歓喜

 第30層を過ぎ、松明に灯された幽暗の中を歩く事はただ退屈でしかない。


 なびく風のように頭をよぎったのはレレーシャやミオの事。


「レレーシャには悪い事をしたなぁ〜。おれは……最低だ……それにミオも。2人にどうやって謝ったらいいだ??」


 2人にどう謝るべきか模索しながら足を前に進めるが一向にいい案は思いつかない。

ルミナリエはモンスターも出現せず静まり返り、聞こえてくるのは松明が燃える音とミナトの足音。レレーシャやミオへの謝罪方法も決まらぬままミナトは第37層へ辿り着く。


 第37層に入るとどことなく血生臭い匂いが一段と鼻につくようになり、周囲の壁にも変化が現れた。


 今しがた付いたような巨大な傷跡を残し、抉られた壁と地面に置かれた穴の開いたバックラー。


 第1層にも増して地面に漂う血溜まりと引き摺られた跡。


 ここで起きた惨劇が手に取るように伝わってくるーー


 戦いを挑むが次々と地に伏していく冒険者達。


 仲間が倒れていく姿を見て悲鳴をあげて逃げ惑う冒険者。


 地獄を物語る景色に2人の命が途絶えていない事を信じ37層を抜けていく。


 直後ーー。


『ドガァァン!!』


「な、何だぁ!?」


 第37層中腹に差し掛かかると突如、金属と金属がぶつかり合う衝撃音が響き渡った。


「もしかして今のは……間に合えよ……」


 一抹の不安がよぎり、ミナトは強く地面を蹴り走り出した。


▼▽▼▽


 第38層の岩壁に囲まれた空間に2人の男・ダーウィンとゼルトは赤黒い毛皮に覆われた牛頭のモンスターと対峙している。


「いいか!2人でならあいつの攻撃に耐えられる!!助けが来るまでの耐えるぞ!」


「あぁ!!」


 2人共大楯を持ち、黒色の鎧を着込むダーウィンと赤色の鎧を着込むゼルトは大楯を前面に出し、牛頭が持つ巨大な体躯に相応しい斧の攻撃に備え体を大楯と密着させる。


 赤黒い牛頭のモンスターは両刃の斧を片手で横に構えると反動をつけ薙ぎ払う。


『ゴガァォォン!!』


 巨大な斧が2人の構えた真鍮色の大楯にぶつかると閃光が飛ぶ。2人の大楯で斧の衝撃を分散したにも関わらず大楯は弾かれ、2人共地面に倒れた。


 希少種が出現して今まで攻撃に晒されながらも生き残っている所を見ると、お互いにそれなりのレベルを持っているのだろう。


 すぐに態勢を立て直そうと動く。


「す、すぐに攻撃がくるぞ!!大楯を持ち直せ、ゼルト!!構えろ」


「くそっ、これじゃジリ貧じゃねぇか!! ホントにくるのか? 助けは??」


 攻撃を捨て防御に徹し、度重なるモンスターの攻撃を大楯で受け止めてはいるが2人から疲労の色は隠せない。


 ダーウィンの鎧は度重なる攻撃に耐えた代わりに肩や片足のプレートが脱落し口から出血している。


 ゼルトに至っては顔が痩せこけ、目は開いているが光を失いそうな虚脱した眼をする。


 2人とも極限状態での戦闘にかなり疲弊し自らに自問自答する。


 必ず助けが来る!!ーー“それはいつ??”


 こんな凶悪なモンスター相手に助けなどくるのか??ーー“来ない。来ないのが普通だ!”


