第10話 ピロウトークスの栄光
ここ最近、私……加納千鶴は二つのことに熱を上げている。
一つめは地図作りだ。私が住んでいる女子寮――通称・少女九龍城の全域地図を完成させるために、廊下を歩き回ったり、隠し扉を探したり、調べた結果を方眼紙に書き込んだりしている。色々と試行錯誤を繰り返した結果、ダウジングを取り入れたり、パソコンで立体地図を作り始めたりと、さらにやることが増えてきた。
二つめは可愛く綺麗になることだ。以前はファッションなんてものに興味はなかったが、最近はファッション誌も読むようになり、流行にも敏感になり、化粧の練習だって欠かさない。洋服や化粧品を買ったり、美容院に行ったりするために、アルバイトを始めようかとすら思ったときもある。
というわけで……私が方眼紙に埋もれながら、お化粧の練習に励んでいた時である。
「チズちゃん、入るぞー」
ノックをすることもなく、住人仲間の倉橋椿さんが私の自室に入ってきた。赤襦袢をズルズルと引きずる姿は、さながら仕事明けの女郎である。その格好がなぜだか板に付いているから不思議だ。
私は振り返ることなく、彼女に向かって言い放つ。
「……入る前にノックをするように言いましたよね? 少なくとも、私の返事を待ってから入室してくださいよ」
「あぁ、すまん。チズちゃんが地図とエッチしているところに鉢合わせたら大変じゃものな」
「そんなことしませんっ!」
私が大声を上げると、椿さんは大げさに両手で耳を塞いでみせる。
地図作りとファッション――この二つに私が凝っているせいで、最近は妙な噂を立てられているのである。曰く、加納千鶴は地図にしか興味のない少女である……だとか。それは全くの誤解だ。ちゃんと私だって人間に恋をする。
方眼紙の散乱した床から、椿さんは足の踏み場を探し出す。そして、わずかなスペースを見つけると、そこにちょこんと座り込んだ。彼女はたびたび私の部屋を訪れるので、一連の行動も手慣れたものである。
「それで、今日は何のお誘いですか?」
「チズちゃんは話が早いから楽じゃ。おぬし、ベースを弾いてみないかの?」
「……ベースですか?」
べんべん、と椿さんがエアギターを弾いた。
「ガールズバンドを作るのじゃ。わっちがギターを弾く。すでに曲も作ってある。まるで、前世の記憶が蘇るかのごとくスラスラと書けてしまったのだ。ふふふ、わっちながら自分の才能が恐ろしい……」
彼女は赤襦袢の袖から楽譜を引っ張り出す。見てみると、手書き感が満載の楽譜で、ちゃんと歌詞も書き込んであった。既存バンドのコピーというわけではなく、オリジナルの曲を作っているあたりに彼女の本気が伺える。
「で、ボーカル兼タンバリンがスバル。キーボードが西園寺のお嬢さん。ドラムには松沢姉妹の姉にやらせることにした。残すところはベースだけなのじゃ」
虎谷さんがボーカル(兼タンバリン)というのは面白い人選だ。彼女の可愛い声ならば、きっと良い歌を歌い上げてくれるだろう。
西園寺さんがキーボードというのも納得である。お嬢様といえばピアノは必修科目に違いない。
ドラムの松沢(姉)は……たぶん、椿さんに体で説得されたのだろう。
「それなら、妹の方――松沢六実さんをベースに起用したらいいんじゃないですか? 彼女なら椿さんにメロメロですから、体に訴えることもなく協力してくれるでしょう」
「あの子、強烈な面倒くさがりじゃからのう……協力してもいいが、その代わりにケーキバイキングをおごれと言ってきおった。その値段が高いのなんのと」
「逆にたかられるようでは、ジゴロの椿さんもお終いですね」
「そうなんじゃよ。だからこそ、こうやってチズちゃんに頼んでおるのじゃ。チズちゃんのような綺麗どころが一人いてくれたら、バンドにだって華が出来るというもの。わっちと一緒にガールズバンドで一花咲かせよう。な?」
「そ、そんなお世辞には、ぐぬぬ……」
