第3話 覚醒
俺たちは水浸しになってしまったヒューマンの少女の居た部屋を出て、隣の家主が塵になってしまった部屋に移動した。そこで俺たちは彼女の覚醒を待ちながら、次の行動を話し合って決めていた。
注意しなければならない点がある。
彼女が敵対存在か否か。
先史文明人である彼女が目覚めて、どういった行動をとるのか分からない。現在では及びもつかない科学技術を持っていた彼女が俺たちをどういう目で見るか
少なくと相当に文明の遅れた人間に見えるだろう。俺達が一部のゴブリン族の奴らを見るような目で見られてもおかしくはない。
さすがに裸では与える印象が悪いだろうと、鈴香の予備の服を着せておいた。(これは鈴香の強い主張による)
言葉だって通じない可能性がある。
ただ、俺たちから進んで敵対するようなことはしないと決めていた。
理由は二つ。
一つは打算的な目的。『先史文明人を仲間に引き入れることができれば、その知識の一端でも吸収できるかもしれない』ということ。
シーフは仮の姿【と俺は思っている】
その実、科学者【と俺は思っている】である俺としてはその知識は垂涎のものだった。科学を志す者として知識の探求は生きる事と言っても過言ではない――――はずである。倫理と人道に恥じない限りだがな。
叶うことならば、彼女らヒューマンが住まうという浮島に行ってみたい。そこには伝説によるとデータセンターという名前の図書館が有るらしいのだ。
まあ、おとぎ話のような話だが。
もう一つはもっと単純な話。少女を一人この世に放り出すのは不憫に思ったからだ。
彼女の仲間だったと思われる先史文明人は少なくともこの遺跡を見る限り他にはもう誰もいない。種族としては滅んだのか、新天地を目指して去ったのかわからないが、もう彼女の他に先史文明人はこの地にはいない。
そればかりでなく、ヒューマンにはこの地上でただ生きていくだけでも困難を伴う社会的な事情があるからだ。この娘はそれを知らない。それを知らずに街にでも近づけばどうなるかは――――正直あまり考えたくもない。
仮に俺達と袂を分かつことになるとしても、それくらいは教えてあげたかった。
「みんな、目が覚めそうよ」
鈴香が皆にそう言って警戒を促す。
――――――――――――クゥッ
「お腹すいたなぁ……」
なんとも気の抜ける第一声を発し、少女は寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。
崩れそうになる緊張感。
でも言葉はどうやら通じそうだ。
緊張感を意識して取り戻しながら声をかけた。
「おはよう、ご飯食べれるかな?」
「あ、お願いします。トーストはカリカリに焼いたのが好きです」
現人類による先史文明人とのファーストコンタクトはそんな風に始まった。
「あはは、嬢ちゃん待ってな。厚切りのベーコンも乗せてやるからな」
「ブッ、豚がしゃべってる!」
ブルータスが声をかけた途端、事態は急変する。
それまでの寝ぼけた様子は何処へやら。彼女はしっかりと眼を見開き唖然としていた。
いきなりといえばいきなりな展開だった。
「ちょっとあなた失礼じゃない!」
それを聞いて随分な剣幕で鈴香が食ってかかってしまった。
「人を豚呼ばわりだなんて。そりゃ確かにブル-はオークだけどれっきとした人間よ」
「まあ、まあ、鈴香落ち着いて」
「ブルー、悔しくないの!」
「姉さん。落ち着いて。ちょっと火を吐かないでよ。お願いだよ」
目を見開いて驚いていた彼女は
「そうか、デミなのね、あなた達。テラフォーム計画は予定通り行われたんだ」
そうつぶやくと、今度はまじまじと俺たちを見る
「豚顔のオークさん。よく見ると豚というよりお相撲さんみたいな体格、結構筋肉質なのね」
「角に羽にしっぽ。おまけに火を吐く……とすると貴女はドラゴニュートかな?凄いな、ブレスまで実装できたんだ。顔はトカゲっていうより人間っぽいけど」
「こっちの耳の長い色白ハンサムさんはエルフね。えへへちょっとかわいいかも」
「えっと、貴方は……」
俺はフードをとって顔を晒してやった
「額に角……とすると鬼人かしら」
一方的に俺たちを観察しては一人何やら納得したようだった。なんだか見世物小屋の珍獣にでもなった気分だが。
「ごめんなさい。デミヒューマンを目にするのは初めてで驚いてしまって。気を悪くしたのなら悪かったわ」
