第10層

 結論から言えば、ミナトは間違いを起こさなかった。

 

 宿屋に追加料金を払い、ミオとミナトは部屋に戻り、ミナトは少し綿が入っただけの硬いソファに寝転がり、ミオはベットで眠った。


 朝、窓から入る光と大通りから聞こえてくる賑やかな声に叩き起こされたミオは、目をこすりながら辺りを見回す。


「あ、そっか……ミナトの部屋に泊まったんだった」


 柱や床、壁は一面木材で作られて微かに木の匂いが辺りを包み、気持ちが安らぐ。


 久しぶりにベットで寝た感触に嬉しさを覚え、フフっと笑い夢の中に潜るべくベットに倒れこみ二度寝を決め込むが、部屋に1つだけ変わった事に気づいた。


「ミナトがいない!!まさか、私を置いてダンジョンに行ったんじゃ……」


 すぐにベットから飛び起きて部屋の扉を勢いよく開けるが、10㎝程開くとミオの握る取っ手に衝撃が伝わり、扉はそれ以上開かない。


「おい……ミオ。お前、オレがダンジョンに行ったんじゃないか心配で飛び起きたんじゃないだろうな……」


 開いた扉の端からミナトは顔と体半分を覗かせながら目に影を落としてミオを睨んだ。


 扉から攻撃を受けたらしく顔を縦半分に分かつように扉の跡がくっきり残った。


「はっはは……おはよう、ミナト」


 苦笑いをしながら目線を下に落とすとミナトは瓶に入った牛乳とサンドイッチ。


「早く目が冷めたから朝飯買いに行ってたんだよ」


 丸テーブルを出して牛乳とサンドイッチを置き、朝ごはんを貪るミナトとミオ。日頃は昼近くまで寝るミナトも今日ばかりはあまり寝付けなかった。


「あんなカッコで寝られると気になって寝むれん!まさか、ミオがこんな武器を隠し持ってるなんて……」


 ミオの格好は、少し大きめの白い服に水色の短パンとミナトがいつも着る寝巻きを貸した。


 大きいが故にミオの見事な膨らみを描いた胸が、服の隙間からミナトの目線に入り込むし、寝ている間も寝返りを打つ度に柔らかそうに揺れ動いて気になり、眠るどころではなかった。


「はぁ〜……今日は昨日行けなかった10層まで行くからな! ミオは短剣とスキルの使い方を覚えろよ!」


「わ、わかった!」


 朝飯を食べながら説明すると、ミオもサンドイッチを食べながら小さく頷き、2人は身支度を済ませると宿屋を出てルミナリエに向かった。


 ルミナリエに着くと、朝早くにも関わらずダンジョンに入っていく冒険者がチラホラ見られた。ダンジョンからボロボロになり帰ってくる冒険者もいたところを見ると徹夜組も入っていたのだろう。


「よし、じゃあいくか!」


「うん!!」


 ミオは、ミナトを見て頷きルミナリエに入っていった。


 昨日の実践もあってミオは、ミナトの力を借りながらもチマ・ラビッツやスライムを倒していく。


 第5層になると、今まで1体で現れる事が多かったモンスターも複数体で現れるようになり、攻撃が少し激しくなった。


「ミオ、後ろだ!」


 チマ・ラビッツを霧散させ、一息つこうとしたミオの不意をつくように、ミオ程の背丈をした濃緑色の小太りモンスター《ゴブリン》が頭の上に振り上げたこん棒をミオへ振り下ろす。


