第一章「アルタ群島」
アルタ群島(1)「メム・Ⅰ」
「異世界転生」と「異世界転移」は、その差一文字の割に、大きな違いがある。と、思う。
特にそのはじまり方、物語のスタート地点において顕著だ。
前者の「異世界転生」においては、
①異世界における現地人として、生まれた直後の赤ん坊からスタートする。
②現地人に生まれ、ある程度の年齢まで成長したところで、前世の記憶として地球のことを思い出す。
この辺が定番のパターン。
転生の言葉通り、生まれ変わり、という行為を経ているのが特徴。異なる体で人生を送ることになる。
一方、後者の「異世界転移」はよりシンプル。
③地球時代の外見、肉体のまま、異世界にやって来る。
これだけの話でしかない。
時々、「王国の危機を救う為に、魔術師に召喚される」などの導入がくっついていたりするけど、まあ、これはプロット上の差分みたいなものだ。
で、何故こんな話をいきなりするのかというと、俺を異世界に追いやった神(自称)は「異世界転生」と言っていたからである。
転移ではなく、転生。
「じゃあなんで俺は今、全裸で突っ立ってんスかね」
いずことも知れぬ山頂だった。
広さは六畳くらいだろうか。剥き出しの岩肌も露わな、禿げ山のてっぺんにいる。
「さむ……」
風は無かった。
が、服も無かった。なのでだいぶ肌寒い。
季節的には、春か秋、といった雰囲気である。
「テンプレに無いぞ……こんな異世界転生……」
俺は何に転生したんだよ……。
「この感じ、普通に前までの俺なんだがなあ」
神から手抜き転生イベントの招待を受ける前、俺は二十代半ばの平均的な日本人男性だった。
その時と見ている目線の高さが変わらない。
事実、己の体をしげしげ観察してみれば、目に映るのは見慣れた手足と、見慣れた胴体である。あと見慣れた陰部。
「仮性のままじゃん……」
転生時のサービスで、ズル剥けにしてくれてもいいのに……。
それとも、チート云々よりそういう変更を神にお願いしてみれば良かったのか。
そんな脱線気味な後悔はともかく、やはりこれは「転生」ではなく「転移」なのではないかという気がしてくる。①でも②でもなく、③。
日本から、訳の分からない場所に飛ばされた……?
じゃあ裸の理由は……?
と、そこで気付く。
よく見ると、足元、靴だけ履いていた。
割といい黒の革靴だ。
なので一応、全裸ではない。
どっちにしろ、おちんちんは丸出しだけど。
裸で、山頂に、靴を装備して、立っていた。
周囲に人影が見あたらないのは唯一の救いである。
「うーむ……。俺、死ぬ前、何してたんだっけな」
こんな奇特な格好をしていた覚えはないんだが。
「それとも、もしかして、日本なのか、ここ」
単におかしな夢を見ただけなのだろうか。
そもそも死んでもいないし、異世界転生なんてものもしてない……?
確かに、「変なクスリでラリって全裸徘徊した挙句、山の頂上で正気に戻った」とかの方が、「神の力で異世界に転生した」より、よっぽどありえる話だけど……。
「知らん場所だなあ」
そのまま360度、ぐるり景色を見渡すも、一面、大地は茶色と緑のまだらで出来ていて、判別はつかなかった。
過去に来たことがない場所であるのは間違いないものの、日本であるのか、外国であるのか、異世界であるのかまでは分からない。
あまり高い山ではなかった。正直、小高い丘といった方が近いかもしれない。
岩場なのは山頂周辺だけで、下った山裾からは緑に覆われている。植生は……遠目の判断だが、結構日本に似てる気がするな。
竹のようなアジアの記号的植物こそ見つからないが、ここが熱帯や寒帯といった極端な気候の土地でないのは確かである。
「いやほんと、直前まで何してた、俺……?」
ペニスがぶらり揺れることも厭わず、俺は沈思黙考する。
だが、そもそも、記憶に障害が見られた。
ここ数日のことを覚えていない。
何も思い出せなかった。
それはぞっとする感覚で、俺は慌てて記憶のページをめくる。
日本で一番多い苗字「
俺が生まれた年の男子につけられた名前で、一番多かった「
その二つを組み合わせたザ・平凡ネーム、「佐藤翔」が我が名前だ。
年齢は26歳。
身長、174センチ。
体重、66キロ。
職業、無職……。
「ん?」
自分のプロフィールを、改めて脳内で反芻していた時だった。
不意に、視界の隅に何かが映った。
【名前】サトー・ショー
【種族】ハイヒューマン
【性別】男
【年齢】26
【職業】失業者
【称号】なし
【血神】なし
【レベル】1
【HP】12/12
【MP】8/8
【PX】6
【MX】4
【XP】0
【スキル】なし
【スキルポイント】65535
【装備】かわのくつ、ニプレス
「うおっ。なんか出た」
RPGのステータスめいた半透明のウインドウがポップしている。
ありがちだなあ……。
そういうゲームっぽい路線のファンタジー世界なの?
