第10話 女医・門脇

 不思議な作戦会議に参加して帰った夜、獅狼は夢を見ていた。華子が入居者仲間二人と随分暗くて狭い空間に忍び込んでいる。ひとりは脱出ばあちゃんだが、もうひとりは暗がりでよく見えない。天井裏の隙間から下の様子を伺うと、施設長の門馬、そして八田と桧垣、さらに女医の門脇ちひろ、施設看護師の早乙女が見える。獅狼にも見覚えのある部屋だ。どうやら介護施設三階の監視室のようだ。


 介護保険法では入所者の健康管理及び療養上の指導を行なう為に一名の医師または非常勤の医師を配置することになっているが、門脇は非常勤ながら比較的コンスタントに施設の任に就いていた。その門脇が口火を切った。


「機は熟したようね。八田さん、門馬施設長から伺いましたが、本当に我々の同志になる覚悟はあるのね?」

「迷いはありません」

「施設には休日がないので、面会者の居なくなる夜から、交代時間の夜明けに掛けてが我々本来の仕事なの。このメンバーが次に一緒になるのは二週間後。その日が次の決行日よ」

「あの…」

「なあに、桧垣さん?」

「仕事あぶれてるダチが手伝いたいって言ってんですけど…」

「おまえまさか、そいつに計画を話したのか!」

「いや、ただ面白れえことやんねえかと聞いてみたら、やりてえって」

「内容は話したのかと聞いてるんだ!」


 温厚な門馬施設長が激高した。無理もない。部外者には絶対に知れてはならないことだ。内容を話さなかったまでも、桧垣の言動の危うさは、日頃から門馬の頭痛の種になっていた。八田の猜疑心に火が点いた。


「おまえ、そいつに話したろ」

「いや、何も話してねえすよ」

「おまえの面には “話しちまった ”と書いてあるがな」

「何すか、その上目線は? 先輩面っすか? 介護の経験は八田さんより自分のほうがずっと長いすけどね」

「長いだけあって、前の施設で随分と美味しい思いをしてたようだな」

「・・・・・!」

「あれ? 顔色とか変わった?」

「自分は警察のお世話にはなってないすけど」

「そりゃそうだろ。おまえの居た職場のキャッチフレーズは “救急車は呼ぶな ”だったそうだからな。誤嚥性肺炎を放っといて何人殺したんだ? お手付きして暴れる入居者は無理矢理食わせ続ければ、犯罪性の誤魔化しやすい誤嚥であの世に送れるからな」

「自分は警察のお世話にはなってないと言ってるでしょ」

「はいはい、証拠不十分。完全犯罪おめでとう」


 いきなり桧垣のパンチが飛んで来た。しかし八田は軽くいなした。一瞬のことだったが、いなしただけではなかった。桧垣の鼻が折れて曲がり、一間あって鮮血が滴り落ちた。桧垣は声も出せずに床で身をよじりながら痛みに耐えていた。


「ごめん、ごめん…オレに急に手を出す時は、今度から気を付けてね」


 看護師の早乙女が見かねて応急処置を始めた。門馬が早乙女に処置室で桧垣の治療をするよう促した。早乙女は桧垣を連れて管理室を出て行った。


「あいつ、使えないでしょ。あんな口の軽いクズを誘った意味が分からないんですが」

「門脇先生が誘ったんですよね、計画に必要だからって。あの子でなければならない事でもあるんじゃないのかな?」

「なんですか、それは?」

「私には分からない」


 門馬は門脇医師の顔色を窺った。門脇は無言だった。


「誰が必要で誰が不必要かは、門脇先生の話を聞いてもらってから判断してもらうとして、その前に、兎に角、入所者と我々の立ち位置を確認しておきたいと思うが…」

「どういうことです? 今更、立ち位置も何もないでしょ」

「誰でも思うことだが…ホームレスやニート、障害者、そして日常最も街で見掛ける高齢者らの動作の鈍さを見て、足手まといだとか役に立ちもしないのにと思ったことはないかね」

