アルタ群島(9)「地図に無い島々・Ⅰ」

~これまでのおはなし~


 異世界に転生したら、すごくかわいい女の子(メム)に「変態」と罵られたけど、家にお呼ばれしたので行ったら、クッソボロ家で、でも魔法使いの部屋っぽいとこがあって、そこで興奮してキャッキャキャッキャしてたら人骨を発見したけどぼくは何も見てないし、焼きスクロールもしてないし、buffはやっぱり好きになれないし、メムさんとメックスしそこねてしまうし、もうとんだクソ展開と憤るしかないんだけど、それどころかなんか突然死したくさいんだよね、クソシナリオどころの騒ぎじゃないよね、これはもう返金クレームしかないよね、詫び石至上主義だよね、でも気付いたら知らない場所にいて知らない人達に囲まれて寝てたから、やっぱ生きてたのかなあ、よくわかりません。





 目覚めると、おっぱいが揺れていた。


(……乳袋だ)


 と、俺は思う。

 伝説に名高い、乳袋がある。


 知らない人はもうあまりいないと思うが、一応解説しておくと、『乳袋ちちぶくろ』とは「着衣状態なのに、乳房の形状がくっきり分かるほど服がフィットしている」胸のことである。本来ぴったり貼り付く筈がない下乳の部分にまで服が密着しており、まるで衣服に乳房を収める専用の袋がついているかのように見えるので、そんな呼び名がついた。


 不自然極まりないその形状ゆえに、漫画やアニメ二次元の中にしか存在しないとされ、「現実を知らないどうていの妄想」「無意識的女性蔑視の一表現おっぱいレイシスト」「そんなにおっぱいがいいなら、おっぱいさんちの子になっちゃいなさい!(金切り声)」など、兎角「こんなものはリアルじゃない」としてヒステリックに叩かれまくる代物であったりする。


 非実在巨乳。


 それが、ある。

 ベッドに横たわる俺の目の前に、ある。

 そして揺れている。

 ぼくの心も揺れている。


(そ、そうか……!)


 ファンタジー世界においては、ブラジャーは貴重品なのだ。

 王侯貴族ならともかく、一般女性はブラなしで服を着ることも多かろう。


 その上、服を作る裁縫技術も、材料となる生地も、現代に比べると劣る。(と、思われる)

 手頃な価格で簡単に自分の体に合った服を手に入れることができるわけでもない。

 必然、金銭的に豊かでない女性達は、古着に布を継ぎ足して、自分の体に合わせた、改造裁縫とでも呼ぶべきチューニングを行うことになる。


 それを、巨乳が邪魔をする。


 乳房はああ見えて意外と重い。質量がある。時に巨乳女性が、自らの母性を強調すると共に魅力値CHAを向上させることができるその究極アイテムを、「邪魔な脂肪」と吐き捨て、「ちぎって捨てたい」とまで言い出すのは、肩こりに苦しめられた末の悲痛な叫びであったりするのだ。


 そんな、本人さえもが持て余すほどの巨乳様が、ブラもなしに、粗悪な改造服に無理矢理閉じ込められたらどうなる?


 こうなる。


(で……、でっかいです……)


 俺は少年のように顔を赤らめ、俯いた。


 異世界、すごい。

 いきなりこんな歩く破廉恥ハレンチ・ウォーカーに出会っちゃうんだ……?

