第19話 水瀬少尉と椿さん

 これが仕事である以上、愛想を良くすることは必要最低限だ。ただ、やっぱり馴染みの客が相手であると、こちらにも愛着のようなものが湧いてくる。

 そうすると、たとえば昔の恋人と久しぶりに再会して、なんだか懐かしい気分になってしまった……という感じに、仕事でも自然と笑顔が出るようになる。


 今宵最後のお客である女性――水瀬少尉はそんな馴染みの客である。まぁ、三日に一度は必ず来館するので、昔の恋人という表現は正確ではないけれども、仕事のやりやすい相手であることには間違いない。


 一通りの遊びを終えて、私と水瀬少尉はベッドの上でくつろいでいた。散々いちゃついたせいで、今も体の芯が痺れている。彼女の相手をするのは精神的に楽だけれど、どうも最近の水瀬少尉は技術が上達しすぎた。

 基本的に面倒くさがりの水瀬少尉だが、ベッドの上のことになると妙に覚えが良いのである。このままでは、彼女の相手をするたびに私はぐったりしてしまうことだろう。


 水瀬少尉が窓辺に立って、月を眺めながら軍服を着込んでいく。九龍館の二階からは青白い月がよく見える。そして、彼女の影がすり切れた絨毯に映り込んだ。明治の頃は新品だった絨毯も、あれから数十年の時が流れて、すっかり古びてしまったようである。


 最盛期の頃ならば、九龍館の住人が絨毯の管理に手を抜くことはなかった。だが、今は激しい戦争の真っ最中である。住人の数も最盛期の半分以下に落ち込み、客だって節制やら出兵やらで激減してしまった。


 そんな状況下において、水瀬少尉――水瀬荒野という女性は本当に大事なお客である。

 帝国軍の上層部に絡む軍人一家の三女で、大戦争の最中だというのに金銭には困ったことがない。親の金を勝手に使うのが仕事で、この九龍館に入り浸ってはお金を落としている。

 言葉を選ばずに表現するならば、まさに『ぼんくら』なのだ。


 そして、彼女をつなぎ止める重要な役割を任されているのが――私・倉橋椿なのである。


 九龍館に戻ってきたのは数年前のことだ。九龍館はその頃から火の車状態で、私は久々の古巣を立て直すために働き続けた。政界の人間や将校を相手に荒稼ぎした。

 数十年ぶりの九龍館に知り合いは残っていなくて、無心に働き続けることが私の生き甲斐だった。ただ、戦争も激しくなってくると、流石に客足が減るのを止めることは出来なかった。


 水瀬少尉は大事な顧客だ。でも、私にとってはそれ以上の存在である。住人よりも客と仲良くなるだなんて変な話だけれど、彼女と一緒にいると私も気持ちが楽なのだ。これ以上、私流の技術を水瀬少尉に学ばれたら、私の身が持たないのは確実なのだけれど……。


 私はベッドから起きあがって、水瀬少尉の短く刈られた後ろ髪をつまむ。


「ずいぶんと短く切ったのう? 前の長い髪も、わっちは好きだったんじゃが……」


 シャツのボタンを留めながら、彼女が私の方に振り向いた。


「荒野って感じがして、私の名前にピッタリじゃないか。それに……長い髪はいかにもお嬢さんって感じだろう?」


 まさに、あなたはその『お嬢さん』そのものではないか――とは口が裂けても言えない。水瀬少尉に自分がお嬢さんである自覚はなさそうだ。帝都では爆撃も始まっているというのに、暢気に娼婦と遊んでいられるくらいなのだから。


 不意に水瀬少尉が言った。


「……というのは冗談で、ちょっと戦場に出ることにした」

「え?」


 私は自分の耳を疑った。

 戦場に出るというのは、出兵するということで、この国を離れるということで、弾雨の中に飛び込むということで、生きて帰れる保証はないということで――


「――あ、あぁ! なるほど、そういうことか。あまり驚かすでないよ、水瀬少尉。大陸にある日本人町で遊んでくるってことじゃろう? わざわざ大陸まで可愛い子を探しに行くだなんて、おぬしも結構な趣味を持っていることだ! ただ、まぁ、大陸はここよりは前線に近いかもしれないけれど、それを『戦場に出る』だなんて表現するのは……」