実のところ、ガールズバンドに興味がないわけではない。可愛いし、格好いいし、練習は大変だろうけど楽しそうだ。以前の私なら間違いなく『ノー』と答えていただろうが……私も俗な人間になったものである。
「でも、そこまでいうのなら――」
「――椿さん! ベースが見つかったよ!」
ノックなし。
部屋に入ってきたのは、ニコニコとした笑顔の虎谷スバルさんだった。
椿さんが立ち上がりざまに振り返る。
「なぬっ! それは本当かや!?」
廊下に向かって手招きをする虎谷さん。
すると……目つきが非常に悪くて、なおかつ背の高い少女が部屋に入ってきた。彼女は結城アキラさん。強烈な三白眼のせいで避けられがちだったが、ここ最近は虎谷さんと仲良くしていて、私とも交流のある子である。
キラキラとした椿さん&虎谷さんの視線を受けながら、アキラさんは気恥ずかしそうにしながらも話し出す。
「中学生の頃、音楽でも始めたらクラスメイトと仲良くなれるかと思って、その時にベースをちょっとやってた……。上手くはないけど、基本のコードくらいは今も覚えてる」
友達を作るに当たって、いきなりベースを始める辺りがアキラさんらしいというか、なんというか。でも、始めた楽器がギターだろうとバイオリンだろうと、たぶん彼女のイメージは変わらなかった気がする。
「……虎谷さんの頼みなら断れない」
アキラさんの参加が決定。
うんうん、と満足げに椿さんは頷く。
「ベースの経験者が加入してくれたなら、もはやチズちゃんは用なしじゃのう」
「用なしって!?」
さっきと態度が違いすぎるでしょう、椿さん。
彼女は私のことなんかお構いなしで、さっさとバンド結成のために話を進める。
「土曜の昼から最初の練習をする。中古でも何でもいい……楽器は各自で手に入れておくように。夕食までに楽譜のコピーは用意しておくから、必ず食堂に顔を出すこと。わっちからの話は以上じゃ。解散!」
×
気まぐれな椿さんのことだから、きっとバンド活動だって長続きしないのだろう……私はそう思っていたのだが、意外にも彼女は真面目に練習を続けていた。私が学校から少女九龍城に帰宅すると、大抵は何かしらの楽器の音が聞こえてくるのだ。
バンドメンバーは別々の学校に通っていて、部活に所属している子もいたりして、スケジュールを合わせるのが実は大変だ。でも、その辺は椿さんがちゃんと管理しているらしい。自分の足で練習場所(地下室にちょうどいい部屋があった)を探したりと、住人たちの迷惑にならないように気を配っている。
そうして、練習が始まってから一ヶ月が経過した。
今日は椿さんのバンド『ピロウトークス』のデビューライブということで、少女九龍城の食堂にはいつも通りの三十人弱が集まっている。テーブル席は五十人分くらいあるので、ライブにしては物寂しいレベルだ。
キッチンの反対側――いつもはテレビが置いてある場所に、簡易的なステージが設置してある。ガールズバンド・ピロウトークスのメンバーもすでに準備を終えて、今はちょっとした音あわせをしていた。
メンバーたちはゴシックでパンキッシュな格好をしている。全身を黒で統一して、リボンやベルトやバッジなど赤い小物を取り入れていた。聞くところによれば、椿さんが夜な夜な衣装を作っていたらしい。
赤襦袢かジャージかの椿さん、いつもは明るい色の服を好むスバルさん、清楚なイメージの西園寺さん、大人しい雰囲気の松沢七穂さん、可愛らしさとは縁の薄いアキラさん――いい感じに彼女たちの既存イメージを塗り替えている。小悪魔的というかなんというか、みんなに驚くほど似合っていた。
最初は大して期待していなかったはずなのに、食堂に集まった少女たちの視線が……いつの間にかピロウトークスに集中している。
椿さんが観客たちに向かって言った。
「わっちらの曲を聴いてくりゃれ。ピロウトークスで――少女九龍城クライシス」
