隠シタ真実
[おはようございます 六つめの夜が明け、朝を迎えました]
<夜が明けました。【ソメナイ】様が死体となって発見されました>
「議論時間は酒々井の予測通り50分。いや、今にして思えばあれは予想じゃなくて実体験だったのか」
モニターを確認しながら我那覇は呟いていた。傍らでアリスが我那覇の顔を覗こうと必死に背伸びをしている。
「案外こうして見ると、議論時間は余裕をもってとられているんだね」
京山は少し感心気だった。そしてその言葉を最後に広場に静寂が広がってゆく。
アリスは結局我那覇の表情をみることができずに疲れて座り込んでしまった。
染内が犠牲となり、霧島の読みが正しかったことが証明された。
我那覇は、2日目の段階でプレイヤーの大多数が染内を疑っていたことを思い出していた。
(染内さんはおどおどしてて、如何にも隠し事をしていそうだったんだ。そういう態度が怪しかったんだよな。だから佐伯を信じたいと思って、みんなもそう言っていた。だけど染内が本物の術師だった。)
実際は紺野を判定することで妖狐であることを証明した。直前の我那覇の閃きがなければ紺野は処刑され、染内が皆の信用を得られていたかはわからない。
(同時に俺はみんなから信用を得た。村人の為になる進行ができたから、村人の味方だって思ってくれた。霧島の本性を引き摺り出すことも出来た。)
本当の術師の味方だった我那覇はプレイヤー達から信頼を得た。その逆だった霧島は排除され、彼が助言したとおりに人狼は行動した。
(偽者の術師に騙されて負ける事は無くなった。けど、染内さんの残した情報も少なすぎる。これじゃあ結果だけで狼を追い詰めることはできない。)
染内が判定して生き残っているのは棘坂と京山だけ。しかも片方は共感者であり疑う必要すら無い相手だったのだから、手元に残った情報はあまりにも少ない。
人狼をつきとめる大きな根拠を失い、誰もが憶測だけで語る事しか出来なくなったことで不思議と疑心暗鬼の暗くささくれだった空気は薄まっていた。
真実を明らかにするチカラをもつ術師と霊感師がいなくなったことで他人を疑う余地は狭くなった。
他人を疑うというのは案外難しいもので、疑心暗鬼の中誰かを疑えばその相手からだけでなく周りからも自分が疑われる余地が生まれてしまう。
術師や霊感師によって自らの言葉を証明する事が出来ない現状に、よりプレイヤー達は『疑われたくない』という根源的な欲求が心を満たし、疑い合うという険悪な空気を生み出す余裕を排斥していた。
それまでヒトの言葉や態度、仕草を読み取ることに集中しきっていた彼らの間で、意識しなければ聞き取れなかった時を刻む機械音がこだましていた。
(誰かが議論を動かさなくちゃいけない。でも動けるのは)
我那覇は共感者が議論を進めることを待ち続けた。
いくら信用が得られていても、自分で議論を進めてしまえば否応なく疑いは残る。
しかし京山も悠木も言い出すことなく時間は刻々と過ぎていった。
「このままでは、埒が明かないな」
痺れを切らしたのか、それとも本音が漏れたのか。
「我那覇クン。私を信じる事は・・・・・・できないんだろうね。いや、わかっている。わかっているとも。もし私が君の立場なら同じだったろう」
真舟の言葉はゲーム開始時に比べ力が入っていなかった。
「私を吊りたいか?」
既に誰かを疑おうという姿勢は無かった。
むしろ自らの許しを請うようなその声には憐れみすら覚えてしまうほどだった。
「余裕はまだ、ある。どうしても疑うというのなら、甘んじて受け入れようとすら思えてきた。元々、キミを最初に疑ったのは私だったからね。後ろめたい気持ちもないわけじゃあない」
真舟は本来真面目で熱血な男だった。
幼少時代から自慢の運動神経で周囲に期待され、また期待に応え祝福されることが一番の喜びだった。
学生時代、勉強はやや苦手ではあったが放り投げる事は一切無く、また才能に驕ることなく努力を続けてスポーツに限らず様々な場で信頼を勝ち取り皆の中心人物として活躍した。