「違うよ、椿さん。私は南の島に行くんだ」


 私は全身の血の気が引いていくのを感じていた。

 ラジオや新聞の報道だと、帝国軍は連戦連勝ということになっている。けれど、実際は負け続きで陣地を取られ続けているのだ。お偉いさん相手に仕事をしている私は、そのことを幸か不幸か知っている。南の方なんて特に苦しい戦いを強いられている場所である。


「でも、水瀬少尉……南の島に行くだなんて、それではまるで死ぬために――」

「家族にも隠していたことだけど、私は『ぼんくらのお嬢さん』と思われることが世界で一番嫌いなのさ」


 彼女がそう言った途端、胸の辺りがズキッとするのを感じた。

 そんなことは先ほども思ったことである……というか、誰もがずっと思っていたことだ。

 水瀬少尉は「別にいいんだけどね」と、狐のような細い目でニコリと微笑む。


「なにしろ、私の姉たちが優秀だからさ……末っ子の私が甘やかせるのは自然な流れだよ。でも、そんな甘やかされた生き方を強制されるのには頭が来た。だから、この出兵は私から周囲の人間に対する……ささやかな仕返しという意味もある」

「けれど、仕返しをするなら戦争が終わってからでも、」

「今でなければ駄目なんだ」


 振り返る水瀬少尉。

 話に集中していたせいか、彼女はシャツのボタンを留め終えていなかった。はだけた襟の奥に彼女の鎖骨が見えた。そこから胸の谷間にかけて、綺麗な光のラインが出来上がっている。水瀬少尉は顔も良いし、スタイルだって良いし、時代が違ったら舞台女優になれたことだろうと思う。


「私は君に……倉橋椿に惚れている」


 水瀬少尉は私の瞳を見つめながら呟いた。


 私の顔が沸騰するように熱くなった。

 仕事柄、好きだと言われることは初めてではない。だけど、こんなにも真面目な告白をされるのは初めてだった。自分の最も恥ずかしい部分に直接触れられたような気持ちになった。


「この戦争は絶望的だ。敵国の攻撃は内地にまで及ぶかもしれない。でも、戦争に勝ちたいなんて思ってはいないさ。私はただ、椿さん……君を戦渦に巻き込みたくない。何も出来ないと思われ続けていた私だけど、君だけは絶対に守りたいんだ」


 水瀬少尉が私の手を握る。

 瞬間、私は反射的に彼女の手を払っていた。

 驚いた顔をする水瀬少尉だったが、彼女はすぐにいつもの笑顔に戻っていた。


「……いや、悪かった。私は単なる客で、君はここの住人で一流の娼婦だ。こんなことを勝手に言われても、困ってしまうだけか」

「そんな、わっちは……」


 私は俯いて、ベッドのシーツをぎゅっと握りしめる。

 水瀬少尉は唯一の友人と呼べる存在で、彼女が私を好きでいてくれるのは嬉しい。私のために戦ってくれるだなんて、これほどの愛情表現はないだろう。

 だけど、私には水瀬少尉を止めなければならない理由があった。確固たる理由だ。


「わっちには……水瀬少尉が命を懸けるような価値はない」

「どうして?」

「なぜなら、わっちは――」


 私はベッド脇の戸棚に手を伸ばす。引き出しの中には一本の果物ナイフが入っている。遊んだ後に果物を剥くためではなく、主な用途は客が乱暴してきたときの護身用だ。私は果物ナイフを手に取ると、その刃先で左手の甲を傷つけた。


 皮膚の切れ目から、赤色の血がじわりとにじみ出てくる。だけど、それは雫になって床に落ちることなく、重力に逆らうかのように傷口に張り付いた。そうして、十秒もかからずに傷口を塞いでしまったのである。


