3-6
「……なるほどな」
話を聞き終わったボスウィットは、こくこくとジュースを飲むリリを見ながら顎をさする。
「魔法使いかもしれねぇし、違うかもしれねぇ。と、そんな話だな」
「ああ」
ノインは自分の前のグラスを一気にあおる。中身はオレンジジュースだった。
「それで、おめぇはどうしたいんだ? ……嬢ちゃんは公安へ連れてくか?」
「まさか。ンなことして、もし魔法使いの力がバレようもんなら、こいつは一生モルモットだ。それはなんつーか、後味わりぃ」
「じゃあ、このまま預かるのか? 話聞く限り、いつまで預かることになるかわかんねぇじゃねぇか」
「いいんだよ。……帰る場所がわかるまで預かるって言っちまったからな。なんであれ、それは約束だろ」
――それに、あいつの面影があるってのも、気になるしな。
胸中で、ノインはそう付け足す。
『彼女』の面影についてはボスウィットに話さなかった。理解を得られてどうというものでもないし、他人から見れば、気のせいで済まされる程度のものかもしれないのだ。
「ノイン……」
ボスウィットが、後に何か言いたげに名を呼ぶ。
やはり、反対されるか。
そう思ったが、続いたボスウィットの言葉は、それとは逆のものだった。
「……ま、大事にしてやれよ」
それだけ言うと、彼は黙って弾丸の制作を再開する。それ以上、何も言わない。
……このまま彼女の面倒を見ることを認めてくれた、ということでいいのだろうか。
もっと反対してくるかもとも思っていたのだが、意外とあっさりとしたものだ。しかし、そんな態度も、この男らしいといえばらしいのかもしれない。
ただ何にせよ、リリを放り出すような結果にならずに済んで、ノインは少しほっとしていた。
「なぁ、それじゃさ、ついでにもう一ついいか。ちょっと頼みがあるんだ」
「……金は援助できねぇって言ったろ」
「いやそうじゃなくて……俺の仕事中、こいつの面倒見てくれないかなって思っててさ」
リリのことに関しては、これが最後の相談になる。ノインとしては、これをボスウィットが承認してくれれば御の字である。
するとボスウィットは軽くため息をつきながら、答えた。
「ま、構わねぇよ」
「マジか」
「そんな危ねぇ子には見えねぇしな。それに、連れてきた時点で、そういうつもりなんじゃねぇかとは思ってたよ」
「なはは……サンキュ」
言いながら、ノインは頬を指先で掻いた。こういうときばかりは、ボスウィットのテキトーな性格も大らかと表現できる――と、ノインはそんなことを思っていた。
それからノインは、仕事を始めるべく、〈ギムレット〉を軽く分解してメンテナンスを始めた。
今朝の一件で傷んだ部分は簡単な交換で治るものだったので、ボスウィットに部品を貰って修理する。通常弾の補給も合わせて行い、二つある通常弾用の弾倉は満タンにしておいた。
ついでに、ナハトレイドも確認する。……といっても、弾は一発しかないのだが。
しかしそこでノインは、隣に座るリリがその弾をじっと見つめていることに気が付いた。少し、怯えているようにも見える。
「……なんだ?」
「あの黒いのと似てる。でも、これはちょっとヘンな感じ」
「?」
黒いの、とは魔法使いのことだろうか。
ノインはナハトレイドを弾倉から取り出して、眺める。しかし、弾丸に特に変わったことはなく、彼女の言葉の意味は判然としない。彼女も、それ以上は何も答えない。
魔法使いの特徴を持つが故に、この弾に、何か力のようなものでも感じたのだろうか。もし彼女が魔法使いと同じ特性を持つのなら、これは天敵となるものであるし。
ノインは、ぽんぽんと彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ。これはお前に撃ったりしねーから」
軽くそう言って、ノインはナハトレイドを弾倉に込め直す。そしてさっさと〈ギムレット〉を組み立て直すと、今一度装備を確認してその場で立ち上がった。