 俺が芸能事務所の人間なら即座に名刺を渡した後、「五年後、天下取っちゃう本物ガチンコのグラドル見つけちゃいましたYO!」と興奮気味に上司に電話してるところだよ。


 きっと、「リアルにおいても乳袋は可能」説提唱派の友人である岸本君(実家が薬局)が見たら、喜びのあまり膝から崩れ落ちた挙句、恥も外聞もなく赤子のように泣き出してるだろうな。


「ど……どうしたんですか? まだ具合が悪いんですか?」


 胸の谷間が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 とんでもない破壊力。

 それ以上、いけない。


「お水飲みますか? どうぞ」


 年の頃は十代後半といったところだろうか。

 すっきりした目鼻立ちの少女が、俺にグラスを差し出していた。

 翠玉エメラルドの瞳と、燃えるように赤い髪。

 だが、眉や睫毛まつげには黒色が混じっていて、それがまた少女のあどけない顔立ちに華やかな陰影を与えている。


「ど……どうも。ありがとうございます」


 精通前の小学生並にどぎまぎしつつ受け取ると、破壊的なお胸の持ち主は、大きな笑顔を浮かべた。

 凡庸な表現ながら、向日葵が咲いたよう。

 裏表無さそうな子である。

 絶対いい子だよ……。


(ていうか、メムとはタイプが違うけど、またしても可愛い子だなあ)


 腰までありそうな長い髪の毛を左右二つに分け、ゆったりとしたおさげ髪にして編み込んでいた。

 素朴感のある髪型が、快活な雰囲気と相まって親しみやすさを生んでいる。


 多分、男なら誰しもが好きになってしまうというか、


(こういう子を嫁にもらいたい……)


 と、思うタイプである。


 絶対処女だよ……。


 処女じゃなかったら嫌だよ……。

 絶望するよ……。


 だが、俺の眼前に今あるもの。

 それは紛れもなく世界を相手に戦える美巨乳である。

 飾り気の無い少女だけに、逆にアンバランスなその突起物がやたらと暴力的に映る。


 やっぱり非処女だよ……。

 誰かに揉まれて大きくなったんだよ……。

 もう絶望しかないよ……。


 無職の思考は千々に乱れた。

 情緒不安定。


(一体このスレンダー体型のどこにこれだけのポテンシャルが秘められて――……)


 着ている服は、中世っぽい簡素な仕立ての紺色ワンピースである。

 腰下タイプの前掛けエプロンもつけていて、なんだろう、花屋の女の子って感じ?


 だが、サイズが微妙に合ってない。というか、ワンサイズ小さい気がする。

 違った。丈は合っている。

 胸だけが、合ってない。

 おっぱいだけが、服よりワンサイズ大きいんだ……。

 それが、この破壊力を生んでいるんだ……。


 軽い目眩に襲われる。

 こんな美乳を近距離で観察し続けたことで、おっぱい酔いしたらしい。


(この世界には、こんな美少女しかいないのか!?)


 異世界最高かよ……。


「おい、どうしたあんちゃん。さっきから目を白黒させて」


 あ、ちがった。

 いた。

 しかも割とすごいのいた。

 デカくてハゲでマッチョでオッサンがいた。

 だいぶパンチが効いているルックスだ。

 たゆんたゆんしてるおっぱいに気を取られてまるで視界に入って無かったけど、ずっと横にいた。見えないふりしてた。ニュース番組中、現地リポーターの背後にチラチラ見切れる一般人扱いしてた。


「別に無理に起きなくてもいいんだぜ」


 ただでさえタフガイのジェイソン・ステイサムを、更に筋骨隆々にしたような人だった。

 こんなド迫力なおっさん、リアルではじめて見た。プロレスや映画の中を主な生息地にしてる風貌だ。

 登場シーンでも退場シーンでも、常に背後で爆発が起こってそうなマッチョメン。

 一人エクスペンダブルズだわ。

 こりゃすげえ。


 赤髪少女と並ぶ姿は、まさに美女と野獣である。

 キャラデザと作画監督、別の人じゃね、これ。世界観が違うだろ。


「い、いや、大丈夫です」


 おっさんの強い存在感によって急速に現実に引き戻された俺は、渡されたグラスの水をあおる。

 一息つくと、ようやく周囲の様子に意識が向かった。


(RPGの宿屋みたいな部屋だな)


 飾り気のない板間だった。

 複数のベッドが横並びになっていて、俺はその中の一つに収まっている。

 安い宿泊施設の四、五人部屋、って感じ。


 しかし、一連の様子から推測すると、どうやら自分はここに担ぎ込まれたようである。

 宿屋ではなく、病院かどこかなのだろうか?

