アルタ群島(13)「ヴァイオレット・Ⅰ」

~これまでのおはなし~


 君が闇夜を歩く時、そのことを恐れる必要はない。だが、闇夜に住む者達を見ようとするな。幼女おしっこごくごく教は、常に信徒を募集している。邪教に身を委ねてはならない。彼らは、判断力の弱い若い者達にターゲットを絞り、自らの欲望実現の手駒とするべく動いている。その住処に足を踏み入れたならば、待ち受けるのは底無き深淵と、冥府を彩るアンモニア臭のみである。





「はー……」


 俺は、久方ぶりに地面の上にいた。

 民兵団の建物を出てすぐの、道のど真ん中である。


「俺、生きてる」


 どれくらいぶりだろうか。

 24時間、かけることの、七日で、168時間ぶりかね。

 ほとんど寝てたから、実感はないけどね。

 この世界の一日が24時間なのかも未だに分からないし。


 とりあえず、太陽まぶしいね!

 お空青い。

 風が気持ち良いわ。

 海が近いからか、潮の香りもする。

 シャバの空気うめえっす。


 でも、超心細い。

 ヤーさんが塀の外に出た時みたく、「お勤めご苦労さんです」なんて、誰かが待っててくれるわけでもない。

 道に一人ぽつねんと立っている。

 俺クエスト再開というより、路頭に迷った感がある。

 そして、状況は思ったより良くない。


「どうしたもんかね……」


 結論から先に言おう。

 物凄い借金を背負った。


 俺を治す為に使われた魔法薬は、法外な値段の代物で、「好意」の一言でチャラにしてもらえるレベルのものではなかったらしい。


 その額、金貨三十三枚。

 なんだ、大したことないじゃん、と思うかもしれない。

 俺もそう思った。最初は。

 ところがこの世界の通貨の基本的な知識を聞き、更に、一日にかかる食費はじめ、市井の物の値段を教えられるに至って、その認識は百八十度変わった。


 その俺の認識を踏まえて、金貨三十三枚という金額を分かり易く日本円に直すと、およそ三百三十万円くらいになる。

 当然、医療保険なんてものはないので、丸々が俺の借金である。


 ムチャじゃね。


 おまけに、治療の間にかかった経費も手加減なく全部計算されていて、借金に上乗せされた模様。


 ひどくね。


 曰く、俺は寝ている間もそれなりに手がかかっていたのだという。

 意識を失っている間の俺は、日本みたくチューブによる流動食や点滴で命を繋いでいたわけではなく、非常に栄養価の高い果物ジュース的なドリンクを、人の手を借りてゆっくり時間をかけて飲まされていたとか。このドリンク自体、普通の食事より何倍も値の張るものらしい。

 更には一週間分の人件費。

 言い値だろそれという民兵団の寝台利用料金。

 とどめに、タダでくれたのかな? と思っていた下着の値段までもが請求に入っている始末。


 魔法薬の値段と合わせて、合計金貨三十五枚……約三百五十万円が、異世界転生一週間にして俺が作り出した借金額である。


「コフゥー……」


 俺は、まるで役満をテンパってるのを他家たーちゃにバレないようにしているかの如き吐息を漏らしつつ、空を見上げた。


 そんなのってないよ……。

 資本主義の権化だよ……。

 人の温かみの欠片もないよ……。

 結構いい人達だなあ優しいなあと思った俺が馬鹿だったよ……。

 ザンビディスさん、再びハゲッサンに呼称降格だよ……。

 むしろ銭ゲバハゲマッチョだよ……。

 ていうかウンコでいいよ……。ウンコ!


