24.5話 中学校へ
学芸会から約4カ月経ち、とうとう小学校の卒業式を迎えた。熊雄とはすっかり仲良くなり、その周囲の人たちとも仲良くなれた。
亜子をいじめていた人たちとは普通に話せるようになった。そして、今まで1人でいた時間が馬鹿みたいに思えるほど楽しい毎日だ。中学はみんな同じ丘ノ中学であるため、寂しいという感情はない。
「卒業式終わったら、決着をつけようじゃないか」
陽路がただでさえ鋭い目に力を加え、ボサボサの髪の間から覗かせる。睨みつける目の先にはハゲで、いかにも野球少年であるというオーラを放つ樫木 渉(かしき わたる)がいる。
「あぁ。いいぜ」
彼は謎の挑戦を受ける。
「啓太、俺も混ざっていいですかね?」
「どうして僕に聞くんだよ」
「え、だって、陽路たちは赤西さんへの告白できる権利を巡って戦うんですよ? 僕が勝てば啓太への告白できる権利ってことで」
「大夢(ひろむ)は本当にどストレートだな。まぁいいと思うよ」
川内大夢は、なぜか僕に好意を抱いているクラスメイトだ。
「なになに? 卒業式終わったら何するって?」
このタイミングで亜子が登校してきた。彼女が目を輝かせて聞いてくる。
「陽路と渉がサッカーで勝負して、勝ったら赤西に告白できる権利を貰えるんだってさ」
すかさず大夢が答える。
「何それ、楽しそう。私も見学していい?」
「いいと思うよ」
「やったー!」
亜子が喜びの舞を披露していると、隣から野太い声が聞こえる。
「その話、聞いたぞ。赤西は渡さねぇ......」
そう言って声の主は立ち上がる。
「俺もその勝負に混ぜさせてもらう!」
熊雄が参加表明した。それに続いて大夢も「俺もー」と叫んだ。
「本当に騒がしいわね。まぁ、いつものことですし、どうしようもないだろうけど」
メガネのブリッジを人差し指で持ち上げたのは篠田 智子(しのだ ともこ)だ。彼女は机に座り、存在感を放っているように思えるが、彼女は影が薄く、僕も今、ここに居ることを知った。
「おまえこそいつものことじゃねーかよ」
渉に指摘され、少し動揺したところに、赤西が現れた。
「朝から楽しそうだね。何話してたの?」
「今日ね、卒業式終わったらサッカーの試合して、勝ったら真希にこ――」
「そうそう! サッカーの試合して遊ぶらしいから真希も来ない? ってね」
亜子が口を滑らせそうになったところを、ギリギリで僕がカバーした。亜子は僕がカバーして、ようやく気づいたようで、「あっ」という声を零して口元を隠す。
僕も、まさか、亜子にフォローが必要だなんて予想しなかったため、言葉は舌に任せたが、その試合を観に来させていいのかと思った。
「そうだな、真希も来たらもっと楽しくなりそうじゃね?」
熊雄がみんなに聞く。すると、全員口を合わせて「楽しくなるな」と言った。そして、試合に参加する大夢を合わせた4人は、瞳の奥に燃える闘志ぶつけ合い、火花を散らす。
***
卒業式も終わり、各自帰宅し、着替えて集合した。雲一つ見えない快晴だが、風が吹けば少し寒い。そんな中で試合は行われようとしていた。
「じゃあ、これより、4人による個人戦を始めます」
なぜか審判にさせられた僕は、開始の合図の代わりにボールを宙に蹴り上げた。『集会所』と呼ばれる広めの原っぱにを駆ける4人。一斉にボールへ群がり、自分の恋のシュートを試みる。しかし、そう簡単にはいかないもので、敵に邪魔されたり、ボールを奪われたり、一歩も引かない状況だ。
それでも、邪魔仕返したりボールを奪い返して、一命を取り留める。接戦が長期に渡って繰り広げられる。その光景を、僕と亜子と真希は端に座って眺めていた。
「にゃー」
「この猫かわいい〜」
亜子はサッカーはそっちのけで陽路の飼い猫であるミースと戯れる。それを横目にサッカーの様子を観戦するが、正直、サッカーのことは頭に入ってこない。
「なんかわかんないけど頑張れ〜」
「頑張ってるのはいつものことですし」
今の今まで気がつかなかったが、後ろには智子が座っていた。
「智子、居たのか」
存在感の薄さはいつものことですし、ってか。
「あっ、ちょっと!」
亜子が急に大声を出した。ミースが亜子の手元から脱出し、サッカーのゴール前に走り出したのだ。
「いけぇ!」
それとほぼ同時に宗田のロングシュートが放たれる。ただ、距離が遠すぎてゴール前の時点でゆっくりとしたスピードになっていた。それでも、陽路のシュートを止めるべく、3人は全力でボールを取りに向かうが、間に合わないだろう。
ボールがゴールに入ろうとした時、ミースがボールに触れた。そのままボールはネットの部分まで転がり、やがて止まった。
「もしかして......」
息を切らしている陽路は力の抜けた声で呟く。その他の参加者は疲れ切っていたものの、安堵の表情を浮かべる。
「えっと......今のはミースの得点ということで、ミースの勝ち、でいいのかな?」
どう判断していいのか困ったが、ルール上、ミースの勝利だ。
「嘘だろ」
飼い主のことはおかまいなしに、ミースはボールで遊び始める。
「じゃあ、ミースが告白の権利を貰ったってこと?」
亜子が尋ねる。
「そういうことだね」
僕としても、以外な結末で驚いていたが、どうしてもおかしくなって、笑ってしまった。それにつられてみんなに笑いが伝染していく。
「ということで、私に告白できる権利はミースのもなだよ〜」
そう言って真希がミースを抱き上げた。
「なんで知ってるんだよ」
熊雄が問う。
「そりゃあ、廊下まで聞こえてたから」
「声が大きいのはいつものことですし」
3人は顔を赤らめ、悔しがった。
中学になっても、今と変わらないような学校生活が待っていてくれているだろうか。勉強や部活で忙しくなればこうやって集まって、遊ぶ機会が少なくなるのかと思えば、寂しいような気もする。
終わりの春から始まりの春へ向かって、時間は加速していく。暖かい春はすぐ目の前にある。
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