「…まあね」

「誰でもそういう本音はあるだろう。介護施設を利用する老人たちを、利用者さまとか入居者さまなどと “さま扱い ”する建前に反して、介護をする人間にも同じような本音が渦巻いているはずだ。お客さまは神さまの建前で働くうちに、世話をする側が、される側の上に立っている気になっていく。認知症という症状が、介護する側の心の深部で偏見に変わり、意思疎通の取りづらい患者が次第に重くうっとうしい存在になって行く。その毎日の繰り返しがストレスを蓄積させる。それは介護士側だけじゃない。認知症患者の側もストレスが蓄積されているということを見逃してしまう。その結果、介護側は何を考えるか…八田さん、あなたはどうです?」

「老人たちは空き家と同じですよ。魂が抜けたボロボロの空き家です」

「あなたは優しいからそう考えるんだ。空き家が元に戻らないことを哀れに思うから、ボロボロの空き家に見えるんだと思うよ。私は長年、女子刑務所で彼女たちの更生を願って働いてきた。しかし、結局は…」


 門馬は古老受刑者の「みんな何度だって戻って来るのよ。ここで死刑になるなら本望だわ」という言葉を思い出して言葉が途切れた。早乙女が戻って来た。


「どうでした?」

「鼻が折れてるから痛み止めを渡して帰したわ。事後報告ですけど、それでいいですよね、門脇先生」

「ええ、私が処方したことにしとくから。門馬さんの使命は受刑者の更生だったのよね。心底から更生する受刑者なんているのかしら? 人間の本質は絶対変われないと私は思うのよ。刑務所と違うところは、介護施設では更生というか、社会復帰なんて望めない所よね。介護施設での事件性のある入居者の死亡には二種類あってね。一つは憎しみから来るものと、もう一つは正義から来るものがあるの。その正義が、正義といえるかはここで論ずる必要もないと思うけど、主張には一理あるなと思うものもあるわ」


 門脇は過去に介護施設で起こった殺人事件の犯人像に触れた。その犯人は施設職員らに「入居者を殺しに来た。邪魔をするな」とまず目的を伝えた。結束バンドで職員の身動きを封じ、部屋で返事のない入居者らを次々と刺していった。犯人は日頃、「認知症になったら殺してしまえ」「認知症患者はもはや人間ではない。躾の不可能な動物以下だ」などと主張していた。

 認知症患者が介護施設で本当に「人間らしい」生活が送れているのかと問われて、犯人の「躾の不可能な動物以下」という主張を家族の本音で全面否定できるかどうか…更に、介護の現場にいた犯人が、「認知症患者の家族は不幸だ。その不幸をなくすために、同じ考えを持っている者ができないことを、自分が代わって執行する」とまで言われた家族は、つまり、介護を放棄して施設に委ねたことで、少しばかりの後ろめたさのある家族は、全面否定できない本音と、介護士のケアに対する大きな疑心暗鬼とで苛まれることになる。自宅介護をしていた頃の自分が侵してしまった後悔の記憶を、フラッシュバックさせる家族もいるだろう。そうした家族の忘れたい悪夢を逆撫でするように、犯人は「認知症患者の存在は家族の幸せを奪い、周囲にまで不幸をばらまく存在」だと主張し、「いたずらに命を救うことが必ずしも人の幸せだとは思わない」と己の犯行を正当化した事件だ。


「彼はバカなことをしたものよね。施設での完全犯罪は容易いことなのにね。ところで八田さん、桧垣くんに不信感を抱いているようだけど安心して。彼は使い捨ての駒だから。役割を終えてくれたらすぐに消すわ」

「・・・!」


 八田は思わず門脇の顔を見返した。この施設では何か想像以上の恐ろしいシステムが布かれ始めている。しかし、それは八田の嫌悪感を揺さぶるどころか、もしかしたらこの施設は自分の理想とする世界が展開されていくのかもしれないことを直感させた。


