第3話
思い出の中の私は怒ってばかりだった。
悠斗は優しく穏やかな性格だったが、少し抜けたところもあった。一方で気の強いところがある私は、そんな悠斗に対して強く言ってしまうことも多かった。そして彼はすぐに非を認めて、謝る。毎回本当に楽しみにしていた時間のはずなのに、素直になることはできずにつれない態度をとる。そして私のせいで雰囲気が悪くなることもあった。
また景色が変わる。あの公園のベンチに座って私は号泣していた。隣の悠斗は心配そうな顔で私を見ている。高校最後の夏、テニス部だった私は、部内の競走に負けて団体戦のメンバーに入ることができなかった。それが悔しくて仕方なかった。優しく声をかけてくれる悠斗に対し、私は強く言い返す。1人でベンチから立ち上がり、帰っていってしまった。残された悠斗は、悲しげな表情でうなだれる。
(このときは落ち着いてから謝った。だけど先に連絡をくれたのは悠斗の方だった)
きっとこの時だけじゃなかった。友達と喧嘩した時も、勉強が上手くいかない時も、私は優しくしてくれた悠斗に当たったのだ。何も言い返さない彼を頼っていたのは確かだった。だがこれではまるでストレスのはけ口にしているようではないか。
悠斗はいつも困ったように笑っていた。もし笑ってくれていたのが彼の優しさなら、私は彼を困らせていたに違いない。彼の事を考えずに甘えるだけ甘えて、受け止めてくれるのをいいことに彼を傷つけてきたのだ。
そうだ。私は本当に悠斗のことが大好きだった。悩んだ時に言葉をかけてくれる悠斗を頼りにしてた。それなのに...ありがとうも大好きも言わなかった。私は、最低の彼女だった。
夢とは思えないほど鮮明だった景色が、だんだんと色褪せていく。次に切り替わったのは、高校の屋上だった。悠斗と知らない女子生徒がいる。
(これは...悠斗の記憶なのかな)
「悠斗先輩!私と付き合ってください」
女子生徒は顔を赤くしながら言う。悠斗は驚いた様子で答えた。
「僕に彼女がいるの知ってるはずだよ。だから...」
「知ってます。知ってて告白したんです」
女子生徒は悠斗の言葉を遮る。言葉と表情から必死さが伝わってきた。
「先輩の彼女...灯先輩は確かに可愛いです。でもいつも先輩を振り回してる。私ならそんなことしません。だから!だから...」
彼女の言葉を悠斗は黙って聞いていた。そして少しの沈黙のあと、口を開いた。
「......返事は少し待ってほしいかな。必ずするから」
その言葉に私は胸がギュッと締めつけられたような気分になった。
「いい返事、期待してますね」
女子生徒は屋上を後にする。1人になった悠斗の表情からは、迷いが感じられた。
もしかしたらとっくに私のことなんて好きじゃなくなっていたのかもしれない。別れを切り出すタイミングを見つけられず、ずるずると惰性で付き合ってしまっているなんてことも少なくないだろう。そうだとしたら、最後まで私に振り回されて事故にあった悠斗は、私のことを恨みながら死んでいったかもしれない。
白いスーツの男性の言葉だと、お互いに会いたいと思うことでここに来ることができるのだろう。悠斗が迷ったことで、あの時すぐには無理だったと言っていた。それは悠斗が1度は私に会いたくないと考えたことになる。最後に恨み言の1つでも言いたくなったのだろうか。
景色が変わる。私はもう彼の姿を見ることができなかった。たまらず目を閉じて、耳を塞ぐ。それでも直接脳内に映像が流れてくるように、すべて分かってしまう。
「なんであんな娘と付き合ってるのかな」
「早く別れたらいいのに」
「せっかくカッコいいのにもったいないよ」
これは悠斗が言われた言葉なのか、それとも噂なのか。そんなことはもう分からなかった。
「もう...やめて。ごめんなさい、ごめん...悠斗...」
「灯!」
いままでとは違う、なんだかあたたかい声に思わず耳から手を離し、目を開く。見ていた景色は消え、ただ真っ白な部屋にいた。壁も天井もない、部屋と呼んでいいのか分からないような不思議な空間だった。私は声の主を求めて振り返ると、そこには安心したような笑顔の悠斗が立っていた。
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