アルタ群島(12)「地図に無い島々・Ⅳ」

~これまでのおはなし~


 俺のドキドキ異世界冒険無双ストーリー、話が一向に進まない。





 脳内にて、走馬灯と共に己が半生を振り返る旅が終わりまして御座います。何時の間にかそのようなものが行われていたので御座います。それは矢尽き刀折れた(注・男性性を示す比喩表現)愁傷しゅうしょうの無職が立ち直る為に必要な一行程でありました。俺は同性愛者ではない筈。俺は同性愛者ではない筈。すがる思いに溢れた確認作業だったので御座います。過去を省みることなく、前に進める者は稀で御座います。くるに当たっては不倒不敗の覇者でもなければ、引いて、びて、かえりみた方が良い時だってあるので御座います。


 が、刹那の後(俺の旅は脳内主観時間においてとても長いものだったが、もちろん現実にはほんの一瞬の事だった)、元の部屋に広がっていた光景はといえば、無味無臭無表情の鉄面皮を被り、地蔵と化した俺と、「まあそう落ち込むなよあんちゃん。お前以外にも被害者は過去何人もいたからよ」と、のたまうことはご立派だが明らかに内心草を生やしているw筋肉おっさんとw、そして、さすがに困った様子で居心地悪そうにしている美女系ケモミミおっさん(室内最年長)が、それぞれ曖昧な相好を浮かべ佇むのみの、言わば被造されたワンカットだった。


 おう。地獄絵図だろこれ。

 つか、ここ、おっさんしかいねえ……。


「ザンビディス。ちょっといいか」


 なので、ばしーんと扉が開いて新たなキャラクターが登場したことに、俺は安堵する。

 例えそれが、野卑、俗悪、下賤、粗野丸出しの荒くれ者であったとしてもである。


「おう。なんだ、ディーディー」

「下に例のいけすかねえガキが来てるぜ。なんかグダグダ抜かしてっから、ちょっと来てくれ」


 荒くれ者は床を指さしながらそんなことを言う。

 今更ながら、ここはどうやら建物の二階だったようである。


「クソ……マジかよ。分かった、今行く」


 と、民兵団ブラックヘイズの団長は頷いた後、俺に向き直り、言った。


「兄ちゃん、もう平気ってことみてえだし、調子が戻り次第いつでも出てってくれて構わねえ。ただ、今後のことについてリムから説明だけは受けておいてくれ。本当は俺が話しておこうと思ったんだが、用事が入っちまった。リム、後は頼んだぜ」


 それだけ告げると、ザンビディスは大股で部屋を横切り、姿を消した。


「ヘッ、なんだ。ザンビディス、またカマヤローの相手してたのか」


 荒くれ者が戸口に残ったまま、俺達の方を観察していた。


「あいつやっぱホモなんじゃねえのか」


 やめたまえ。


「ディーディーさん。早くあなたも行ったらどうですか。今日はあなたの相手をしている暇はありません」

「うるせえ。……おっ? この余所者生きてたのかよ。てっきりあのままくたばっちまうと思ってたのによ」


 追い払うように手を振るリムさんを尻目に、荒くれ者がずかずかと近づいてくる。


 短く切った黒髪、口髭、黒目が特徴の若い男だった。

 身長は俺と大差ないが、不健康優良児の俺とは異なり、着込んだ服の上からでも実用的な筋肉が備わっているのが分かる。

 動きやすそうな服の上、体の重要なパーツを守るように革の装甲を身につけていた。部分鎧って奴かな。

 腰には鞘に入った短剣(と、言っても全長60~80センチはありそうな代物だが)をぶら下げている。


 RPGの職業で区分した場合、戦士系と盗賊系の中間って感じの印象だ。

 強いて言えば、バンディットかな。山賊やね。


 つか、なんか分かり易いほどに、悪そうな輩だなあ。

 日本にいたら、窓開けたまま爆音で音楽流してる四角い車に乗って、ドンキに行きそう。(←ひどい偏見)


