第1話 8


 鏡花が桃子のいる陣地へ戻る前に、ホイッスルが鳴った。

「時間だ」

 勝敗が決まったわけではないのに突然の終了宣告。生徒が担任へブーイング上げている中、オレの視界の端で鬼藤がボールを手にしたのが映った。

 桃子が標的か……!!

 さっきと違い、桃子も油断している。柔らかいボールとはいえ、受け止める場所によっては怪我することだってあり得る。

 鬼藤の表情もさっきまでとは違う。――まさしく、鬼だ。

 オレが駆け寄る前に、ボールはすでに鬼藤の手から放たれていた。

 やばい、やばいやばい。身体に速く動けと念じるけれど、さすがの楽々の血筋でも人間の枠を超越するような動きはできない。

 けれど、実際ボールは桃子の元へ届くことはなかった。

「せんせ……」

 ひょろくて頼りにならないと思ってた担任が、桃子に当たる寸前で、鬼藤の剛速球を柔らかく受け止めていた。うそ、だろ。オレより桃子から遠くに離れていたのに。

「鏡花と同じ意見のやつ、いるか?」

 担任がそう聞くと、ぽつりぽつりと手が挙がり始める。

 オレと犬も迷わず手を挙げた。

「過半数はいるな。そういう訳で桃子、君に委員長を任す。副委員長は鬼藤、お前がやれ」

 鬼藤の表情が陰になって、オレからはよく見えなかったけれど、握られた拳がその複雑な感情の全て表していた。



 今日は半日の予定だったから、あとは教室で担任の話を聞いて終わった。

 正直色々ありすぎて、通常の授業よりも疲れた気がする。

 ベッドがあれば即刻寝れるね。いや、枕だけでも寝れちゃうかも。

 校門から少し離れたところに、キジの運転する黒塗りの車が見えた。

 最初は島で高級車って――なんて思ってたけど、今は酷く安心する。

「じゃあ、オレちょっと行くところあるからさ」

 本心は帰ってゆっくりしたいけど、その前にどうしてもやろうと決めたことがある。

「そうなの?」

「エンジくん」

 女子二人の訊ねたそうな視線を受け流しながら、オレは反対方向へ歩き出す。

 そこには一人の女の子――さっきのドッジボールで桃子の味方になってくれた三樹 鏡花だ。

「おまたせ」

「じゃあ、行こっか」

 鏡花ちゃんはにっこり笑って、オレの一歩先を進んだ。うーん、かわいいなぁ。

 学校の周りを囲むようにしている林が途切れると、真っ青な海が見えてきた。

 自然が多くて、どこを歩いても美しい島だと思う。

 聞いたことのない鳥の声、海風の匂い。開放的に広がる空。

 都会とはどこもかしこも違う。

「ここがうちだよ、いらっしゃいませ」

 鏡花ちゃんが指さした先に、赤い屋根の可愛らしい一軒家が見える。

「よろしくね」

 オレは鏡花ちゃんが開けてくれた木の温かみのあるドアを潜り抜けた。




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