 傷痕の消えた手の甲を見せながら、私は水瀬少尉に向かって言った。


「わっちは不老不死なのじゃ……」


 ×


 私の生まれ故郷は山奥にある小さな村だった。

 貧しい土地で災害も多く、生き延びるだけで精一杯という場所だ。子供を売ることが風習と化していて、そこそこの年齢になった私も人買いに売られることになった。

 村での生活は散々なもので、いつもお腹を空かせていたし、大した仕事も出来ずに怒られてばかりだった。だから、「どこに行ったって、この村と大差ないだろうな……」と冷めた気持ちだったことを覚えている。


 その時のことを考えると、九龍館に売られてからの暮らしは良好なものだった。

 仕事が仕事であるだけに、昼間の町を堂々と歩くことは出来なかったけれど、それでも村での生活よりはマシだった。

 農作業で泥だらけになることも、お腹を空かせたまま眠ることも、大人たちから暴力を振るわれることもなかった。


 仕事は難しかった。私は何も知らないただの子供で、物覚えというのが今ひとつ悪かった。

 最初は怒られてばかりだったけれど、先輩たちは根気強く色々なことを教えてくれた。彼女たちも私と同じような境遇だから、その苦労を分かってくれているのである。

 客を怒らせるような大失敗をして、こっぴどくお仕置きをされた後でも、必ず私のことを慰めてくれた。


 なにより、仲良しの友達が出来たことは大きかった。メイド姿で受付をしていた虎谷さん、元サムライで用心棒の新藤さんを始めとして……九龍館での日々を過ごしていくうちに、私の周りには友達が増えていった。


 その一方、私は時々怖いことを考えるようになった。この仕事をしていられるのは若いうちだけだ。それなりの年齢になったら、自分なりの身の振り方を考えなければいけない。九龍館を出て行くことになる可能性だってある。そうなることで、せっかく出来た友人たちと離ればなれになることが怖くて仕方がないのだ。


 また、私は死についても考えるようになった。死こそ、私を全てから遠ざけてしまう最大の恐怖だ。

 死んだらどうなるのだろう? 何も感じなくなるのならマシだけど、何もない真っ暗な空間を永遠に彷徨い続けるのだとしたら……そう考えると、急に涙があふれてくるのだ。

 幼い頃、村で生活していたときは思いもしないことだった。普段は平生を装っていたが、夜がやってくるたびに私は死の恐怖に怯えていた。


 ある日、私は未来の自分と出会った。彼女は相変わらず娼婦のような生活をしているらしくて、私に夜の技術を徹底的に学ばせた。

 ここだけ聞くと、まるっきり笑い話だろう。ただ、未来の私は最後に一つだけ忠告を残した。


「死の恐怖を乗り越えるのじゃ。おぬしにはそれが出来る」


 未来の自分から技術を学んだことで、私は一躍して九龍館のトップになった。もらえる給料の額も増えて、いよいよ昔には考えも付かないような生活を送ることになった。

 仕事の忙しさは比ではなかったけれど、すき焼きとビールは好きなときに楽しめたし、綺麗な服を買うことも出来たし、住人仲間にだって贅沢をさせてあげることが出来た。お金の力というのはやはり馬鹿に出来ないものだ。


 だが、それでも死の恐怖だけは拭うことが出来なかった。


 私が結核にかかったのは、未来の自分と出会ってから一年も経たない頃だった。いつかは治療できるようになると信じているが……当時の医療技術だと、結核に治る見込みはほとんどなかった。

 私は血を吐くようになった。ベッドから起きあがることも出来なくなって、体はやせ細ってあばらが浮き上がった。まるで、村で生きていたときに逆戻りしていくかのようで、私は恐怖の底に突き落とされたような気持ちだった。


