第十五話 邪宮

 広がるは、果てしない闇。

 吸い込むような美しさを誇る、闇。


 がココに放り込まれたのはほんの少し前だった様な気もするし、かなり時間がたっている気もする。けれど、窓のないその部屋では今が朝なのか夜なのか確認する事は出来なかった。


 そもそも余りにも暗すぎて、そこが広いのか狭いのか、何かあるのか、それとも無いのかそんな事すら把握出来ないので、時間の流れを感じ取るなど到底不可能だ。まるでそこだけ、世界から切り離されているかのような空間だった。


 息遣いと腹の音以外、物音一つしないそんな場所。眠っても闇、目覚めても闇。変わりばえのない風景。冷えたような、重いような空気はあれど、音も光もないそこは宇宙の果てすら想起させる。普通の人間ならば、とっくに心を壊しているだろう場所だった。


 それでも、その人にとってそんな事はもうどうでも良かった。

 何故なら、こんなところに放り込まれる理由がその人にはあったからだ。それに右も左も分からないそこには脱出する術などないし、誰かが助けに来てくれる希望もない。元よりその人には、その気なども毛頭無い。


 その闇に溶け込むが如く、微動だすることもなくただただソコに居座り続けていた。


「不気味、だな」


 執務室の椅子に足を組んで腰掛けているものの、王は何をするでもなく整然とした机に肘をついて意味有りげに呟いた。


「…………それは、影宮かげみやの事にございましょうか?」


 その声を拾ったのは、今まさに執務室へとやって来た判官だ。その手には沢山の書簡を抱えている。王はその体制を崩すことなく、物憂げな碧眼だけを判官に寄越した。

 全くやる気のない、気怠げな王の様子に判官は顔を顰める。


 影宮とは、国妃宮と王妃宮の裏側に隠すように建てられた宮のことである。それは、王宮や後宮からは見ることはできず、存在を知る者も限られている。王ですら、その中がどの様になっているのか知り得てはいない。


 というのも、知っている必要など無いからだ。影宮は、王族に害を為す者を延々に封ずる為だけに使われる。為すか為したか、それは問題ではなく疑わしいだけでもその対象となる。そして一度閉じ込められたら、二度と出てこられない。無論、水や食事が与えられることも一切ない。拷問などは一切行われはしないが事実上、監獄と変わらない所であった。


 そして、影宮は音にするのにソフトな方が罪悪感が薄める為の別名で、本来は邪宮じゃくうと呼ばれている。王宮内のけがれを捨て置く場所なのだ。


「呻き声や恨み言の一つや二つ、響いてきても良いと思わないか? なのに、母上からは何の報告もない」

「響いてくるかどうかは置いておくとしても、喚きたてもせずに拘束されたというのは確かにせないかと」


 腑に落ちないという顔の王に頷き返す判官はあれでは、自分が行なったと自ら認めているようなものです、とあっさりと囚われ抵抗らしき抵抗なく影宮へと放り込まれた時の様子を思い出し呟く。


仮に、心当たりがあってもあそこに入れられるのは嫌がりそうなものだが……我なら脱走するぞ、と王。


「昔から何を考えているか分からなかったがな、我が父上のご正妃様だけは……まぁいい。張大臣は」

「親衛隊長が獄所ごくしょへとお連れになったので、今頃は内親王殿下に詰問されているところかと」


 うーんと首を捻りつつも思考を放棄した王は、更なる判官の報告に眉間に縦皺を刻む。


 内親王は温厚そうに見えて、なかなかに直情型だ。釘は刺してあるとはいえ、兄である国王と義理姉である妃に手を出した謀反人に情けをかけるとは到底思えなかったのだ。


 とはいえ、王自らが監獄へ赴く事は規律によって赦されてはいない。例えそこで、誰かが命尽きるような事があったとしてもだ。

 特に今回のケースは、親子揃って王族へ危害を加えた罪に問われているのだから、処罰以外の選択肢はハナから無いのだから。


「では伯大臣、後宮に関しての報告を」

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