第13話
十三
「よーっす、千寿」
「ちーっす、湊」
イヤホンを片耳から外して、手をあげる千寿。
翌日、朝。オレは夏の心地よい風を深く吸い込む。覚悟を決めた。
昨日、寝ないで考えたものだ。なんか昔の映画の告白の仕方。
「昨日の怪我、大丈夫なのかい?」
「うん。家の中でタンゴ踊ったら治った」
「……大丈夫じゃないのは頭の方らしいな」
「ゴホン」
「ん、どーしたんだい、急に咳払いなんかして」
「千寿がさ、この世で一番美しいと思うものって、何?」
「何だよ、湊。突然だな……。うーん、そうだね、ドブネズミかな?」
予想していたのと随分違う。リンダリンダ?
「じゃあ、千寿はドブネズミに似てるな、ウン」
「バカにしているのか、湊」
怒られたよ。
「いやだってドブネズミが一番きれいって言ったじゃん」
「あくまで動物の中で、という意味だ。なんで私がドブネズミと似ているんだよ。類似性がない」
伝わってないだと!?
「あー、もうマジかよ」
遠回しすぎたか。これなら完璧伝わると思ったのに。だが、まだだ。まだ諦めるには早い。
かくなる上はプランBだ、Bに変更だ。
具体的にはこうだ。
「今日は、天気が良いね」→「うん」→「今日も髪型良いね」→「うん」→「付き合ってくれ」→「うん、ってえええぇ!」
みたいな感じだ。
「ゴホン」
「どうしたんだい、さっきから。喉でも痛いのか?」
「いや、ちょっと昨日、タンゴ踊り過ぎて」
「タンゴし過ぎで咳払いするやつって初めて見たよボクは」
千寿に呆れられる。
「今日は天気が良いな、千寿」
「は? 今日は曇りだぞ」
しまったァァアァァァ! アホだ、オレ。千寿の事ばかり考えていて、天気見てなかった。いや、だめだ、ここはこらえろ。そうだ、曇りを良い天気と捉えられる独自の感性を持った人間なのだ。そういうことにしておく。
「今日も髪型良いね」
「は? 毎日同じ髪型だよ、湊。今更何を」
うんって言えええええ。素直になってくれ、頼むから。
「その鞄についてる貝殻のストラップ、素敵だな」
「ああ、これか。正直ダサいと思っている」
うっそーん。マジかよ。
「つーかそれオレがお前にプレゼントしたもんじゃ。小三のお前の誕生日に」
「そーだっけ。忘れてた」
こ、こいつぅ。
「あれ、でも何でダサいと思っているのに鞄に付けてんだよ?」
「さぁね? たまにはその足らない脳みそで理由を考えてみなよ」
千寿がオレから視線を外しながら言う。まるで子供が照れ隠しするみたいだった。
なんでだろう?
ええい、今はそんなこと考えている時ではない。
もうプランがつきた。
「なあ、千寿、あのさ、伝えたいことがあるんだ……」
「さっきからどうしたんだよ、湊。調子がおかしいのかい? あ、普段から湊はおかしかったか――」
「好きだ、付き合ってくれ、千寿」
心臓が核爆発級の爆発を起こしそうだった。今オレを爆心地にして、この町一つを消し去りそうな感じだ。
オレは千寿は見つめる。千寿は標準装備の無表情顔。こいつの意志は幼馴染のオレでも分かりにくかった。
千寿はもう片方にしていたイヤホンも外した。
「うん、まあ別に良いよ」
「ホ、ホントか? ホントに良いのか、マジなのか?」
オレの下の方はアレだが、本当に良いのか?
「だから良いって言ってるでしょ。くどいよ」
「良かっつぁ――――。ふぅ~~~~。……ん、でも、『別に良い』ってなんだよ」
こっちがどれだけ緊張したと思っている。
「ボク、元カレとは別れてるし、好きな人、別にいないし」
「でもさ、なんかもうちょっとこう、喜べよ。『キャー』とか『やったー』とかさ」
「やったー(棒読み)」
あー、もう。千寿はこういう奴なんだよなぁ……。
「ふふふ、中々どうして楽しかったよ。君の告白プランは」
「あ、お前、気づいてたな、ドブネズミのあたりから」
「あったりまえだろ。気付かない方がやばい」
そう言いながら千寿は貝殻のストラップをギュっと握りしめた。
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