やがてラグビーフットボールに出会い、地元の有名なチームでリーダーを務めるほどの人望を集め、引退までに数々の実績を残した名士として今も愛されていた。
彼は人を信じ、人の心を信じ、また人の行いを信じた。
人を疑い切り捨てることは彼にとって決して容易いことではない。
しかし命がかかるこのゲームは無慈悲にも彼に人を疑う事を強要した。
真舟は人狼を見つけようという使命感に駆られていた。自らが先陣を切って人狼を見つけ出し生き残ろうと、人を信じるという己の信条を曲げてまで疑った。
しかしそれは無意識に疑われる事を恐れていたからだった。真舟は自分に疑いがかかることを恐れていた。人を信じるがあまり、人から疑われる事への恐怖に耐性がなかったのかもしれない。
我那覇を疑ったとき、貴志戸が止めに入っていなければ我那覇への疑いをより強めていたことだろう。
我那覇が生き残るために必死になっている姿を見て、真舟は自分の愚かさに気付かされた。ゲームが進むにつれて論理的に人狼を推理する我那覇の、自分では思いつかないような発想にただただ感心するばかりで、真舟は理解するだけで精一杯だった。
真舟は自らの過ちに、弱さに悔いた。疑われても尚信じてくれと叫んだ我那覇のことを純粋に尊敬する気持ちが生まれていた。
そして畏れを覚えていた。
しかしそのことに気付かないまま、真舟は我那覇を疑う事をやめていた。
「私が消えてもゲームは終わらない。それだけが私が言える本当の、確実な事だ。
キミより鋭い事が言えるなどとは思えないからな、一つだけ言わせて欲しい」
真舟にはたったひとつだけの恐れがあった。
「我那覇くん、私達をどうにか、よろしくたのむ」
我那覇が狼である可能性をうっすらと考えながら、真舟は頭を下げた。
「・・・・・・」
真舟の考えている事など、ましてや人柄故に己を悔いているなどとは露知らず、我那覇はただただ彼の事を信じるべきなのか迷っていた。
ここに来て人狼が諦めるだろうか。紺野の様にゲームそのものを否定したならまだしも、人狼が見す見す負けを認め目の前に広がる本当の死への恐怖を受け入れられるだろうかと。
真舟からはここで負けて死ぬことへの恐怖は感じられなかった。ただひたすらに真摯であろうとするその姿勢は、むしろ疑いの眼差しを自分へ向けた時と同じ力強さというか、根付いた意志を感じられた。
(真舟さんを信じたい。信じたい、けど・・・・・・)
真舟の言葉を信じるなら、彼は人狼でないことになる。しかしアリスが狼だとは全く考えていないし、考えるだけでも怖ろしかった。
しかし2人が狼でなければ、この場には誰も狼が残っていない事になる。それだけが絶対にあり得ない事実だった。
「真舟さんの事を。信じてない、とは言い切れないです。信じたいと思う気持ちもあるけど、でもそうなるともっと嫌な疑いを誰かに向けることになる。それは・・・・・・真舟さんがいては、俺にはできません」
今の気持ちを正直に伝える事が真舟への精一杯の誠意だった。
紺野と誓った約束は、絶対に守る決意がそこにあった。
「私がいれば推理の邪魔、というわけか」
言葉を受けて真舟は力なく笑った。死期を悟った様な、そんな表情をしていた。
「いいさ。それでいいんだろう、きっと。紺野さんと誓ったこと!貫き給え」
最後に大きく腕を伸ばしサムズアップして見せる。真舟が友人とよくやるやりとりだった。
「なんか、照れくさいですね」
我那覇はその姿を見てなんだか浮ついた気持ちになっていた。仲間と一緒に目標を達成したときのような高揚感。
そして、
「うん?」
途中から頭を使うばかりで周りを伺う事を忘れていた我那覇は、気づかなかった。
「あっ。あぁ?!」
自分の大きなミスに。
「今、俺たちって」
言いかけたその時、
[議論時間が終了致しました。それでは皆様部屋へとお戻り下さい]
真実に幕が下りた。
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