アルタ群島(15)「ヴァイオレット・Ⅲ」
~これまでのおはなし~
「いやらしい子ね!」ヒステリックな叫びと共に、継母の手がジョセフィーヌの頬を打ち据える。「やっぱりお前にはあの女の血が流れているんだよ!忌まわしい売女の血がね!」どうして……どうしてなの。どうして義母さんはまだ私を認めてくれないの。そんなに私がyoutubeで動物の交尾動画専用プレイリストを作っていたことが許せないの?それとも愛らしいウサギの人形を使ったストップモーションで濃厚なベッドシーン動画を作りあげたから?普通にラバーフェチだから?昨日の夕食当番でポトフを作る際に人参をシヴァリンガの形状に切って楽しんでいたのがバレた?何故なの?何が悪かったの?私普通の中学生よ?「力が、欲しいか……」不意に背後からジョセフィーヌを呼ぶ謎の声がする。そこにはベヘリットの泣き真似をする、オカマバーから朝帰りした父親が……。
(
二週間で三百五十万円の借金を返そうと思ったら、日本でも方法は限られる。
しかも元手はゼロだから、競馬のような博打に走ることもできない。
(冒険者って命がけの反面、一攫千金のイメージもあるんだが、その辺どうなんだろうな)
ちょっと聞いてみたい。興味がある。
「うわっ!」
と、その時、突然アベルと名乗った少年が甲高い声を上げた。
背後から何かがぶつかってきたようで、二歩三歩とたたらを踏む。
え? と振り返る先に見た物は。
「どけ、ガキ」
更に、アベルの体にわざと当たるようにして、複数の人影が歩いてくる。
金属鎧の奏でる不快な音が起こった。
「っ……!」
元々、鎧の自重でバランスを崩していたアベル少年は大きくよろめき、しかし足を踏ん張って、辛くも転倒を避けた。
顔をしかめる。
その前を通り過ぎていく三人組。
いずれもが民兵団の荒くれ者達である。
先頭を行くのは、例のディーディーという男だ。
アベルは、キッと睨み付けるような鋭い視線を向けたが、しかし、軽く首を振ると、怒りの矛先を静かに収めた。
心の奥で憤りの火を鎮めようと努める様が、傍からも見てとれる。
「アベル君、大丈夫かい?」
「平気です。実は、何度かあの人達にも協力をお願いに行ったのですが、どうもすっかり嫌われてしまったようでして……。いけませんね。不徳の致すところです」
そう言って、苦笑してみせた。
立派だ……。
むしろあのならず者民兵達よりよっぽど大人の対応だ……。
「それと、サトウさん。私のことは、アベルではなく、カリオテと呼んで下さい。『君』もいりません。呼び捨てで結構です」
「そ、そう?」
「はい。私の旅の目的は、鍛造の課題を果たして騎士になることですが、その先にある最終目標は、我がカリオテ家の栄光を再び取り戻すことです。私が異国で名を上げて、カリオテの名を遠い祖国に住まう父上、母上の元に届けることができれば、その望みも夢物語ではなくなると信ずるところです」
キラッキラした目でそう語るアベル、改め、カリオテ。
ううっ。眩しい。
ピュアすぎて後光が見えるよ。
ずっとそのままの君で居てくれ。俺のように初コミケでテンション上がりすぎて気付いた瞬間には十五分で三万円分の薄い本がカバンの中にどっさり詰まって途方に暮れてた、なんて汚れた大人になるんじゃないぞ。
「話は戻るのですが、どうですか、サトウさん。二人の消息に心当たりはないでしょうか? そうでなくとも、探してみた方がいい場所など、何か手がかりになりそうなことならなんでも構わないのですが」
「うーん、実は俺もアルタ群島の人間じゃないんだよ。だから、島の地理についてはカリオテ君……カリオテの知識と大差無いと思う」
「そ、そうなのですか?」
「うん。ただ、何か力になれたらとは思う。いなくなった状況とか、二人の見た目の特徴とか、詳しく聞かせてもらってもいいかい?」
「もちろんです! えっとですね、一人はサトウさんと、もう一人は私とそう変わらない年齢の二人で――…………」
嬉しそうに話しはじめたカリオテの声のトーンが、不意に失速する。
何事かと思えば、俺達から少し離れた先、路上の隅をじっと見ていた。
「おい、ジジイ。一つ貰うぜ」
足を止めたディーディー達が、野菜売りの老人にタカっている姿があった。
「あっ。それは売り物ですので……」
「なんだ。文句あんのか」
眼帯をした片目の巨漢が唸るように言うと、老人は目を伏せた。
「い、いえ、文句だなんて……」
「おい。お前らも何か言いたいことあんなら、言っていいんだぞ」
更に巨漢はぐるり周囲を見回し、
界隈を取り巻いていた人々は、一様に怯えた表情で沈黙した。
「へえ。スグの実たぁ、珍しい。爺さん、俺も一ついただくぜ。へへ」
「なかなかうめえな。おい、ジジイ。その桃も一つ寄越せ」
おいおい、こいつらやりたい放題かよ。
ザンビディスのおっさん、なんでこんな連中を飼ってんだよ……。
「待ちなさい!」
って、カリオテくん!?