「おい、余所者。お前どこ出身よ」


 ちょっと待って。今、「お前どこ中よ?」あなたの出身中学はどこですか?って聞こえた気がするんだけど。

 何故最初にそれを聞くのか。


「向こうに行ってください。サイトウさんは記憶が無いんです。そんなこと聞かれても答えられません」

「へえ。この余所者、記憶がねえのか。まあ、馬鹿っぽいツラだし、別に忘れて困るようなことも無かったろ。やり直すにはちょうど良いってことよ」


 じろじろと値踏みしてくる。

 やけに上から目線なのは、俺が見るからに弱そうだからなのか、生来の気性によるものなのか。


「余所者じゃないですよ。彼にはサイトウって名前があります」

「あーそうかい。おい、斎藤。俺様はディーディー。いずれこのアルタの支配者になる男よ。その締まりのねえつらの奥、軽そうな頭にこの事叩き込んでおきな」


 ディーディーの年齢は見たところ相当に若い。

 二十代前半か、下手するとまだ十代だろう。若干、伸ばした口髭が浮いて見えるほどだ。

 鼻息の荒さは、若さを燃料としたものかもしれなかった。


「島で俺様に会ったら、ちゃんと挨拶すんだぜ。覚えておきな」


 俺が黙っていると、たちまち不快そうな顔になる。


「ケッ……見た目通りの玉無し野郎か。ったく、カスみてえな奴ばっか増えやがるな」

「おい、ディーディー。行くぞ」


 廊下から、DQN戦士2が上半身覗かせて言った。

 更に後ろには、なんか「お前、怒りのデスロードでギター弾いてなかった……?」と聞きたくなるDQN戦士3もいる。


 なんだここ。DQNの巣窟だったのか。

 Z戦士(Aランクから順に下っていった最下層、底辺戦士の意)の集まるカメハウスかな?


 もう一つ「ケッ」と漏らしてから、ディーディーは足音高く部屋を出て行った。


「すみません、サイトウさん。嫌な思いをさせてしまって」

「いえ、別にどうということはないですよ」


 まあ、二つほど思うところがないわけではないが。


 一つは、確かに彼の言う通り、俺は締まりのない顔と、軽い頭の持ち主ではあるのだが、本質をズバリ指摘されるとそれはそれで腹が立つということ。


 そしてもう一つは、ディーディーの「斎藤」の発音が完璧すぎる、ということだ。

 日本に来たばかりの外国人より断然巧いだろ。漢字で聞こえたわ。

 あと俺、佐藤な。


「『島を守る民兵団』などと言っても、所詮は寄せ集めです。質は正直、他国の一般的な兵士に比べると相当劣ります。ブラックヘイズには、普段は他の仕事をしていて有事の際にのみ剣を取って民兵になる人と、専業で民兵をやっている人がいるのですが、悲しいことに、後者の人ほどガラの悪い連中が多いのが実情なのです」

「それは……なかなか面倒なことですね」


 江戸時代、任侠者が仕切っていた宿場町、みたいだな。


「実際、今アルタが平穏無事なのは、ザンビディスさんのような人格者が上に立っているからにすぎません。ディーディーのような手合いは、力のある相手にだけは従いますからね」


 マジかよ。あのおっさんすごい人だった。

 ハゲとかマッチョとか心の中で言いたい放題していたことを、ちょっと反省。



   ◇



「どうですか?」

「んー……なんともないっすね。普通に平気そうです」


 ベッドから出て立ち上がってみたが、ふらつくこともなく、室内を歩き回れた。

 一週間も寝込んでいれば多少なりと悪影響がありそうなものだが、本当に腹が減ってるくらいだね。

 無駄に健康に産んでくれたカーチャンのお陰かな。

 ありがとうカーチャン。俺は異世界で元気にやってるよ。できるだけ早く帰るからお土産待っててね。


 ついでにその時、改めて気付いたのだが、メムから貸し与えられた服の下、下着の類を身につけていた。

 シャツやパンツを召している。

 どうやら治療に際して、民兵団から支給された模様。


 ただ、質は安物らしいな。どちらもあまり肌触りは良くない。

 ゴム紐も無いようで普通の紐を縛って止めているので、おそらく排泄時には多少面倒があるだろう。

 日本の下着が恋しいね。

 あと、誰がパンツを穿かせてくれたのかは考えない方が良さそう。


「そうですか。では、治療は終了ですね。今後、容態が急変したり、あるいは困ったことが起きたりしたら会いに来て下さい。普段はティムルク……北東の方に行った内陸部の集落の自宅か、ここカリピュアの街の波止場近くにある『ワスプ婆さんの店』と呼ばれる雑貨店のどちらかにいます。大抵は家ですかね」

