回復の兆し

「アイゼア~、朝ごはん作ったよー。一緒に食べない?」

 それから翌朝、そんな風に布団を通してコルティの声が聞こえる。結局、一睡もできなかった。自分じゃどうしようもない、いろんな思いがぐちゃぐちゃにあって、それをただどうにかしようとして、できなかった。

 それでも、プロになりたいって気持ちはあるし、何かしなくちゃって思いもある。なんの考えもないけど、でも、もう少しだけ落ち着く時間が欲しいって感じた。

「ごめん……まだ、もう少しだけ時間ちょうだい」

「…………うん、わかった。じゃ、先に食べちゃうよ。後で食べに来て」

 そうやって足音が遠ざかっていく。

 そのあとに、少しきつい口調になってしまった、せっかく優しく声を掛けてくれたのに、そんな後悔が浮かぶ。これは自分の問題で、ほかに当たっても何も変わらないのに。こうやって塞ぎ込んでいても、何も変わらないと分かっているはずなのに。

 それで、しばらくして足音が近づいてくるのが聞こえたから、さっきのも、昨日の夜のも、とりあえずきちんとコルティに謝ろう。それで、そのわけをちゃんと話して、それで、

 そう思って、頭からかぶっていた布団から顔を出そうとすると、

「おはよう! 愛しの妹よ!」

 そんな喧しい声と共に布団を思いっきり剥がされる。

「久しぶりだな、アイゼア、大体3年ぶりくらいか。っと、随分、元気なさそうな顔をしているな。ちゃんと飯食ってるか? せっかくコルティちゃんが作ってくれてるんだから、きちんと食べろよ!」

 私が目を丸くしていると、そんな風に一気に捲し立てて、手を引かれ、テーブルの方に引っ張られる。

「ちょっ、ちょっと待って。なんで、兄さんが、ここに?」

 そう兄さんが、いたのだ。

 金の短髪に、碧色の瞳、元気よく笑うその顔も、ちょっと大人びていたけれど、それでも私の兄さんが、クライル・ナハティガードがいた。

「なんでかって、そりゃ兄貴だからな。妹が落ち込んでいるだろうなと思って、元気づけに来たんだよ!」

 そうやって頭を撫でられる。なんだかむず痒い気分になって、一歩体を退く。

「か、からかわないで。そんな事で兄さんが来るわけない。今まで、顔を見せることだって、便りさえ全くなかったんだから」

「それは……悪かったさ。こっちもバタバタしてて大変だったからな。でも、心配でお前に会いに来たっていうのは本当だ。話があるんだ」

 そう、少しだけ真剣な口調と表情になって言う。

「話……?」

「ああ、そうだ。まぁ、その前に、お前今ひどい顔してるし、髪ぼさぼさだから支度してこい。本当は俺がばっちり仕上げてあげたいところだが……。ここはコルティちゃんに任せるよ」

 そういって、後ろを振り向くとそこにはコルティがいて、

「はいっ!」

 そんな風にちょっと緊張したような声を出す。いつものコルティと違う。

「さっ、アイゼア行こう。とりあえず、水浴びて、それからっ」

 そうやって手を引かれて、浴場に行く。

 意味はよく分からなかったけれど、浴場に押し込められて、そこで水を浴びる。体にあったもやもやとしたものはいつの間にか、どっかに行っていて、

「アイゼア、着替え、ここに置いておくね」

 扉越しにコルティの声が聞こえる。

「うん、ありがと。それと……………………ごめんね」

 胸に何かがつかえていたように、その一言を言うだけで随分と時間がかかってしまった。

「ん、どうしたの、いきなり……?」

「あ、いや。昨日の夜も、それと今日の朝も。折角ご飯作ってくれたり、心配して話しかけてくれたのに、突き放しちゃって……」

「あー、確かにそれはちょっと傷ついたかも」

「本当に、ごめん……」

「あはは、いいって。確かに少し寂しかったけど、何かあったんだろうって事は分かるし、それでいつか訳を話してくれるって思ったし、アイゼアにも気持ちの整理が必要だし、もういいよ」

「…………ごめん、ね」

「もうっ! いいって言ってるでしょ、それは」

「ははっ、そうだ、ね。ところで、コルティはここにいていいの?」

「そりゃ、どういう意味?」

「ううん、大したことじゃないんだけど。折角兄さんがいるのに、会ったり、話したりしなくていいのかな、って」

 この前、兄さんのファンだって言っていたし。そんなにあることじゃないから。

「あぁ、確かに扉を開けてクライルさんがいて、驚いて、嬉しくて、話をしたいけど。だけど、それよりもアイゼアの方が私にとっては大事だから、さ。落ち込んで塞ぎ込んでるアイゼアを前にして、私だけ自分のしたいようには、できないよ」