 死んでしまうことが怖かった。九龍館の住人たちと会えなくなることが、ひとりぼっちになってしまうことが、見知らぬ場所に連れて行かれることが怖くてたまらなかった。

 怪しげな行商人が現れたのは、いよいよ目が霞んできて、虎谷さんの顔すらもよく見えなくなったときのことだった。


 行商人は私に「人魚の肉を買わないか?」と言ってきた。

 人魚の肉を食べれば不老不死になれる――そんな伝説があることは私も知っていた。普通なら、そんな与太話を信じるはずもない。

 だけど、その時の私は本当に弱っていた。わらにもすがる思いだ。住人たちが止めるのも聞かずに、私は大枚をはたいて人魚の肉を買った。


 そうして、私は不老不死の人間になった。

 結核の症状はすぐに消えて、やせ細った体も元通りになった。

 住人たちは人魚の肉なんて信じていなかったから、結核は奇跡的に治ったのだと信じていたけれど、私だけは本当に不老不死になったことに気づいていた。

 怪我をしても簡単に治ってしまうのだ。お腹も減らなくなったし、眠る時間も自由に調節できるようになった。


 ただ、必然的に私の時間は住人たちとズレていった。同い年の虎谷さんが成長していく一方で、私は不自然に子供のままなのである。

 二年、三年、四年と九龍館で過ごしていくうちに、住人だけでなく客も不審がるようになった。

 私は九龍館での居場所を失いつつあった。不老不死の身として迫害を受けるまで、それはもはや時間の問題だったろう。

 

 私は九龍館を離れることにした。

 たしか、まだ二十歳にもなっていなかったと思う。結核で死んでいたはずであることを思えば、ずいぶんと長居させてもらったと言える。だけど、私が順調に寿命を全うしていたとすれば……あまりにも早すぎる別れだった。

 私は永遠の命を手に入れた代償として、仲間と一緒にいられる時間を削ってしまったのだ。


 人目の付かないところを探して、私は眠りにつくことにした。眠っている間は何も感じなくて済む。眠ることこそ、死の恐怖を乗り越えられなかった……私に残された最後の自己防衛手段だった。

 だけど、それは死ぬことと何の違いがあるだろう?

 私は生きながらに死んでいるのだ。それはおそらく、死ぬことよりも恐ろしいことだと思う。


 結局、私は擬似的な死にも耐えることが出来なかった。

 眠りから目覚めた私は、数十年ぶりに九龍館を訪れた。

 そうして……かつての私がそうしたように、九龍館でトップの娼婦に上り詰めたのである。

 でも、住人たちと再び仲良くなることは出来なかった。不老不死であることを隠すために、いつかはまた少女九龍城を離れなければいけない。そう思うと、なかなか住人たちと打ち解けることが出来なかったのだ。

 

 だからこそ、私は水瀬少尉となら打ち解けることが出来たのだと思う。彼女はあくまで客なのだから、最初から深く関わることがないと分かっている。線引きが出来ている。

 客の前から娼婦が消えたとしても、そんなのは珍しくもない話だ。私としても未練を持たずに姿を消すことが出来る。


 だというのに、私のために戦場に出るだって?


 ×


 私が昔話を語り終えるまで、水瀬少尉はただ静かに待ってくれていた。ベッドに腰掛けて、優しい微笑みで私のことを見守ってくれたのだ。彼女は私の話を疑うこともなく、ただ真実として受け入れてくれた。


 その一方で、私は胸の張り裂けるような気持ちになっていた。


「わっちは死の恐怖を乗り越えることが出来なかった。遅かれ早かれ、人間はみんな死んでしまう。それはとても平等なことじゃ。だからこそ、限りある時間を幸せになろうと頑張ることが出来る。だからこそ、人間の命は尊いものになる。

 だけど、わっちはその平等な死を受け入れなかった。わっちは不老不死……放っておいても死ぬことはない。そんな命には何の価値も有りはしない!」


 花は枯れてしまうから美しいのだ。その美しさを保って欲しいから水をやる。だけど、それが造花ならば水をやる必要はない。造花に水をやる人間がいるとしたら、その人の行動はまるで滑稽だろう。


