浅見くんと学園祭

 学園祭の準備で慌ただしく毎日が過ぎていく。隣の席で運動会のとき並みに九鬼くんが張り切っているので、視界からそっと外した。

 それもこれも、学校関係者や一般参加者によるアンケートで、クラスの出し物にランク付けされる、コンテストなるものがあるのだ。

 ちなみに一位を取ったクラスは、九鬼くんの家が経営しているホテルのバイキングにご招待されるらしい。これは完全に九鬼くんにとってオマケだろう。

 彼は単に鬼藤くんに勝ったという優越感に浸りたいだけなのだ。

 九鬼くんが鬼藤くんに噛みつくのは毎度のことなので、二組の人達は生温い目で事を見守っている。

 たぶん九鬼くんの熱意を、みんなに分け与えたとしても、余りが出ると僕は思う。

 そんな感じで、一組のカフェに対抗した結果、僕達は九鬼くん主催のお花屋さんをすることになった。

 ちなみにどこをどう対抗してるのかは、九鬼くんしか知らない。

 そしてクラス内。女子はともかく、男子が気乗りしていないのは言うまでもない。



 学園祭当日。

 僕の予想に反して、意外とお花は売れていた。生花だから、値段は一本当たり二百円前後と高めの設定になっている。高いし売れないだろうと思っていただけに、この誤算は嬉しい。

 さすがに学生は花束にするほど買わないけれど、花屋という物珍しさで客数が伸びて、商品が少しずつ捌けているようだ。

 どこの学校でもあるように、学園祭で告白するという風習がこの鬼ヶ島高校でも行われていて、そこにも一役買っているらしい。

 ……僕には関係のないことだけど。


「OBから花束の注文だって。誰か映画研究会に届けてもらっていい?」

「ああ、映画研究会なら僕が行ってくるよ。君達、休憩はまだ取ってなかったろう? 行っておいで」

 九鬼くんが花束を抱えて、映画研究会が使用している視聴覚室へと向かう。

 君達と指差された僕と木崎さんは、九鬼くんの背を見送ってから、顔を見合わせた。

「あさみん、一緒に行こーよ」

「……いい、けど」

 木崎さん、モテるのに僕なんかと一緒でいいんだろうか。


 先に向かったのは、隣のクラスのカフェだった。結構な混み具合で、二組ふたくみほど待ってから通された。

 教室の三分の一をパーティションで分けてキッチンのようにしている。机と椅子は教室の備え付けのものだ。

 テーブルクロスや飾り付け、生徒もいつものブレザーにエプロンという、学園祭にしては至ってシンプルで驚いた。

 ……僕達のクラスがおかしいくらいキラキラしているせいかもしれない。

 エンジくんたちを訪ねてきたのだけど、誰も見当たらない。モデル体型で、ひよこの描かれたエプロンをも着こなしている北見くんがオーダーを取りに来た。

「えっと、エンジくんは?」

「桃子さんの護衛かな。休憩時間被ってたから」

「あたし、チーズケーキとアイスミルクティー!」

 木崎さんが元気よく注文する。僕もメニューに一通り目を通して、アイスカフェオレとショートケーキを頼む。

 エンジくん達はまたあとで探そう。とりあえず、腹拵えだ。ケーキは千和さんの監修らしいから、楽しみだなぁ。

「ねーぇ、あさみん」

「なに」

「一口ちょうだい? あたしもあげるからさ!」

 ね?と首を傾げる木崎さんは、きっと自分の可愛さを知ってるに違いない。僕は、目を逸らした。

 鬼ヶ島に来て、約一年半。未だに鬼の美しさには慣れない。きっと一生無理に違いない。

 北見くんが持ってきてくれたケーキは見た目も売り物と変わらない代物で、ちょっとしっかりめのスポンジケーキに、今にも溶けそうなふわとろのホイップクリームが舌触り良くて思わず破顔する。

 甘さが控えめなのもあって、いくらでも食べれそうだ。

 目の前の木崎さんも、口を開けば「おいしい」と繰り返している。

「はい、どーぞ」

 僕がショートケーキを一口分フォークに乗せて、木崎さんの方に差し出すと、木崎さんは顔を赤らめた。

 なんか、そんな反応されるとこっちも恥ずかしいんだけど。

「あさみんってさぁ、たまにそういうことするよねぇ」

 木崎さんは僕の差し出したケーキをぱくりと食べると、口の端に付いた生クリームをぺろりと舐めた。

 ――う。なんというお色気……。

「んー! ショートケーキもおいしー。

 はい、あさみん。どーぞっ!」

 同じようにチーズケーキを一口分乗せたフォークが僕に向けられる。その段階になって、ああ間違えたと僕は猛省した。


 二年一組の教室を出ると、僕と木崎さんは特に当てもなく、人の間を抜けるようにしてフラフラと歩いた。一階に降りると、さらに一般客が増える。

 いつもは広く感じる廊下も、人でごった返している。

 時々木崎さんがはぐれていないか、誰より目立つピンクの髪を探して視界に収める。

 僕がイケメンだったら、手を差し出したりできたろうか。……いや、僕に勇気がないだけか。


「ねぇ、あさみん。なんか、校門のほう騒がしくない?」


 歩み寄ると、野次馬の壁の向こうに、エンジくんの赤い頭が見えた。他にも、誰かの肩越しに鬼藤くんや留衣さんが見える。

 ――え? なに? 戦ってるの?