 希望と絶望が入り混じり混沌とする状況に眉間に皺を寄せるダーウィンは倒れ込みながら忌々しくモンスターの頭上にある表示を見る。


《ミノタウロス希少種・Level400》


 ルミナリエ最下層に位置するボスモンスターのレベルを遥かに超える。『裏ボス』と賞賛すべきミノタウロス希少種のレベルを前にして苦虫を噛み潰したように睨む。


「絶対生きて帰るぞ!!」


「おう!」


 自らに言い聞かせ奮起し立ち上がり大楯を構えるダーウィンとゼルト。


 ミノタウロス希少種は2人を嘲笑うように斧を両手で持ち、天井に向け高々と振り上げた。


「おい、おいおいおい。あれはヤバイぞ!!受け切れるのか??」


「やるしかないだろぉ!!」


『ゴガァォォン!!』


「「グァァーー」」


 垂直に落ちてくる渾身の一撃を受けたダーウィンとゼルトの大楯は無残にも裂かれてもはや盾の役割を果たせない。


 地面に落ちる斧の衝撃は凄まじく巨大な亀裂を作る。


 衝撃波で飛ばされたダーウィンとゼルトはフラつきながら運良く第37層へ通じる道が現れると逃げていった。


「大丈夫だからな!すぐに助けがくるぞ!」


「あ、あぁ……」


 ダーウィンは横腹に深手を負い動く事ができないゼルトに肩を貸し第37層へ向けて逃げる。


 後ろから死神が近寄る。


 2人を探すような轟く呻き声と故意に自分の居場所を伝えるように斧を引き摺り地面を抉る音ーー


 ゆっくりだがミノタウロス希少種はダーウィンとゼルトとの距離を詰める。


 もはや殺戮を楽しんでいるとも取れるミノタウロス希少種の行動に怒りすら通り越して湧き上がる気持ち。


“死にたくないーー”


 ダーウィンとゼルトは必死にミノタウロス希少種から逃げる。


 しかし、ダーウィンとゼルトの行動も虚しく2人へ暗い大きな影が落ちる。


 振り返ると、口から涎を垂らし上段に斧を振りかぶったミノタウロス希少種。


 2人の命が断ち切れる一撃が2人へ振り下ろされた。


『バギィィィィンッ』


 直後、ミノタウロス希少種は唸り声と共に脇腹からくの字に曲がり横にブレて地面に倒れ込んだ。


「よし!間に合ってよかった!ほら、回復薬だ。飲め。飲んだらここからすぐに脱出するんだ。時間はおれが稼ぐ」


 倒れこむミノタウロス希少種の前に現れたミナトは、2人に矢継ぎ早にこれからの行動を説明する。説明が終わるとミノタウロス希少種の目線を誘導し2人から遠ざかった。


 ダーウィンとゼルトは、忽然と現れたミナトに呆然としながらも渡されたキュア・ボトルを飲み動けるようになると、ゆっくり第37層に逃げて行く。


「よし、後はあいつらが逃げ切るまで引きつけるだけだな」


『グオォァォォー!!』


 ミノタウロス希少種が起き上がり唸り声を上げて高々と掲げた斧を振り下ろす。


『ギィィィィン』


「お、重い……流石にこのレベル差は無理か……」


 ミナトがLevel300に対してミノタウロス希少種はLevel400。


 100以上ものレベル差はステータスに顕著に現れ、徐々に競り負けていくミナト。


 すぐに刀を斜めに傾けて力を逃し、ミノタウロス希少種の一撃を凌いだ。


「へっ、元レベル999を舐めるなよ!!」


 レベルの差を技量で埋めるべく斧の斬撃をすり抜けて躱し、鞘に剣技デーモン・ブロウを発動し、赤く発光させると脇腹や腕に叩き込むが身の守りが高いミノタウロス希少種への致命打にはならない。


 一方、ミナトは神経を研ぎ澄まし斧の斬撃をサイドステップや半身を捻り躱しているが完全には避けきれず腕や顔、脇腹に斧が掠り出血する。少しずつ真綿で締め付けられるようにジワジワ体力を減らしていく。