「わっちはもはや人間ではない。人間の偽物だ。造花のようなものだ。だから、水瀬少尉には戦場に行って欲しくない。わっちのために尊い命を犠牲にしないで欲しい。爆弾を落とされても、火事に巻き込まれても、わっちは絶対に死ぬことはない。そんな偽物のために、たった一つの命を使わないで欲しい……」


 私が永遠に苦しむことになったのは、平等に訪れる死を拒否してしまったからだ。自業自得なのだ。

 私はこの苦しみを受け入れなければいけない。誰かの愛情を受け止めるなどもってのほかだ。限りある命の欠片を私のような偽物が踏みにじることは出来ない。


 だというのに、水瀬少尉はいつものように笑った。


「椿さんの本心が聞けて良かったよ」

「だから、水瀬少尉……わっちのために戦わないでおくれ。そんなことは無意味じゃ」

「そうかな? 私はそうは思わない」


 彼女は再び私の手を握ろうとする。

 そして、私はやはり彼女に触れられるのを拒否した。

 水瀬少尉は根気強く語りかける。


「永遠に生き続ける運命なら、なおのこと椿さんを守らなければいけないと思う。これは正しいことではないけれど……ある意味において、人間は死ぬことで苦しみから解放される時もある。

 だけど、君にはそれが出来ない。九龍館の周囲が戦場になることがあれば、君はその光景を覚えたまま、一生忘れずに生きていくことになる。そんなことは我慢が出来ない」

「それでも、おぬしの身を危険に晒すよりはマシじゃ! おぬしを犠牲にして平穏な人生を送るよりも、わっちは戦渦に巻き込まれて苦しむ方がいい。そうすれば、おぬしを不幸に巻き込まなかったことがわっちの生き甲斐になる……」


 私は永遠に眠っているべきなのだ。それを我慢することが出来なくて、こうして九龍館に戻ってきてしまった。そして、水瀬少尉と一時だけでも仲良くなれた。本当にそれで十分だ。不老不死の人間もどきにそれ以上の幸せは必要ない。


「……それでも、私は戦場に行くよ」

「どうしてなんじゃ!?」


 途端、声を張り上げる私の頭に、そっと柔らかい感触が添えられた。

 水瀬少尉が私の頭を撫でていたのである。


「それでも、なんだよ。椿さんは永遠に生きることになった。それを椿さんは死んでいるのと大差ないと思っている。死者に幸せは必要ないと考えている。それでも、私は椿さんに幸せになって欲しいんだ」

「分からぬ。わっちには分からぬよ、水瀬少尉……」


 どれだけの間、彼女は私の頭を撫でていてくれたのだろうか。

 水瀬少尉は軍服を着込むと、


「いつか分かるよ、椿さん。そのいつかのために、私は戦いに行くんだからさ」


 自分が生きて帰ってくることを疑っていないかのように、この部屋から颯爽と出て行ってしまった。


 水瀬少尉と顔を合わせたのは、それが正真正銘の最後になった。


 ×


 その後、九龍館を含む一帯が空爆を受けるまで時間はかからなかった。九龍館は半分以上が燃えてしまって、もはや営業を続けるどころか、住むことすらままならない状態だった。住人はバラバラになってしまい、私は水瀬少尉の帰りを待つだけの毎日になった。


 だが、水瀬少尉は帰ってこなかった。彼女と同じく、九龍館の常連だった軍人さんが教えてくれた。軍人さんは水瀬少尉と同じ部隊に所属していて、彼女の最後を南の島で看取ったのだという。死の間際、彼女は何を考えていたのだろう……私には何も分からなかった。


 そうして、私は再び眠りについた。きっとまた、寂しさに耐えきれなくて目を覚ますことだろう。九龍館は再建される。そんな気がする。私は三度、九龍館を訪れるはずだ。そして、また誰かを巻き込むことだろう。私はそれを永遠に繰り返すのだ。


 私は死の恐怖を乗り越えられなかった。

 だから、せめて、誰かと深く関わることだけは避けなければいけない。


 水瀬少尉。

 私に許された幸せというのは、きっとこの程度のものなのだ……。



(おしまい)

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