過去

 エメラルド・ドラゴンが霧散すると、部屋の中は薄暗くなり、音も一緒に霧散したような無音が続く。


 ドラゴンの呻き声や刀と牙の衝突音が急に無くなり、耳からは甲高い幻聴が鳴り止まない。


 崩れ落ちて跪くミオは、こちらへ歩み寄るミナトの握る武器が気になりずっと見つめている。


「ミナト、その武器は何?」


「これか?これは“刀”だ」


 真鍮色の刀身を持ち、赤く光る波紋が描かれた武器をミナトは“刀”と呼んだ。


 波打った1本の赤い光の波紋が薄暗い空間に浮かびあがるとミオの目線は刀に奪われる。


 ルミナリエに入る冒険者は色んな武器を持っていたが、ミナトが持つ“刀”はどの冒険者が持つ武器とも違い、どの武器よりも美しいーーそう感じた。


 刀に興味を持つミオに刀を見せようと刀身を上に向けて差し出すと、ミナトの頭の中にあの女性の声が響く。


“limit《リミット》 of《オブ》 minute《ミニッツ》 凍結します”


“お疲れ様でした”


 そう聞こえると、少し離れた地面に横たわる赤桜模様の鞘が浮き上がり、ミナトに向かって飛んでくる。


『キンッ!!』


 ミナトは鞘の行方を追う事なく佇むと、鞘には追尾機能が付与してあるかのように真っ直ぐ刀に向かい、ゆっくりと納めた。


 ミオは起こった出来事を理解できていないが、ミオの前には赤桜模様の刀があった。


「ねぇ、エメラルド・ドラゴンに使ったのって剣技なの?」


「あぁ。“limit《リミット》 of《オブ》 minute《ミニッツ》”ーー時間限定で刀に封じ込めた力を解除する特殊剣技だな。おれはこの刀を手に入れた時にレベルを奪われてLevel1に戻り、刀はおれから奪ったレベルを力に変えたって事わけだ」


 ミオはミナトのレベルを見るために頭上にある表示に目を凝らす。


“ミナト・Level300”


 ーーそう表示してあった。


「ミナトの昔のレベルっていくつだったの??」


「昔か?昔は……レベル999だ」


「へぇ〜999ねぇ。えっ……999!?」


 まだ耳の幻聴が聞こえているのか。

 ミナトはレベルが999だ!そう言っているように聞こえた。


 ありえない……


 ミナトから以前人間のレベルについてミオは教わっていた。


・ルミナリエ攻略ーーLevel100〜


・一般冒険者ーーLevel200〜


・ベテラン冒険者ーーLevel500〜


・剣聖ーーLevel700


 ーーであると。


 現状、剣聖が到達している“Level700”が人間の最高到達点ーーそう聞いたばかりだった。


「嘘!! ミナトこの前Level700までが最高だって言ってたよ」


「あぁ……そうだったな……オレの999っていうレベルは|呪い(・・)みたいなもんなんだよ。オレが背負っていかなければいけないものなんだ」


「呪い??」


「あぁ、おれは昔、大切なパーティをダンジョンで死なせた。死なせた代わりにレベル999になってしまったんだよ。パーティを死なせて最強になった……なぁ?……呪いだろ??」


