アルタ群島(11)「地図に無い島々・Ⅲ」
~これまでのおはなし~
長旅途中の獣人が、洗ってない犬の匂いがするのかどうかは、「ファンタジー、気にしちゃいけないルール」の23番目。
島の薬師。
そんな肩書きの通り、やって来た女性は穏やかな方のようだった。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。ショー・サトーです」
挨拶を返す。
「リムさんには随分お世話になったみたいですね。本当になんとお礼を言っていいものやら」
などと会釈をしながらも、俺は獣のフォルムを帯びたパーツを無駄にチラ見していた。
リムさんの頭部、ブロンドヘアーの合間から飛び出している、大変愛らしい獣耳である。
キツネ耳? それともイヌ耳?
ネコ耳ではないな。
んー……キツネ耳だと思う。決めた。キツネ耳ってことにしよう。
まるで黄金色のススキ原からお狐様が顔を覗かせているようですね。
ひくひく動いてらっしゃいます。Fox!
そして見て下さいあの尻尾。
腰の辺りで今も蠱惑的に揺れているあの柔らかそうなふわふわ感。
ソフランしたくなりますね。Fox!
(リアルケモミミとか、たまらんなあ……)
別に俺は、特別ケモミミ好きというわけではない。
だが、エルフとか、獣人とか、ファンタジー世界の中でも特にヒロイン属性高めな亜人種にはどうしても反応してしまう。
男の子だからね。
(モフってみたいなあ……)
しかもそんなケモミミの持ち主が、正統派のモデル系ブロンド美女。
嬉しいじゃないの。
確率的には最初に出会う獣人が、「どう見てもエドモンド本田がドンキに売ってるネコミミパーティーセットつけただけの、幕内力士系女子」と評すべき存在である可能性も十分にありえたわけで(君、失礼だよ)、二十代オタの壊れやすいナイーヴハートが守り続けてきたファンタジー世界への淡い憧憬を傷つけないでくれたことには感謝しかないよ。ドスコイ!
「いえ、ご無事でなによりです」
リムさんが、癒し効果がついてそうな笑顔を向けてくれる。
「一時は結構危なかったですから、意識が戻って本当に良かったですね。私も治療に携わった者として、サイトウさんが無事でいてくれて嬉しいです」
ふぁあ……。天使かな。
獣人だけど、天使かな。
なんか神々しいわ。
こんな丁寧な対応されると、逆に緊張しちゃってあんまり真正面から顔を見れないぞ。
必然、目線は下に向き……。
あ、おっぱいは全然無いのですね。
まな板なのですね。
「とはいえ、まだ目覚めたばかりのようですし、これから容態を伺わせてもらえればと思います」
「と、言いますと?」
「簡単にですが、体を見せてもらっていいですか」
うわあ診察。
美女に診察されてしまうのか。
昔、働いていた会社の先輩に連れられて、エッチじゃないマッサージ店に行った時ですら、美人セラピストを相手に大変なことになってしまった俺が、果たして夢のファンタジーワールドお医者さんごっこに耐えられるのかな。
いや耐えなくていいのか。むしろ耐えない。
白旗をドクドク掲げる準備は出来た! どっからでもかかってこい!
「そんなの要るか? 俺が話してる間、割と平気そうだったけどな」
脇で俺達のやり取りを見ていたハゲマッチョが、マッチョマッチョと暑苦しく割って入ってくる。
「サイトウ本人も腹減ってるだけ、って言ってたし、メシ食わせてやればすぐ元気になるんじゃねえか?」
うるせえ今いいとこなんだ黙ってろお医者さんごっこさせろ。
こっちは一週間寝込んでたんだ。それはつまり一週間オナ禁してたってことだぞ。その辺分かって言ってんのかこの野郎。
クッ……。苛々すると、持病の、美人女医にあられもなく体を弄ばれたい欲求が悪化しそうだ。少し落ち着こう。
「確かに意識を取り戻したということは、峠は越えているでしょうし、大丈夫だとは思います。ですが、例の薬の効き具合も気になりますし」
「ああ。なるほどな」
何やら思わせぶりに視線を交わし合う二人。
よく分からないが、リムさんが二人きりの密室で俺をオモチャにしてくれるならなんでもいいぞ。
◇
しかし、診察は俺の想像するような淫猥極まる代物とはかけ離れた、割と普通のものだった。
隙あらば服を脱ごうと身構えるも、その機会さえ与えられない。
体の変調はないかという質疑応答。
内科の検診を思わせる、特定部位へのアプローチ。(特別な魔法道具らしい謎の眼鏡をかけたリムさんが、
そして。
「あと、手を見せてもらっていいですか? 特に指先」
「手ですか? うわっ!」
我が事ながら驚いた。
指の爪が、全て真っ黒になっている。
「うん。これならもう大丈夫そうですね。あ、この爪、しばらくするとぺりっと剥がれますが、気にしないでください」
いや、気になるわ。爪が剥がれるて。
「なんかすごいですね……。ヴェポが呪いの一種だって、さっきザンビディスさんから聞きましたが、一体どんな呪いなんですか? 死霊術みたいなものとか?」
「えっ?」
俺の質問に不思議そうな顔をする美女。「え? なんでこの人そんなことも知らないの? 辞書に『知能の働きが鈍いこと』とか書かれている項目の人? 青木雄二の漫画の背景に出てくる妙な名称の建物出身者?」という目をされる。
「あー、リム。実はその兄ちゃんな、記憶がねえんだわ」
忘れてた、という顔をして、重大事項を筋肉団長が告げた。
「……記憶が!?」
「ああ。だから、ヴェポのことすら知らねえんだ」
「それは……今回の治療の後遺症か何かなのでしょうか?」
リムさんの切れ長の眼差しが、真剣な色を帯びる。
いたく凛々しい。この目に責められたい。
「いや、そういうわけでもないらしい。元々、ネア先生の家に行く頃には記憶は無かったそうだ。昔のことはまるで覚えてないってよ」
「そうだったのですね……」
頷きつつ、狐美女は学者のような顔つきになっている。
少し興味があるようだ。
「忘却魔法でしょうか。しかし、忘却魔法の多くは古代魔法の領域なのでは」
「世の中広いからな。色んな理由が考えられるが……ま、兄ちゃんに何があったのかは、本人が思い出さねえと分かんねえかもしれねえな。いや待てよ、」
ハゲマッチョが何か思いついたのか、マチョッ! と手を打ちすえる。
「リム。なんならお前、得意の占術でこいつのこと見てやったらどうだ? 何か分かるかもしれねえんじゃねえか」
(占術……?)