 なんつーか、三百五十万円という金額がリアルで嫌なんだよなあ。

 数千万円とか数億円とか、こう、漫画みたいに極端に大きすぎる数字で、「現実味が湧かないわー」「額が大きすぎてなんか逆にどうでもいいわー」ってなるわけでもなければ、数十万円程度で、「ちょっとがんばれば返せそう。いっちょやってみっか!」って前向きになれる金額でもない。

 無職が気を滅入らせるのに最適な数字を選んだとしか思えない。


 で、「借金とかそんなこと言われても、無い袖は振れないもーん」と開き直ってみようとしたものの、元々、俺の懐具合が貧しい可能性を念頭に置いた上での治療であったようである。


「ラットゥーという組織があります」


 と、リムさんは言った。


「ノヴラ諸島連合王国からムターライヒ公国辺りまでの地域を勢力圏とする、盗賊ギルドです。正直なところ、あまり真っ当とは言えない活動をされている方々ですね」


 要するに、闇社会というか、アンダーグラウンドというか、そっち系の組織なのだろう。


「アルタ群島ははぐれ者の集まる特殊な地域ですが、おさを中心としたコミュニティ……単に寄り合いの大きなもののことですが……は存在します。島で大きな問題が持ち上がった時の解決方法としてコミュニティが取る手段の一つに、ラットゥーと渡りをつけるというものがあります」


 話している途中からリムさんが、女顔の美形狐人ではなく、スーツをまとった冷酷な金融系ビジネスマンに見えてならなかった。


「ラットゥーは盗賊ギルドとしては歴史あるものの一つで、正直かなり大きな力を持っています。奴隷とするのか、それ以上の方法があるのかは私達には定かではありませんが、健康な肉体資本以外特に何も持っていない人間を、まとまったお金に換える手段があるようです。島でラットゥーに連絡が取れる人に相談してみたところ、あなたはまだ若そうですから、無事に目を覚ますようであれば、身柄を借金ごと引き受けてもいいという返事をいただきました」


 買いかぶりすぎじゃないかな。

 このぼんくらめに、金を費やす価値はないと思いますよ。


「二週間後、ラットゥーの人間が何人か島に来るそうです。その時、サイトウさんには彼らと共に行って貰うことになります」


 そ、それってほぼ奴隷売買ですよね。奴隷。

 奴隷じゃない身分の人を、奴隷売買してますよね。奴隷。

 いけないことなのでは。奴隷は。


「国家ではないアルタにはそれを禁ずる法はありません。アゼ神の十一戒だけが、私達にとっては法と呼べる物です」


 えーんえーん。

 やだよぉー。えーん。

 えぐっえぐっ。


「諦めないで下さい。幸い、彼らが来るまでにサイトウさんが金貨三十五枚用意できれば、この話は無かったことになります。つまり、まだ二週間の猶予があるということです」


 リムさん、エグいよう。

 キツネに化かされたよう。

 あ、いや。それとも、うんこハゲの代理として説明役やらされてるだけで、リムさんは本当はただの治療担当者なのかな?


「そ、そんなに恨めしそうな顔をしないで下さい、サイトウさん。こんなことになるとはザンビディスさんも思ってなかったと思いますよ。だって、まさかサイトウさんが記憶喪失だなんて誰も予想していなかったんですから。普通なら、財産を処分したり、裕福な知人達に借り替えるなどすれば、決して用立てできない金額ではないですし」


 ふん! 口では何とでも言えるわよ!

 突然借金背負わされるアタシの身になってみなさいよ!(オカマ化定期)


「すみません……」


 ……。

 ……あやまらないでよ……。

 そんなの……アタシがみじめになるじゃない……。

 あやまらないでよッ!(突然早口金切り声)


「なーんか、おかしいと思ったんだよなあ……」


 流れる雲を見つめて、早くも俺は空綺麗状態である。


 そもそも何故、見かけぬ風体の重病人を高額の秘薬を使ってまで助けたのか。

 腑に落ちない部分はあった。

 これはあくまで俺の推測だが、「元々、島では魔法薬を持て余してたんじゃねえのか」なんて思ったりはする。


 要するにこういうことである。

 少し前、危篤状態に陥った金持ち商人がいて、彼のために高額の魔法薬を取り寄せた。

 だが商人は、薬を投与する前に死んでしまった。

 使ってもいない薬の料金を、既に故人となった商人の遺族が払うだろうか?