「施設ではなぜ完全犯罪が成立するかと言えば、認知症患者の死を一番願っているのは家族だからよ。そして家族にとっては理想的な死を提供してもらえる施設が一流なのよ。こちらとしては、家族の予算をギリギリまで引き出せればいいだけ。家族が死を待つのに痺れを切らすタイミングで患者の死を提供して御覧なさい。涙まじりの大満足で殺人者の私たちに感謝するのよ。それがプロの仕事というものだわ。ここは刑務所のように死刑確定者を三桁越えるまで発酵させておく無駄なスペースはないの。回転をスムーズにする健全な運営が新規の患者のためでもあり、その家族のためでもあるのよ。あの犯人は、家族に高額な予算と苦痛の時間を強いる認知症患者は、安楽死の対象にすべきだとかほざいていたと思うが、我々にしてみれば認知症患者こそ、その高額な利益と労働時間を生んでくれるお宝なのよ。だからこそ、患者さまには殺人の瞬間まで究極の幸せを与え続ける必要があるのよ。八田さん、あなたが薄っぺらい悩みに憑りつかれているのは今日までよ。明日からは死を提供することが決まった患者さまには、断末前のよき想い出を提供できるプロの介護士になっていただきたい」

「桧垣の役割はなんですか?」

「彼には自殺してもらうのよ」

「・・・!」

「一所懸命担当していた患者さまの死を苦にしての自殺という美談の生贄になって、一躍マスコミのスターになってもらうわ。うまいことに過去にもこの施設で金子という介護士が自殺してるじゃない。この施設の介護士たちが如何に責任感の強い理想的な介護士たちであるかを大宣伝してもらうわ。介護士になる子は根本的に真面目な子が多いの。そして社会の第一線から弾かれてここに迷い込んで来るの。彼らの背後からは現実が追い駆けて来る。有利子の奨学金を延々返済し続けながら、不安定な生活を続けるしかない。希望すら持てない瀕死の状態でここに入って来る子が多いのよ。誰が好き好んで年寄りの下の世話をしたいものですか…八田さん、あなただってお母様の死で将来ある職場を捨ててここに迷い込んだわけでしょ? でも、想像してたのとは違う地獄が待っていたわけだわ。桧垣くんもそうよ。だからコントロール不能な認知症患者の奇行に、更に精神をズタズタにされて暴発寸前になる。彼が壊れてしまう前の美しい状態で死なせてやるのも、この施設の使命なんじゃないのかしら?」

「この施設は門脇先生が来てからは臨時収入も入るようになったし、天国! 介護の世界には夢や希望は何もなく、将来性もあるとは思えないと言ってるお偉い評論家もいるようだけど、どっち道、将来なんてどこに勤務したって体を壊したらおしまいじゃない」

「そう言うけど、介護より看護師の給料のほうが良かったんじゃないのか? それとも、早乙女さんも桧垣のように訳有りか?」

「ここは、職員に聖職者を押し付けるようなどこかのカルト団体病院とは違うから移って来たのよ」

「あんたはカルトの洗脳で壊れ始めてんのか」


 八田が冗談めかして早乙女をなじった。


「そうね、壊れ始めてるかもね。そういうあなたは完璧に壊れてるようね。人を見下げるその猜疑心は、ご立派な病気だわ。その上、相当なマザコンのようだし…」

「・・・・・」

「殴らないの? 桧垣さんのように…」


 門馬が間に入った。


「桧垣くんも災難だったな。前の介護施設はここ以上にブラックだったようだから」


 そこに、担当患者の介護を済ませたベテラン女性介護士・野田聖が遅れて入って来た。


「遅くなりました」


 門馬は話を続けた。


「桧垣くんなんかは典型的な介護制度の犠牲者だね」

「桧垣くんは、野田さんが若い頃に勤めていた施設からここに移って来たんだったはね」

「野田さんはその施設で桧垣くんをご存じでした?」

「彼は私がここの施設に移って何年後かにその施設に勤め出したようだから、一緒に仕事したわけではないけれど、ここに面接に来た時に話を聞いた限りでは、前の施設は相変わらず旧態依然のようね。彼の追い詰められようから見て、寧ろ職員待遇は悪くなってる印象だったわ。早乙女さんのように看護師の国家資格でもあれば少しは優遇されたと思うんだけど」