「大の大人が、老いた者を相手に何をしているのです! 恥ずかしいとは思わないのですか!」
厳しい表情のまま、鋭く舌鋒を飛ばす。
「ああん?」
「返しなさい。それは彼のものです」
「無理だな。もう食っちまったからな」
「では、その分の代金を払いなさい。ご老人は働いておられるのです。食は労働の対価であると父母に教わらなかったのですか。貴方達のように、鼻の洞窟探検をして、糞山を掘り返してでもいれば、何の心配もなく日々の食事にありつける者ばかりではないのですよ」
意外と言うね、カリオテくん。
「い、いいんです。どなたかは知りませんが、ありがとうございます。わたしなら平気ですので……」
お爺さんが事を荒立てまいと口を挟むが、後を引き取ったのは、荒くれ者達が繰り出す「へっへっへっへ……」と、いう薄笑いだった。
顔を見合わせ、仲間同士にやつきを反芻し合っている。
「おい、ガキ。この島で俺達に盾突くってことの意味、わかってねえみてえだな」
「貴方達こそ、人の道に逆らい、正義の女神レイアに盾突くということの意味をわかっていないようですね」
「なんだと」
いかにも喧嘩っ早そうな眼帯巨漢が、手に持っていた食べかけの桃を放り投げた。
「ガキが金メッキ着て粋がってんじゃねえぞ。騎士だかなんだか知らねえが、たたっ殺されてえのか」
背中にぶら下げていた両手用の
って、ヤバくね?
「そんなものを見せびらかせばこちらが怯えるとでも?」
いや、やめとこうよ。カリオテくん。
この手の連中相手にしても良いこと無いよ?
「野郎……本気で死にてえらしいな。オイ、ガキ。腰の剣を抜きな。きっちり島の流儀を教えてやる」
「よろしいでしょう。愚か者を導くも騎士の役目。未だ卑小の身なれど、『我が剣は名誉と共に』!」
しかし、俺の心配などどこ吹く風、カリオテも全く取り乱すことなく剣を抜いた。
こちらは、吊り剣帯に収まっていた肉厚の
長さ的にはさほどのものでもないが、それをしっかりと両手持ちして支えていた。
マジかよ。すごい自信だな。
ブルっちゃった俺が恥ずかしくなるくらい、落ち着き払っていらっしゃる。
こう見えて、腕に覚えがあるのかな。
メムもあんなに小さいのに強かったし、この世界の連中は、見た目じゃ測れないもんな。
つか、ぶっちゃけ、金属鎧って高いんだろ?
金かかってそうだもんね。
それを一揃い持ってるってことはそれなりに、
ごしゃっ。
車の自損事故めいた轢音がして、何かが飛んで行く。
二人がいた場所には、今はゴルフのスイングを終えた後のポーズで、眼帯巨漢が一人佇むばかり。
ワンテンポ遅れて、数メートル離れた場所にカリオテが落ちた。
辺りにいた人達が、わっ! と引き波を作る。
「や、やりますね……」
苦悶の声。
【名前】ロキシ・リンカーン
【種族】人間
【性別】男
【年齢】20
【職業】民兵
【称号】レイプ犯(常習)
【血神】ルド(-)
【レベル】15
【HP】???
