第3話 9
今日もからりとした青天で、風が吹き抜けていく。
「行くぞー!!」
「おー!!」
エンジくんと鏡花ちゃんが、楽しそうに歩き出す。今日はスタートが一緒なので、みんな一つに固まっている。そのうち歩くペースがずれてきて、グループ毎に分かれるだろうけれど。
ふと振り返ると、九鬼くんが見えた。
隣にいる美人さんと楽しげにお話している。
「わたし、男の人を見る目ないのかも」
留衣ちゃんのことはもっと信じてもいい気がするし、九鬼くんに関しては王子様みたいって浮かれていた。
「なにを今更」
エンジくんにほっぺを引き伸ばされた。地味に痛くて反撃を試みるけどかわされる。
「そんなことないでしょ。わたしも九鬼くんはいい人だとは思うよ。……お花はいらないけどね」
桃子ちゃんがわたしのほっぺを引っ張るエンジくんのお腹に、華麗にグーパンチすると、油断していたエンジくんは蹲って動かなくなってしまった。後続の人達が蹴らないように避けていくのが面白い。ざまぁみろー。
「うわぁ……えげつねぇ……」
引いている鬼藤くんの横を抜けて、桃子ちゃんに並び歩く。
「わたしね、帰ったら留衣ちゃんとお話しようと思う」
「それがいいよ。じゃあ、さくさく歩いて帰らないとね」
「よーし、がんばろう!!」
すっきり眠れたおかげかわたしは快調で、途中桃子ちゃんが足を挫いて、鬼藤くんにおぶられてのゴールになったけれど、最後から三番目には無事ゴールを果たした。
寝不足続きのときから考えたら、リタイアせずにゴール出来るなんて奇跡だと思う。
「なぜお前達が付いて居ながら、桃子様がお怪我を……?」
「ご、ごめんなさい」
「フォローはしたんだけどね……スミマセンでした」
桃子ちゃんは酷く疲れ切っていて、エンジくんのお姫様抱っこにすら抵抗の言葉もなかった。車に乗せられて、シートベルトまでしてもらって……お人形さんみたい。
桃子ちゃんの怪我を考慮して、久しぶりに留衣ちゃんに車で迎えに来てもらった。珍しくエンジくんが助手席じゃなくて後部座席に乗ったから、わたしは留衣ちゃんの鬼のような形相を恐る恐る窺いながら乗る。
座席に腰を下ろすと、もう体が石になってしまったかのように重い。あちこち痛い。
「……留衣ちゃん、あのね。最近、避けちゃってごめんね」
すると留衣ちゃんはふっと笑った。
これも、島に来る前じゃ気付かなかったかもしれないくらいの小さな表情の変化。
「不審に思えたから避けた、ということならば、千和の行動は正しいと思うが」
「そんなことない。わからないのに避けるって良くないと思ったの。……桃子ちゃんがこの島に来るのを、留衣ちゃんが手伝ったって聞いて、もう一度考えたんだ」
桃之助くんの忠臣ともいうべき留衣ちゃんが、桃之助くんの側を離れるようなことをしてまで桃子ちゃんを島へ逃がした。
「桃之助くんへ報告しているのは、桃子ちゃんとこの生活を守るため?」
桃子ちゃんになにかあれば、桃之助くんはどんな手段使ってでもこの島に来るだろう。そうなれば、この生活は一瞬で壊れてしまう。
「どうでしょうね」
留衣ちゃんはそう言葉を濁したけれど、わたしはそう思うことにする。
留衣ちゃんが珍しくラジオをかけると、『スタンド・バイ・ミー』が流れてきた。
なんて素敵なタイミングだろう。いいことがありそうな気がする。
ドアミラーに桃子ちゃんの寝顔が映っている。わたしはドアに寄りかかって、少しでもこの生活が長く続くように祈りながら目を閉じた。
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