第4話 君と一緒に食事がしたい

 週末、いつもの回転寿司で鈴木ともこと会った。

 俺は少し早くきて、店の入口でともこが現れるのを待っていたのだ。

 彼女は黒っぽいカーディガンに白いブラウス、紺のフレアースカートとローヒール、いつもの目立たない地味な服装で現れた。軽く会釈えしゃくをして店内に入ろうとするともこの腕を掴んで止めた、彼女は振り向き驚いた顔で俺を見た。

「今日は寿司じゃなくて、他のものを食べにいきませんか?」

 少し怒ったような緊張した面持ちで話しかけた。

「他のものって?」

「この近くに洒落た居酒屋があるんです。一緒にいきませんか?」

「居酒屋って……」

「お酒はダメなんですか? じゃあ食事だけでも」

「いいえ、お酒は飲めますが……私、こんな格好だし……」

「そんな堅苦しいお店じゃないんです」

「ええ、でも……」

「あ、そのう、こないだの唐揚げ弁当がすっごく美味しかったから、お礼がしたい!」

 苦し紛れに適当な理由をつけた。

 実際、ともこが働く『お多福』の唐揚げ弁当は美味かった。あの後、二度ほどお多福の弁当を買いに行ったが、カウンターの上に弁当を置く、ともこの手しか見れなかった。

「お弁当作りは私の仕事だからお礼なんていいんです。どうか、気にかけないでください」

 そういって店内に入ろうとドアの取っ手を握ったともこの背中に向って叫んだ。

「違うんだ! 君と一緒に食事がしたい」

 その言葉にゆっくりと振り返り、ともこはまじまじと俺の顔を見る。

「……からかってるの?」

「違うよ。いつも一人で夕飯食べてるから君に付き合って欲しいんだ」

「でも……」

 ともこは俯いて、靴の爪先を眺めながら迷っている様子だった。

「行こう!」

 躊躇ちゅうちょしているともこの腕を掴んで俺は歩き出した。結局、勢いに圧されて彼女はついてきた。少々強引なやり方だがこうでもしないと、ともこを誘えない気がしたから――。


 回転寿司から歩いて五分ほどの場所に、今夜行く予定の居酒屋がある。そこに着くまで、二人は無言で歩いた。強引に誘って置きながら、俺は少し後悔していたのだ。

 実際、ともこのことは何も知らない、名前も知らなかったし、寿司が好きなこととお多福で働いていること以外、何も彼女の情報を持っていない。もしかしたら、結婚しているかもしれないし、子どもがいるかもしれない。そんな女性だったら、こんな風に誘ったら迷惑ではないか。しかし、週末に一人で回転寿司のカウンターで寿司を食べている彼女に、そういう家庭的なものは微塵も感じられない。

 俺と同じに何処からか流れてきて、この土地で暮らしているようにしか見えない。――あくまで俺の推察に過ぎないのだが……俺と同じ他所者よそものの匂いが、ともこから漂ってくるのだ。


 居酒屋『瑠庵るあん』は、黒壁漆喰くろかべしっくい作りのモダンな日本家屋、創作料理が売りで地元の若者に人気のお店だと、地元民の寺田さんから聞いてきた。昨日、下見を兼ねて一人で来店して料理を食べたが、和洋折衷わようせっちゅうで手の込んだメニューばかりだった。ここなら彼女も気に入るだろうと一人合点して『瑠庵るあん』に決めたのだ。

 週末ということもあって、店内は席待ちの客が数組いたが、昨日きた時に予約を入れて置いたので、すんなりと席へ案内して貰えた。隣とは大きな間仕切りで隔ててある個室風の四人掛けの席で、ここなら人目を気にせずゆっくりと食事ができる。

 いつもの回転寿司のカウンターでは、横並びに座っていたが、今日初めてともこと向い合って座った。

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