第2話

涼しい。風が頬を撫でるのを感じる。私はゆっくりと目を開くと目の前には見たことのある風景が広がっていた。

(ここって...)

そこは何度も来たことがある自然公園だった。大きな池が真ん中にあり、その周りを囲うようにランニングコースがある。さらにランニングコースに沿ってベンチが並べられており、お年寄りやカップルが座っては楽しげに会話をしていた。

私はベンチに座り、眠ってしまっていたようだった。ここは悠斗とよく来ていた。彼と待ち合わせをしていたんだっけ。


いや違う。私は悠斗の葬式に出て、家に帰って眠ってしまったのだ。これは夢に違いない。

「おや、すぐに気づくとは珍しいですね」

突然横から話しかけられて驚く。横を見ると同じベンチにあの白スーツの男性が座っていた。相変わらず突然横から話しかけてくる。

夢の中に出てきたことは不思議でならなかったが、私には言わなくてはいけないことがあった。

「この詐欺師!騙したんでしょ、私の全財産を返しなさい!」

私は白スーツ詐欺師の首元を掴み、力強く揺さぶる。

「ちょっ、ギブギブ。落ち着いてください!」

このままだと窒息しかねないので私は力を緩めた。

「ハァハァ...。乱暴者ですねぇ。それに詐欺師とは失礼な。あなたは既に彼と会える場に来ているというのに」

その言葉に思わずまだ首元にあった手を離す。男性はホッとした様子で続けた。

「先程すぐにこの場に連れてこれなかったことはお詫びしましょう。彼があなたと会うことを迷ったため、少しお時間をいただいたのです。大変でしたよ?私が恰好良く指を鳴らして感動の再開を演出するつもりだったのに、ドタキャンされた気分でもう泣く泣」

話が脱線しそうになったので私は男性を睨みつける。それに気づいた彼は慌てて話を戻した。

「つまり会う準備が整ったというわけです。しばらくしたら彼もこちらに到着しますので、それまであなたと彼の記憶を客観的に映像化したものを見ていただきます。やはり2人のことをしっかりと思い出した方が会話も弾むでしょう。に見てくださいね」

男性はそこまで話すと立ち上がり、笑顔で軽くお辞儀をした。

「それでは私はここで」

彼はまた指を鳴らすと、クラッカーを鳴らしたような音と共に、煙のように消えてしまった。


(悠斗との思い出か...)

私はベンチから立ち上がってゆっくりと公園を見渡した。ランニングをする人、犬を散歩させている人、話しながらこちらに歩いてくるカップルもいる。私はそれが誰なのかすぐに気がついた。

(悠斗と...私だ。もうこれがその記憶を客観的に見てるってことなのかな)

大学から近いこの公園では、2人の講義の予定が合わない時によく待ち合わせしていた。高校生の頃はあまりお金も無かったし、ここで長々と話をしていたんだっけ。今思うと懐かしい。2人の様子を見ると、どうやら私が怒っているようだった。

「なんで!今週末は大丈夫って言ってたじゃん。人気だからなかなかチケット取れないのに」

「ごめん...。どうしても外せない用事が出来ちゃったんだ。悪いけど今回は友達と行ってきなよ。必ず埋め合わせはするから」

「知らない!」

ひたすら謝る悠斗をよそに、私は早足で歩いていく。そうだ、こんなこともあった。確かその当時大人気だった映画のチケットが取れた時の話だった。どうしても彼と観に行きたかった私は、こうして腹を立てたのだ。改めて外から見てみるとなかなかに恥ずかしい。


パッと景色が変わる。どうやら学校の教室のようだ。まるで物語の場面が急に変わったようで、なんとも不思議な気分だ。

(これは高校の教室かな?)

教室の後ろの方に立っているらしく、正面には教壇と黒板がある。窓から外を見ると夕日が見えた。どうやら放課後のようだ。

すると教室に誰かが入ってきた。そわそわと落ち着かない様子の男子生徒・高校生の頃の悠斗だった。見た目に大きな変化はないが、やはりまだ幼さを感じる。

続いて入ってきたのは高校生の頃の私だった。髪は黒く、化粧もそんなにハッキリとしていない。ただスカートを少し短くしていることが我ながら少し気になった。

「あっ、灯さん」

悠斗が私に向かって話しかける。声が震えているようだ。

「ごめん、急に呼び出して。言いたいことがあったから...」

この後に続く言葉を、私ははっきりと覚えていた。鼓動が早くなるのを感じる。

「その...僕と付き合ってください!」

悠斗は真剣な表情で言う。その言葉を聞いた私は固まっていた。突然のことに驚いていたのだ。悠斗はとても女子に人気のある生徒だった。私も全くモテないとかでは無かったが、彼とはタイプが違うと思っていた。

「......は、はい。よろしくお願いします...」

私は彼の告白に蚊の鳴くような声で返事をする。今こうして見ているだけで心臓の音が聞こえるようなのに、この時はもっと大変だったに違いない。恥ずかしいがこれも大切な思い出だ。


その後も私たちの思い出が目の前に映し出されていく。よく覚えているもの、あまり覚えていないもの。

しかしそれらを見ている中で、私はあることに気がついた。

(私...なんだか怒ってばっかりだ)

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