「わかりました」

「ただ最後に一つだけ、言っておかないといけないことがあります」

「なんでしょう」

「それはですね、サイトウさんが今、命を取り留めているのは、私の腕が良かったからではない、ということなんです」


 聴き心地のいいハスキーボイスではきはき喋るリムさんには珍しく、なんだか歯切れの悪い口調だった。


「またまたご謙遜を」

「いえ、本当です。サイトウさんは運が良かったんです」

「運?」

「ええ。三つ幸運が重なったから生きてるんですよ。普通ならどれだけ手を尽くしても死んでいます」


 そ、そうなんだ。

 まあ、俺も死んだと思ったもんなあ。

 やっぱ結局、地球でも異世界でも最後に物をいうのはLUK値ってことか。


「その三つの幸運っていうのは一体?」

「一つ目はまず、メムさんの体液の摂取量が僅かだったことですね」

「体液……ですか」


 幼女の体液……。


「ええ。彼女の体から出る水分を飲んだりしたのではないですか?」

「あー……んー……多分、鼻水を少々」


 言っててちょっと恥ずかしいぞこれ。

 変態丸出しですやん。


「鼻水ですか。それは、まあ……なんというか……良かったです。性交相手を殺すのが目的だけに、ヴェポがもたらす毒性というのは、体の変色具合同様、下の方、下の方に下りて、下半身中心に溜まっていくものですからね。体の上の方の鼻水なら効果が薄くても納得です」


 いや待て。

 なんか今、聞き捨てならないことを言ってたぞ。


「あのう……性交、ですか?」


 強い言葉に自分で言っててドキンとするわたくし。


「ご存知なかったですか? あっ。というか、サイトウさんは色々なことを忘れてしまっているんでしたね。えーと……」


 少し迷うようなそぶりを見せた後、話し始める。


「ヴェポは、実は一般人には広く誤解されている代物でして、ほとんどの人々は悪疫の類であると思っています。これは効果もさることながら、術法を用いる為政者達がそう認識するよう仕向けたからです。さすがに、ザンビディスさんくらいの人であればある程度正しく知っているようですが、大抵の人は『体が黒くなっていく、決して近づいてはいけない呪い』とだけ思っています」

「違うんですか?」

「ヴェポと通称される呪術は、正式には『ヴェサガ=ポリディウス』と呼ばれる交配禁止の術法です。主に、国家への反逆者など、死刑になるような大罪人の家族に対して用いられます」

「交配……禁止?」


 小中学生時代、教科書の類はまるで読まなかったのに、国語辞典の「性交」や「女性器」の項目は熱心に読み耽ったことで知られる俺である。

 性的ワードに敏感な反応を示したのも無理はない。


「それを、家族にですか?」

「ええ。決して子孫を残すことができないようしてしまうのが目的のものなのです。一族郎党を皆殺しにする代わりに用いられます。これは本当かは分かりませんが、皆殺しにするだけでは名誉まで奪うことができない為に生み出されたと聞きます。継続的に忌み嫌われる存在としてしまうことで、社会的に抹殺し、家系そのものを汚してしまうのだとか」


 エグいこと考えるもんだなあ……。

 誰だよそんな呪いの魔法作った奴は。


「そういうわけですので、もしヴェポの女性を抱いた場合、当然男性の命はありませんし、死ぬ前に陰茎が腐り落ちます」

「なッ……!」


 め、メムさんとメックスすると、おペニスが……腐り落ちる……だと……?


「はい。元男爵様の未亡人がヴェポの呪いを受けたら、何故か無関係の伯爵様が死んだ、なんて笑い話があるくらいです」


 いやいや。笑えねーよ。

 背筋が冷えました。

 大ショック。


 つか、メムさんの柔らかいぷにぷに割れ目に我が47センチ主砲(見栄により微増)の徹甲弾をお見舞いできないなんて、この世界にやって来た意味の九割が今失われたぞ。本日をもちまして佐藤翔の冒険はおしまいですご愛読ありがとうございました次なる連載にご期待下さい。


「幸運の二つめは、サイトウさんの資質ですね。どうやら、ヴェポの呪いに強い耐性をお持ちのようです」

「俺がですか?」


 そうなの?


