怒りの矛先

 『希少種』ーーモンスターのコンマ1%未満の突然変異により強力な力を持って生まれてくるモンスター。


 マイラから希少種の出現を聞きギルドの中を見渡すと、換金所の前には4種類のタグとシートが並べられ負傷者を搬送している。


 『トリアージ』ーー大事故・災害などで多数の死傷者が出た場合に手当の緊急度に従い優先順位を決めて処置する。


 ギルドではレレーシャが指揮をとりトリアージを行なっている。


「手が空いている人は負傷者を選定して各タグを貼り付けてシートへ移動させて!ちょっと待って!この人は“黒”へ運んでちょうだい」


 トリアージにて“黒”と言われれば処置の必要なし。つまりはもう死亡していると言う事になる。

 

 担架に乗せ運んでいるギルド員も目を塞ぎレレーシャに指示された黒色のタグを貼り付けてシートが置かれた場所へ運んだ。


「レレーシャ! 希少種が出たんだってな」


「……ミナトさん。調査から帰られたのですね。」


 レレーシャはミナトの無事を確認すると顔を緩ませたがすぐに緊張感のある顔へ戻り説明を始めた。


「ルミナリエ第38層付近で希少種が出現したようです。負傷者からの情報を整理するとどうやらミノタウロス希少種のようです」


「そうか……んで? 負傷者は?」


「はい……今のところ死者10名、重症15名、軽傷30名です」


 トリアージで分けられた各シートの上には様々な人が横たわっていた。


ーー片腕や両足がなく、絶望した顔で天井を見上げる人。


ーー胸に大きな穴が開いて瞳孔が開いたまま絶命した人。


ーー頭に包帯を巻き、腕に支え枝をして家族と抱き合い助かった事を安堵する人。


ーー死亡した父親らしき人に抱きつきすすり泣く幼い女の子と女性。


 阿鼻叫喚の声がギルドに響渡る。


 初めて惨劇を目撃したミオは気分が悪そうに顔が蒼白していた。


「ルミナリエの中に生存者はいないのか?」


「大体は各層の女神像から転移して無事なのですが、あと2組のパーティーがルミナリエから出てきていないとの事です。すぐにでも捜索隊を編成したいのですが、この状況では安易に捜索隊を編成して行かせる訳にもいかず……」


「そうか……ならオレが行く!!」


 断腸の思いで捜索を断念しているレレーシャの気持ちを汲み取るとミナトは振り返り、レレーシャの瞳を優しく見つめた。


「じゃあ、お願いします!!」


「あ、あれ? ここは心配する場面じゃないの??」


「ふふっ、ミナトさんの事は誰よりも知っているはずですよ?? 行くつもりだったんでしょ??」


 手を口に当て、緊張の糸を緩ませて笑うと、ミナトをその場に待たせ、レレーシャは裏口へ走り消えて行った。


「ねぇ、ミナト……レレーシャさんと仲がいいのね??『誰よりも知っているはず』ですって……」


「……」


 ーー見ない。決して隣を見てはいけない。


 ミナトの心が激しく警鐘を鳴らし振り向く事なく、レレーシャの去った裏口を見つめる。


 ミナトの心で警鐘が鳴り止まない内に、レレーシャが裏口から肩掛けの大きなバックを持って現れるとそれを渡された。


 中を見ると、接触して割れないように囲いがされた7本のキュア・ボトルが入っている。


「ル、ルミナリエの中に……現在4人組パーティと……2人組パーティの6名が取り残されています……この中に生存者と……ミナトさんのキュア・ボトルが……7本入っていますので使って下さい」


 息を切らして運んできたレレーシャは息を整えながら説明した。


「すまない、レレーシャ。あと一つキュア・ボトルを頼む。ミオの分が足りない」


 救出に向かうためにミオの分のキュア・ボトルが一つ足りない。

 そう言い放った直後ーー。


『パシィィン!!』


「ミナト!! また同じ事を繰り返すつもりですか!! ミオさんを死なせるつもりですか!!」


 レレーシャが放った平手打ちがミナトの頰に当たり大声で叫ぶと、阿鼻叫喚の声が響くギルドが一瞬静まり返った。


 レレーシャは頰を赤く染め瞳を潤ませてミナトを睨む。平手打ちをもらったミナトは衝撃で首を曲げたまま顔に影を落としてジッとしている。


「あぁ、そうだった……すまない」


 ただ一言残してバックを担ぐと出口へ向かい歩いていった。


 レレーシャは下を向いたままポツリ……ポツリと地面に雫を落として声も無く泣いている。


 ミオは目の前で起きた出来事に困惑しながらもミナトの後を追いギルドから出て行った。


「ミナト、私も行っていい?」


「ダメだ」


「何でダメなの??」


 ギルドからルミナリエへ着くまでの間、何回このやり取りをしただろう。


 納得のいく言葉が返って来ないミオは何度も何度も聞き返すが自分でも分かっている筈だ。足手纏いになる事くらい。


 実はミオもその言葉を待っていたのかも知れない。

 メキメキとレベルを上げて強くなっていく

……自分には何でも出来る!!

