊まっていた宿のご飯の何倍も美味しいです」

「そうじゃろ。店に癖はあるが、味については指折りじゃ」

「癖、ありすぎだろ……」


 それから、メムネアはランチセット的なものを注文した。

 俺は何が美味しいのか分からなかったので、無難にメムネアと同じものである。

 ところがその様子を見て、「私はそれを食べていない」「ネア様のオススメを自分も食べてみたい」「自分の分もお願いします店員さん」と、カリオテが言い出した。


「お前、食いすぎだろ」

「サトウさん。私は成長期なのです。今が一番伸びる時期なのです。立派な体を手に入れなければ、強い騎士にはなれません。おっきくなりたいのです」


 そんな可愛らしいこと言ってる時点でどうだろ。


「それにですね、魔法使いのあなたには分からないかもしれませんが、前衛職は体力こそ全てなんです。食べるのも技術なのですよ。食べられる時に食べる。でなければ戦えないと、私の師匠もよく言っておりました」

「む……」


 言いたいことはある。が、俺を魔法使いと認めた上での論なので今回は大目に見てやろう。


「食事とたゆみ無い筋トレ。これこそが極意に通じる道であると、師匠はいつも絶え間なく腕立てをしながら言っておりました」


 その師匠なんかやばくね。

 筋肉と会話するマンの匂いがするよ。


「で、カリオテよ。儂らにお願いしたいことというのは何なのだ?」


 このままでは、カリオテの食いしん坊万歳アルタ群島編に突入しそうだと察したのか、メムネアが唐突に本題に入った。

 騎士見習いの表情がようやく真剣味を帯びる。


「はい。サトウさんには少しお話したのですが、実は人を探しているのです」

「ふむ。人探しとな?」

「探しているのは二人組の女性です。島の人ではなく、私と共に数日前、アルタ群島へとやって来て、そして行方が分からなくなりました。名前は『イヴリーフ』さんと『アスティ』さん。私の雇い主で、護衛対象でもあります」


 うん。確か、冒険者として受けた仕事、って言ってたな。


「特徴は?」

「それぞれ、年齢はイヴリーフさんが私と同程度、アスティさんがサトウさんくらいだと思います。外見的には、イヴリーフさんが、えーと、」


 唐突に、カリオテの目が小さく泳ぐ。


「ビヤ樽ですね。大変、お太りになられております。身長も、ネア様ほど小柄ではないですが、私より低い方ですので、その横への広がり具合はもう滅多に見かけない程かと」

「……」

「で、アスティさんはですね、逆に大変スタイルの良い方です。身長は私より少し高いです。黒いサーコートをいつも着ておられますので目立ちませんが、私の見立てでは、男を狂わせる魔性の肉体の持ち主ではないかと」


 男を狂わせるだの魔性だの失礼な見立てをするんじゃない、とツッコもうとした俺だったが、その時、何故か不意に、店のカウンターからこちらをじっと見ているマダムと目が合った。


「……」


 俺は、オジギソウ並に俯いた。


「お二人揃って長い黒髪をしておられます。混じった色の少ない、濃い黒ですね。アスティさんは、髪を結っておられますのでそうでもないですが、イヴリーフさんは特に美しい髪が目を惹きますね。まあ、ネア様も大変お美しい髪をお持ちですが」

「……急に世辞を挟まずとも良い。それで?」


 とか言いつつ、口元ゆるんでいるメムさんである。


「肌の色等に特徴はあまりなく、普通の肌色をされていますね。私と同じような色です」

「服装はどうじゃ? アスティとやらは、黒いサーコートということじゃったが、ビヤ樽少女のイヴリーフの方は?」

「私が見た最後の格好は、物凄いリボンが沢山ついた白とピンクのドレスを着ておられました。実は私も詳しい家名を教えていただけていないのですが、イヴリーフさんは、それなりの資産家のご令嬢であるらしいのです。そして、アスティさんは旅の間、彼女の身の回りのお世話をする方だったりします」

「メイド的なものかのう?」

「おそらくは。イヴリーフさんが幼い頃よりずっと仕えているようでしたから、専属のメイドさんなのかもしれません」


 魔性の肉体を持った、メイドさん……。

 二つ並んだパワーワードに、俺は静かにたじろいだ。


「なるほど。外見はなんとなくじゃが分かった。じゃが、疑問が一つ。資産家の令嬢と言ったが、何故そんな人物がアルタ群島などに?」


 言われてみれば確かに。

 この島って割と無法者の集まる土地ってことだし、何もない田舎みたいだしで、そんな所に金持ちのお嬢様が来る理由がないわな。


「もう少し詳しい経緯を教えてくれるか?」

「わかりました。それでは、私達がアルタ群島にやって来た流れを説明いたします。マスター! 追加で、喉を潤すジュース的なものを何か下さい! なんでも構いません!」


 急に真剣な顔でいらん追加注文をして話の腰を折るなよ。


「最初に言っておきますと、ちゅーちゅー、実は私は護衛を引き受けた、といっても長く仕えているわけではなく、ちゅーちゅー、ほんの数日前、急造の護衛となった身なのです」


