それが一番の道だと思った

 声をかけても振り返ってはもらえなかった。

 だから肩を掴んでもう一度、声をかけた。

 彼の顔が回り、翡翠色の瞳が自分を捉えて、

「……?」

 喉まで出かかった言葉がいったん腹の底まで落ちて、だけど

「……ごめんなさい! もし迷惑だったら申し訳ないんですけど、私に技を教えてください!!」

 思い切って、頭を下げた。

 後から思い出してみると、ひどく突飛なお願いだったんだろう。もし自分が同じことをされたら、驚いて飛びのいてしまうかもしれない。

「………………あの、えっと……どなた、でしょうか?」

 だから、そんな至って普通の対応をされて、少しだけ高ぶって普通じゃなかった気持ちが落ち着いた。

「ごっ、ごめんなさい!! 私、アイゼアルト・リアンって言います。先ほどのあなたの練習風景を見ていて、ただ単純にすごいって思って。わたしもあんな風に上手くなれたら、と思って、それで声を掛けさせていただきました!!」

 口がやけに空回って、つまり詰まりの言葉になってしまう。

 彼は一瞬、少し驚いたような顔になって、静かに微笑んだ。

「…………そっか。見ててくれたんだ……」

 そして小さくそう一言、つぶやいた気がした。

「あの……?」

「あぁ、ごめん。僕の名前は、ハルト。……折角の提案で申し訳ないんだけど、僕は人にものを教えられるような人間じゃないんだ。今だって、野菜売りの合間の息抜きに来ているだけだから。それじゃ、ね」

 そう言って、手を振って歩き出してしまう。

「あっ……」

本当は何が何でも押しかけて、あんな風にしてボールを扱うコツを知りたい。でも、それはどうしても彼の迷惑になってしまうし、それにもう言葉がない。

 なんて……言えばよかったのだろうか。自分の中にあった、ハルトさんの演技を見て感じた衝撃をもっとうまく言葉にして伝えられていれば、そんな後悔が心に積もる。

 そうして為す術なく、去っていく彼の背中を見ていると、一瞬振り返って、

「あ、そうそう。もし良ければ今日の食事の材料でも買いに来てください。扱ってる野菜はどれも安くて美味しいって評判なんだ。センターストリートのフレヴィルっていうお店だから」

 そう一言だけ告げて、それで練習場の外へと行ってしまう。

 さすがにこれ以上追いかけて、何か技を見せてくださいとは言えないなぁ。

「……はぁ…………ううん、近道は探してもしょうがないから、地道にコツコツと」

 自分のやるべきことをやるだけ。

 そう思って、もう一度自分の練習に戻って、ひたすらに技を磨く。

 三か月後にある、ロハティネスフェスに向けて。

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