つか、LotRやゲド、ナルニア、ドラゴンランス、ザンス、ベルガリアードといった、古典系のハイファンタジーをこよなく愛する(でも一番好きなのはプリデイン物語)俺としては多少拒否反応が無くもないガジェットである。
まあ、体験してる身としては、直感的に分かりやすいから助かっちゃうけどね。
そしてついでに、ここが日本ではないことが証明されてしまったようだ。
あるいは、VRMMO的な体験型ゲームの世界に放り込まれたのかもしれなかったが、俺の知る限り、風のそよぎを陰毛で感じられるほどリアルなVRゲームなどというものは存在していない筈である。ていうか服はどこなんだよマジで。
「名前がショー・コスギみたいになっとる。レベルは1か。まあ、そりゃそうだな」
数値を見る限り、初期ステータスといったところか。【職業】が無職じゃなく失業者になってるのは、失業保険給付中の身の上だから容赦してくれたのか。
しかし、見慣れないパラメーターが幾つかあるな。【血神】とか【PX】【MX】っていうのはなんだろう。
【種族】も人間ではなく、ハイヒューマン?
分からないことが結構ある。誰か解説してくれないかなあ。
「Oh……ニプレス」
【装備】の項目を視認後、改めて確認して気付いたが、何故か乳首が隠されていた。
何の気づかいだ。下は丸出しおっぴろげなのに。
「この、【スキルポイント】の高さは何だろうな。6万以上もあるぞ」
ゲーマー感覚で普通に考えると、スキルポイントというのはレベルが上昇したりすると貰えるポイントで、なにがしかのスキルを獲得する際に消費されるものとかではないのか。
それがこんなにあったらスキル取り放題なんじゃないの?
それとも、この世界ではスキル獲得には結構なポイントを消費するものなのか?
「もしかして、このスキルポイントの多さが俺に与えられたチートなのか? 神様恩恵的な」
藤原啓治クリソツのイケボ神様(以下、ケイジと呼称)は結局、チート能力に何をくれたか言ってなかったと思う。
自分で選べ、的な発言をしてたような。
とすると、やっぱり強くてニューヨーク可能ってことなんだろうか。(憧れのNY)
こう、スキルを自由に取って、お好きに無双したまえよということなんだろうか。
だとすると助かるなあ。
見知らぬ場所に突然放り出されるという経験をしてみて分かったけど、これ結構精神的に厳しいものがある。
古今東西の異世界チートマン達はこの心細さによく耐えたなと思う。まだ誰とも会ってないのに、既に自宅のベッドで毛布にくるまってぐっすり眠りたい欲求が半端無いし。
そんな精神状態だと、常人ならざる強さを与えられているという事実は、心に平穏をもたらしてくれる。
安心するわ。
正直、そうでもなきゃ取り乱してもう漏らしてるよね。というか、パンツ無いから漏らすというよりまき散らしてるよね。
強い、って、心もプロテクトしてくれるんだね。
パワー・イズ・ジャスティスなんだね。
脳筋界のリビングレジェンド、スタローンも「俺が法律だ!」って言ってたもんね。
無法の世界を筋肉で切り拓く……そういうことなんだね。
と、空手有段者になった元いじめられっこのようなことを考えながらステータスを見ていると、うむ、スキルポイントの項目の数字がハイパーリンクのように点滅しているではないか。
ここか?