 僕は野次馬を掻き分けて、事態の中心部へと向かう。たどり着いて、顔をあげたとき、エンジくん達は一閃で凪ぎ払われていた。

 軽々と体が吹き飛んでいく。アクション映画みたいな展開に、僕は唖然とする。

 鬼藤くんは以前から腕っぷしが強くて有名だったし、エンジくんは体育や運動会でその身体能力の高さを披露している。

 留衣さんだって、桃子さんの護衛を任されるくらいなんだから、きっと僕みたいな一般人ではないはず。

 エンジくん達と戦ってたその人物は刀を納めると、千和さんを抱えて校舎のほうへ向かっていった。見覚えのある、美しい横顔。結われた艶やかな黒髪が、さらさらと靡く。

 周囲は劇だと思い込んでいるけど、これは違う。僕はエンジくんに駆け寄った。

「大丈夫!?」

「置いてかないでよ、あさみん……って、なにこれ」

 木崎さんが絶句している。それもそうだ。僕も倒れているのが親しい人じゃなければ、木崎さんと同じ反応だろう。

 痛いのか、身を捩るエンジくん。鬼藤くんも留衣さんも、起き上がろうとして呻いている。

「浅見くん……」

「誰か先生を呼ん」

「待ってくれ、浅見くん」

 いてて、と肩を押さえながら、僕の服の裾を引く。

「大丈夫。アイツはバカだけど、見境なく襲ったりしない……はず」

 はず、なんだ。


 それから、救急箱を持ってきた学園祭運営部の人と三人の手当てをした。細かな切り傷と打撲ばかりだったから、とりあえず保健室へ連れていくことになった。

 途中木藤先生が立ち寄って、鬼藤くんと少しだけ話をして去っていった。

 あの刀の美人を探しに行ったのだろうか。


「なんか、変な感じだよねー」

 こんな事件が起こっていても、学園祭は何事もなかったかのように続いていた。

 保健室に付き添って行くと、エンジくんが掻い摘んで説明してくれた。あの刀の美人は桃子さんのお兄さんらしい。

 三人の怪我も、なんかのパフォーマンスってことで終わるのか。

 学園祭が続いてくれることは単純に嬉しい反面、どうなんだろう。防犯的な意味でも、この問題を無かったことにされるのも。

 喧騒が遠い保健室の前で、延々と考えあぐねていると、お腹が空気を壊すように盛大に鳴った。

「なんか食べようか」

「そんな気分じゃ……」

「でもさ、あさみん。あたし達はあたし達のできることしなきゃ」

 ――僕達のできること?

 木崎さんに手を引かれて歩き出す。空腹で力がでなくて、よたよたと僕は保健室の前から引き剥がされた。

「学園祭が続くってことは、休憩終わったら店番変わらなきゃね!」

 木崎さんが笑う。なんだろう、彼女が笑うとお腹が温かくなる。まるで、冬の寒い日に飲んだ温かいスープみたいな。

 突拍子もないように見えて、彼女はいつも僕の進むべきほうを指し示している。

「そうだね」


 コンテストは、残念ながら一組も二組も一位を取ることは出来なかった。

 一組は盛況だったのと、監修する千和さんの長時間の留守でケーキが不足してしまい、最後まで提供が出来なかったという理由だった。

 対し二組は熱意のない男子の接客が多少不評だったようだ。花屋なのに、花の名前がわからないなんて……とお客さんに笑われたのは数知れず。

 それでも九鬼くんの表情はどこか晴れ晴れしている。いいことでもあったんだろうか。

 僕は家に帰ったあと、ベッドに体を投げ出して、祭りの余韻に浸っていた。

 スマホの着信音が鳴って、ベッドから精一杯腕を伸ばして机の上のスマホを手繰り寄せる。

 木崎さんかな、なんて淡い期待をしていた僕は、エンジくんからのメッセージに愕然とした。


 ――オレ、東京に帰るよ。


 たった一文だったけれど、その一文が僕の心に穴を空けるには充分だった。

 暫くの間、返事もせずにスマホを放り投げて、天井を見上げていた。

 鬼ヶ島に普通の人間が少ないのは、そのほとんどが転勤族だからだ。親の都合で転勤してきて、一年くらい居て、すぐにまた転勤で出ていってしまう。

 その度に僕は見送った。

 見送るのは、慣れていると思っていたんだ。それに、なんとなくエンジくんはこの地を離れないように思っていた。

 ただの、僕の願望だった。


 ――寂しい。


 視界がぼんやり滲んで、目尻から涙が滑り落ちていった。







 






 








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