 そう感じている。



 ーー何で? 私は強くなったよ?



 ーー何で? こんなにレイピアを思うがままに使う事が出来るのに??



 ーー何で? こんなにミナトのそばにいても邪魔にならないよ???



 そんな自分の驕りを振り払って欲しかったのかも知れない。


 ーーまだ強くなっていない。元が弱いんだ。



 ーーそんなレイピア捌きで満足するのか??



 ーーミオの邪魔にならないようにオレが動いているんだよ。



 ちゃんと伝えればミオも納得するだろう。


 しかし、レレーシャの件もあり苛立つミナトにそんな気遣いの言葉を使う事は出来ず、強引に解決する一言を叫ぶ。


「ダメだったら、ダメだ!!」


 大声を吐き、我に返ったミナトは自分の苛立つ感情を全てミオにぶつけてしまった事を後悔した。ミオもまた、レレーシャのように暗い影を落として下を向いてしまう。


「足手纏いならちゃんと言ってよ!!私……強くなりたいだけだもん!! ミナトのそばにいたいだけだもん!!」


 金髪を振り回し、青碧の瞳から雫を流しながらミオはルミナリエ入り口から去っていった。


 幸いにも今日のルミナリエは規制され、入る事ができないため周囲は静寂が広がり、大声で叫んでも聞いている人は誰もいなかった。


「ごめんな、ミオ。帰ったらちゃんと謝るから……」


 ミオの姿が消えていった先を見つめ、自分の心の狭さを反省したミナトはルミナリエの入り口へ進んだ。


 ▼▽▼▽


 ルミナリエの入り口は殺伐としていた。


 入り口には警戒線が張られ、中心には2人のギルド員と共に『進入禁止』の看板まで設置されている。


「待て! 希少種出現につきルミナリエには入る事は出来ない」


 ギルド員から止められたがレレーシャから生存者の捜索と救出を頼まれた事を告げると通してくれた。


「申し訳ありません。生存者の事よろしくお願いします」


 ギルド員2人から礼を受けるとミナトはルミナリエに入っていった。


 入り口を入ると地面に血が溜まりの跡や血痕が点々と跡を残し、血生臭い匂いが立ち込める。


「1層からこんな匂いしてたら38層はどうなってんだよ……」


 血生臭い匂いを避けるように鼻を摘み進んでいく。希少種が出現しているためか10層、15層と進んでもチマ・ラビッツの1匹も出現しない。


 そして第30層ーー


 ボスモンスターがいるばすの巨大な扉を開け中に進むがボスモンスターも出現しなかった。


「ん?人がいるぞ!?おい!大丈夫か?」


 しかし、30層出口付近で倒れ込んで動かない男2人の冒険者を見つけたミナトは体を触り傷の程度を調べる。


「うぅ……」


「……」


 斧持ち・軽装備の男は血色が悪く、腕や脇腹を骨折しているが命に別状はないが、重装備の体躯のいい男からは呼吸も感じられなかった。


「おい、回復薬だ、飲め」


 男に回復薬を飲ませるとキズや顔色が回復し口が動けるようなる。


「こ、こいつにも……」


 男は仲間の冒険者を指差すがミナトは目を閉じて首を横に振る。


 ミナトの顔や動作を見て男は全てを悟ると無念そうに顔をクシャクシャにした。


「何人パーティだ? 他の奴らは?」


「4人パーティだ。他の2人はそこの女神像から転移してギルドに助けてを呼びに行った」


 苦痛を浮かべる冒険者へ矢継ぎ早に質問した答えが返ってくるとこの場に生存者はいない事がわかり一時安堵した。


「まだ……奥へ行くのか……」


「あぁ。頼まれてるからな。お前は動けるようになったら……そいつを連れて転移しろよ。仲間なんだろ?」


 男は頷き、亡くなった仲間を抱えると女神像から転移した。


「あと1組か……生きていろよ……」


 ミナトは残り1組のパーティを捜索するため次の層へ向かう。

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