「はっ……はっ……もうあいつら脱出しただろうな?頃合いか……」


 もうダーウィンとゼルトの姿はなくルミナリエから脱出している頃だと推測し自分も逃げる事を考える。


「いや、ダメか……こいつはここで倒さないとダメか……」


「あと6時間ばかし特殊剣技使えるまで逃げるか……キュア・ボトルはまだあるし……よし……」


 ミノタウロス希少種の討伐方法を悩んでいる時に聞こえた1人の声ーー


「ミナト!!」


「!!?」


 後頭で括った金髪を揺らし、最近貰い受けたレイピアを握り締め青碧の瞳をした女性が地を蹴りミナトの元へ現れた。


「お、おい、ミオ。なんでお前がここにいるんだよ!誰が来ていいって言ったんだ!!」


「私が言いました……」


 ミオが来た後ろを見るとミオと同じく鮮やかな緑色の髪を後ろで括り戦闘服に着替えたレレーシャと冒険者、ギルド員の計20名。


「ミナト、あなた特殊剣技使ったんですって!? なんで教えてくれないの? 知ってたら行けだなんて言わなかったわよ!」


「ミナト、特殊剣技リミット・オブ・ミニッツ使ったら12時間のインターバルがあるなんて聞いてないよ。聞いてたら行かせてなかったよ」


「「後でゆっくり話を聞かせてね」」


 ミノタウロス希少種よりもい追い詰められ冷や汗を流す。心配よりも先に怒られた。


 しかし、顔に表れる表情とは違い、ミナトの心の中は温かく満たされた。


「では……僭越ながら私が指揮を取ります!! いいですね! 目標!!ミノタウロス希少種の討伐」


 レレーシャが振り向き集まった討伐隊に指示を出す。


「斧の薙ぎ払いや撃ち下ろしは大楯持ちが5人1組で防御に回りなさい!攻撃を受け止めたらミナト、ミオ貴方達が隙をついて攻撃に移行するように。攻撃方法は任せます。残りはミナトやミオ、大楯持ちの支援にあたるように!」


『おぉぉ!!』


 的確な指示をレレーシャが与えるとそれぞれ行動に移す。


 レレーシャが薙ぎ払いや撃ち下ろしの攻撃パターンを伝え防御姿勢を指示すると大楯持ちはレレーシャに合わせて防御態勢をとる。


『ガキン!!』


 ミノタウロス希少種の斧による薙ぎ払いを完全に受け止めると隙ができた脇腹にミナトは剣技デーモン・ブロウを発動させ叩き込む。


苦悶の表情を浮かべると咄嗟に脇腹を庇う動作を見せたミノタウロス希少種をミオは見逃さなかった。


 レイピアを握り剣技スプリント・ソードを発動させガラ空きの足元へ三連剣舞で切り刻んだ。


 傷を負い咆哮をあげ討伐隊に向け斧を撃ち下ろすミノタウロス希少種。レレーシャの的確な指示により大楯が全ての攻撃を無に帰す。


 ミナトとミオの連携攻撃が決まり始めると減少する事がなかったミノタウロス希少種の体力は削られていき呼吸も荒くなっていく。


 そして最後の時ーー


「いっけぇぇぇぇーーー」


 ミノタウロス希少種の決死の一撃をミナトが斧ごと弾き飛ばし胸元に隙を作る。


 ガラ空きになった急所の心臓へミナトと前衛交替したミオが剣技を発動させ、翡翠色のレイピアで同じ箇所に三連剣舞を突き刺す。


 レイピアは肉厚の胸板を貫通して急所まで達すると、ミノタウロス希少種は金切り声を上げて蠢くと白く爆散していった。


『ウォォォォォォーーー』


 響くのは討伐隊の雄叫び。


 ミオとレレーシャはミナトを迎えに行き捕まえると顔を見て一言だけ呟く。


「バカ」


「あはは……ごめん……」


 ミナトはミオとレレーシャに謝ると、大きな魔石をギルド員に任せ、ルミナリエから引き揚げた。


 

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