 ミオは後ろを見る事なくサイドステップで振り降ろされた棍棒を回避すると、ゴブリンの側面に周り込み翡翠色に発光した短剣で脇腹を切り裂く。


 すぐに一歩後退してゴブリンの振り払う手の動作を避けると、短剣を胸に突き立ててゴブリンを黒く霧散させた。


「なかなか様になってきたじゃないか、ミオ」


「ふふん、でしょ〜」


 額の汗を拭いながらミナトから褒められると、ミオは手でVサインを作り笑顔を作った。


 辺りにはモンスターが落としていった魔石が散らばり紫色に光っている。


「ミナト、私、強くなってる?」


「そりゃ、そうだろ。こんだけ戦ってるだから」


 散らばる魔石を拾いながらミオは気になっていた事を聞いた。レベル10のはずなのに以前よりも動きが軽く感じ、短剣の威力も上がっている事に疑問を感じていたのだ。


「レベルはモンスターを倒すと、目に見えないが上がっている。ギルドで更新するのは目に見えるようにするためだな!スキルは、ギルドで取得しないと上がらないから帰ったらギルドへ行こうな!」


「そっか!へへっ」


 説明をしながらミナトも、魔石を拾いミオの持つ袋に魔石を入れる。


 魔石を拾い終わったミオは、短剣を振ったりサイドステップをしたりしてレベルが上がっている感覚を確認していた。


 そして本日の目標の第10層ーー


 階段を降りて第10層に降りると、ゴツゴツした枯茶色の通路の先には、人が使うには必要の無いほど大きな扉が佇んでいた。


「大きい扉〜」


「10層はここまでの各層を束ねるボスモンスターがいるから気をつけろよ。おれがいるから死ぬ事はないから、ミオはまず相手がどんな攻撃パターンがあるのか避けながら把握するようにな」


「うん、わかった」


 冷や汗が流れる。喉がカラカラになる。短剣を強く握りしめて柄が湿っている。顔は強張り緊張している。

 隣で必要以上に緊張しているミオを見てミナトは頭を軽く叩いた。


「イテッ」


「ちゃんと守ってやるから心配すんな。10層くらいのモンスターに負けたりしないって」


「そうだったね……ありがと」


 頭を抑えながらミナトを見るミオの強張った表情は抜け落ち、程よい緊張感を浮かべた。


 ミナトが扉をこじ開けると、沢山の松明に火が灯り、周りを見回すとゴツゴツした岩場は無く、床と壁や天井が綺麗に整えられた大きな部屋が広がっていた。


「どこにいるの?」


「目の前の地面を見てみろ」


「目の前……!!!」


 部屋を見渡しながら歩くとミナトから突如止まるよう指示される。


 ミナト達の前で床が盛り上がりうねり始めるとモンスターの形を型取り始める。


 手には両刃の片手剣を持ち、反対の腕には小型のバックラーを装備した2つの頭を持つ浅縹色あさはなだの蜥蜴のモンスター《アンフィスリザード》が現れたのだ。


 大きく開いた口で荒い呼吸をしながら、ミオにゆっくりと近づいてくるアンフィスリザードだが……先に仕掛けたのはミオ。


「あいつ、最初に言った事忘れてるよ……」


 短剣を構えて刃を緑色に輝かせると、真正面から地面を蹴る足に力を入れて、俊敏に距離を詰めた。


 アンフィスリザードが横薙ぎにした片手剣を、地に伏せるように体勢を低して躱し、片手剣を振ったガラ空きの脇腹に向けて突き立てる。


『ガキィン』


 2つあるリザードの1つがミオの行方を捉えて、ミオの突き立てた短剣の前に腕にはめたバックラーで短剣の行く手を阻んでいた。


 動揺するミオの真上から、高々と振り上げた片手剣が振り下ろされると、ミオは硬直して動かずに目を閉じた。


“……あれ?”


 既にミオに向けて振り下ろされたであろう片手剣の一撃は、ジッと目を閉じているミオには届かなかった。


「おい、目を開けろ! まだ戦闘の最中だぞ!!」


「……」


 ミナトの声が聞こえ、ゆっくり目を開けた先には、アンフィスリザードが振り下ろした剣先が睫毛まで到達して止まり、ミオの横に悠然と立つミナトが納刀した刀で受け止めていた。


