もう一度会えたら

たお

第1話

私には付き合って4年になる彼氏がいた。このことを大学の友人に言うと、随分長いこと付き合っていると感心される。大学生の恋愛のスパンはとても短いからだ。

高校2年生の頃に付き合い始めて今は大学2年。大人しめだが容姿がいい彼は、いわゆる草食系男子で周りからもとても人気があった。そのため気が強く、がさつな所がある私は、不釣り合いだとよく友人にからかわれていた。そのことがどうなのかは正直分からなかった。ただ彼とはずっと一緒にいられると思っていた...。



私の20歳の誕生日に、彼は交通事故で亡くなった。原因は自動車の脇見運転。ひどく急いでいた彼は、全く回避することができずに即死だった。


「灯ちゃん。自分を責めないでね、これは不幸な事故だったの」

そう言いながらもおばさん(彼の母親)の声は震えていた。彼の葬式には友人も多く訪れ、みんなその死を悔やんでいた。

「いや...ごめんなさい」

私はまともにおばさんの顔を見ることができなかった。


誕生日の日、私はとても腹を立てていた。理由は簡単、彼が約束の時間になっても来る気配がなかったからだ。

電話を掛けると、慌てた様子の彼が出た。

「ごめんよ灯。今向かってるんだけど…」

「なんでメッセージ返さないわけ!あと5分で来なかったら帰るから」

「ちょっと待」

私は返事を待たずに電話を切った。遅刻は珍しくはなかったが、今日は特別な日。だからどうしても許せなかった。


目撃した人の話だと彼はとても急いでいたらしい。私が急かさなければ、事故は起こらなかったかもしれない。今更そんなことを思っても仕方ないが、おばさんの言葉を聞く度に胸が傷んだ。これならばいっそ罵倒された方がましかもしれない。

「私...帰りますね」

そう言い残すと私は早々に葬式を後にした。彼の家族とは何度も会っていたし、本当は最後まで居なくてはならない。しかし耐え切れる自信がなかった。それに悲しくて辛いはずなのに、涙が出ることはなかった。葬式に来ていた人の中には私を恨んでる人もいるだろう。そう思うとあの場に居てはいけない人間なのだという気持ちになった。


日が沈みだし、辺りは段々と薄暗くなっていた。

「ちょっとそこのお嬢さん?」

突然横から声をかけられ、私は悲鳴を飲み込んで横を向いた。そこには白いスーツと帽子を身につけた男性が、椅子に座っていた。前には机もあり、格好が格好なら道端にいる占い師のような雰囲気だった。

見るからに怪しい男性に、私は無視することを決意する。見なかったことにして再び歩きだそうとすると...。

「ちょっと!?私怪しくありませんよー。少しお話聞いてもら」

「け、結構です。あとあなたどこからどう見ても怪しいですよ」

止まったらいけない気がして男性の言葉を遮って、足を進める。

「死別した彼に会いたくないですか?」

しかしその言葉に私の足は止まった。ゆっくりと振り返ると、椅子に座ったまま男性が微笑んでいる。私は彼の前に吸い寄せられるように歩みを進めた。

「それ...どういうことですか?」

目の前の男性はどう考えても怪しい。しかし私はそう問いかけていた。

「そのままの意味ですよ。彼に会わせてあげましょう。そしてあなたは彼に会うべきだと思います」

男性は表情を変えずにすらすらと話す。

「悠斗に...会えるんですか?でも、どうやって。もう、いないのに」

「簡単に言ってしまうと夢の中で会う感覚に近いです。あっ、触れたりはできますよ。お代は頂きますけどね」

説明しながら男性は電卓を叩いた。そして表示された数字を私に見せてくる。

「高っ!こんなの払えませんよ。やっぱり詐欺なんじゃ...」

1度戻ってきてみたものの、やはり疑いの念が蘇ってくる。男性は呆れたようにため息をついた。

「亡くなった人に会えるんですよ?むしろ安いくらいだと思いますけどね。まあ学生ですし分からなくはありません。半額にまけてあげましょう」

私は悩みながらも財布の中身を突きつけた。男性は少し悩んだ末に受け取って笑顔を見せた。

「確かに受け取りました。それでは会いたい人の顔を強く思い浮かべて目を閉じてください」

私は言われた通りにする。頭の中には記憶の中の彼の姿を思い浮かべた。

「そうです。それでは...1、2、3」

パチンと男性が指を鳴らした。しかし何も起こらない。

「ちょっと何も...え!?」

文句を言いながら目を開けた私は愕然とした。目の前には誰もいなかったからだ。私は騙されたのだ。

「......そうだよね」

信じたのが馬鹿だったのだ。腹が立ち、情けない気持ちでいっぱいになった。何よりもこんなことをしてまで彼に会いたいと思っている気持ちと絶対に会えないという現実でおかしくなりそうだった。こんなことで騙されたのは、きっと私に対する罰なのだ。

「帰ろう」

財布は空になったのに、家に向かう私の体は鉛を背負ったように重かった。



家に帰ると心配そうな顔の母がキッチンの方から出ていた。近場の大学に進学したため、私はそのまま実家暮らしだ。

「おかえり、その...お別れしてきた?」

当然両親も私たちの交際は知っていたし、母に至っては彼をかなり気に入っていた。それだけに彼が亡くなったと聞いた時は、私と同じくらいショックを受けていた。

「うん...今日はもう寝るね。おやすみ」

そう言い残し、2階の自室へと向かった。

「おにぎり作っておくから、もしお腹すいたら持っていってね」

私は軽く頷いた。きっと翌朝まで残っていることになると思うと、母の心遣いにも申し訳ない気持ちになった。

部屋に戻りそのままベッドに横になる。すっかり日が沈み、部屋は真っ暗だ。何度か瞬きをすると、だんだんと瞼が重くなってきた。

(夢ならよかったのに...)

私はそんな都合の良いことを考えながら眠りについた。

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