014

 ハイドを先まわりしてサンフランシスコで待ち伏せるため、取れる策は結局、ひとつしかなかった。食事も寝る間も惜しんだ強行軍である。一行のなかでもっとも若く体力のある新十郎を犠牲にして、一日二十四時間、可能なかぎり休まず馬車を走らせた。

 御者である新十郎自身はむろんのコト、馬にかかる疲労は生半可ではない。馬が途中で死んでしまえば立ち往生してしまうので、人里を通るたびカネに糸目はつけず新たな馬と交換した。それに、馬車で揺られているだけでもかなり負担は大きい。特にマイクロフトの消耗は著しかった。最後のほうはずっと熱に浮かされた状態だったが、それでもひたすら「進め、進め」とつぶやいていた。

 そんな涙ぐましい苦労の甲斐もあり――本来必要な日数よりもおよそ半分程度しかかからず、ついに一行はアメリカ西海岸、カリフォルニア州サンフランシスコへと到着したのだった。

 サンフランシスコは、フロンティア・スピリットがたどりついた果ての果て。ゴールドラッシュによって勃興し、アメリカンドリームを抱く者たちの見果てぬ黄金郷エルドラド。そして臨むは、はるか広がる太平洋――。エドワード・ハイドにとってこの西海岸が新たなる旅路を与えてくれるか、それとも終焉をもたらすか、マイクロフト・ホームズとピンカートン探偵社に懸かっている。

「さすがに死ぬかと思いました……」

「すまない。ありがとうシンジューロー。本当によくがんばってくれた。キミの大 和 魂サムライスピリットはガーター勲章ものだ」

 ひとまずもっとも疲労困憊した新十郎をホテルで休ませて、エドワーズとマイクロフトは年上の意地で、疲れ切ったカラダにムチ打ち、街で聞き込みしてまわった。するとその結果、ジキルもハイドもいまだ姿を現していないコトがわかった。思惑どおりサンフランシスコへやってくるかどうか、あとは神に祈るしかない。

 いざハイドを目の前にして足腰立たないのでは本末転倒だし、休んでいるスキに逃してしまえば台無しだ。三人は交代で体力の回復に努めつつ、獲物の到着を今か今かと待ち伏せるコトにした。こちらのもくろみどおりなら、数日以内に決着がつくハズだ。現在はエドワーズとマイクロフトで港に張り込んでいる。

「……ホントにハイドはここへ来ると思うかね? もし違ったら」

「心配するな。きっと来るさ。来てくれなけりゃア困る」

「まるでサンタクロースを待つ幼い子供になった気分だ」

「オイ知ってるか? サンタの正体って、実は親なんだぜ?」

「あえて言わせてもらうが、たとえ正体が誰であろうと、クリスマスプレゼントさえくれるなら、文句はないとも」

「そうかい。オレは六歳のときブリキのラッパが欲しかったんだ。戦争ゴッコで突撃するとき必要だからな。……だが実際もらえたのはハーモニカだった。考えてみろよ? ハーモニカ吹き鳴らして突撃する騎兵隊がどこにいる?」

「私が思うに、バグパイプよりはるかに実用的ではないかね」

「まァ言われてみれば、少なくともハーモニカは片手でも吹けるな」

「それで結局、ハーモニカ突撃は? 成功したか?」

「さァて、どうだったか……正直憶えてねえ」そう言いながら、エドワーズはふところから古びたハーモニカを取り出した。「おお? 見てみろよこの傷跡。ひょっとしたら、インディアンの射った矢が掠めたのかもだ。きっと勇敢な兵隊たちだったんだろうぜ」

「もし嫌でなければ、曲をリクエストしてもいいかね?」

「いいぜ。ただし『女王陛下万歳God Save the Queen』以外だったら」

 マイクロフトはあからさまに舌打ちして、「……ローマではローマ人のするようにせよ、だな。では『リパブリック讃歌』を頼む」

「了解。――よし、突撃だ。兵士諸君、撃鉄を起こせ」

 エドワーズがハーモニカを吹き始めると同時に、ふたりは同時に路地裏からさっそうと躍り出て、おたがいホルスターからピストルを抜く。そして目の前のターゲットへ、銃口を向けた。

「そこを動くな。スコットランドヤードのマイクロフト・ホームズ警部補だ。そしてこちらのラッパ手ならぬハーモニカ手は、ピンカートン探偵社のバーディ・エドワーズ。――賞金首エドワード・ハイド、女王陛下の名のもとに、貴様を逮捕する」

 顔面蒼白になったヘンリー・ジキル博士は、スッカリ観念した様子でおとなしく手錠をかけられた。

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