 払うわけがない。

 だが、彼からの支払いを当てにして仕入れた高価すぎる秘薬はもう島にある。

 下手をしたら、使わないまま、効能が無くなるまでずっと死蔵されることになる。

 大赤字もいいとこだ。

 すると、はい、ここにちょうどいい被験体が現われました。

 効くかどうかは分からないものの、運が良ければ、彼にその代金を肩代わりさせることができる。

 ……使っちゃおうぜ。


 みたいな流れなんじゃねえのかなあ。

 推測なんだけどさ。推測なんだけど。でも、辻褄合うんだよなあ。


 そうなると、本当に金貨三十三枚もする薬なのか、怪しいよなあ。

 原価は三分の一、金貨十枚程度だったとしても俺は驚かないよ?(←原価厨)


「溜息しか出ないなあ……」


 結局、「二週間後、ブラックヘイズの詰所にまた来てください」という流れになった。

 来なかった場合のことは、言葉を濁して明言しなかったが、そのことが逆に、無法の地におけるやり方を示唆しているようで空恐ろしいものがある。


「つっても、島から出られるわけじゃねえし……」


 だから、もういい加減、ハゲマッチョ=ゼニゲーバ=ザンビディスのことは忘れた方がいいかもしれないな。

 彼らが俺に不義理をしていようがしていまいが、こっちは籠の中の鳥だ。

 島から脱出する手段なんて無いと分かっているからこその一時釈放だろう。


 なら、いいじゃないか。恨み言はやめよう。

 命を救ってくれたことには変わりないんだ。

 そんなことに時間を費やすより、建設的なことを考えた方がいい。


 そう。今、俺がするべきは……。


「金を稼ぐ方法を探すこと、だろうな」


 無職童貞でも異世界に転生さえすれば英雄ハーレム……というのは悪辣なプロパガンダだったのか、異世界に来ても結局無職の俺である。

 だめなやつはなにをやってもだめ。

 でも、いつまでもそれじゃまずかろう。


 幸い、当座の生活費は、リムさんが貸してくれた。

 というか、あの顔つきからすると憐れんで恵んでくれた、って感じ。

 なので、いきなり空きっ腹抱えて路頭に迷うわけではない。


 渡された巾着袋を手の中で遊ばせると、チャリチャリと硬貨の擦れる音がする。


 金貨が登場した時点で推して知るべしだが、この世界の通貨は、金貨、銀貨、銅貨という、ファンタジーでは最もポピュラーであろう貨幣を踏襲したものだった。


 一応、国ごとにそれぞれ鋳造している物が異なり、流通量や人気に違いがあるらしいのだが、今回俺が渡されたのは『大魔導帝国』と呼ばれる大国が、世界の半分以上を支配していた時代に作ったという触れ込みの、大昔の鋳造貨幣である。