言葉からすると占いの類だろうが、ここは日本駅前繁華街の道端ではない。
魔術妖術蠢くファンタジー世界のそれは、地球の占いとは格が違う代物なのではないだろうか。
俄然ドキワクである。
「リムさんは、そんなこともできるんですか? 薬師じゃないんですか?」
「いえ、私は元々は占術師です。薬師としての知識は、ほとんど故郷を離れてから身につけたものです」
すごい。多才美女なのか。
「リムは、見ての通り、変わった種族の獣人でな。家族に先立たれて、兄貴と二人、世界のあちこちを回った後、島に来たんだ。旅の最中に実用的な技術を色々学んでたから、島にとっちゃ本当に助かってるんだぜ」
「いえ、いつも必要にかられて学んだことばかりで、どれも浅学ですので、そう褒められると恥ずかしいです」
なんでも、占術師、薬師、治療師、錬金術士といった職業の知識を広く浅く、取得しているらしい。
都市部じゃ一つのことに詳しい専門職の人の方が需要あるだろうけど、ここみたいな田舎だと、こういう人の方がありがたいだろうな。
「今は触媒もありませんし、『
先ほど診療にも使った眼鏡を取り出し、かけた。
ちなみに、リムさんが獣人ということもあってか、眼鏡の耳かけ部分がサークレットのような変わった形状をしている。
『――フェ=リト』
詠唱の囁き。
微かな空気の振動。
一瞬だけ、高地に上った時のような耳鳴りがする。
「……なにか、絶望している姿が見えますね」
俺を見つめるリムさんが、妙なことを言った。
「絶望?」
「ええ。サイトウさん、とても悲しそうな顔をしています。というかこれは……私とザンビディスさん……? どうも、この後すぐ起こることのようですね。近未来視になったようです」
「す……すぐに絶望ですか? 俺が?」
「不吉だな、オイ」
この後すぐ! とかCMまたぎのような引っ張り感である。
でも、そんな落ち込むようなこと起こるかな。
ここ何もない部屋だよ?
「それから、円形の文字と数字が見えます。丸(○)と22。あ、今21に減りました。おそらくですが、並びの関係性からすると、この数が、サイトウさんが絶望するまでの時間と何か関係しているようですね」
丸ねえ……。
今、丸なんてどこかにある?
全然思い当たらないんだけど。。。。。。。
「まあ、気にしても仕方ないだろう。占術の未来視は、必ず起こる未来を覗けるってわけでもないしな。考えるだけ無駄だろうぜ」
肩をすくめるハゲッサンに、俺はちょっとイラッとする。
「そんな言い方ないんじゃないですか。せっかくリムさんが視てくれたのに……。まあ、美女は落ち込んでても、それはそれで素敵だったりしますけどね」
と、無駄にポイント稼ぎに走る無職である。
なんだよ。いいだろ、別に。
「……」
「……」
ん?
なんか二人が妙な顔をしているぞ。
「
「ごぉええええっ!?」
ゲボ吐いたみたいな声が出た。
「嘘でしょう!?」
「嘘なわけあるかよ。本当だよ」
俺は絶望した。
【名前】リムルクス・エイントラン
【種族】ワーフォックス
【性別】男
【年齢】38
【職業】薬師
【称号】イケメンの壁を超えてしまった者
【血神】ローズアリア
【レベル】26
【HP】???
【MP】???
【PX】???
【MX】???
【スキル】???
>【性別】男
>【性別】男
>【性別】男
ひ、ひえぇ~、玉つき事故でんがな~……。(ガクガクと震えながら)
というか、リムルクス、って結構勇ましい名前なんですね。しかも三十八歳とかザンビディスのおっさんより年上だし。
ハハ……。
……ずぅぅーーん……。
自分より一回り年上の同性を、スケベ心満点の卑猥な目のみで見てしまっていた事実は予想以上に重く、自己嫌悪の波は、高く、激しいものであったという。
あれ、あれ? あれ? あれ、待てよ、あれ? あれ、おかしいですね、あれ? もしかして頓死? これ頓死? 頓死なんじゃないですかね? ピャー!
発狂寸前である。
――(リアルケモミミとか、たまらんなあ……)
んっ?
――白旗をドクドク掲げる準備は出来た! どっからでもかかってこい!
あっ! これ走馬灯だ!
――うるせえ今いいとこなんだ黙ってろお医者さんごっこさせろ。
ヤメロ! もうやめてくれ!
――よく分からないが、リムさんが二人きりの密室で俺をオモチャにしてくれるならなんでもいいぞ。
うわあああああ!
……二十代オタの壊れやすいナイーヴハート、複雑骨折。
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