「じゃ、そろそろ行ってくるわ」
「おう、気ぃ付けてな」
ノインはボスウィットの声を受け止めてから、一人でスキューアを出ようとする。
しかしそこで、背後に気配を感じた。
ノインはその気配の正体と、なぜそうしているのかという理由を察して立ち止まり、振り向きもせず口を開いた。
「……連れてかねーぞ」
後ろに立っているであろう少女の希望を、ノインは明確に否定する。
彼女を仕事に連れ出せば面倒事が増えるだけだ。巡回している公安官の事も考えると行動に制限はつくし、第一、危険である。先ほどボスウィットに預かってもらえないか頼んだのにはそうした理由がちゃんとある。
だが背後の気配は、その場を動こうとはしなかった。振り返ってみてもそれは同じで、無理やり一人で出て行っても、勝手についてくるような雰囲気である。
「……リリ。俺は今から仕事なんだ。ここで待ってろ」
「やだ」
「……俺はあの黒い奴と戦うんだ。また襲われるかもしれないだろ」
「ノインが心配。私はもうだいじょぶだから」
「あのな……」
出がけのペンダントの時といい、彼女には妙に頑固な一面がある。
子供特有のものだと思えばそれまでだが、そうしたところも、なんとなくソフィアに似ている気がした。そしてノインは
そしてしばらくの問答の後、結局ノインは観念することにした。
「わかったよ……連れてってやるよ」
ぱぁぁっ……なんて擬音が聞こえたかは定かではないが、ノインの言葉に、背後の彼女の気配は確かに浮足立った。今朝の恐怖より、一緒にいたいという気持ちの方が勝っているらしい。
しかしまぁ、ここを勝手に抜け出して街を出歩かれたりするよりは、最初から連れて行ってやる方がこちらの気持ちはいくらか楽である。戦闘中は隠れさせればいいし、まぐれや勘違いでなければ人間離れした回復力もあるようなので、万が一怪我をしてしまっても命の危険は少ないかもしれない。公安官に関しては、彼らの巡回ルートから外れるポイントで仕事に当たるしかないが……それもなんとかなるだろう。
だがノインは、きっちりと条件を付けた。
「けど、とりあえず今日だけだ。それと俺の言うことはちゃんと聞くこと。あと魔法。あれは俺以外の誰かがいるときは絶対に使うな。使ったら、俺とさよならすることになるかもしれないからな?」
言われて、リリはこくこく頷く。今朝、路地裏での言いつけは守らなかったので少々心配なノインだったが、今は信じてやるしかないだろう。
ノインは、今度はボスウィットに向き直り、
「……すまん。今日はこうなっちまった」
「俺ぁ構わねぇが、連れてくなら、気を付けてやれよ」
すると、ボスウィットはカウンターから何かを放った。
ノインは咄嗟にそれをキャッチする。
「……なんだ?」
見ると、それは小さなスプレー缶のようなものだった。
「こんなもんいつ手に入れたんだ?」
ボスウィットが投げてよこしたのは
非致死性のものだが、強烈な閃光と高音を発するため、感覚器官の鋭い魔法使い相手の牽制手段としてはこれ以上ないものである。視覚と聴覚を同時に潰されれば、いくら魔法使いとて怯むし混乱する。稀に暴れることもあるが、それの可能性を考慮しても、効果的であるのには変わりない。ただこれは、光を発するためのマグネシウムがこの地域で不足しているため、討伐屋などには手の届かない高級品であるはずなのだが。
「ちょっと前に機会があってな。詰め替え式の正規品じゃないんだが、効果はあるだろ」
「……なるほど。サンキュ」
ジャンク品でも、緊急時の保険としては十分だろう。何ともありがたい話である。
そしてノインはフラッシュバンをコートのポケットに入れると、リリと共にスキューアを後にしたのだった。
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