第六話  王宮

「で、この間はきちんとお答え頂けませんでしたが、何故、祈年祭の施行を許可されたのです?」

「……寧ろ何故、そこまでその理由が気になるんだ?」


 側近の、二度目の問いかけに王はまたか、とうんざりした表情で問い返した。山のように積み重なっている未決済の書簡に署名する手が止まる。側近は眉を寄せた。


「お忘れになったわけではないでしょう、何故父君が中止していたのかを」

「……それでもこうして王位ここに引っ張り出されたのだから、守ってばかりでは拉致があかない」

「それは、そうですが……」

「それに、行事がいくつ増えようが同じ事だ。しようがすまいが、厄介事は減らないのだからな。ならば、早めに片付けるに限る」


 ややヘビーな話を、まるで気にしていないというように王はサラリと終わらせた。側近が額を押さえて溜息をつく。


 宮中行事は、準備こそ家臣の仕事だが最終的に取り仕切るのは国王だ。警備体制は敷かれるが、ここぞとばかりに暴動や反乱が起きやすい。だからこそ施行する行事の数が減らされていたのだ。

 ただ、王の言葉も事実だった。行事を施行しようがすまいが、王族には常に刺客が放たれているといって良いのだから。


「一般政務ですら山積みだというのに、更に祭の準備とは……」

「イヤになったらいつでも投げ出して良いぞ。但し一日で戻って来い」

「身に余る光栄です」


 うーん、と伸びをする。

 王は疲弊の色を濃くしながらも、書簡への署名を再開すべく姿勢を正した。そこへ、国王陛下に拝謁叶います、と外から声がかかる。

 政務室とは違い、執務室に来られる者は限られているので王は応えない。一寸のち、控えめにドアが開いた。


「あぁ、やはり我が后にはその色がよく映えるな」

「お褒めに預かり光栄に存じます」

「数日ぶりでしかないのに、会うとやはり喜びも一入ひとしおだな。傍で、報告を」


 姿を見せた官吏に扮した妃が上手く化けれているのを見て、ふっと表情が緩まる。

 誘うように片手を軽く差し出せば、妃はすっと近寄り王の耳元に囁きを落とした。するとすぐに、形の良い薄い唇が三日月のような丸みを帯びる。


「陛下の意に添えましたでしょうか?」

「勿論。さすが、我が宰相だ。今後もよく取り計らってくれ」

「陛下のお力となれますよう、尽力致します」

「はいはい、お遊びも程々になさって下さいませ」


 妃の手を引き王がその甲に唇を落とそうとした瞬間、ま隣で手を叩く音がした。寸での所で王の動きが止まる。送られ続ける冷ややかな視線に、王は眉を寄せた。


「何故、邪魔をする?」

「国王陛下の悪い噂など、私は聞きたくありませんので」

「寧ろいっそのこと、国王は男色家だと公表してみるか? 仕事の一つは片がつく」

「ご冗談を。片付くどころか余計に増えそうです」


 名案を思いついた、とばかりに嬉々として王は顔を動かした。


 向けられた視線の先には、溢れんばかりに書簡が積まれた大籠。それは、全て王への結婚の申し込みだった。側近はソレを見るまでもなく、ゆるく首を振りながら溜息を深くした。


「暁。残念だけど、右京の仕事を増やすのも可哀想だし夕餉までは好きにしてくれて構わないよ」

「英断かと存じます」

「まぁ右京も、アレ、しばらく放っておきなよ」


 己の提案ながら通らないということは明白だったのだろう。王はあっさり意見を変えると面倒くさそうに告げる。それは、他の妃は貰わないという明確な意思を表していた。この話はこれで終いだ、と。


「ところで、陛下は朱鳥の行方をご存じでいらっしゃいませんか。あれから姿を見ないのですが」

「……さぁな、何か思う事があった様だが。あぁ、君にもコレを授けておいた方が良いな」


 そのことを妃が汲み取ったかは不明だが、側近も仕事に戻ったのを受けて話題は変えられる。妃の問いかけに、すっとぼけた顔をして王は手を差し出した。


「相変わらず、お手の早いこと」

「君との約束を、違えない為に我に出来ることをしたまでだよ」


 そう言って、国王は少しだけ目を細めた。どこか、心苦しそうな、寂しそうなな面持ちを上手に隠す様に。


 王が妃へ授けたのは、王家の紋印が押された身分証だ。勿論、妃が扮した官吏の証明なので完全な偽物であるのだが。それでも、王の紋印があればそれはホンモノとなる。仮に、疑念を抱いたとしてもソレを口にしたが最期、謀反者と成り果てるのだから。


「ところで陛下、豊穣の舞はどなたにお任せするおつもりで?」


 妃が執務室を去り、一刻ほど書机に向かったところで側近はしかめっ面をぶら下げている王に問うてみた。


 豊穣の舞は祈年祭で豊作を祈る、つまり国家の安泰と国民の繁栄を祈る巫女舞である。巫女装束の上に視界をほぼ閉ざされた状態で舞い、その後すぐ国王に米酒を注がねばなければならないのだが、それを務められるのはよわい十六以下の未婚の王女と定められていた。


 今、ソレに該当する王女は皇都国に二人しかいないが、その内の一人はまだ五つにも満たなかった。勿論、王の御前で失敗など許されないので実際には該当者は自ずと一人になるのだが。


「……返答は分かり切っていても問わぬわけにもいくまい、と言いたいのだろう? 承知している。右京の考えてる通り行きたくはないが、致し方あるまい」

「では、その様にお願い致します。妹君ようか様には私の方からお伝え致しますので」


 そう、それでも打診しないわけにはいかないのだ。たとえ、前王の妃達がいる後宮へ赴くことになろうとも。国王であるからこそ、出来るだけ独断は避けなければ即ち暴君となってしまうのだから。


 早々と次の仕事に取り掛かるべく席を立った側近を見送ると、国王もまたその重い腰をあげたのだった。

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