 コルティが扉に背をつけて、その場に座り込むのが分かる。

「コルティ…………」

「ま、実際、クライルさんが格好良くなりすぎてて、ぶっちゃけ、緊張して、心臓張り裂けそうだし、まともに会話できそうになかったから、ここにいる方が落ち着く、んだよね!」

「ふふっ、何それ」

「だって、そうでしょ。まさか、会えるなんて思ってなかったからさ」

 そうやって、少しお互いに笑って、それで

「…………それより、そろそろ聞かせてくれない? 昨日、何があったかを、さ」

 ぽつりぽつりと、優しく触れるようにコルティが私に尋ねる。

「あ…………うん、そうだね」

 大分、落ち着いてはいる。多分、今なら普通に話せそうだ。

 だから浴室から出て、着替えて、それでコルティの横に座って、話した。

 昨日の事を。

 言葉にしてしまえば、本当に短いもので、短すぎて、伝わらないんじゃないかって思った。だから、上手くまとまらない私の気持ちとか、思い出とかそこまで話した。

 そんな私の独白を聞いて、コルティは一言、

「そっか……」

 そう言って、優しく受け止めてくれて、

「それじゃ、これからどうするか考えないと、だね」

 そんな風に、前向きに考えてくれる、それがコルティのいいところで、強いところで、だから、それは私とは違うところで、

「うん、ありがとう。うん、本当に、あり、が、とう……」

 ふとすれば、コルティに抱き着いて、泣きじゃくって、それで全部を口にしたい衝動に駆られて、それを必死に抑えて…………でも、あぁダメだ。

 我慢できなくなって、無理矢理にあふれ出そうな感情を抑え込もうと膝に顔を埋めるけれど、

「もうっ、アイゼアって見た目は大人っぽいし、雰囲気も落ち着いているけど、中身は結構子供、だよね」

 そういいながら、コルティが体を寄せて、背中に手を当ててくれる。

「……ッ、コルティ、ほんっ……あな………………かった」

 きっと言葉にはなってなかったと思う。

 本当は大きなものをもらって、その感謝の言葉を言いたかった。

 けれど、お腹の底から嗚咽が込みあがってきて、目頭は熱く湿っぽく濡れて、口は震えて思い通りに動かなった。

「ううん、それはこっちの台詞だよ。あたしも、どんなに辛いことがあっても、夢をあきらめないで、毎日頑張るアイゼアの姿に救われてるからさ」

 ほんとうに、とコルティは静かに私の耳元でつぶやく。

 そうして、どのくらいの時間が経ったか、そんなに多くは過ぎてはいないと思うけど、濡れた髪の毛は大分乾いていて、でもその頃には大分落ち着いていた。

「ごめん……みっともないとこ見せちゃった」

 そんな風に笑いながら、ちゃんと言葉を口にできるくらいには。

「全然いいよ。それでアイゼアが楽になったんだったら、いつでも付き合ったげるよ、へへっ」

「…………ありがと」

「さて、そろそろ行かないとね。大分、クライルさんを待たせちゃっているし」

「そうだね」

 そうやって、立ち上がって浴室のある部屋から戻ると、兄さんは席に着いていて、私の方を一瞬見て、優しそうに口角をあげ、

「支度は終わったみたいだな。ちゃんと飯も食べろよ」と一言口にする。

「うん」

 それでコルティの作ってくれていた朝食を食べて、そのあとに、

「それじゃ、そろそろ行くとするか」

 と、そんな風に立ち上がって言葉にする。

「行くって、どこに?」

 そういえば、兄さんがここに来たわけもきちんと聞いていなかった。とそんなことを思いつつ、疑問を言葉にした。

「話があるって最初言ったろ? だから、話をしに行くんだよ。今年のロハティネスフェスの事について、な」

「それは……私と関係のあるところでの話……なの?」

「関係あるも何も、それで落ち込んでいたんだろ? アレについては、俺も、そして俺以外の奴も結構気にしてるんだよ。そのための話をしにいくんだ」

「…………」

「まぁ、とにかく付いて来いよ。そしたら、全部を、一切合切を説明する。お前もなぜ自分がこんなことになっているのか、知りたいだろ?」

「それは…………そう」

 そんな私の言葉を聞いて、兄さんは部屋の外に向かって、私はそれについていく。

「いってらっしゃい」

 後ろからはコルティが微笑みながら見送ってくれて、

「うん、行ってきます」

 昨日の夜、ここに帰ってきた時とは真逆の気持ちで、私は家を出た。

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It's Show Time 風鈴花 @sd-ime

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