 つまり古銭だ。

 ところが、昔のものと侮る無かれ。この魔導帝国貨幣、現在も現役であるばかりか、むしろ流通している通貨の中で最も信用があるらしい。

 特にアルタ群島のような地域では、ほぼこれ一択なのだそうだ。


 小銅貨=一円

 銅貨=十円

 大銅貨=五十円

 小銀貨=百円

 銀貨=千円

 大銀貨=五千円

 小金貨=一万円

 金貨=十万円

 大金貨=五十万円


 等倍になってないので微妙に分かりにくいが、一応、日本円に置き換えた際の価値はざっくりこんな感じである。


 その魔導帝国貨幣を、銀貨三枚、小銀貨五枚、銅貨十枚、受け取っている。

 それが現在の俺の全財産だ。


 つまり所持金は三千六百円である。

 一週間の食費としても心許ないと言わざるを得ない。

 今時、中学生でももうちょっと持ってるんじゃないだろうか。

 ソシャゲ末期患者なら「平気平気!三千円あれば一回ガチャ回せるじゃん大丈夫大丈夫!どう何か出た?ああ、ドンマイ!」と言うかもしれんが。


「うーん……金を稼ぐ方法なあ……」


 俺にこの世界でできることか……。


「うーん、うーん……」


 唸った結果。


「よし。とりあえず、メシ食える店探すか!」


 金稼ぎは確かに急務だが、とにかくすごく腹が減っていた。

 そして俺は低きに流れる男。

 面倒なことは、後回しにして生きるのである。


「安い店があるといいんだがな」


 現実逃避ぎみに辺りを見回した。


 糞田舎と聞いていたので、どんなものかと思っていたのだが、決して廃村のような悲惨な光景が広がっているわけではなかった。

 少なくとも今いる場所から見るカリピュアは、それなりの町に見える。


 俺が突っ立っている道には、石畳もちゃんと敷かれているしね。どうもここが町の中心部、メインストリートで、舗装路になっているのはここいらだけっぽいけど。


 道幅は六、七メートルくらいだろうか。

 僅かではあるが若干の傾斜があって、恐らく、上っていく側が内陸部、下っていく側が海に向かっているんだと思う。


 建物は右を向いても、左を向いても、頑丈そうな石造りの建物が目立つ。

 中には、金持ちの家なのか、漆喰(?)を使った白い建物なんてものまで混じっていて、イタリアとか、ギリシャとか、地中海辺りの景色を彷彿とさせられる。

 高さはほとんどが二階建て。

 そんな中、自分が今し方出てきた民兵団の詰所は三階建てで、それなりの存在感がある。

 カリピュアの中でも重要な建物なんだろうな。

 他に同じくらいの高さがあるのは、割と遠くの方に見える、教会か何かの鐘塔しょうとうくらいだよ。


 人通りもそれなりにあった。

 今も、俺の目の前を、くちゃくちゃの服を着たくちゃくちゃのお婆ちゃんがすたすたすたすたと健脚を見せて横切って行ったよ。

 いちでもないだろうに、道端に敷物を広げて、野菜を売ってるお爺さんや、魚を売ってるおばさん、怪しいアクセを売ってるヒゲモジャまでいるね。

 更にその隣に、軒のついた荷車を置いて肉をぶら下げている肉屋かな?もあるよ。アキバ辺りで見かける移動販売ケバブ屋めいた外観だね。

 更に、そのすぐ横で謎骨肉をもぐもぐしている野良わんこ(かわいい)がいるね。いい顔してるよ。

 自由だな、ここ。


 ていうか、活気がある町じゃないか。

 当初の目的通り、文明の地に足を踏み入れることができたと言えるんじゃないだろうか。


 ただ……肝心の地理がさっぱりわからん。

 どこに行けば、飯屋があるんだろうか。

 俺、地蔵のように動けず。


「RPGっぽいステータス画面はあるくせに、ミニマップ機能とか無いのかよ。ユーザビリティ低いなあ、おい」


 そんなことをぼやきつつ現在の最新ステータスをじろじろと。


「ん?」


 と、あることに気付いた。



【名前】サトー・ショー

【種族】ハイヒューマン

【性別】男

【年齢】26

【職業】布山賊

【称号】もうすぐ奴隷

【血神】なし

【レベル】1

【HP】12/12

【MP】8/8

【PX】6

【MX】4

【XP】10

【パッシブスキル】<魔法抵抗・混沌10>

【アクティブスキル】<強健8>

【スキルポイント】65444

【装備】やわらかローブ、かわのくつ、ニプレス、ぼろシャツ、ぼろパンツ



 おわかりいただけただろうか?


「【XP】が……増えてる」


 ご名答。

 その通り!


 依然として、一体何の値なのか分からない謎パラメーターに変化が起きている。前までずっと0だったのに。


「なんでだ? 何があったっけ」


 スキルの時のように、クリックできる箇所がないかしら、と目を皿のようにして眺める。

 と、半透明で元々見にくいステータスウインドウの、更に分かりにくい右隅のポジションに、切り替えタブっぽいものを見つけた。


「むっ……。今まで見落としてたか?」


 訝しみつつ意識のカーソルを伸ばしてみる。

 すると、なんか出た。



【獲得実績】


【銀】『死地から生還!』

(実績:HP1から生還する)

(報酬:10XP)


【銅】『はじめての異世界』

(実績:アゼルガに降り立つ)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのパッシブスキル』

(実績:パッシブスキルを獲得する)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのアクティブスキル』

(実績:アクティブスキルを獲得し、使用する)

(報酬:0XP)


【銅】『ご注文は幼女ですか?』

(実績:事例を発生させる)

(報酬:0XP)



「……なんだいこれは」


 見るからにトロフィーのようなアイコンが、文字列の横に浮かんでいた。

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