ドラム担当・松沢七穂さんがスティックでリズムを取り、椿さんのエレキギターが素早くイントロに突入する。そこからアキラさんのベース、松沢さんのドラム、西園寺さんのキーボードが加わっていく。
そして、全員の音が重なったところで虎谷さんの歌が始まった。
一瞬、耳を疑う。これが本当に虎谷さんの声なのか? その大人びて攻撃的なボイスが、今までの虎谷さんのイメージを破壊する。発せられているのは壮絶な色気だった。低音から高音まで、幅広いオクターブをカバーする。虎谷さんの歌声に胸を撃ち抜かれて、そのまま腰砕けしてしまいそうだ。
聞き惚れているうちにだんだんと理解する。ドラム、ベース、キーボード――彼女らが虎谷さんの歌声を下から押し上げているのだ。技術は十人並みだろう。それだって、初めてライブを行うバンドとしては及第点だが、何よりも虎谷さんを応援しようという気持ちがこもっている。一致団結とはこのことだ。
そして、そんな団結を生み出している作曲の腕前も素晴らしい。全員がバラバラにならず、自然と一つにまとまるような曲作り――これが素人の技なのか? どこかのパートだけうるさいとか、逆に聞こえないとか……そんな典型的な失敗がない。
歌詞も魅力的だ。意図的にレトロな言葉遣いをしていて、それが少女九龍城という特殊な環境にマッチしている。全盛期のバンドブーム、あるいはアイドルブーム……その辺りの流れをくんでいるのか? どうなんだろう? 若輩者の私には分からない。
作詞作曲を手がけた椿さんのギターソロ。稲妻のような早弾きがアンプから放出される。私たちの方は、まさに雷に打たれたような状態だ。全身が痺れている。心に決めた相手が私にいなかったら、まず間違いなく惚れていただろう。
ギターソロが終わると、一転して厳かな雰囲気になる。楽器たちはなりを潜めて、虎谷さんのアカペラ状態。声のボリュームを落として、観客たちの心をフラットにさせる。そうして、最後のサビに突入する瞬間――ピロウトークスは音楽を爆発させた。
観客たちが歓声を上げて、床を軋ませるような勢いで飛び跳ねる。
その日、少女九龍城の少女たちは間違いなく一つになっていたのだった。
「――迷宮から私を連れ出して、少女九龍城クライシス。ただ、愛していると言ってくれたらなら、きっと簡単に鍵は解けてしまうのに。地下室から私を引っ張り上げて、少女九龍城クライシス――」
×
というわけで、ピロウトークスの一大ブームが始まった。デビューライブの翌日から、誰が格好良かったとか、CDが欲しいとか、次のライブはいつ行われるのかとか、少女たちのはピロウトークスの話題で持ちきりである。
一番人気は間違いなく虎谷さんだ。元気な女の子というイメージがある彼女が、ガールズバンドで激しいロックを披露した。虎谷さんのセクシーボイスにメロメロな少女は多くて、部屋に押しかけようとする人まで現れたが――そういう輩はボディガードのアキラさんが追い返した。彼女の眼力は健在だ。
西園寺さんも人気を博していたが、彼女は相変わらず竹原さんと仲良しである。むしろ、被害を受けているのは竹原さんだ。西園寺さんのファンは「どうして、竹原さんのような地味な女の子が、西園寺さんと仲良しなのか?」と口を揃えて言っている。
ドラム担当の松沢七穂さんであるが――彼女は椿さんのアレなので、世間からはそっとして置かれているようである。本人は「私もファンとか友達とか欲しいのに!」と嘆いている。嘆いている翌日、結局は大人しくなっているのを見ると……上手い具合に椿さんに言いくるめられているのだろう。
そうして、当の椿さん本人。
私も曲を気に入っていたので、彼女に制作秘話のようなものを尋ねてみた。
「曲を作る秘訣?」
カップラーメンを食べていた椿さんが、私に問いかけられて顔を上げる。
お風呂上がりの私は、もしゃもしゃとタオルで濡れた髪を拭いていた。
