いつもの休日
まだ朝の早かった時間帯だと思う。いつもならば起きて、朝食でも食べている時間だろうけど、その日は週末の休日でまだベッドの中で眠りこけていた。
「ほらほらアイゼア、見て見て~。あの噂はやっぱ本当だったんだよ!」
コルティの元気な声が耳元で響いて、目が覚める。
「どうしたの、コルティ……? もう少し、寝させてください~」
おまけに思考がぼけっとしていて何を言ったのかよく覚えていないけれど、その次の言葉はよく覚えている。
「ロハティネスフェスの詳細が発表されたんだよ! それに、ほら! 前言ったみたいに、アイゼアのお兄さん、審査員の一人に選ばれてるよ! 参加受付も来週から開始だって」
「ほんとに? 見せて!」
かぶっていた布団を跳ねのけて、一気に起き上がって、コルティの持っている紙面をのぞき込む。
「うぉ、一気に起きた。はいはい、そんなに食い入るように見なくても、ちゃんと渡すから、ちょっと落ち着いてよ」
「あ、ごめん。ちょっとテンションおかしくなってたかも。でもその発表をずっと待っていたから、つい……」
「はいはい、分かってるから。ほら、きちんと読みな。朝食もできてるから、食べながらね」
「うん、ありがと」
そうやって休日の一日は始まっていく。
「今日、コルティは何をする予定なの?」
朝食を食べながら、記事に目を通して、そんな同僚の予定を聞く。
「私は、前々からステージのチケット取ってたから、それに行こうかなーと」
「へー、誰のステージ?」
「アイゼアのお兄さんのだよ」
「へっ……?」
あまりにも予想外の言葉に思わず変な反応をしてしまった。
「なに、間抜けな声出してるの? そんなに驚いた?」
コルティは頬杖をつきながら、そんな風に聞いてくる。
「いや、驚いたっていうか、コルティって……もしかして兄さんのファン、だったりする?」
「そう、なるかな……」
「全然知らなかった。いつから、この街に来る前から?」
「うん。自分のやりたいことが決まって、それで夢が叶った先にあるものを一度見て見ようって思って。キリアにお兄さんが戻ってきたときに、無理矢理頼み込んだんだ。それから、かな」
目を瞑って、何か思い出すようにして、しみじみと言葉にする。それだけで、きっと兄さんのパフォーマンスが本当に好きなんだと思った。
「そっか。それじゃ、今日は楽しんできてね」
「はーい。ところで、アイゼアは今日、何するの?」
元気よく返事をして、今度は私に尋ねてくる。
「私は……まだ、何も決めていないかな。適当に街でも見て回ろうか、とか思ってる」
「分かった。じゃ、お昼過ぎにステージ終わるから、そのあと久しぶりに外でご飯でも食べて、買い物でもしようよ。ちょうど、夏服を買いたいって思ってたんだ」
「うん、いいよー。じゃあ、どこで待ち合わせする? 木の実広場?」
「おっけ。じゃあそこで。私はもう準備しなきゃ」
そういいながら、お皿を片付け始める。
「あ、片付けなら私がやっておくよ。コルティは準備してていいよ」
「本当? ありがとう。それでは、お言葉に甘えまして」
そう言いつつ、コルティは自分がクローゼットの前に行って、着替え始める。
私は、自分のお皿をキッチンに持って行って、そこでお皿を洗う。
「行ってきますー。またね、アイゼア!」
ゆっくりと片づけをしていると後ろからそんなコルティの声がして、
「うん! また、お昼にね」
私はそれに返して、自分の支度をする。着替えて、必要なものをカバンに詰めて、そしてアパートの部屋を出る。
お昼までの間は自由時間だ。といっても、特にやることは決まっていない。何をしようか、そんな風にして考えながら歩いていると、ふと練習場へと向かってしまう。
休みだというのに、頭から離れない。体を動かしたいって思いがどうしても浮かんでしまうのだ。練習のし過ぎはよくないというのに。
「でも、覗き見するくらいなら、いいよね」
休日だからか、いつもより人は少ない気がする。それでも、それぞれが一生懸命に技の練習に励んでいるのが分かる。
あぁ、そんな練習法があるのか。あんな技をやっているのか。見たことない技がある。そんないろいろな事を思って、いくつかの練習場をめぐっていく。
「……」
ふと目についたのは一人の少年だった。栗色の髪と、額に汗を浮かべながら楽しそうに練習をしていた。やっているのは、私と同じボール。何度落としても、それを拾い上げて、また技をやる。その様子が眩しくて、目が眩む。
「いいなぁ」
ふと言葉に出てしまう。
「なんて、そんな事言ったらダメだよね」
だからそう言い直して、そろそろコルティとの待ち合わせの時間だ、なんてそんな事を思って、待ち合わせの木の実広場に行く。
大きなベルの木が広場に中央にあって、その周りには幾重にも沿道が重なって、その脇にベンチが設置されている。所々に植栽が施されていて、その中に真っ赤なベルの実の形をした彫刻が置かれている。
「あ、ごめん。ちょっと遅くなっちゃったー」
そこでしばらく待っていると、そんな風に声が掛かる。
「ううん、大丈夫だよ」
座っていたベンチから立ち上がり、そう口にする。
「よかったっ。それじゃ、行こうよ」
「うん。どこで食べる?」
「そうだね、久しぶりに上の方に行ってみる?」
「いいよ」
そんな他愛もないやり取りをして、街中を歩いて、お店に入る。
「それで兄さんのステージはどうだった?」
注文をして、私が最初に話したのは、それだった。
「うん。よかったよ。大分久しぶりにクライルさんのステージ見たから、大分変わってて最初は驚いちゃったけど」
「変わってたって?」
「うーん、使う道具とか、技の構成とか、仕草とか? まぁ、総じて凄くなってたよ。ついつい叫んじゃって、ちょっと喉、枯れ気味だもん」
「そっか……」
「アイゼアは? 結局、午前中は何してたの?」
「わたし? 私は……練習場周って、ほかの人の練習の様子とか見てた、かな」
「あはは、アイゼアっぽいね。でも大丈夫? ちゃんと休めてる?」
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
「そ、ならいいんだけど」
そんな話をして、出てきたご飯を食べて、いくつかの服屋を回って、夏用の服を買って、それといつもの食材の買い物とかして、そうして家に帰ってきた。気が休まって、体も休まって、とてもいい休日だった。
だけどこんな日々も、ロハティネスフェスで結果が出て学院に行くことが決まれば、なくなってしまう。見知った人も、頼りになる人も、誰もいないところに行かなければいけない。
それがプロに近づくってことで、もの悲しいけれど、きっと前に進むってことなんだろう。
今年こそ、ロハトから飛び立ってやるんだ。
そんな気持ちが改めて生まれてきて、そして一週間後の参加受付を迎えた。
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