 割と謎だらけの展開だ。


「マリー。リムを呼んできてくれ。例の患者が目を覚ました、って伝えてな」

「あ、うん。わかった」


 一つ頷くと、マリーと呼ばれた赤髪少女はそそくさと戸口に消えた。


 ああ……乳袋様がいなくなってしまった。

 佐藤は悲しいです。


 後に残るのは、頭髪に愛想を尽かされたオッサンだけである。

 ハゲたオッサン。ハゲッサン。


「さてと、あんちゃん。気分はどうだ? 話はできそうか?」

「あー、はい。平気だと思いますよ」


 さっきからやけに重病人扱いされているが、体の痛みは特に無い。


「強いて言うなら、お腹が減ってるくらいですか」

「ハッ。そりゃ一週間ロクに食ってないからな。リムに感謝しな。アイツがいなきゃ、お前はもうとっくにくたばってる」

「リムさん……ですか?」

「ああ。呼びに行ってもらったからこれから来るはずだ。ここいらじゃ珍しい腕利きの薬師だ」

「なるほど」


 首肯しつつも、多少ショックを受けていた。


(……一週間も寝てたのか、俺)


 異世界生活がはじまってまともに意識があったのがたった一日である一方、無意識のうちにその数倍もの時間を過ごし終えていたらしい。

 頬に手をやれば、すっかり無精髭が伸びている。

 むう……。


「それじゃ目が覚めた早々で悪いが、幾つか質問させてくれ。確認しておかなきゃならんことが山積みなんでな」

「あの、その前に一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん? なんだ?」

「ここはどこなんですか?」

「カリピュアだな。川向こうから連れて来られたんだよ。兄ちゃんは」

「……」


 カリピュア。

 反芻する。

 うん、知らねえや。

 どこそれ。


 この建物の名称か?

 ……ってことはないか。川がどうとか言ってたから地名かな?

 でも、『カリピュア』なんて一言で説明されても、それが「ここは日本だよ」みたいな意味なのか、「関東だよ」という意味なのか、「東京だよ」なのか、「赤羽だよ」なのか、「赤羽一番街まるます家だよ」なのか、はたまた「東アジアだよ」なのか、さっぱり分からない。

 街の名前なのか、この辺りの地域の名前なのか、国の名前なのか、なんなのさ。


「で、兄ちゃんが今いるこの建物は民兵団の詰所だ。身元が何一つ分かんなかったんでな。他に運ぶ場所がなくってここに来た」

「民兵団……?」


 例によって鸚鵡返しに尋ねると、ハゲッサンは立てた親指を自分のアゴに向けた。


「ああ。俺はここカリピュアの民兵団、『ブラックヘイズ』の長をさせてもらってる、ザンビディスっていうモンだ。一応、アルタの治安を預かる顔役ってことになってる」


 見た目のいかつさに反して礼儀正しい人である。

 ただ、せっかく名乗ってもらっといてなんだが、美少女以外の固有名詞が増えても覚えられないし、ハゲッサンでいいだろう。濃厚な脇役臭がするし。

 とりあえず名乗り返しておこう。


「俺は、ショー・サトーです。ショーかサトー、どちらでも好きな方で呼んでください」

「お、そうか。サトウ、サトウ……」ぶつぶつ呟いていたが、「悪いが、あんまり物覚えがよく無くてな。基本的には今まで通り『あんちゃん』って呼ぶぜ」


 なんだとこいつふざけんな。ハゲッサンの分際で。俺のことを脇役だと思ってるんじゃないだろうな。て、て、て、転生者様だぞ。

 調子こいてると、体を強化してシメちゃうよ? 泣き入れても許さないよ?



