第5話「作戦開始」
僕らは慎重に様子をうかがった。光る電飾はきっと夜が本番なのだろう。まだまだ周囲の明るいこの時間帯、大きなツリーの前に人がいることは稀で、たまに通る買い物帰りの人と、それにプリント用紙を配っている、サンタの格好をしたお兄さんくらいしかいなかった。
だから、星を奪う隙はいくらでもあったのだけれど……。
「俺が登る」
「えぇ、そんな危ないよスミ」
問題は、大人の背丈の2倍ほどもあるツリーにどう対処するかだった。とてもじゃないが僕らの手は届きそうにない。僕らからしたら大きなツリー。それでも、流石にあの枝葉が僕らの体重を支えられるようには見えなかったから、スミの提案は却下した。
「ちぇー、良いアイディアだと思ったのに。んじゃあれは?」
「あれは。脚立かぁこっちまで持ってくる間バレなければいいんだけど」
「きゃたつ? まぁいいや。あのはしごを持ってくればいいんだろ?」
言うなり、スミは物陰から出て行った。え、どうするつもりだろう。考える間もなく、彼女の大胆で頼りがいのある背中は、プリントを配っていたお兄さんへと近づいていった。
「兄ちゃん兄ちゃん、あの星曲がってるよ!」
「え? マジ? ツリーのだよな」
「おう。俺目良いんだ。あれじゃせっかくの星がかわいそうだぜ」
「本当に? まいったなチーフに怒られちまう。ガミガミうるさいんだよなぁ。……君、ちょっとこのチラシ持っててくれない? 見つかる前になおしちゃうから」
お兄さんはそう言って紙の束をスミへと渡し、軽々と脚立をツリー脇へと運んでいた。なんて見事に目的を果たすのだろう。感心してみていると、スミがこちらへ目配せしていることに気が付いた。え、どういうつもりだろう。
そして、サンタの格好をしたお兄さんが脚立に足をかけた、その瞬間である。
「あ、チラシが!」
そう言って、スミは僕をじっと見ながら、その手にあった紙の束をばらばらと手放したのだ。ああ、そういうことか。僕はスミの狙いを理解した。
「げぇっ!! マジかよちくしょう!」
大慌てで飛び交うプリントへと走っていくお兄さんとスミを横目に、僕は脚立へと走り出していた。お兄さんがこちらを見る余裕がないうちに済ませなければ。
銀色の階段をひとつずつ素早く登り、僕はツリーの先端にある星へと手を伸ばす。片手では掴み切れないそれを、両手でしっかりと掴んで上へと引き抜いた。
予想していたよりも呆気なく星は外れた。僕の顔くらいある大きな星なのに、中は空洞で軽かった。白銀の下地に散りばめられた金銀の装飾が、角度によって光の波を起こしている。なんて綺麗なんだろう。
「あ、あっちにも!」
スミのあげた声に、星に惚けていた僕は意識を戻された。いけない。見つかる前に戻らなくては。見ればお兄さんはスミの指さす方、角の向こうへと走って行くところだった。今がチャンスだ。
僕が無事脚立を降りきったところで、こちらを見ていたスミはお兄さんを手伝いに行った。2人が戻ってくるまでに離れなくては。
こうして、何食わぬ顔でプリント集めを手伝ってきたスミに、僕はキラキラと輝く大きな星を見せることが出来たのだった。
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