第3話「活けられる人」

 今日はお久し振りで御座います。エエ、Bさん。活け花の選別に時間が掛かっておりまして、数週内家を開けておりました。

 電報も余り届かずに、ホントウに面目無い。

 花にはまって、芯の方までおかしくなった?Bさんは大きな誤解をなすってらっしゃる。わたくしは狂人などではありませぬ。ちゃんと新聞社の印刷業やら、出版社。一身上の都合で職を辞したのちに父が死に、長男のわたくしが実家の花屋を営んでおりました記憶がありますゆえ、なにがしの子飼いの狂人でありませぬわい。

 私が育て、生業と致しておりますのは赤い花から生ずる女体なのです。

 最早、本に生業は此しかありません。花を活かし、花に活かされ、活けられる。花を咲かせる、わたくしの生涯にとって、其れは本望でありました。花を斯うも。故に、運命として甘受した次第です。他を受け入れなかったは、電報にある通りでして。

 此の女体偽物かしらん?其れでなかったのであれば、なァにかしらん?一尺六寸そこらの花器に容れている、うすべにの着物を召した此の虞美ぐびにも似た者は、生きているかのように、キョロリと眼を向けている。

 ………アア、ご尤も千萬。最近花器を作る友人Aから貰った花器に活けている彼女も、向かいの瑠璃の花器に活けた彼女でさえも、寸分のたがい無い本物ですとも。花は河上から流れ落ちまして、川を月に何度か抱擁だきしめるものです。掬って、花に実を付けるのですが、種類が沢山御座いまして……エー、コホン。モウ、酒精やけぶりを容れてないのか、気分がうつらうつらして仕方ないナァ。

 サテサテ、赤い花の話です。此花、ご存知の通り、河上から流れ落ちまして、鮮やかにしていくものなのです。掬って売りに出すのがほとんどなのですが、年月が経つほど、萎びてしまいます。薔薇は時ある時に、育てられた花どもは何時迄経っても、然うあるように。瑕瑾かきんが身にあればあるほど熟れません。「温室」はその為の仮宿、火宅かたくから逃げられる。赤い花は一定期間火宅にあると、実をつけて呉れません。

 からたちの赤い花です。綺麗でしょう。今朝採れた、マア、気に入りましたか。ウフフ、アハハハ…辛いのかと思えば、じつは辛くないように調整を施していましてね、此の赤い花は頂けるのですよ。口の中でしっとりと甘く、蕩けて、枳のは料理人にも好評なのです。

 如何に女体がなるのかと。実から芽に、蛹から蝶へ。女体は繭に最初は抱擁されているのです。繭はオオミズアオのようです。繊細で、薄緑色の光明と言う色彩。その繭を破って、ようやく完成致します。

 実をつける際は首から、赤い実を出します。羽根の様でなら、天使…イイエ、なんでしょう。蛹の方が良いのかもしれません。蛹は何時迄経っても、女体は崩れません。何にも触れていない、何て未熟で純潔で有名な外国の彫刻のようなのでしょう。然し、崩れゆく憂愁うれえる美をわたくしは求めて止みません。中身を見えるようにソッとメスを当てまして、トロリとした滴る黄金。白金しらがね種々いろいろな糸が女体に纏わり付いているのです。無論、此の糸も使います。腕を固定して、兎角、姿勢ポーズに使うのです。操られたまま、芸術としての性と生を終えていく。其れこそがわたくしの崩れゆく憂愁うれえる美であり、最終的な目標なのです。

 脚の括れ。其れに従っている、陰影のなめらかさ、肩に凭れる漆塗りの髪の毛。足を支える剣山。

 吊られ続けている糸につとう紅、少々使い古されても居ますが、陶器のような肌。其れを活けた人体を至宝と言わず、何と言うのでしょうか。

 ただただ、路傍の石に苔が生えただとか、然う云うものでしょうか。

 最近と言えば、写真展が開かれる予定が禁止になったとか。Bさんも大変でしょう。Bさんは救いと千差万別な色をモデルにしていますから。

 Bさんも…ですか。救えるのは一つくらいですのに、八つ救いを求めた。八つでご満足為さらんで、足らず足らずのヒダルイ様でいらっしゃる哉。

 花に関して、著名な方もいらっしゃったとか。宿られた、神がかるような、閉じ籠っている美を奪うなぞと、まるで野蛮。悪漢、圧政者。奪うものにあとうことを我々にしていくのなら、其れは美では御座いません。只の物が色を調合して、染め上がっただけの玩具です。

 アァ……。実無しへと、如何に宿りますかしらん?

 一定の規範が知らぬものに変じているようなものを見ると、ノンシャランとせわしなく動きたがって仕方ない。あの人たちの言う規範は、一定の集団のみに限られており、「尤もです」とならえならえしなくてはならないのですよ。

 自らの中で唱和して、規定として呑み込んでおければ、めでたく終りを迎えたのでしょうけれど。すべてを花に託している一個人の意見ですから、どうなすっても構いやしませんよ。

 此れからでしょうか?わたくしは、そうですね。花を活けるひとです、花に活かされ、活かすひと。

 花や、瓦、仮令の霊魂が変ずるまでわたくしは作り続けましょうや。そう、胎内の糸や母親の心がわかって正気がふつりとするまで。


 アーァ、草臥れました…ット。

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「蚯蚓譚」「尾鰭」 東和中波 @nakanami

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