「そうです。椿さんに作詞作曲をするスキルがあるとは知りませんでしたよ。てっきり、得意なのはベッドの上のことだけなのかと思っていました」
「……良い女を捕まえるのには、それなりの教養が必要なのじゃ。音楽というのは世界共通のスキルだからのう。ギターくらいなら弾けておいて損はないし、楽譜が読めれば楽しめる音楽の幅が増える」
「椿さんらしからぬ発言ですね」
「まぁ、あの曲は……少女九龍城クライシスは自分でもビックリするほど、スラスラとメロディと歌詞が思いついたんじゃけどな。その反動か、どうも二曲目は簡単に思い浮かばない。でも、好評なのでセカンドライブは近いうちにやろうかの」
二曲目の制作は苦労しているようだったが、椿さんの言ったとおりに一ヶ月経たずセカンドライブが行われた。
観客数はざっと数えて百人弱――私の覚えている限りだと、少女たちが一カ所に集まった人数では最大だろう。全員が少女九龍城の住人というわけではなく、学校の友達を連れてきた少女が多いようである。
演奏した楽曲は少女九龍城クライシスだけだったが、その盛り上がり方は前回以上だった。バンドメンバーも熱心に練習しているようで、デビューライブよりも技術が向上していた。短い期間で成長を見せるとは驚きだ。
演奏中にはテンションの上がった観客が色々とやらかした。
パンツが投げ込まれたときはビックリした。投げ込んだのは松沢姉妹の妹――六実さんで、椿さんは颯爽とパンツをかぶって見せた。それから、椿さんは七穂さんのパンツを強引に脱がせると、それを六実さんに向かって投げた。風邪を引くなよ、とのことである。
虎谷さんにもプレゼントがたくさん贈られた。お菓子やらぬいぐるみやらが投げ込まれるのは、子供のど自慢でおひねりが投げ込まれているような有様だった。
虎谷さんがセクシーな流し目を決めて「みんな、愛してるよーっ!」と叫ぶと、熱狂的なファンたちがバタバタと失神した。虎谷さんに「抱いてーっ!」と懇願する輩には、もれなくアキラさんから強烈なガンを飛ばされた。
演奏が終わると、西園寺さんが顔を真っ赤にして床に座り込んだ。あんなに色っぽい西園寺さんを見るのは初めてである。竹原さんが彼女を迎えに行って、何かをコソコソと耳打ちすると、西園寺さんはぶるぶるっと体を震わせた。
そして、椿さんは――とても気持ちよさそうに天井を仰いでいた。
×
さらに一週間後。
私は日課の地図作りを終えて、少し遅めの夕食を食べるために食堂を訪れた。
まず目に入ったのが、パソコンをいじっている椿さんの姿我である。
電子機器と椿さん……なんともミスマッチだ。
「椿さんってパソコンが使えたんですね」
私はキッチンからシチューを温めて持ってくる。
すると、ジャージ姿の椿さんがポケットから金属的な薄いものを引っ張り出した。
「……わっちがどんなイメージを持たれているかは知らぬが、パソコンぐらいはもちろん使える。それに、ほら、最近流行のスマホに機種変更してきたところじゃ。サービスの終わったピッチを後生大事に抱えていても仕方がないからのう」
「え、まだPHSを持っていたんですか? 逆にすごいですね」
椿さんは真剣な表情でパソコンの画面を見つめている。
私も一緒になって、汚れの目立つ液晶画面を覗き込んだ。
画面には『ニヤニヤ動画』というホームページが映されている。中央には「ただいま、動画をアップロード中です」という表示が出ていた。
私はシチューに浸した食パンを食べる。美味しい。
「ネットに動画なんて上げて、どうするつもりなんですか?」
「少女九龍城クライシスのPVを作ったのでな、これをネット上に公開するのじゃ。今までの地道な活動は下準備……いよいよ、ピロウトークスの音楽を全世界に広めるのだ! ニヤニヤ動画は同人音楽の宝庫。リスナーもわんさかと集まる。上手く行けば、メジャーデビューを前にして着メロとかで印税がたくさん入るぞ!」
冗談ではなく、私は椅子から滑り落ちそうになった。
