24話 終戦


 作戦は上手くいったらしく、舞台の反対側のギャラリーには亜子と宗田の姿が見えた。プロジェクターの準備も出来ているようだ。


 幕が下がり、観客から僕たちの姿が見えなくなる前に、スクリーンを降ろすボタンを押すため、舞台裏へ走って押す。


 スクリーンが下までくると、音声が流れる。


『おい、おまえのせいでミスったじゃねーか! この野郎』


『痛い! やめてくれよ』


 スクリーンには痛々しいいじめの動画が流れているだろう。


『うぅ......』


『おまえ見てるとムカつくんだよ!』


 聞いてるだけでも吐き気がする。今まで受けたいじめを思い出してしまうからだ。でも、その恐怖も今日で終わり。


「流しているのは誰だ! 早く止めさせろ!」


 先生の叫び声が聞こえる。しかし、その先生の声は誰にも届くことはないし、手遅れであった。舞台裏では生徒たちが何が起きているのかと騒いでいる。


「おい、どういうことだよ! 家の息子はいじめられていたのか!」


「そうですよ。私たちの子もいじめられていたのですか?」


「こんな危なっかしい場所で授業させるなんておかしい!」


 親御さんたちの怒りは体育館内を埋め尽くし、もう、誰も止められないほど騒がしくなった。


「あー、静粛にしてください」


 この騒がしくなった場を、一言で沈めた。威厳ある声質と、全てを押さえつけるような口調。マイク越しとはいえ、こんな芸当が出来る女性は知らない。


「私は笠原 鈴(すず)と言います。今の動画に映っていたいじめっ子の母親です」


「母さん......?」


 隣で笠原が間抜けな声を漏らす。


「どういう育て方したらあんな凶暴な子どもに育つのですか! 私の息子がいじめられてたんですよ? どうしてくれるんですか!」


 冷静欠いた母親が絶叫する。それに対して、マイクの女性は態度を変える様子はなかった。


「本当に申し訳ありません。私の息子がいじめをしていたことは事実だと思います。ですが、先生方はそれを知っていたでしょう?」


「えっと、私は校長の我如古(がねこ)と申します。もしも、いじめがあったなんてことが起きたら、私たち学校側はすぐに対策や指導を行います。しかし、いじめの報告はほとんどありませんし、誰かが勝手に作って流したいたずらなのではないかと思います」


 校長先生は慌てて弁解する。校長先生の発言により、また体育館がざわついた。


「それでは、教師がいじめを見て見ぬ振りしていたということを未来機関に訴えますよ」


 その言葉に校長先生は動揺したようで、未来機関に訴えない方向に持って行こうと、必死に説得するが、全て意味を成さなかった。


「すみません、私たち、教師側の視野が狭いばかりに、たくさんの生徒たちを傷つけてしまうことになり、本当に申し訳ありません」


「私たちも皆さまに不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


「申し訳ありませんでした」


 校長は職を失わないためにも、親御さんたちの前で頭を地につけた。それに続いて笠原の母親と、父親らしき人物が頭を下げるのを横から確認する。


「あと、先生方に言っておきますが、この動画を流した人を探すのはやめてください」


「は、はい」


 言われて気づいた、亜子たちはギャラリーにいて、そこに先生が駆けつければ動画を流した犯人がバレてしまう。まずい。


 急いで外階段からギャラリーへ登ろうと、外に出ると亜子の父親がいた。


「よう啓太、お疲れ。素晴らしい演技だったじゃないか」


「あ、ありがとうございます」


「大丈夫だ、亜子の心配はいらない」


「どうして知っているんですか?」


 心を見透かされている気がした。いや、実際に亜子の心配をして外に出たわけで、それを待っていたかのように亜子の父親がいる。


「ヒントを1つ教えよう。これほどの大騒ぎを起こそうとしたら、未来機関が動くぞ」


「と、いうことはもしかしてあなた......」


「まぁ待て。わかったらそこまでだ。口に出されると困るんだよ」


 亜子の父親は未来機関の一員ということだろう。しかし、僕を止めなかったということが何を意味するのかわからなかった。


「それよりも、他にやることないのか?」


「そうでした、もう一つやることが。ありがとうございます。では、また今度」


 僕は派手で、動きにくい衣装を揺らしながら笠原熊雄の元へ向かった。彼は相変わらず、ほうけた顔で舞台裏にいた。


「笠原」


「何? なんだよ」


 いつもの威圧感はどこへ消えていったのか、弱々しい声を口調でごまかしているような返事であった。


「もう、いじめはしないよね?」


「何言ってんだよ、所詮、おまえは弱くて悪者でしかないんだよ、いじめられて当然だろ」


「......やっぱり知らないよね。あの劇にはね、続きがあるんだよ。倉智は1番になるため、宗鳳を陥れたっていう真相が明かされる、続きが」


 そう、僕は今回劇でやった原作を読んでいるため、この後の話や真実に近いものを知っている。


 小奈代と宗鳳は村を一つにしようという計画を練っていた。通貨の統一や物資の共有、制度や法律についての話だ。それを良く思わなかった倉智は宗鳳を陥れるが、小奈代が真実を村人に公表するため、倉智を罠に嵌める。


