封印解凍

 次の日、起きたミナトとミオはダンジョンに向かう準備を始めた。


 第3層までという情報なのでキュア・ボトルは2、3本とあまり持たず、投擲ナイフを5本用意して、ミオも短剣とキュア・ボトルを3本袋に詰めて、ルピス・マリエラを出てダンジョンに向かった。


 ルピス・マリエラから外へ出ると、周りには管理もされていない草花が点々と咲く平地が広がり、遠く最果てには険しい山が連なっている。


「これがルピス・マリエラの外かぁ〜」


 ルピス・マリエラから出て始めて景色を見る事になったミオは、ミナトから見れば何気ない景色だったが、気持ちが高ぶって足取りも軽やかだった。


 北へ向かいまっすぐ歩くが、周辺にはモンスターが溢れ出て来るようなダンジョンはないのだろう。

 モンスターには全く合わなかった。


 モンスターも出現しない道を北へ向けてブラブラ歩いていると、地平線の先に小高い丘が現れ、徐々に小高い丘は高くなり目の前に塔が出現した。


「たぶんこれがそうだろうなぁ。大きさはルミナリエより若干小さめだな」


「わかんないけど、十分大きいと思うよ」


 塔の周辺を回ってみるが、どこにも光取りの窓はなく、大きな口を開けたような入り口が1箇所あるだけだ。


 上を眺めても層の区切れ目があるわけではなく、大きな筒が地面に刺さっている。

 そんな感覚だった。


 周辺の探索が終わるとミナト達はダンジョンの中に入って行った。


 第1層ーー地面にはミナト1人分の幅の川がダンジョン奥に向けて流れ、天井からは鍾乳石が牙のように垂れ下がっている。


 内部には光を溜めておける仕掛けでもあるのか薄暗くはあるが何があるのかは把握できるくらいには明るく、中は外側の平坦な壁からは想像できない程、全くかけ離れた景色を内部は作り出していた。


「塔なのに洞窟に入ってる気分……」


「あぁ、そうだな」


 興味がなさそうなミナトを軽く睨み落胆するミオだったが、すぐさまダンジョンで初めてのモンスターが現れ少し浮かれてしまった。


 10層のボスモンスター《アンフィスリザード》の劣化版で体格は変わらないが頭が1つしかない《リザードマン》だった。


「ここは任せて」


「おぉ、じゃあやってみろ」


 レベル20のミオが立派なセリフを吐いてミナトの前に出ると、腰を落としてリザードマンに構えた。


 リザードマンも片手剣とバックラーを構えてお互いの狙いを探り合う。


 呼吸を小さく重ねて整えると先に行動したのはミオだった。


 アンフィスリザードと同様に初撃を誘い、リザードマンへ真っ直ぐに向かっていく。


 誘われた事に気づかないリザードマンは上空に掲げた片手剣を振り下ろすが、ミオは一歩横へステップして軽々避けると短剣を琥珀色に輝かせリザードマンの腹めがけ一撃横薙ぎにした。


『グルァァァァァ』


 ミオの攻撃を受けて呻き声を上げたリザードマンは、後ずさりして腹の傷をさすりダメージの程度を調べていた。


 リザードマンの腹部の傷は一振りしただけにも関わらず、腹の端から端にかけて2本の傷跡を残し、濃緑色の血液が腹を伝い地面に滴り落ちていた。


「すごい!!腕が軽くなって一撃のつもりが2回攻撃できたよ!」


 スプリント・ソードーー俊敏性に応じて手数が増える剣技で今の所ミオは、二撃が限度だがいずれは1振りの速さで四撃までだせるようになるという上級まで使える剣技だ。


 スプリント・ソードの威力に浮かれていると、激昂したリザードマンが片手剣を両手で持ち斬り込んできた。


 俊敏性の高い相手に両手で切り込んで行く事は、よほど立ち回りに自信かあるか、何も考えていないかの2択に別れるが、この場合リザードマンは後者に当たる。


 ミオはリザードマンから振り降ろされる前に疾走して、剣技スプリント・ソードを発動したま懐に入り込み腹に短剣を連続して突き立てた。


 腹や胸にはミオが突き立てた短剣の傷跡が縦横無尽に走り回り、リザードマンは声を上げる事なく黒く霧散した。


「この剣技すごいね、ミナト! 見てくれた? 私の剣技? 私この剣技好きだよ!!」


 ミナトへ振り返り満面の笑みで剣技の感想を話すミオの顔を見て、ミナトは鼻から抜けるため息を小さく吐いた。


 第1層から第2層にかけてはリザードマンやゴブリン、体調2メートル程でこん棒を振り回して大打撃を与える《オーガ》が単独で現れた。


 オーガはミナトの手を借りたが、他はミオの剣技実践のために1人で戦った。


 そして、第3層ーー


「大きい扉だねぇ〜」


「ここが主の部屋な訳か。どんな奴なんだか」


 第3層の前にはルミナリエと同様に、人間が通るにしては大きすぎる翡翠色の扉が遮っている。


 扉には両扉に半分ずつ竜の紋章が彫ってあり、閉じた時に合わさるようになっている。


「ミオ、今回はおれが前に行く。ミオはオレの後ろでサポートだ。いいな」


 初めて聞く強張った命令口調に動揺したミオだったが、ゆっくり頷くと後ろに下がりミナトは翡翠色の扉を開けた。


 扉を開けると次第に部屋に明かりが灯っていく。


 外からみた建物の高さには、入りきれていないと思われる巨大な空間が広がっていた。

 

