第6話

              六


オレが何故モテるかは正直オレ自信にも測りかねるところだが、あれこれ推測の理由を思い浮かべたところでイヤミにしかならないだろうから、差し控えておくものであるが、オレはぼんやり考える。

そもそもなんでこんなことになったんだっけか。

「キャッ」

ドンッと、誰かにぶつかった。なんてタイミングの悪さだ。

「あ、ごめんなさい」

「いてて……」

 女の子が尻もちついていた。ショートカットに赤メガネ、錦川高校の制服姿。若干顔立ちは童顔。

「大丈夫、立てる?」

 前方不注意のオレが悪い。オレは女の子に手を差し出した。

「これは運命ですね」

「え?」

 女の子がわけのわからんことを言い出す。

「フラグというやつですよ。遅刻しそうな登校中がセオリーですがたまには下校中という変化球があっても神はお許しになるでしょう」

「は?」

「いやはや、神は私たち二人を祝福しているに違いありません。先輩に突進した甲斐がありました」

「ちょい待ちちょい待ち」

 突進? 運命じゃないよね、必然だよね、それは。

「結婚しましょう、先輩」

「はぁ?」

 こいつぁ、やばい。関わらない方が絶対良い。

「あのなんか良く分からないですけど良かったですね。それじゃ、オレはこれで。神のご加護がありますようにハハハ」

 オレは爽やかな作り笑いをして颯爽とその場を離れる。

 ドンッ。

 二、三歩も歩かないうちに、今度は背中に衝撃がきた。

 振り返る。今の女の子だった。

「………………」

「ああ、なんということでしょう。二度もです。二度もぶつかってしまいました。これを運命と言わずしてなんと呼べばいいんでしょう、先輩」

 悪意、じゃない。

「ねえ、君、わざとだよね、さっきからさ。なんかオレに恨みでもあんの?」

「恨みなんて滅相もない。私、高坂あゆなと申します。先輩に一目ぼれいたしました」

「そういうの結構なんで」

「私には見えます。先輩と取り交わす結婚式の晴れやかな舞台が。荘厳なバージンロードを純白の衣装で歩く私。タキシードに身をつつみ爽やかな笑みを浮かべる先輩。神は私に最高の幸せを享受することをお許しになったのです」

「オレはそんなことお許しした覚えは無いんだけど」

「あ、結婚式は和風な感じの方がお好きなんですか、先輩。それならそうと早く言ってくださいよ」

「そういう問題じゃなくて。悪いんだけどさ、そういうことあんまりすると警察に通報するよ」

 厳しい言葉だがこれくらいのことを言わないとこの子――高坂さん――は引いてくれそうにない。

「え……結婚、してくれないんですか」

 高坂さんが明るい表情から一転して傷ついたそれに変わる。

 なんだかオレは罪悪感に苛まれた。何にも悪いことしてないのに。

「うん。だから、じゃあ、これで――」

「死にます」

「え?」

「結婚してくれないなら、私、死にます」

 極端すぎるだろう。

 高坂さんは強い意志が宿った瞳でオレを見つめた。本気だ、この子。

「あそこに赤信号で止まっているタクシーがありますね。あれに轢かれて死にます」

「待とう。冷静になろう。命を粗末にするな、お父さんとお母さんにもらった大切な命だろ」

「パパとママなんて知りません、あんな親なんかと私は違う。私の全てはあなたです、先輩」

 信号機が青に変わる。タクシーがノロノロと前進し始めた。

「さあ、決断してください、先輩」

 高坂さんが歩道と車道の中間にある境界線ブロックに立った。

 タクシーが迫ってくる。あと数秒もしないうちに高坂さんは車道に飛び出す。

 5、4、3、2……。

 オレは折れた。

「高坂さん、大好きですッ、結婚してください!」


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