ここを押せばいいのか?
ここを押せばサイキョーに強まってしまうのか? クリック、クリック。
【獲得可能条件を満たしているスキルは、ありません】
俺は天を仰いだ。
じゃあ俺ただの全裸マンですやん……。
スキルもねえ。服もねえ。仕事もねえ。
オラこんな異世界いやだ。
LV1で装備ニプレスでどうしろって言うんだよ。
帰りたい。帰して。
実際、俺には日本でやることがある。
RPGっぽいステ画面が出てなんとなく少し楽しくなりはじめていたが、いや待てと。それどころじゃないだろと。こんなとこで遊んでる暇はないだろと。
元の世界に帰らないといけない。
だが、どうすればいいんだ?
そもそもできることが無い。できるとしたら――……
「頭を使うことくらいだな」
無職はニヒルにうそぶいた。
山頂は、前述した通り、手狭な岩場である。
ぺんぺん草も生えないやたら殺風景な場所ではあるが、日本人の俺がいる、というその一点において既にここは特殊である。
少なくとも、ケイジ(神様)が俺クエストのスタート地点にここを選んだのには何か意味があるはずで、例えば異世界へのゲートを開きやすい場所であったからとか、それなりの理由が隠されているはずである。あるよな?
未知の土地に全裸でポイされて、慌てて服を探しに旅立ちたくなるところだが(どんな理由で旅立とうとしてるのですかあなたは、普通RPGの旅立ちの目的はもっと崇高なものではないのですか)、ここは、元の世界に帰る為の手がかりが残されている可能性のある地点でもあるのだ。
「やっぱこの辺ちょい調べといた方がええわなあ」
何故、唐突に胡散臭い関西弁で訛ったのかは不明ながら、ひとまず周囲を探索することにする。裸で。
すると、すぐに革靴の裏になんかくっついてるのを見つけた。
おう、なんだこりゃ。
「きもちわる」
白くてドロリとした液体が付着していた。
つい卑猥な何かを想起してしまうところだが、実際には、粘度の高いお餅といった趣である。
俺の立っていた場所にだけ、地面を覆うように、うっすらと広がっている。
指先ですくって匂いを嗅いでみたが、完全に無臭だった。
「これが何なのかすら分からんな……」
油とも、クリームとも違う、ぶよぶよとした感触。キモキモキッショイ。
うーん。ほんとになんだろう。
転生儀式の残留物か何かだろうか?
大した広さの無い山頂には残念ながらそれ以外に目立ったものはなかった。
俺が地学大好きの岩石マニアなら、何か発見できたのかもしれないが、ボンクラの目にはただの岩場としか映らない。
早くも地球帰還への手がかり探しが頓挫した気配。
代わりに、山道が見つかった。
前方と後方にそれぞれ一本ずつ、下っていく道らしきものがある。これを辿れば下山できそうである。
「つか、なんか天気が悪くなってきてるんだが……」
異世界に着いて早々、雨が降り始めそうな雲行きだ。
「ただでさえ風邪引きそうな格好なのに、濡れたらやべーよな」
しょうがない。
一度、俺クエストを中断セーブして服クエストをはじめよう。本格的に文明人の装備が必要と判断する。類人猿卒業希望。
ま、なんかあったら戻ってくればいいよね。
問題は、二本ある山道のうちどちらを下るのかということだったが、結局前方に伸びている道を選ぶことにした。
背後の道はどこへ続いているのか完全に不明だったが、前方には、山の麓に広がる森の向こう側、民家(?)と思しき小さな人工建造物の姿が見てとれたのである。
普通に考えると、あそこまで道は続いているに違いない。
「正直、装備といいスキルといい、あんまいい開始条件じゃないし、本当にハードモードじゃねえかケイジ(神様)の野郎ぶっころ、って思わなくもないけど、見晴らしの利く場所からだったのは救いだったな」
どうやらここは山岳地帯の峰の中というわけではなく、平野部にぽつんと突き出た山の頂上であるようだ。RPGのスタート地点としては、割と気の利いた設定だろう。
「うん。元気に行こう」
裸んぼは歩き始めた。
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