 ミナトの顔は、昔起きたある出来事を思い出して自分を蔑み笑った後、不甲斐なさを思い出し、唇を強く噛み締め口元から血を流していた。


 口元から血を流して強い後悔を浮かべる顔をミオは見て、一言も掛ける言葉を見つけられず、ただミナトを見つめる事しか出来なかった。


「それよりミナト、体は大丈夫??」


「ん? 体か? 体は……グッ」


 ミナトはミオに心配を掛けまいと快調をアピールしようと体を動かすと突如、膝をついて倒れた。


「ミナトっ!?」


 不安を抑えながらミナトへ近づき、介抱しようとした直後ーー


「なんてな!! 大丈夫だって! エメラルド・ドラゴンの攻撃なんて受け……て……な……い!?」


 薄暗い部屋を明るくする為、ミナトが考えた計画はこの状況下では悪手でしかなく、目の前には少しでもミナトを心配した心優しき美女は、悪魔に変貌しようとしていた。


「ミ、ミナトのバカァーーー!!!」


 ミナトはこの日、身体的にも、精神的にも一番のダメージを負った。


 今の季節はまだ暑い。


 残暑を過ぎて気温も徐々に下がっているが、木々に紅葉が差すにはまだ早い。


 そんな季節を先取りして、ミナトの頰には鮮やかな紅葉が咲き誇ってた。


「ごめんって、ミオ。そろそろ機嫌直してよ〜」


「知らないっ!!」


 紅葉に満足し悪魔から美女へ戻るが、まだ機嫌だけは元にはならないらしく、ミナトがずっと平謝りしながら部屋の奥を目指す。


「おっ、これが踏破報酬だな!」


「踏破報酬?この綺麗なレイピアが?」


 ミナトとミオの前には銀色の柄に翡翠色の刀身を持つ、レイピアが横たわっていた。


 『踏破報酬』という聞きなれない言葉にミオは聞き直すとミナトは言葉を選び話す。


「ダンジョンのボスモンスターを初めて討伐するともらえる報酬の事だ。完全制覇って事だ!」


「ボスモンスターのレベル上がる程報酬もよくなる。今回はレベル700だからかなり期待していい!」


 ミナトはレイピアを取り一振りしてみる。


 ーー軽い。


 木の枝でも振っているかのように軽く、刀身が翡翠色のためレイピアを振るうと翡翠の残像が残る。


 一通りレイピアを振ってみたがミナトは眉間に皺を寄せ、レイピアをミオを渡した。


「このレイピアはミオが使え」


 投げられたレイピアを慌てて受け取る。


 翡翠色の刀身にミオの目が映り込むと目尻は緩んだ。


「いいの?」


「ああ、おれにはそのレイピアは軽過ぎるて扱いきれない。それにだ、オレがレイピアを装備してる姿を思い浮かべ見ろ!なんか……こう……変だろ?」


 頭上にレイピアを装備して戦うミナトを想像する。気品があるレイピアを持ち、突きを繰り出すミナトの姿は違和感でしかない。


「フフッ……似合わないね」


「だろ?だからそれはミオの物だ!」


 レイピアがミオの所有となり試しに振う。


『ーーーヒュッ』


 軽い。


 刀身が無くなったと錯覚する程にレイピアは軽くミオも難なく振るう事ができる。


 剣技も試してみるが『スプリント・ソード』との相性がよく、翡翠色の残像を残す高速の三連撃剣舞が使えるようになった。


「ありがとう、ミナト。大切にするね」


「おぉ」


 金髪をなびかせながらミナトへ振り帰り、頰を緩ませて笑顔を見せるミオを見て、鼻から抜けるため息を吐き、全てが元通りに戻った事をミナトは喜んだ。


 ダンジョンの帰りはレイピアの腕慣らしも兼ねて歩いて帰る。


 行きもそれほど苦労はしなかったのだが、何よりレイピアを持ったミオが力を発揮した。


 リザードマンも距離を詰めて中段にレイピアを突き立てると、面白いように三連撃が当たり霧散していく。


 1人で討伐出来なかったオークでさえ攻撃派生を把握すると、高い俊敏性を活かし、隙を狙いレイピアを撃ち込み沈めていった。


 鬼に金棒ーーミオにレイピアだ。


 とんでもない物を与えてしまった。

 ーー気がする。


 嬉しさにも後悔が見えるミナトは、後ろで何も手を出す事なくダンジョンから抜け出した。


「ん〜やっぱり陽の光はいいなぁ〜」


 背伸びをして狭っ苦しいダンジョンから抜け出した事を喜ぶと、後ろのダンジョンが砂のようにサラサラと地面に溶けていった。


「ダンジョンが消えた!?」


 驚愕するミオをよそに消えたダンジョンの場所を見つめるミナトの顔は残念そうだった。


「残らなかったかぁ〜」


「なんで? なんでダンジョンは消えたの?」


 矢継ぎ早に質問するミオの答えになるようにミナトはルピス・マリエラに歩きながら話す。


「突如現れたダンジョンは、ボスモンスターを倒すと成長は止まる。そしてダンジョンから出ると消えてなくなるんだ。稀に消えないで残るダンジョンもあるんだが……それが……」


「ルミナリエってわけね……」


 全てを話し切る前に納得したミオが割り込んで話を終わらせる。


「でも魔石は良かったの?てっきり後で取りに行くのかと思ってたけど……」


 ーーーーー!!!


「い、いやいいんだ。今のところオレの懐事情はいいんだよ」


 強がりを見せ、歩いて帰る道のりにモンスターは出るはずもなく、ミナトは若干ご機嫌斜めのままルピス・マリエラに帰り着く。


「んん〜、やっぱりルピス・マリエラは最高〜!!!」


 ダンジョンの調査自体は結果として2日かかった。


 短時間、ルピス・マリエラから離れただけだがミオは久しぶりに帰ってきた故郷のように手を広げて喜んだ。


 とりあえずレレーシャへ調査報告に向かうと、何やらギルドの雰囲気がいつもより慌ただしい。


 いつも以上に慌ただしく奔走するマイラを無理矢理捕まえ話を聞くが、ただ一言だけ言い残して去っていった。


「ルミナリエに希少種が出現したニャ!!」


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