第1話 7

「エンジ、邪魔って言ってるでしょ」

 オレはアンタのために、奮迅してたんですけど?

 さすがに堪忍袋の緒が切れて、お姫さんの胸倉を掴む。

「なに考えてんだよ!」

「それはこっちのセリフよ。わたしがここまで着た理由もわかんないの」

 お姫さんはオレの手を振り払って、足元のボールを拾い上げる。

「守られている環境なんてもうウンザリなの。

 ――それからエンジもうお姫さんなんて呼んだら許さないから。千和と留衣のことも、ちゃんと名前で呼んでよね。

 それが出来ないなら帰っていいから!!」

 不思議と、「ラッキー、帰れる」なんて喜びは沸かなかった。ここに居るのが、どうしようもなく嫌で嫌で億劫だったのに。

 鬼藤に立ち向かうお姫さんの後ろ姿に、あの鬱陶しく思っていた頃の少女の面影はなかった。


 外野に追い出されてから、オレはお姫さんと鬼藤とのやりとりを見ていた。

 文武両道の桃之助とは対照的に、お姫さんの成績は平々凡々だ。

 運動もそこそこ、勉強もそこそこ。容姿さえ似ていなければ、本当に兄妹か疑うレベルだ。

 今も、鬼藤のボールに翻弄されて息が上がっている。それでも、なんとか避けられているのは奇跡に近い。また、ぎりぎりで避ける。見ているこっちとしては、冷や汗が止まらない。

「桃子ちゃん、大丈夫かな」

 犬は祈るように両の手を胸元で握り締めている。お姫さんがこういう状況に陥ることに誰しも慣れていない。

「どうにか、中に戻れればな……」

 手を伸ばせば助けてあげられるのに、見ているだけのこの状況がじれったい。

 向こうには鬼藤ともう一人。表情にも余裕を感じられる。

 避けようとして、お姫さんがよろめいた。

 鬼藤がそこを見逃すはずもなく――

「桃子!!」

 オレはとっさに叫んでいた。

 桃子は左肩に当たって弾いたボールを滑り込むようにして受け止めた。

「セーフ」

 先生の一言で周囲が沸きだす。

 桃子は立ち上がると、ボールを抱きしめた。

「今度はこっちの番」

 桃子が投げようと大きく振りかぶると、外野側から声がかかった。

「桃子ちゃん、パス!!」

 その声はオレでも犬でもなく、鬼の女の子。――三樹みき 鏡花きょうか

「うん」

 桃子は外野へ向かってボールを投げると、彼女は笑顔で受け取った。

「一緒にがんばろうね」

「鏡花、桃太郎の味方に付くのか」

「……わたし、先生の言う通りだと思う。桃太郎の子孫だからじゃなくて、桃子ちゃんのことをもっと知りたい。

 だから、委員長になってほしいの。そうしたら、話す事いっぱい増えるでしょ?」

 鏡花のその一言に、共感したのか数人が立ち上がった。敵の陣地の周りを固める。

 そして、投げられたボールは、取り巻きに当たって転がった。

 鬼藤は、そのボールを取りもせず見つめている。

 ――その光景が不気味だと感じた。


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