「俺は別にかまわない」
「分かればいいのよ」
「私は紫苑。寺田紫苑。あなた達とはこれから同じ職場で働く同僚ってことになるのかな? まあ、よろしくね」
満面の笑顔で手が差し出される。
どうやら俺たちを見てすぐ敵対する気では無いらしい。俺も少し緊張しながら彼女の手を握り返した。しかし、俺達は職場の同僚では無いし、思い込みで何かを誤解している。
「まずは、あなた達の名前を教えてくれない?」
「俺は晶だ。よろしくな」
「鈴香よ」
「初めまして。翔太と申します」
「ブルータス」
「で、私を起こしてくれたヒューマン、というか産業医さんがいるはずなんだけど、彼女はどこかしら?」
キョロキョロと周りを見渡す彼女。当然俺たち以外には誰もいない。
「おかしいわね。本来スリープからの覚醒の後、すぐにも身体検査が行われる手はずと聞いていたのだけれど……席を外している、ということかしら。あなた達何か彼女から言付けを聞いてない?」
「いないわよ。ここには私たち以外」
紫苑の顔がいぶかしげなものに変わる
「コール [フレア]」
『ミス・シオン。ご用件をどうぞ』
突然、部屋に誰のものともわからない声が返ってくる。
「施設内の生体反応をサーチ。マップに出して」
『了解。生体反応をモニタリングします』
半透明の地図が紫苑の目の前に現れた。地図上には赤い光点が一つ。白い光点が四つ。並びからしておそらく赤い点が彼女、白い点が俺達を示しているのだろう。
彼女が地図に向かって閉じた指を広げるような動作をすると地図が拡大された。
それを見た彼女の眼がスッと冷たいものに代わる
「確かに今この施設で活動中の人間は私とあなた達だけの様ね。あなた達、デミの侵入者?ここはヒューマンの許可無しにデミのような労働者階層下位クラスが勝手に入っていい場所じゃないわよ」
「う、確かに君からしたら侵入者かもしれないけど」
「やっぱり侵入者なのね。この施設はヒューマンの塩基配列認定が無ければ入れない場所が沢山ある。ここだってそう。許可なしに入った奴が居たらガードロボが排除することになっているけど、その様子もない。
なのにデミしかいないというならあなた達が壊れてないヒューマンの体細胞、私の同胞の体の一部を持っているということだわ」
「違う。そうじゃない」
「手っ取り早いのはこの区画に何とか押し入ってスリープ中の誰かのカプセルを壊して入手すること。そうでしょう?」
「だから違うって。俺たちは君の仲間をどうこうなんてしてない」
「ならその指輪はどう説明するの?」
紫苑が指さした先には鈴香がいた。鈴香の指にはいつの間にかキラキラと光る石がはめ込まれた指輪があった。
「あ、そのきれいだなーって。ごめん兄貴」
どうやら探索していた中で見つけた遺体と一緒にあったらしい。
「デミにダイヤモンドの加工技術なんて有るわけないじゃない。カプセルを無理やり壊して開けたのね。キュリティーは一体何をやってるのかしら」
「それはもうすでに開いていたんだ」
「苦しい言い訳ね。スリープにまで持ち込んだ指輪を女が置き忘れていく訳がないでしょう」
紫苑は怒りに満ち溢れた目で俺たちをにらんだ。涙さえ浮かんでいる。
「ヒューマンが明けなければ入れない施設なのに、部屋にはデミしかいない。それが何よりの証拠よ」
「システムコード・オレンジ。高田駅局員テラダ・シオンの名において命じます。こいつらを排除しなさい」
『了解』
「待て!誤解だ」
「残念だったわね。生かして起こすなんて私に何をするつもりだったか知らないけど、ただでは返さないわよ」
飛びのくシオン。
天井に穴が開いて、俺達と彼女との間に人と同サイズくらいの大きさをしたボール状のものが三つ落ちてきた。
―――――セキュリティー・ゴーレムだ
「すぐに警備員を起こして連れてくるから待ってなさいよ」
俺を指さすと彼女は踵を反して部屋から出て行く。こいつらは時間稼ぎということか。
「待ってくれ!」
追いかけようとする俺の手をブルータスが掴んだ。
「駄目だアキラ下がれ。目の前に対処するんだ」
三体のゴーレムからそれぞれ六本の足と二つの眼が現れていた。まるで虫か蜘蛛だ。
「くそっ」
「兄貴、あいつら来るよ」
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