「はい。理由は分かりませんが、相当高い抵抗力です。おそらく、数十万人に一人といった割合のものではないでしょうか」

「そんなに」


 マジかよ。なんか知らんが得したぜ。


「そして、最後の幸運。恐らくこれが一番大きいのですが……」


 リムさんが、懐からガラスでできた小瓶を取り出した。

 中身は入っていない。


「ヴェポの呪いの影響を受けた際、治療に用いることができる秘薬……普段はアルタのような土地では決して目にすることなどない高級な『ジュル』と言う名の三等級魔法薬ですが、これが本当に偶然、私達の手元にあったのです」

「なんと」


 過去そこに収まっていた液体の色は最早分からないが、俺の命を救ってくれたという小瓶をしげしげ眺める。


「実は、一ヶ月から二ヶ月ほど前のことなのですが、サイトウさんの前に一人、やはりヴェポの影響によって危篤状態になった人がいたのです」


 そういや、なんかザンビディスさんもそんなこと言ってたな。

 俺の少し前に一人死者が出てるって。


「その人はアルタの北にあるムターライヒ公国という国で割と幅を利かせている大商人でした。ジュルは肉体のみならず魂魄こんぱくにも作用する非常に高額なポーションですが、金に糸目をつける必要はないということで、伝手を使って急ぎ送ってもらったのです」


 魂魄……?

 霊魂のことかな?


「しかし、間に合いませんでした。サイトウさんと異なり、彼が摂取したのは鼻水程度のものではなかったですからね。仕方なかったと思います」

「はああああっ!?」


 俺の口が、俺の意志を裏切り、頓狂な声を上げる。


「メムの体液を摂取した奴がいる!? ていうか、鼻水程度じゃない……!?」


 なんなんなんなんだそりゃ。

 何が行われたって言うんだよ。

 まさか、まさか、まさかエロ同人よろしくメムのあの愛らしい体のあちこちに汚らわしく獰猛な雄の欲望を吐き出しぶつけるような悪魔のハイエース行為が!?


 許されない。断じて許されないことですぞこれは!


「何をどう摂取したって!?」

「いえ……あまり知らない方が……」

「いいえ。いけません! これは非常に、ひじょぉ~~に、重要な問題ですぞ!!!!」


 この感情はなんだい?

 怒り?

 嫉妬?

 いいや違う! 殺意だね!


「そ、そうですか……。分かりました。お話しましょう」


 俺の剣幕にひるんだか、リムさんが目を逸らしながら言った。


「実は、その商人の人にはですね……ある……奇癖と言いますか……奇行と言いますか……変わった行動を取るところがありまして、彼はですね……幼い少女の尿をですね……その……飲むのです」

「……」


 幼女のおしっこごくごく系男子だったか……。


 ていうか、中身は獣人のおっさんだが、見た目はただの綺麗系美女という、扱いに困る存在のリムさんが恥ずかしそうに顔を赤らめて俯くのは複雑な気持ちになるからやめてほしい。


「あくまで彼の護衛をしていた傭兵に聞いた話でしかないのですが、月夜にティムルクの森近くを歩いていたところ、木陰から衣服を直しつつ出てくるメムさんを見つけたのだそうです。月明かりの下であったこともあり、まさかヴェポとは気がつかず、しかしメムさんはあの美貌です。途端に商人の方は挙動不審になりまして、『あの木陰の奥を調べたい』『何か宝の匂いがする』などと言いだし、傭兵を困惑させたのだそうです。そして『君はそこで待っていなさい』『鮮度が保たれているうちに辿り着かねば』という言葉を残し、傭兵を置いて木陰に消えてしまったのだそうです」

「あ。もういいです」

「しかし、商人はなかなか戻って来る気配がありません。おかしいなと思った傭兵が後を追ったところ、地面に倒れ伏したばかりか泥さえもすくって口に含み満面の笑みを浮かべたまま全身痙攣させている雇い主を発見したということなのです。とにかく、信じがたい話ですが、この世にはそのように、幼い少女の尿となると我を忘れる者が、少数ながらいるのです。幾らなんでもそのような神罰を恐れぬ行為を好むはずがありませんから、おそらくどこかの宗教的風習なのでは、と思うのですが――……」


 ただの趣味じゃね……。


 つか、幼女のおしっこごくごく教とか、それ完全に邪教だよ。


 あと今唐突に思い出したけど、ザンビディスのおっさんも、「割と死んだ奴の自業自得みたいな事件だった」って言ってたわ。

 そりゃ、メムに罪を求めるのは可哀想すぎるわ。


「とまあ、そういった経緯によって、我々の手元に残されていたこのポーションと、私の拙い治癒魔法とを併用することによって、なんとかサイトウさんの命を繋ぎ止めることができたというわけです」


 そっかー。

 そういうことなら、幼女しーしー大好きマンにも感謝しなきゃいけないか。馬鹿にするばかりってわけにもいかないね。


「ただ、そのことによって、大きな問題が一つ生まれてしまいました」

「なんですか、問題って?」


 問い返す俺に、リムさんが奇妙に事務的な口調で告げる。


「はい。それは、このポーションの……値段です」

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