 壁面は茶黒の岩壁に覆われ、奥だけは翡翠色に輝くクリスタルが小高い丘のように佇み、天井から定期的に落ちてくる雫の弾ける音が音色を奏でていた。


「ミナト、また床から現れるタイプ?」


「いや、もういるぞ!あのクリスタルの塊がそうだ」


 奥のクリスタルを指差してミナトが答えると、それに応じるように地面が地響きを立ててクリスタルが動きだす。


 クリスタルは巻いていたとぐろを外すようにゆっくり体を伸ばして空に浮き上がり、ミナト達を見下ろす。


 ミナトは翡翠色のクリスタルに表示された名称とレベルを確認する。


“エメラルド・ドラゴン Level700”


「う、嘘!? ね、ねぇミナト。私、初めてモンスターのレベル表示見たんだけどあれって合ってるの?」


「ああ、あってる」


「なら、700って……人間が1人で戦えるレベルじゃないよ……逃げよう、ミナト」


 ミオの声は恐怖で掠れ、心臓の鼓動は張り裂ける程大きく、脈も早くなりこの場が危険であると叫んでいる。


 ミオは強引にミナトの腕を引っ張り、第3層から逃げ出そうとするがミナトはその場から逃げようとせずに、楽しいおもちゃを見つけた子供のように悪い笑顔を浮かべていた。


「ミオ、まぁ見とけって。おれがなんでレレーシャから単独で調査を許されているのかを見せてやるよ!」


 その言葉を聞いて初めてミオはこの状況の異変に気づいた。


 本来であれば100人以上の兵団レギオンを組み、調査に向かう事が当たり前なはずのダンジョン調査を何が起きるか分からない突如現れたダンジョンに、たった1人で向かう事を許可されている事実。


 その瞬間、ミナトに剣技にも似た何かが発動する姿をミオは目撃した。


limitリミット ofオブ minuteミニッツ•……解凍”


“解凍します”


“ミナト、ご武運を……”


「ああ」


 ミナトの頭の中に聞こえてきたのは、レベルを吸い取られ、絶望した地下洞窟で聞こえたあの忌まわしき女性の声。


 女性の声が聞こえ終わると、ミナトはエメラルド・ドラゴンに対して腰を落とし、刀を腰に構えて攻撃姿勢をとった。


「ミオ、危ないから避けておけよ。今、何されてもおれは守りにいけないからな」


 ミオに顔を向けたミナトの顔は、戦火の中にある顔とは到底似つかわしくない笑顔を浮かべていた。


 部屋中に轟く咆哮を上げてエメラルド・ドラゴンは口を開き、渦を巻いた風のブレスにクリスタルを混ぜてミナトへ吐いた。


 ミナトは避ける事なくブレスの直撃を受けると、クリスタルは地面に突き刺さり、ブレスにより錐揉みに地面が削られると土埃が舞い上がった。


「ミ……ミナト……」


 ミオから絶望した声が小さく呟かれると、土埃が晴れクリスタルが刺さり削られた場所にミナトがいない事がわかると、ミオはその場に崩れ落ちた。


「なかなか良いブレスだが、当たらないと意味がないぞ、エメラルド・ドラゴン」


「ミナトォ……」


 ミナトは、エメラルド・ドラゴンの側面に回り込んで宙を舞いながら鞘から刀を抜いてエメラルド・ドラゴンに斬りかかる。

 

 縦に一閃斬りかかると、傷を負わされた事に苛立ちを見せ尻尾を薙ぎ払う。


 ミナトは着地すると同時に、地を蹴りエメラルド・ドラゴンの体に身を寄せて尻尾の薙ぎ払いを回避し、赤く発光した刀を両手で持ち、大きく振りかぶるとそのまま真下に撃ち下ろした。


 ーー何か剣技を使ったのか?


 ーーミオの瞳に映る映像を信じる事が出来なかった。


 赤く発光し上段から撃ち下された刀は、半月を描いて翡翠色の鱗を持つエメラルド・ドラゴンの胴体に触れると、鱗ごと豆腐を切るかのように寸断され、尻尾付きの胴体は地面に落ちながら黒く爆散して消えた。


 激痛が走り胴体を寸断させられたエメラルド・ドラゴンは、耳を塞ぎたくなる金切り声で咆えると、岩壁で自身の体を傷つけるように擦り付け暴れ回っている。


「あと、30秒……」


『グルァァァァァァ!!!』


 ミナトは暴れ狂うエメラルド・ドラゴンを睨みつけると、エメラルド・ドラゴンは咆哮をあげながら踵を返して突っ込んで来た。


 ミナトは鞘に刀を納刀すると、エメラルド・ドラゴンに終わりを告げる一撃を与えるべく、腰を低くして間合いに入って来るのを待つ。


「居合……〝一閃〝」


「ダメっ、ミナト……!!」


 ミナトが剣技を発動させたと同時に、ミオの悲痛な声も虚しく、ミナトはエメラルド・ドラゴンの口の中に収まる。

 

 ミナトがエメラルド・ドラゴンに飲み込まれた……そんな風に見えた。

 しかしーー。


 突如、大きな光が横に一閃走ると、エメラルド・ドラゴンは上顎と下顎が胴体にかけて上下に切断され、岩壁にぶつかり、白い光を放つと爆散した。


 呆然と座り込んで爆散したエメラルド・ドラゴンの輝きを眺めていると、誰かがミオに歩いて来た。


 誰かなど考える余地もなく、ミオは瞳を潤ませて涙を溜めた。


「なっ、大丈夫だっただろ?」


「うん……」


 笑みを浮かべてミオに近寄るミナトの持つ刀は、今まで見ていた赤桜模様の鞘ではなく、真鍮色をした刀身に赤く輝く波紋を描いた刀だった。

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