【名前】グルク・ザンビディス

【種族】人間

【性別】男

【年齢】31

【職業】民兵団団長

【称号】育毛剤に賭けた青春

【血神】ルド

【レベル】29

【HP】???

【MP】???

【PX】???

【MX】???

【スキル】<スラッシュ5><タウント5><???><???>



 ……すいませんでした……。


 レベル29て。

 メムより更に上じゃないの。

 こりゃ勝てんわ。指先ひとつでダウンだわ。


 でも、メムの時と違ってスキルが一部見えるな。

 割とオーソドックスな戦士系と見た。剣使いソードマンかな。

 <タウント>があるってことは、盾使いシールドマンかも。


「あのう、民兵団ってのは何なんですか? 名前からすると、ここいらの自警団ってことですか?」


 そもそも民兵ってのがどういうものなのかもよくわかってない俺である。


「……」


 すると何故か突然、ハゲッサンの目が訝しげな色に染まる。

 じろじろ見られてる。

 えっ。

 な、なんか俺、まずいこと言いましたか。


「お前、アルタにはいつ来たんだ?」

「あ、えーと……」

「ここいらは人の数も少ない。お前みたいに目立つよそ者が来たら、すぐ分かる」

「……」

「で、オビ島に港と呼べる場所はカリピュアしかない。だが、お前を見たのはつい先日、ここに運ばれて来た時が初めてだ」

「え? 島?」

「あん? なんだ、そんなことも分かってなかったのか?」驚いた後、「いや待て。さすがにおかしいだろ。お前……」


 う、うええ……! ものしゅごいあやしまれてるぅ……!

 不審者を見る目……!


 気分悪くなってきた。

 脇汗出るよ。

 トランスポーターシリーズでジェイソン・ステイサムに睨まれた哀れな悪役ってこんな気分だったの? 俺TUEE映画って爽快感抜群で大好きだけど、TUEEされるYOEE側はこんなに辛いのね。


 どうしよ。

 なんかうまい言い訳。


「いえ、実はそれがですね……えーと……」


 我が灰色の脳細胞4bitCPUを駆使して、必死に考えた結果。


「信じてもらえないかもしれないんですが……何も覚えていないんです」

「はぁン?」

「理由は分からないんですが、気がついたら山に裸で倒れていまして……」

「裸? なんで裸だよ」

「いえ、ですからそれも分からなくてですね」

「要するに、記憶が無い、って言いたいのか?」

「はい。自分でその場所まで来たのか、誰かにさらわれて来たのか、それすら分からないような状況でして……」

「……」

「それで、森をさまよい歩く中で、メムっていう女の子に会って、家にお邪魔させてもらいまして……」


 必死で喋りながら、なんだか嫌気が差してくる。


(俺、またウソついてるよ……)


 メムの時もそうだ。山賊に身ぐるみ剥がされたとか適当なこと言って……。

 本当に嘘ばっか。

 出任せだらけの異世界人生だよ。

 オイラ悲しくなってきたよ。

 本意じゃなかったとはいえ、こうやって新しい世界でのニューライフがはじまって、善く生きるも悪く生きるも望むがままだっていうのに、虚妄きょもうを積み上げて俺は一体どうしたいのよ。そんなんでいいの? 良くないよね? 正直に全部話してみな。きっと悪いようにはならないよ。さっ、勇気を出して。


「そうか……なるほどな」


 信じてくれていた。

 小学生並の嘘を。


「……」


 何故だろう……。

 心が痛いッス……。


「そういうことなら、『ヴェポ』の件も納得できるんだよな……」

「ベポ?」

「『血の秘奥ヴェサガ』だよ。呪いの、な」


 よく分からない。


「とりあえず、そうだな。さっきの質問、『ここはどこか?』ってことに、答え直しておいてやろう。お前がいるここは『地図に無い島々』……アルタ群島だ」

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