【MP】8/8
【PX】???
【MX】4
【スキル】<メイスマスタリー3><スタン1><対異性優位5>
おいおいおいおい! 眼帯野郎、結構つええっ!
大丈夫か、カリオテ!? 勝てるのか!?
【名前】ヴァイオレット・カリオテ
【種族】人間
【性別】女
【年齢】16
【職業】騎士見習い
【称号】鍛造騎士
【血神】レイア
【レベル】4
【HP】9/18
【MP】8/8
【PX】9
【MX】4
【スキル】<冥明流1><ソードオブオナー1><バーサーク1><トレジャーハント9>
ええっ!? よわっ! レベル4て!
お前なんであんなに自信満々だったんだよ! 無茶だろ! 絶対! 一発でHP半分吹き飛んでるじゃん!
力量測れよ!
この世界の連中は、やっぱステータスって見えてないのか!? 俺だけなの!?
って、うわああそれどころじゃないぞ、やばいぃっ!
「ダーーッシュ!!」
<強健4>を発動し、通常の三倍の速度で駆ける俺。
間一髪、横っ飛びにカリオテの体を抱えて転がれば、俺達のいた場所の石畳を砕いて戦鎚が土を抉る。
トライ!(←ラグビー)
「チッ……」
チキラー準備前ケトルから噴き出す湯気のように、土煙が舞う。
<強健>の効果によるものか、やけにスローモーに感じる時間の中、戦鎚男が舌打ちするのが聞こえた。
こええええ。今、絶対カリオテのこと殺す気だったぞ。
「なんだ今の動き」
ディーディーと、もう一人の男が話す声が聞こえた。
「あいつ詰所に寝てた斎藤だろ? あんなナリして魔法戦士だったのか?」
「いや、呪文唱えてなかったな。魔法道具の類も見あたらねえし、特別な歩法を学んだ戦士じゃねえか?」
違う! 俺は魔法戦士でも戦士でもないぞ!
……。
……にならんとする者だ!
「邪魔すんじゃねえッ」
びりびりと空気を震わせ、怒号が飛んで来る。
「そ、そうです……。邪魔しないで下さい、サトウさん」
助けた筈のカリオテにまで言われる始末。
おいおい。こいつ、極々たまにいる、いい子ちゃんなのに命を粗末にする系だ。
「まあまあ、お怒りは分かりますが、その辺りにしておいて頂けませんかね」
俺は砂埃を払いながら立ち上がると、スキル切れから来る倦怠に耐える。
今の動きだけで、早くも無理な負荷を加えた足が悲鳴を上げ始めていた。
あーダメだ。
これ、迷ってる場合じゃねえや。
【【XP】を割り振る先を選んで下さい】
【【PX】/【MX】】
「……彼はまだ若い。その幼さに免じて許して頂けませんか?」
喋りながら、ステータス画面を操作する。
内心、何やってんだろ俺、という気持ちが少しだけある。
荒事は昔から苦手なんだが……。
おっ。MX増えるとMPも即座に上がるのか。ふむふむ。
「許すわけねえだろ。前から気に入らなかったんだよこのクソガキはよ」
「そうですか……。それでは彼の代わりに不肖、この私めがお相手致しましょうか?」
言いながら、肩をぐるぐると回す。
右手には先ほど落ちていたのを拾った、手のひら大の石。
「ただし、私が相手をするとなれば――……」
新ステータスの下、今度は、<強健8>を発動。
振りかぶる。
オーバースローとサイドスローの中間、スリークォーターの投球フォーム。
背筋がめりめりと音を立てる。
力の波が、全身を伝う。
スキルの力を借りて、五倍の球威と、五倍の精度を伴う投球。
軸足の負荷。
革靴の底を仄かに灼く。
投げた。
風が起きた。
眼帯男が大きく目を見開いたが、果たして片目でどこまで動きを捉えることができたろうか?
一般男性であっても、野球の投球で100キロ程度のストレートは投げられると言うが、無論、俺のそれは既に容易く常人の域を超えている。
単純に五倍としても、500キロ近く?