 誰もいない場所と錯覚させ、腹の内を吐き出させる。その真相を知った兵隊たちは、倉智を牢獄へ入れ、宗鳳を出したという話だ。表面だけで人というものは計り知れないということだ。それから、見方によって善人になったり、悪者になったりするということ。


 これらを笠原に説明した。それを踏まえて僕と笠原の立ち位置を提示する。


「言いたいこと、わかってくれたかな?」


 笠原はまだ腑に落ちない様子であった。


「んっとね、君は誰かをいじめて、上の立場であることを見せつけて自己防衛した。そうでしょ?」


「どうしてそれを......」


 笠原は驚いたあと、少し暗い顔をした。いじめられていた時のことを思い出したのだろう。


「だから、さっき言ったじゃないか。表面だけではなく、中身も見ないとって。現在だけでなく、過去や未来も見るって」


「そうか、やっと理解できたよ。でも、いじめをやめたら、俺がいじめられる。だから仕方な」


「仕方なくない」


 彼の言葉を予想し、重ねた。


「笠原がいじめられるなら、僕が守る。あの時みたいにさ。だから大丈夫」


「おまえ、正気か? おまえのこといじめていた俺にそんなこと言うなんて、バカとしか思えない」


「あぁ、バカでいいさ。俺はただ、君とも仲良くしたいだけだ」


 それは本心であった。彼の過去を知って初めて抱いた感情だ。


「仲良くって......いいのかよ、おまえは。やり返したいとか思わないのか?」


「動画流したの僕なんだよ。だからやり返してるんだよ、一応。でも、またいじめを再開するっていうなら、容赦はしない」


「おまえってやつは......。啓太だっけ」


「そうだよ」


 呆れた様子で、笠原が僕の名前を確認する。頷くと、手を差し伸べてきた。


「これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしく」


 僕は笠原の手を握り、醜い争いに終止符を打った。



***



 体育館のゴタゴタも収まり、無事とは言えないが、なんとか学芸会を成功させることが出来た。片付けも終わる頃には日が暮れ始めていた。


「なんだかんだ色々あったけど、楽しかったね」


「まぁ、そうだな。楽しかった。新しい友達もできたし」


 亜子と2人きりで坂を登る。帰り道の途中、ある場所へ寄り道しようということになり、坂を登っている。


「えー、いいな。友達できたんだ」


「昨日の敵は今日の友ってね」


「なるほど、笠原と友達になったってことね。ということは、笠原はいじめをやめるって?」


「あぁ、やめるんだとさ。っと、やっと着いた」


 着いた場所は丘ノ第二公園にある展望台の頂上。そこからは丘ノ市全体を見下ろすことができ、とても爽快である。


「すごい景色だね」


 夕日に照らされている亜子の横顔から目を逸らす。なぜか、亜子の横顔を眺めていると胸が踊り、口が震え、喉が渇き、体が燃えるような感覚に襲われる。そして、次の瞬間には手を伸ばしたい衝動に駆られるのだ。


 不思議な現象から逃げようと景色に集中する。


「そうだね。この景色、何回も見てきたはずなのに、今日はいつも以上に清々しく感じる」


「いじめられることがなくなったからじゃない」


「そうかも。それにしても綺麗だなぁ」


「うん。本当に素敵」


 ここ数日の間にたくさんのことがあった。その一つ一つの出来事に感謝すべきだと思う。どれか一つでも欠けていたら、今の僕はいないだろうから。


「今度は、もっと高いところに行きたいな、なんて」


 彼女は叶いもしない冗談を言ってしまったかのように、苦笑いして意見を引っ込めようとした。


「そうだね、機会があれば、潮見坂を登ったところにある展望台に行ってみるか。あそこはここよりも高いと思うよ」


「いいね!」


「暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか」


 街灯が点々と灯っていくのがわかる。その光景を見ていると、帰ろうとしていた記憶がいつの間にやら無くなっていた。


「いや、やっぱりもう少しだけ......」


 空では星が光って雲が流れている。月は綺麗な円を描き、太陽の光を反射させて、光の一部を地球へ届けてくれている。


「啓太、私を救ってくれてありがとう」


 僕は生きているのだ。


 もう、僕はこの感情無しで生きていけなくなってしまっただろう。

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