1st Stage――はじまりはロハトから
Act.1 動き始める街
いつもと変わらない毎日
今日も今日とてベルーラ平原に佇むロハトの街は、変わることのない一日が訪れている。
少しがたついた街路に荷車の走る音が響きだした頃に目が覚めて、それから食べたパンはふっくらと膨らんでいて、つけたベルのジャムは甘みと酸味が丁度いいくらいに調和していて、いつもと同じ味だった。家から出ると石畳の通りにレンガ造りの建物がずらっと並んでいて、いくつかの家の煙突からは白い煙がもくもくと出ていて、この街が動いているのを実感させられる。
「そうだ、頼んでいた道具を取りにいかないと」
私はいつものように練習場へと向かおうとしていたけど、頼んでいた道具が出来上がっていることを思い出して工房に向かうため、足の向きを変える。ちょっと歩くと果実や魚や肉を売っている商店が立ち並ぶメインストリートに出て、そのわき道を入ったところにある店に入る。
「おじさん、おはよう!」
「おう! アイゼアか! 例のヤツなら出来上がってるぜ。ほらよ!」
”ヴィンベルト工房”と書かれた看板のあるドアを開けるとカランと乾いた鈴の音が響いて、中には白いひげを生やした厳つい顔のおじさんがカウンターで作業をしていた。工房に入ってきた私の顔を見ると、耳が痛くなるような野太い声で”アイゼア”と叫び、同時にレクトの果実くらいの大きさの麻袋を放り投げてくる。
それを両手で受け取ると、ずっしりとした重さが広がる。
閉じてある紐を緩めて中をのぞくと、真っ赤な色をした皮で包まれたボールが7つ入っていた。
そのうちのひとつを取り出し、手の中に収める。つるっとしているわけでも、ざらっとしているわけでもなく、手の中にすっぽりと納まって、心地よく触っていられる。ボールを投げると均質な重さが手からの力を余すことなく伝え、思い通りの軌跡を描いて、もう片方の手の中に収まっていく。
「出来はどうよ?」
「うん、いい感じ。ありがとう!!」
「そりゃ、そうだろうよ! まったくお前さんの注文どおりに仕上げるのにはそこそこ手間がかかったぜ。薄くて丈夫な手触りのいい皮を作るのも、均質な中身を詰め込むのもなっ!」
「うん……いつも感謝してる。お代は……?」
「いらねぇよ! お前の両親から貰ってた分がたんまりあるからな。いつか兄貴と同じようにプロになって、耳を揃えて持ってきてくれよ、な!」
そう言いながら前に出てきて、そのごつりとした掌で頭をごしごしと撫でられる。
「ちょっ、もう子供扱いしなくていいよ。15になるんだから」
「がははっ! おうっ、元気があるのはいいことだ! それじゃ、今日も頑張ってこいよ!」
そのままの勢いでバンと思いっきり背中を叩かれる。
「うん……じゃあ、これありがとね。行ってくる」
そして店を出る。
ヴィンベルトのおじさんのところにいくと大体いつもこうなる。大きな声で名前を呼ばれ、子供扱いされて、でも不思議と朝から元気になれる。
そのままさっきのメインストリートに出て、商店が並んでいる場所から離れていくと大きな広場が現れる。そこには人々がひしめいていて、やっていることは様々だ。
体を伸ばして準備体操をしている人、周りをランニングしている人、地面に手をついて体を鍛えている人、そして道具を扱いパフォーマンスの練習をしている人と、それを見ている人。
ここ、ロハトはパフォーマーのはじまりの街と呼ばれている場所で、全ての道のスタート地点だ。
私、アイゼアルト・リアンはここでプロのパフォーマーを目指し始めて、もう1年が過ぎようとしている。
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