第2話 眠り姫




「…………ヒューマンだ……」

赤い水に満たされた透明な棺のような容器の中に一人の少女が横たわっていた。


鉄ともコンクリとも違うよくわからない材質で覆われた小部屋、その中央に横に置かれた棺が一つ鎮座している。そんな小部屋がこの遺跡の中にはいくつもあった。しかし棺はどれも割れていたり、赤黒く濁っていたりして、たまに骨のかけらが見つかるばかり。最初はヒューマンのカタコンベを見つけたと思って色目気だったが、目ぼしい埋葬品は見つかっていない。しかし、ようやく見つけたこの棺は他と違う”本来あるべき”状態の棺だった。よく調べれば埋葬品が見つかるかもしれない。埋葬品の隠し方のパターンが分かればお宝の山を手に入れられるかもしれない。


ひょっとして、ヒューマンは遺体を漬物にでもしていたのかな?


だとしたら、ヒューマンはとんでもない保存技術を持っていたのだろう。今すぐ目を開けて起き上がってきそうだった。水の中の少女はまるで生きているかのようだ。

もっとも、えらでもなければ水の中で生きていられるわけもないのだが。

赤い色はまるで熟成されたワインを思わせた。そりゃあ熟成だってしているだろう。なにせ先史文明が滅んでから五千年とも一万年ともいわれる時が経過しているのだから。どんなカラクリだかさっぱりわからないがその技術は興味深い。


いや、待てよ。そもそも少なくとも五千年の間、物を保存しておける保存液ってそれ自体がすごいんじゃね?

そう考えるとただの赤い水が輝くルビーのように見えてくるから不思議だ。

なるほど、よくよく考えればお宝は目の前にあったのだ。

何とか開ける方法は無いだろうか?

まじまじと目の前の棺を観察する。


棺の他には部屋には何もない。壁も均質でボタンも何も継ぎ目すらなかった。部屋の壁自体がほのかに光を放っている。この部屋だけでも先史文明の文明の高さがうかがわれる。

棺の中をのぞき込む。透明で楕円状の棺の中、何かに支えられているかのように少女は仰向けに浮いている。

長く黒い髪をした、まだ十代と思われる少女だった。

牛人ほど大きくはないが、形の良い胸とすらりとした足をしていた。角もなく、羽もなく、尻に尻尾もない。とがった耳も牙もなければ、ふさふさの毛並みも手に水かきもうろこも何もない。ナイナイ尽くし。

――――その特徴は自分の知るヒューマンのそれだった。


結構かわいい顔してるな。

――――――――――――ピッ

何の気なしに棺に触れた途端、音がした。

「あ」


『DNAパターン照合。ヒュー……によるシステム…………起動……認』

『システムエラー。システム電源(正)……に致命的……を確……。緊急……………ステムを起動………す』


棺がそんな言葉を吐くと、途端にけたたましいアラームが鳴り出した。

機械が何を言っていたのか単語の意味からしてサッパリわからないが、これはヤバい。

そのアラーム音は『セキュリティーシステム』とかいう先史文明の遺跡特有のトラップが発動するときの音によく似ていた。それなら、複数体のゴーレムがこの後現れるのがいつものことだ。

「ああっ、こん畜生め!裸の女で釣るなんて、狡猾すぎる!」

シーフとしては格好悪い事この上なしだが、急いでパーティーと合流しなければならない。

「すまん、ドジった。すぐ来てくれ。通路の一番奥の部屋だ」 

「わかった」

以前遺跡で手に入れたトランシーバーとかいう装置で仲間を呼んだ。しかし、到着までにはまだ少し時間がかかる。

この遺体を人質にでもするか?

どんな畜生だよそれ! 

大体人質になるかどうかも怪しい

ああっ、でも背に腹は代えられないかもしれない。

部屋の入口は一つ。セキュリティーゴーレムが来るとしたらそっちだろう。

俺は棺を盾にする方向に回り込むことにした。仲間が来るまで何とかしのぐ。合流したところで反撃。そんな風に次のプランを頭に描いた。

アラームは鳴り続け、よくわからない警告なんだろう言葉が発信され続けている。



『個別……電源起動………。耐用……をオーバーして……す。スリープ続行は困難と……します』

『生存を確認』

『解凍シークエンスを開始します』



 今、『生存』って言わなかったか?


その瞬間、盾にしていた棺が垂直に立ったかと思うと一瞬激しい光を放つ。同時に中の少女が”ビクン‟と震えた。


「な」


『続いて、LCL 保存液を排出します。ご注意ください』


直後パックリと観音開きにこちらを正面にして棺が開き、中の赤水をあふれさす。たちまち少女は支えを失って、水と一緒に俺の上へと倒れ落ちてくる。


「わわわ」

慌てて、思わず少女を抱きとめた。

ぽにん

やわらかい。死後硬直した遺体とは思え――――――


「おい、アキラ大丈―――――――――――――――――」

「兄貴……」

「兄さん。僕は信じてるからね」

「待て、誤解だ。誤解だからな」

とっさに出た言葉がそれだった。

むしろ墓穴。

裸の女の子を抱きすくめ、左胸を握りしめた形になった俺は親友、妹弟を前に苦しい言い訳を強いられることになった。


「おいおい何やってんのお前。心配して来て見りゃ、おっぱいさんかよ」

「不可抗力だ」

「不潔」

「兄さん。それくらいにしておいた方が良いんじゃないかな」

「誤解だって!それよりほら、ヒューマンだぜ、伝説の」

「ああ、そうみたいだな」

「でも来るまでヒューマンの骸骨なら幾らでもあったわね」

。遺体か骸骨か、ちょっと違うくらいだな」

「だからって辱めて良いわけじゃないわ。ネクロマンサーじゃあるまいし」

「え、まさか兄さん……」

「科学の探求とやらにも倫理は大事だと思うの、私」

「まあ、結構な別嬪さんではあるがなぁ。これが種のサガってものかねぇ」

「兄さんにも事情があるんじゃないかな……たぶん」


「うるせぇ、そんなんじゃねえ!」

そう――――今はそんな戯言に勝っ変わっている場合ではないのだ。


「ンなことより、こいつ生きてるぞ!」


つかんだ胸からははっきりとした鼓動が伝わってくる。脈打つそれはハッキリと命を主張していた。



親友、弟は息を飲んだ。

「兄貴、生きている女の子の胸を揉むってのは、もっと問題なんじゃない?」

何故か妹の視線は益々厳しさを増すのであった。



気づけばアラームはとっくに鳴り止んでいた。



『―――――おはようございます、紫苑シオン。長旅お疲れさまでした。長期に渡ってのご利用ありがとうございました。ポイント五十万マイルが加算されます』


相変わらず棺は意味不明なことを告げていた。






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