 ジュースうっせ。


「彼女達の依頼を冒険者ギルドで受けた時、私はクス=アヴァーン共和国のリメルタにおりました」


 それどこ。


「海を挟んで、アルタの北西にある国の港町じゃな。そこまで遠くもないのう」


 俺の思考を読んだかのように、解説を入れてくれるメムネアたん。

 優しいね。素敵だね。メックスしたいね。ネックスでもいい。


「彼女達の依頼内容はこういうものでした。『自分達の元・護衛が、荷を奪って逃走した。彼の者を追いかけたい。手伝ってくれる人間を雇いたい』」

「元・護衛?」

「アスティさんと同じく、昔から仕えていた護衛だったようです。割と信用していた相手に高価な荷を託していたところ、丸ごと持って逃げられてしまったとか」


 おう。世知辛いな。


「その段階では海を南に逃げたのは間違いなかったものの、逃走先の候補地として考えられるのは、サルバタクス島、エル=バリ島、そしてアルタ群島であり、そのどこを目指したのかまでは分かりませんでした。その為、すぐにでも出発したいにも関わらず、場合によっては長期間の拘束となる難しい条件で、冒険者はなかなか集まりませんでした。結局、彼女達が区切っていたタイムリミットまでに集まったのは、駆け出し冒険者の私一人だけだったのです」


 捕り物にはやや心許ない人数だな。

 というか、カリオテがレベル4であることを知っている俺としては、相当無謀に思える。


「若干無茶な話でしたが、彼女達は追跡行の途中、機会があればいつでもすぐに追加で冒険者を雇うからと言い張り、とにかく急ぎ出発することとなりました。そして、私達が向かったのは――……」

「まあ、普通に考えるとアルタじゃな。サルバタクスもエル=バリも、ノヴラ諸島連合王国の国境警備兵まみれじゃし」

「はい。私達もアルタ群島を経由したのではと考えました。犯罪者が行方をくらませる時、中継地にすることもある土地ですからね。そして実際、その推測は間違っていなかったのです」

「ほほう」

「アルタ群島に来てすぐ私達は二手に別れました。アルタに追跡対象が来なかったか、情報を集めるため、複数ある島々を分担して回ることにしたのです。そして私は、自分が担当したテルソエッタ島の町にある故買屋で、イヴリーフさんの持ち物であったブローチを見つけたのです」


 カリオテが、懐からシルバーの装身具を取り出し、卓上に置いた。

 ドレスの胸元につけるものだろうか。

 家の紋章のようなものが入った品だった。


「店主によると、ほんの二三日前に持ち込まれたものということでした。私はお二人と合流するために大急ぎでこのオビ島に戻ってきたのですが、待てど暮らせど、集合予定の宿に誰も姿を見せないのです」

「二重遭難状態じゃのう……」

「はい……」


 それで、今度はカリオテが二人を探し始めた、ということか。


「なるほどのう。事情は概ね理解した。しかし、ブラックヘイズの協力を得られなかったとなるとアルタでの人探しは難しいのう」


 メムネアは腕組みをして、言葉通り難しい顔をしている。


「それが解せないのです。聞くところによると、彼らはこの地を守る存在であるとか。それが何故、助勢をああも渋るのか。正道せいどうはこの地には無いのでしょうか。弱き者、窮した者に手を差し伸べてこその強者です。とても我が母国では考えられません」

「うーむ。そなたの言い分は理解できるのじゃが、民兵団にとってはおそらく論点はそこではないのじゃよ。ザンビディスも、島に住む者達の生活に関わることなら迷わず協力してくれたであろうが、島の外の人間のこととなると一線引く男じゃからのう。奴にとっては、アルタ群島に住む者達だけが守るべき相手なのじゃ。それ以上は手に余ると……何かをできるとも、しようとも思っておらんじゃろう」

「そんな……」


 落胆するカリオテを見て、さて、と俺も考える。

 この場合、俺に手伝えることは何かあるだろうか。


 アドベンチャーゲームなら、こんな選択肢が出る場面だな。



①【カリオテを助ける】

②【自分の借金問題解決を優先する】

③【マダムに相談してみる】



 ……いや、最後おかしいぞ。


 あ、でも、この手のゲーム三択の三番目っていつもおかしい物だな。

 シナリオライターがふざけて変な選択肢混ぜるんだよな……。

 あの風習、なんだろね。



>③【マダムに相談してみる】


「ねえマダム。この島で人を探してるんだけど、どうしたらいいと思う?」

「アラ。それをアタシに相談するなんて分かってるじゃない。お目が高いわよ。アタシこう見えても、島の男共の半分のキ●タマ握りしめてるからね。島のことならなんでも情報は集められちゃうのよね」

「マジすか。すげえ」

「そうねえ。手伝ってあげてもいいわよ。ただし、報酬は先払い。勿論、その若い体で払ってもらうわよカムヒア」

「えっ!? ギャッ……!?」


 - BAD END -



   ◇



 いや、選ぶなよ……。


 俺は、とりあえず三択を外れ、まずは少し聞いてみることにした。


「なあ、冒険者ギルドって、この島には無いのか?」

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