 ミオはすぐにその場から下がると、ミナトは受け止めた剣を払い一度下がった。


「人の話を聞いてたか?? あいつは2つ頭を持ってるから隙を突くのはなかなか難しいんだよ。隙がないなら自分から隙を作るように動いてみろ!」


「うぅ……ごめんなさい……」


 ミナトの説教に反省したミオは、改めてアンフィスリザードに対峙する。


 ミオはゆっくり回避中心に立ち回る事にしたようだ。


 その後のミオは、アンフィスリザードの初撃を避けて攻撃するフリをしては相手がどう対応するのか様子を伺っている。


 アンフィスリザードの攻撃を避けているうちに、初撃を放ち躱されたと判断すると、バックラーでの防御姿勢に入るという事がわかった。


「これを活かして……よし!!」


 ミオは短剣を構えると、刃を翡翠色に発光させアンフィスリザードへ地面を蹴り、距離を詰める。


 アンフィスリザードも高々と振り上げた片手剣を振り下ろすが、ミオは俊敏な動きを活かして急直角に体を捻り、紙一重で片手剣を躱す。


 地面にメリ込んだ片手剣を見向きもせず、脇腹に回り込み、初手と同様に短剣を突き立てるが、既にアンフィスリザードもミオを捉えてバックラーで防御姿勢をとる。


「いまだ!!」


 ミオは短剣を引いてバックラーを蹴り飛ばすと、反動でアンフィスリザードの背中に回り込み、短剣を力の限り突き刺した。


「いけぇぇぇぇーー!!」


 翡翠色に発光する短剣が、アンフィスリザードの浅縹色の背中に埋まると、金切り声を上げながら黒く染まっていき、弾けるように霧散した。


 霧散すると、ミオには経験値が付与され、目の前には通貨程の魔石が地面に落ちて刺さった。


「やればできるじゃないか! 見てみろ、お前が倒したんだぞ、1人で!! おい? 聞いてるか?」


 短剣を握ったまま立ち尽くしているミオの元へ近づいて、アンフィスリザードを倒した事を褒めるミナトだったが、どこがミオの反応が薄かった。



「はぁっ……はぁっ……倒した!?……私が……1人で??」


 先程まで戦っていた事を思い出しながらミオは両手を上げて自分の手を見た。


 指先は短剣を強く握り締めるため皮がめくれて手や腕、足からは殺傷痕から血が滲んでいる。


 紙一重で躱す事を繰り返していたが、完全に躱してはおらず剣先が当たっていたようだ。


「やったよ!! ミナト見てくれた!! 私、10層のモンスター倒したよ!!」


 今頃になり倒した事を喜び始めたミオに、若干呆れ顔をしたがすぐに顔を綻ばせて首を縦に振り、ミオを褒めた。


「よし、10層も終わった事だし今日は帰るぞ〜」


「うん!!」


 急に気の抜けた言葉で目標達成を告げたミナトは、部屋から出ると下に続く階段手前にある女神像を指差した。


「10層なんかの区切りがいい所には、こんな女神が置いてある。これに祈りを捧げたら、帰る事が出来るから覚えておけよ」


 ミオに説明して女神像に祈りを捧げる。


 別に本当に祈る訳ではないが、祈りのポーズを取るとミナトとミオの周りを白い光が多い尽くしてミナトは消えていった。


「ここはルミナリエの入り口だよね?」


「そうだ」


 祈りのポーズをしたまま辺りを見渡すと、そこはルミナリエの入り口脇にある女神像だった。


「次からは、ここからどこに行きたいか祈ると行った事のある場所であれば行けるぞ」


 ミナトから説明を受けると、ミオは頷いて帰ろうとした。


「ギルドに行って魔石の換金とレベルの更新してから帰るぞ!その前に、そのキズを治さないとな。ほらっ」


 ミナトが袋を漁り、中から取り出したのは緑色の小さなガラスのボトル《キュア・ボトル》だった。


 ミオは受け取って、中の緑色の液体を飲み干すと、傷は今までなかったように無くなっていった。


 体中を触り、キズが無くなった事に驚いたミオだったが、ギルドへ向けて歩いていくミナトに距離を開けられると慌てて走っていった。


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