潰える旅路
参加受付は、本会場にアレストアホールのロビーで毎日行われている。そこにロハトでプロのパフォーマーを目指している人たちが集合しているわけだから、ものすごい混みようを見せていた。特に初日だからか、参加受付の列はホールの外まで伸びていた。
「凄い列……」
私はその様子を見て、あぁ、そういえば去年もこんな感じだったなぁ、と思い出していた。
なんとか列の最後尾を見つけて、そこに並ぶ。
時間を掛けて少しずつ列は進んでいって、それで中の様子が段々と分かってきて、去年と少し違うなって感じがしてきた。
周りの人たちが小声で何かをささやき始める。それが何だか上手く聞き取れないけど、いい印象はなかった。口ぶりがいかにも不安そうで、希望が詰まっているフェスのはずなのに、その真逆の雰囲気が辺りに漂っていた。
そして、遂に私の受付の番になったとき。
「――おい、本当かよ! それって、一体どういうことだよ!」
その時、隣からそんな声が聞こえてきた。受付で何か問題があったのだろうか、と思って、大して気にも留めていなかったけれど、その理由を後になって知ることになる。
受付の机の前まで行くと、そこには女性の方がいて紙面を見ながら、
「参加受付ですね。まずはお名前、年齢、ジャンルをお願いします」と尋ねられる。
「はい。アイゼアルト・リアン。15歳。ジャンルはボールジャグリングです」
あらかじめ用意しておいた言葉を口にする。
「はい……アイゼアルト・リアンさん、ですね。少々お待ちください」
私の名前を復唱すると、手元にある冊子のページを捲り、何かを確認し、再び口を開く。
「…………申し訳ございませんが、アイゼアルト・リアンさんの今期ロハティネスフェスの出場資格は付与されておりません」
「え…………」
言っている意味が分からなかった。いや“申し訳ございませんが”あたりまではきちんと耳に残っていたと思う。けれど、そこから先の言葉の意味が、伝わってこなかった。ただの音として、耳から入ってそれで通り抜けて外に出ていた。
「それは、どういう?」
どういうことだか知りたくて、そう言葉を吐くも、
「申し訳ございませんが、ほかの方の受付にも影響してしまいますので、お引き取り願います」
取り繕う暇もないとは、こういうことを言うのだろう。
気づけば、あんなにも長い時間並んでいたのに、参加受付もせずにホールの外に出てきていた。
「……」
何が起こったのか分からなかった。私は、ここでロハティネスフェスの参加受付をして、それで後の二か月で自分のパフォーマンスに磨きをかけるはずだったのに。
そうやって、必死に今何が起こったのかを考えていると、ふと列に並んでいる人の囁き声が耳に届いてくる。
「どうやら、今回から参加が拒否されることがあるらしいよ」「え、本当に! そんなこと要綱に書いてあった?」「嘘。じゃ、一体何が基準で?」「はぁー、俺ダメだったわ。プロ目指すのやめよ」「本当、なにこの制度。どこが始まりの街なの?」
それで少し、理解した。
私が列に並んで、長い時間を使って、それで何もせず、ホールから出てきて、この場所に立ち尽くしている訳が。
「あぁ……そっか。私、ダメだったんだ」
何が基準なのかは分からない。
けれど、始まりの街ロハトで開かれる、登竜門のようなロハティネスフェスに参加する資格がない、そう誰かに判断されたんだ。
それは、ここにいる意味はないと言っているようなもので、プロへの道も閉ざされたも同然。本当は受付の後に練習をするはずで道具とかも持ってきていたはずだけれど、そんな気分にもなれずに、街をぶらぶらと歩いていた。その間、何かを見ていたわけじゃなかった。何かを考えていたわけじゃなかった。けれど思い出していた。兄さんが目を輝かせて、プロのパフォーマーになってやると叫んでいる姿を。それを見て、私もプロになりたいと思っていたころを。そのことをコルティに言って、一緒にロハトに行こうよと言っていたころを。ハルトさんの演技を見て、心を震わせていた自分がいたころを。
思い出して、それでそういった思い出が全部消えてしまったようだった。いつの間にか、日が暮れていて、辺りは真っ暗で、家に帰らなくちゃいけないのに、コルティに合わせる顔がなくて、帰れなくて、でも
そんな感じで悩んでいると、
「あれ…………アイゼアルト、さん? こんなところで何してるの?」
一番会いたくない人と会ってしまった。
「………………ッ」
顔すら見れなかった。声も、聴きたくなかった。もういっそ、私のことなんか、忘れてくれればいいのに。
「あ、ちょっと……」
後ろで呼び止めるようなハルトさんの声がするけれど、足は動いて、止まらなかった。
そのままの勢いでアパートに帰って扉を開けて、
「お、アイゼアおかえりー。遅かったね」
そんな風にコルティは明るくご飯を作りながら出迎えてくれたけど、
「ごめん。今日、ご飯はいらないからっ」
私の口から出たのはそんなそっけない言葉。そのままベッドに潜り込み、頭から布団をかぶって、それで息を押し殺すように、泣いた。
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