前に進もうとして…
「なんだか、今日はいつもより賑やかだなぁ」
朝にいつもの日課をこなしてお昼前、センターストリートに向かって歩きながら、そんなことを感じた。
まぁ、ロハトでは週に何回もプロのステージが開かれるから、何かしら賑わう要素はあるのだろうけど、今日はいつもより規模が多いというか、みんなが浮足立っているように思えた。
「誰か、有名な人でも来ているのかな……」
ま、そんなことは今の私にはこれっぽちも関係ないけれど。
上手い人の演技を見て、凄いなって思う。参考にできるところもたくさんあるけれど、今私にとって一番近くにいる凄い人は、ハルトさんだから。
そんな風にいつもより騒がしい街中を歩き、目的の場所センターストリートのフレヴィルというお店までやってきた。店構えは普通のお店で、店前面が空いていて、その中に知っている顔が見えた。すらっと長身の体躯に、少し癖のある黒髪、翡翠色の瞳が綺麗に透き通っている。その人が道行く人に、お店の中にいる人にドルクやカマの実を片手に話しかけている。
「本当に、野菜を売っているんだ」
実際にこの目で見るまでは信じられなかったかもしれない。
でもそれが真実で、ちょうど今がお昼前ということもあって店の中は忙しく回っていて、そんな様子を外からしばらく見ていた。
少し時間が経って、人が捌けて話でもできるようになった頃。
勇気を出して、お店の中に入った。
「いらっしゃい、って本当に来てくれたんだ」
私を見ると、少し驚いたように言葉にして、
「それで、今日はどんなものをお求めで?」
片手を差し出して、そう尋ねてくる。
「あ、はい。もちろんお野菜を買うのはそうなんですけど……、ちょっとお話したいことがありまして……いま、いいですか?」
「それは……この前と同じ話?」
「同じ、と言っていいのかはわかりません。けれど、あの日から、ハルトさんのボールを扱う姿を見てから、それが頭から離れないんです。普段の練習にも影響与えちゃうくらいで、同じところで足踏みしてしまっていて。いや、同じところにいるのは前から、なんですけど……。どっちにしろ、この気持ちだけは、きちんと踏ん切りつけなくちゃって思って…………そうしたら、少し前に進めるような気がして、それで今日、話しに来たんです」
それは今まで、もやもやと抱えていた思い。ハルトさんに会ってからだけじゃなくて、それまでも私はのろのろと下を向いて歩いていた。半年前のあの日から、かろうじてこの街にいるだけで、前なんか向けてなかった。でもハルトさんの技を見て、もっと前を見て歩けるんじゃないか、きっとあの日から一歩前に踏み出せるんじゃないか、コルティに言われて気づいた、多分わたしの本心。
「それは――」
ハルトさんが私の言葉を聞いて、しばらく口を閉じて、それで開いたとき、
「ハルトっ! 話なら店の中は邪魔だから外でやれ!! ちょうど休憩の時間だからな!!」
野太い怒号が店の奥にいる店主からかかって、
「すみません!!」
ハルトさんはそれに頭を下げて、
「ごめん。続きはほかの場所でいいかな?」
そうして別の通りにある二人掛けのベンチに座って、話の続きをする。
「……さっき、僕の技が頭から離れないって言ってたけど、どこらへんにそう感じた?」
先に口を開いたのはハルトさんだった。それは今までにないほど、真剣な口調で、少し身構えてしまった。
「そうですね……姿勢のブレなさ、手つきが綺麗なこと、ボールの軌道が正確に固まっていて、次の動作への切り替えが滑らかとか、言い出したら切りがないと思うんですけど、でも私が持っていないものを、頑張って手に入れようとして、でもできなかったものを全部、持っていることだと思うんです」
「持っていないものを……全部か」
「はい。どれだけ準備をして演技を磨いて、それでステージに立っても、いつもそう言われてしまって…………」
今でも夢に出る。
――私たちは君の練習風景を見に来ているわけじゃないんだ
悪夢だった。悪夢のようで、それから自分の演技ができなくなった。本番を怖がって、そこでミスすることを恐れて、とにかく成功する技ばっかり求めて、そうした技で構成した演技も本番になると、上手くはいかなかった。
それまで確かに手に掴んでいたものが、するりと零れ落ちていってしまう。確実に上手くはなっているはずなのに、その成果を出せない。
「そっか……………………」
私の言葉にただ一言頷いて、それから大分長い間、何かを考えるように沈黙が続いた。
「アイゼアルトさんの言っていることは、多分その通りだと思うんだ。けど、僕は何も完璧じゃない。僕に持ってないものを君は持っているし、ステージの上に立つ人は誰だって持っていて、それが僕にない。でなきゃ、野菜なんて売ってない」
「…………えっと、あの……」
「あぁ、ごめん。分かりづらいよね。どうしても、言葉だと上手く伝えられなくて……どう言ったらいいんだろ」
その時、ハルトさんが何を思っていたのか、想像もできなかった。
でも不思議には思っていた。
あんなにも凄い技術を持っていて、このはじまりの街と呼ばれるロハトで、わざわざ野菜売りなんてしているんだろうって。
その理由が、このハルトさんの言葉にあるように思えて、何も言えなかった。
「…………」
「…………」
それからしばらく、どちらからも言葉は出なくて、
「……うん、そうだね。それが一番、わかりやすい方法だ」
何か自分自身で納得したようにつぶやいて、立ち上がる。
「言葉ではわからなくても、きっとパフォーマンスなら伝わると……思うんだ」
そうやって、苦笑いをしながら私に言った。
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