ちなみに拳銃の弾で、時速1000キロくらい。
そして人の目で、銃弾を追える者は居ない。
俺の腕から放たれた俺ならざる者の投石は、「……ュン!」という空音だけをその場に残して、ただひたすらに空気を貫いて直進し、遥か道の向こう、三階建ての鐘塔の鐘に当たって「ごぉぅおぉーーん」と煩悩を晴らしてくれそうな音を立てながら砕けた。
今も投げる俺のことを見ていた周囲の人々全員が、ハッとした様子で揺れる鐘塔を振り返り、驚愕の表情を浮かべる。
「――手加減することはできませんよ? そういうタチですので」
割と速度出てたな。
でも
スピードガンが無いのが残念だぜ。
「グ、ム……」
さしもの巨漢も、顔の色を失っているようである。
どう見ても虚弱丸出しの二十代おっさんだからね、俺。
ギャップで余計にびっくりしたことじゃろうて。
フフフ。
頼む、これで引き下がってくれい。(泣)
「おもしれえ。おい、ロキシ。下がれ。俺にやらせろ」
(!?)
突然、巨漢を押しのけディーディーが前に出る。
鞘を払って、妖しげな輝きを放つ短剣を抜いた。
ひええええ! なんでそうなるんだよぉぉ……!
【名前】ディーディー
【種族】人間
【性別】男
【年齢】20
【職業】民兵
【称号】ビッグマウス
【血神】ルド(-)
【レベル】17
【HP】???
【MP】18/18
【PX】???
【MX】9
【スキル】<スラッシュ3><ハイド1><バックスタブ3>
つ、強い。レベル17……。
無理だー。これ死んじゃうコースだー。みじけえ命だったなぁ……。
土下座したら許してくれないかなあ。ダメっすか?
「ま、待ちなさい。彼は関係ありません」
よろよろとカリオテが立ち上がる。
見れば最初の戦鎚の一撃が原因か、鎧の土手っ腹に大きくへこみが出来ていた。
「貴方達の相手は私だった筈です」
「黙ってろ、ガキ。お前との勝負はもうついてんだろ。雑魚は引っ込んでろ」
ぺろり、と唇を舐めるディーディーのその姿、戦闘狂かな?
せんそうはんたーい!
やだー! しにたくないよぉー!
クロー!(実家で飼ってる犬の名前) クロやーい! 俺を助けてくれよォい!(←クロ万能説)
早くも一触即発。
ぴんと張り詰めた空気の中、ディーディーが奇妙な構えを取る。
片腕をもがれた蟷螂の如き、
アシンメトリーに短剣を振りかざしていた。
危険信号が脳内に起こった。
――だが突如、俺とディーディーの間、横凪ぎに
「うおっ……!?」
驚きの声を上げるディーディー。
地を蹴る謎の人影。
音が走って、ややも遅れて、砂埃が蛇のようなとぐろを、とん、とん、巻いて、音は鎌首をもたげ、
「!?」
凝縮された時間。
それは俺には、しなる竹に思えた。
強くたわんで、それでも尚、力を溜めて、溜めて、曲がった形そのままに弾ける瞬間、爆発的にエネルギーを生む代物。
脚を通して汲み上げた大地の力を、そのまま伝え切る小柄な
重力を感じさせない自由な肉体。
それは力帯びるままに跳んで、風に溶けるように優雅に手足を突っ張る。
その先は、見えなかった。
俺の目が追えなかったのである。
だから、
ディーディーの体が吹き飛んだ。
両足共に刈られ、体操選手が側転をするように、真横にぐるんと回転しながら、眼帯男を巻き込んで倒れる。
カリオテの頭が消える。
首から上が、鉄鎧の中にぼふんと埋められて、まるで発射前の黒ヒゲ危機一髪だ。
穴からふわりたなびく栗色髪が見えなければ、首を
そして、地面に転がされ、まんぐり返し状態となって動けぬ俺の首元に突きつけられているのは……およそ荒事に向かぬ意匠の魔術杖。
「やめぬか、馬鹿者ども!」
朗々と、幼い声が支配する。
「ここは天下の往来じゃぞ。何をやっておるか。皆怖がっているではないか」
銀髪、碧眼。
身長のほどはせいぜい140。
青い瞳と、白い肌を持った――……
「……メム?」
――少女が立っていた。
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