「そう思ってたら制度が代わって長年勤めてた病院に外国人の看護師が入って来て散々だったわ。お給料は一緒でもあいつらのミスの責任はこっちに来る。言葉の壁で患者をいらいらさせて、その煽りを食うのは日本人看護師のあたしたち。それでなくてもサービス残業で体力の限界だったのに、外国人のフォローまでしてたら壊れちゃうわよ」


 365日24時間の稼働が必要な消防・警察・医療、そして介護の分野は、夜勤交代制で成立している。しかし、スタッフの睡眠障害や循環器疾患などの犠牲の上に成り立っているのが現状だ。7割を越えるという看護師の慢性疲労は、離職事由のトップにもなっている。

 過去に看護師の過労死に対する大阪高裁判決があって、看護師の過労死ラインは「月60時間」とされ、併せて不規則な勤務体制などの「質的な重要性」も過労死の原因に加えられた。しかし、看護師の過労死はその後も続いている。そればかりか、過労自殺のケースも出てしまった。


「患者は勘違いしてる人が多いの。そもそも病気を抱えてしまったのは自分の責任であることを棚上げしてるのね。こんなに苦しいのに、痛いのに、医者が無能だからいたずらに治療が長引くっていう不満を持つのね。なら、てめえで治せよって心の中で思いながら、笑顔で一緒に頑張りましょうねって言うしかない。我慢の修行ね」


 そう言いながら早乙女は、幼い頃に他界する時の父の言葉を思い出していた。


「晴美…ここは違う…」


 そう言い残して息を引き取った日の事を忘れられない。看護師になった早乙女は、緩和処置より延命治療に重点を置く医療に疑問を持っていた。延命処置より緩和医療のほうが患者自身の望みだと思っている医療者も皆無だった。日々の仕事といえば、点滴の針を刺し、尿道にカテーテルを入れて患者のストレスを増やし、過剰な水分投与で痰を誘発し、いたずらに吸引する苦しみを与え、消化管出血を起こす。ご丁寧な延命処置を施して、わざわざ患者を苦しめていることに誰もが無神経になっている。早乙女は、父親の “ここは違う ”という言葉の意味が看護師になってやっと分かった。延命より永く過ごした自分の家を死に場所にしたかったのだ。旅立つ場所が違ったのだ。


 一方、介護現場に於いても、利用者・介護士双方にとっての悪循環が慢性化している。特に夜勤は鬼門とされている。そして、介護制度や介護現場は、残念ながら看護師の窮状以下となている。

 利用者は夜勤の介護職員が誰かが重大な問題になる。それまでに強いられた強迫観念で、入所者にとってナースコールを押す手が引いてしまう介護士が夜勤になった場合、深刻な一夜になる。その一方で、夜勤シフトが介護職員の心身の擦り減る体制を強いている施設では、いつ利用者の命に関わる事故が起こってもおかしくない状況にある。


「この施設だって随分外国人介護士が増えてるわよ」

「まあね。はっきり言って殆ど足手まといだわ。衛生観念がほぼゼロ。何をやらせてもアバウト。入居者とどこが違うのかしらって感じ」

「それ…決して言い過ぎでもないな。中には休んでもらったほうが仕事増えないで済むやつも居るから」


 如何なる職業でも、それ相応の報酬と、休日と、人間らしい当たり前の生活を送る権利がある。介護職員もそれは同じはずである。介護の仕事に従事するという事は、自分の人生を犠牲にすることではない。それは看護師に於いても同じだ。しかし、現実はサービス残業、休日出勤は当たり前で、有給休暇を取ることなど憚られる空気だ。理想の職場環境を実現しようと現状に異を唱える者は、職場を追われることになる。結果的に残るのはイエスマンや介護オタクと呼ばれる連中だ。


