第3話 8
忍び足で宿から抜け出ると、吸い込まれそうなほどに夜空が広がっていた。
海に面しているからか、明かりが少なくて、いつもより小さい星まで見える。
「東京じゃ見れないよね、この星の数は」
「うん、すごい綺麗」
耳を澄ましていたら、波の音に紛れて星の瞬く音が聞こえるんじゃないかな。
「ずっとさ、ここに居れたらいいよね」
桃子ちゃんのその何気ない一言が、心の底でどろどろとしていた蟠りに光を射してくれる。
「……うん」
気付いたら、涙が頬を伝っていた。
よかった、桃子ちゃんもこの生活を大切に思っていてくれたんだ。
「わたしには聞かせてくれない? なんで眠れないのか」
わたしが最近の留衣ちゃんとのことをかいつまんで話すと、桃子ちゃんは静かに聞いていてくれた。話が途切れて、すこしの沈黙のあと、桃子ちゃんはわたしの顔を覗きこんだ。
「あのね、千和。実はこの島に来ることを助けてくれたのは、留衣なの」
――留衣ちゃん、が?
「今住んでる別荘はね、元々お祖母ちゃんが昔過ごしたものらしいの。わたしも知らなかったんだけどね」
自販機の前のベンチに二人で腰掛ける。
桃子ちゃんは背もたれに体重を預けて、夜空を見上げた。これだけ日中歩いてきたのに、日焼けをしていない白い首筋が月明かりでぼんやり浮かんでいる。
金色の髪が風に乗って、さらさらとなびいた。
「前の学校に居たときにね、どうしても逃げたくなってね。学校行く振りして、何度もサボったこともあるんだよ。見かねた留衣に怒られて……それで、助けてもらった。きっと、お兄ちゃんにわたしの様子を話しているのも、留衣なりの理由があると思うよ」
「留衣ちゃんなりの理由……」
「そう。留衣なりにこの生活を守ろうとしてくれてるんじゃないかな。
留衣は立場的にわたし達みたいにこの生活を楽しいとは思ってないかもしれないけどね。でも、島に来てから、留衣が椅子に座って居眠りしていたの見たことある」
桃子ちゃんが思い出してくすくす笑う。わたしも見たことあるかも。
「それって気を許している証拠だよね」
留衣ちゃんは、常に桃之助くんに気を配っていなければならなかったから、いつも表情や行動にそつが無かった。
そういえば、いつからか留衣ちゃんの細かい表情に気付けるようになった気がする。
梅雨が明けて洗濯物を持っていく留衣ちゃんの軽やかな足取り、怖くて眠れないと打ち明けたときの笑顔。桃之助くんへのメールがばれて、気まずそうに一瞬逸らした目。
全てがお仕事だったなら、留衣ちゃんはここまで油断しない気がする。
そのあと、また二人でこそこそ部屋に戻って、同じ布団に潜り込んだ。桃子ちゃんと寝るのは小学生のとき以来かもしれない。
疲れのせいもあったと思うけれど、それ以上に桃子ちゃんの体温が心地よくて、布団に入ってすぐに深く深く眠りに落ちていた。
翌日。すっきりと起きたわたしは、まだ眠っている桃子ちゃんを起こさないように布団を抜け出た。
「おはよ!」
鏡花ちゃんがわたしの寝癖を指先で弾いた。
「顔色、よくなったね。寝れた?」
「うん、でもまだ寝たりないかも」
腕を上げて背筋をぐっと伸ばした。動いただけでふくらはぎが筋肉痛で引きつったけれど、歩行祭はまだまだこれからだ。
けれど、不思議とやる気が溢れてくる。
きっと歩き通せる。そんな希望でいっぱいになれた。
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