Endless Sugar Town 見知らぬあなたに恋をして

RAY

プロローグ


 私は神様を信じない。

 願いごとをしても叶うことなんて一度もなかったから。


 運動会の徒競争で一着になることを願った。

 一着にはなれたけれど、いっしょに走っていた子が転んで足の骨を折った。


 好きだった男の子と上手くいくことを願った。

 良い雰囲気になった頃、彼の父親の会社が倒産して家族ごといなくなった。


 合格が難しいと言われた高校に入学することを願った。

 試験は通ったけれど、入学式の日、母が車と接触してケガを負った。


 それ以外にも思い当たることがいくつもある。

 願いが叶ったにもかかわらず、私の中ではどれもでしかない。


『幸せというのは絶対量が決まっていて、誰かのところを訪れた幸せは別の誰かのところから逃げてきたのではないか?』

『幸せというのは長続きすることはなく、幸せを感じた瞬間から不幸が始まっているのではないか?』


 いつからかそんな風に考えるようになった。

 それを「公平」と呼ぶのだとしたら、神様のエゴ以外の何物でもない。

 幸せを求める行為は、自分の首を絞める自虐行為でしかないように思える。


 私・観月小百合みづきさゆりは、神様を信じない。だから、願いごともしない――でも、そのことが薄幸である理由だなんて絶対に思わない。


★★


 気だるい身体を起こして、カーテンの隙間から外を眺めた。

 景色がいつもとは明らかに違う――あたりは一面の銀世界。鉛色の空から雪の塊が絶え間なく落ちている。


 今年の東京は暖冬で二月に入っても雪が降る気配は全く見られなかった。「ひょっとしたら初雪は年末?」。あちこちで冗談交じりの会話が飛び交っていた。

 まるでそんな声が天に聞えたみたい。分厚い雲に覆われた、見るからに重苦しい空はどう見ても東京のそれではない。

 突然の来訪者により薄汚れた街並みは真っ白に塗り替えられ、前日とは別の世界に変わっている。


 眼下に広がる景色は「Sugar Townシュガータウン」というネーミングがぴったり。同時に、真っ白な景色は私の暗い気持ちとは対照的なもの。

 でも、「昨日までの世界」を消し去ってくれたことに心から感謝した。


 もともと幸が薄い私だけれど、今年は年明け早々良いことがあった。いわゆる「彼氏」ができたのだ。

 昨日・二月十四日は、よわい三十にして初めて迎える「彼氏つきの」バレンタインデー。


 二月に入ると、気もそぞろな状態が続いた。「彼氏つきの」という枕詞まくらことばはバレンタインデーに限ったものではない。しかし、自分の気持ちを形にできるという意味では、女子にとって一ランク上の特別なイベント。


 柄にもなく手作りチョコの本を買って試行を重ねた。その甲斐あって、出来栄えはかなりのもので、売り物と言っても通用しそうだった。

 もちろんそれを手渡すシチュエーションにも抜かりはない。「彼のハートを鷲づかみにする勝負スポット!」などという、週刊誌のベタな記事を真剣に読んで、夜景が一望できるレストランを予約した。

 できることはすべてやった。がんばった自分を褒めてあげたかった。


 朝から仕事が手につかなかったのは、バレンタインデーを迎えた高揚感と言うより、ある種の達成感を感じていたからなのかもしれない。


★★★


 終業を告げるチャイムが鳴った。帰り支度を始めたとき、今度はスマホがメロディを奏でる。それは彼のメールの着信音。

 少女漫画風に言えば、目がハートの形になって心臓がトクンと音を立てた。


 同僚の視線を気にしながら、膝の上でそっとメールを開く――が、その瞬間、私は自分の目を疑った。信じられないことが書かれていたから。


『好きな人ができました。申し訳ありませんが、あなたとのお付き合いは終わりにさせてもらいます。さようなら。お元気で』


 メールを何度も読み返した。しかし、にしかとれなかった。蛇女の呪いで石にされたように身体がピクリとも動かない。そのときの私は、鳩に豆鉄砲を食らったような、間抜けな顔をしていたのではないか。


 十分が経った頃、彼に電話をした。案の定、マナーモードになっていた。指が痛くなるぐらいに何度もかけ直した。話をしても状況は変わらない気がしたけれど、ひとこと言ってやらないと気が済まなかった。

 しかし、彼に電話がつながることはなかった。

 

 こうして、私の短い春は数行のメールによりエピローグを迎える。



 つづく

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