「この施設は本当に理想の職場になるわ。患者の家族が善い人ならそれなりの好タイミングで死を提供してあげるわけだし、苦情ばかりのクソ家族なら、意地でも患者を生かしといて重い負担を掛け続けてやれるのよね。だったら患者の世話なんて全然苦にならない。寧ろ、介護こそが完璧なストレス発散になるわ」


 介護業界本体を崩壊させているのは、理想の介護という偽りのお題目を唱えて、介護職員を聖人化し過労に追い込み、燃え尽きたら使い捨てる営利至上主義の経営者にある。絶望的に観れば、経営者はその状態こそ介護の理想だと勘違いしている嫌いがある。介護の世界に大志を抱く者が表われても、入居者も介護職員も無視した悪循環の運営が繰り返されている中で、彼らは不毛の消耗戦に耐え続けなければならない。


 八田も介護をきっかけに着地に失敗した一人だ。仕事と介護は両立しなかった。どうしても疎かになるのは母親の介護だった。そうした最中、母が他界した。一時はホッとした者の、失って初めて後悔が襲ってきた。優先順位が違っていたという反省の日々が続き、母への追悼の志が介護への転職を決断させた。しかし、介護の現場では今まで想像もしなかった現実が待っていた。特に職員が少なくなる夜勤は日によっては地獄絵図となった。廊下伝いに徘徊して弄便を塗りたくる者、用もないのに頻繁に鳴るコール、見回りでシーツを掛け直そうとするといきなり噛み付く者、待機室のドアを乱暴に叩く者、居室に連れ戻そうとすると暴力を奮って介助拒否する者。認知症患者イコール弱者という印象は、簡単に圧し折られた。その弱者は狂暴と表裏一体の存在であることを始めて知った。彼は無残にも介護制度の切り捨て御免の洗礼に遭って、自分の転職の志の甘さに気付いたのだ。しかし、このまま負け犬にはなりたくなかった。


「今回、死を提供するターゲットは誰なんですか?」

「姥桜院徳子さんよ。決行は二週間後」


 さそり姉さんが脱出ばあちゃんを見た。そうか、姥桜院徳子とは脱出ばあちゃんのことかと獅狼は改めて思った。脱出ばあちゃんは震えていた。


「…私らの命を何だと思ってんだ」


 獅狼は脱出ばあちゃんの震えが恐怖からと思ったのは勘違いだった。怒りだ。怒りで武者震いしているのだ。そのはずだ。認知症になったからと言っても、脱出ばあちゃんは『任侠ゆたかな家政婦紹介所』の経営者だ。筋金入りで強面揃いのスタッフを取り仕切ってきた人だ。リーダーを信望するスタッフが施設の計画を知ったら黙ってはいないだろう。恐らく施設は、『任侠ゆたかな家政婦紹介所』の経営権を抵当に、脱出ばあちゃんの入所を受け入れたはずだ。彼女がターゲットになった背景が獅狼にも薄らと見えて来た。このことを従業員たちに早く伝えなければならないと思った瞬間、師狼は目が覚めた。


 獅狼は起きて暫く動けなかった。 “あの世界 ”は夢の中にまで入って来るというのは、隊長の言ってたとおりだと思った。獅狼は俄かに施設にいるさそり姉さんの安否が気になった。夢の状況では、脱出ばあちゃん殺害決行まで二週間。とは言え、一刻の猶予もないように思えた。しかし、『任侠ゆたかな家政婦紹介所』の従業員たちに告げようにも、警察に助けを求めようにも、夢見が悪いからというのでは理由になるわけがない。結局、隊長の作戦に望みを託すしかないのかと思い、早い時期に施設を訪問しなければと、隣で眠る貴子の顔を見た。


「今日、行こうか?」


 貴子が起きていた。その時、あの施設の天井の暗がりでよく見えなかったもうひとりの顔がはっきりと浮かんだ。貴子だった。


「私たち…同じ夢を観たようね」


〈第11話「任侠ゆたかな家政婦紹介所」につづく〉

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