キラキラと目を輝かせている椿さん。
気を取り直すように、私はシチューパンを咀嚼する。
「そんなことだろうと思ってましたよ! やはり金ですか! 秘湯を探しに行った時だって、大浴場の残り湯を売ろうとしていましたし……」
「まあまあ、そう怒るでない。わっちとて音楽に対しては真剣じゃ。それにズルして稼ごうとしているわけではない。趣味と実益が合致するなら、それで良いではないか」
「……まぁ、そうですけど」
動画がアップロードされました、と画面表示が切り替わる。
椿さんが文字をクリックすると――
【オリジナルPV】ピロウトークス・少女九龍城クライシス【ガールズバンド】
――椿さんの作った動画が画面に現れた。
早速、彼女は少女九龍城クライシスのPVを流してみる。PVはバンドメンバーの写真(なぜか足ばかり映っている)を加工したもので、静止画を貼り付けただけの映像だがセンスを感じさせられるものだった。曲ともマッチしている。
数分すると、徐々に再生数が増え始めてきた。ニヤニヤ動画の機能で、付けられたコメントがリアルタイムで右から左に流れていく。好意的なコメントも多くて、中には「友達に宣伝してくる」などと積極的に応援してくれる人も現れた。
一時間ほど経過したところで、ついに再生数が四桁に突入……そこからは加速が激しくなって、一時間半の時点で五千再生が目前に迫ってきた。この勢いだと、公開から二時間を前にして一万再生に至るかもしれない。
ピロウトークスのPV公開を聞きつけて、バンドメンバーや住人仲間たちが食堂に集まってくる。そして、半ばお祭りのような騒ぎになりながら、一万再生の瞬間を今か今かと待ち続けた。百人に囲まれてライブをしたといえども、まさか一万人に曲を聴いてもらえるだなんて誰が思っただろう……。
そうして、五千再生を突破した辺りだった。
真っ赤な文字のコメントが表示された。
完全に夢枕のパクリ
「……えっ?」
椿さんが青ざめた顔になる。
途端、同じようなコメントがPVを埋め尽くし始めた。
『なんか似てると思ったら、夢枕の九龍事変じゃん』
『似てるとかじゃなくて、そもそもメロディーラインが一緒』
『声だけ神』
『これだけ演奏できるなら、わざわざパクる必要とかなかったよね』
『ここまで酷いパクリを見ておいて、擁護するとかおかしくね?』
『擁護コメントは自演』 『比較動画が上がってた』 『完全に一致』
言葉にならない、という感じらしい。
椿さんはその場に崩れ落ちた。
×
その後の話。
レベルの高いパクリ――というレッテルを貼られて、少女九龍城クライシスのPVは一万再生を軽く突破した(比較動画と一緒に)。ニヤニヤ動画のランキングにも載って、さらに一部のニュースサイトを騒がせる。椿さんはすぐにPVを削除したが、しばらくは再アップ動画の乱立が耐えなかった。
パクリ疑惑について、椿さんはイエスともノーとも言わなかった。だが、無言の返答はほとんどイエスと言っているようなもので、ファンたちは彼女の元から去っていった。ピロウトークスも解散となり、制作中の二曲目は幻となってしまった。
ちなみに……パクリ元である『夢枕』というバンドだが、三十年前にちょっとだけ有名だったインディーズバンドであるらしい。ちょうどバンドブームだった頃で、熱心なファンが覚えていたようだ。椿さんの趣味、渋すぎである。
ただ、一つだけ気になることがあった。
夢枕のギター担当が椿さんに似ているのである。画像はネットの掲示板に上がっていたもので、CDのジャケットを取り込んだものであるらしく、お世辞にも画質が綺麗とは言い難かった。だけど、そのギター担当が何となく椿さんを思わせる容姿なのだ。
ともあれ、ピロウトークスの栄光は終わった。
夢のように短い栄光だった。
(おしまい)
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